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さんのはち

本編最後の一話となりました。どうぞよろしくお願いします!

 友人らと楽しげにじゃれあっていた人物は、セヌリューバらが近寄っても爽やかな笑顔を崩さなかった。


「……ロクが自供したよ、リュウ君」


 セヌリューバの言葉に、なぜか彼は笑みを深めた。


「遅かったねえ、待ちくたびれちゃったよ」





 カイレーの騎士たちがオイノの学園に乗り込んできた時も、連行された時も、リュウは驚きも抵抗もせず、にこにこと笑っていた。自分の置かれている状況や、自分のしてしまったことの重大さが全くわかっていないかのようだった。

 取調室でも彼は、まるで友人と楽しい会話でもしているかのようにはしゃいでいた。しかしその内容はその場の全員を震撼させた。



 リュウは焦れていた。

 だいぶ前から、彼は自分のしたことを誰かに話したくてしょうがなかった。父親が知らなかったようなことまで、彼は知ってるんだぞ、と大声で叫びたかった。いっそのこと、騎士たちが早く聞きにくればいいのに、と考えていた。


 彼の父は『落ち人』たちが幸せに暮らせるため尽力していたけど、子孫の幸せはすっぽりぬけていた。子孫たちは『落ち人』の存在なしには生きては行けないというのに。


 ヘッシガーキが以前言及したように、『落ち人』の子孫たちは、魔力はないのに『落ち人』でもない、本当に中途半端な存在だ。それなのに『落ち人』たちは様々に守られているけど、彼らは全く保護されない。彼ら子孫たちが『普通人』として生きていくのがどれだけ難しいのか、彼は毎日オイノの学園で思い知らされていた。


 だから彼は『里』を盛り上げたかった。このままではどんどん力を失っていくばかりだ。


 『落ち人』の数が足りない。もっともっと落ちてきて、子孫の彼らを助けてもらわなくちゃならない。でもいくら彼ら子孫が呼んでも落ちてこないし、シキの力も弱くなっていて、このままではいずれ呼べなくなってしまう。自然に落ちてくるのを待つだけなんて、誰が彼らを守るんだ?彼はずっとそう思って憤っていた。


 彼の父親は、先代の首長に命じられて時々ジザに来ていた。資金を提供したり便宜を図ったりするためだ。その分、落ちてきた『落ち人』たちがジザ人に手厚く扱われるように取引していた。父親はジザまで彼ををよく連れて行った。いずれ彼をジザとの窓口にすると言っていたからだ。そこに彼の意思は微塵もなかった。

 そうして彼は、ロクと知り合った。


 彼らは歳の差はあったけど、あっという間に意気投合した。何故なら、ロクはジザを強くしたい。リュウは『里』を大きくしたい。

 二人の願いを叶えるには、『落ち人』をたくさん落とす必要がある。それには、孕み様のメジロ……メキナハにロクの子供を産んでもらわないといけない。

 だからメキナハをハビに連れ戻した。


 せっかくメキナハがハビにいるんだから、ひとまずメキナハが『落ち人』を呼べるか、試してみることになった。

 ロクが何人か『落ち人』を用意してくれていたが、彼には落とし役の心当たりがあった。彼の母だ。いつまでも父親が作った箱庭の中に閉じこもって現実を見ない、ダイガクとかシュウショクとか訳のわからないことを言いつけてくる母親を見ていると、彼は気がおかしくなりそうだった。ここは母の故郷じゃない、思い出せ、あなたたちが言う『異世界』にいるんだとずっと言ってやりたかった。そうして現実を知れば、彼の母ならすぐに助けを呼ぶだろう。彼らはジザの「神殿」である砦で実験してみることにした。

 だが母親を連れ出す計画を、どうしてだか父親が知ってしまって、慌てて計画を中断した。ツダが既にハビまで来たことを知ったロクは、ジザでリュウが父親に見つかるのはまずい、オイノに戻れと伝えてきた。

 だから彼はオイノの学園で何一つ知らないふりで過ごしていた。もし彼の父親がなにか言ってきても、とぼけ通すつもりだった。彼にとって父親は邪魔だったけど、まさかあんなに早く死んでしまうとは思わなかった。遺産がたっぷりあるからいいけど。



「ああ、僕がゲンたちの遺体がどうなるか知りたがった時のことか。え、あれ、知らないの。騎士団とやらの調査能力も大したことないね。仕方ないなあ、特別に教えてあげる。

 シキの一族の中にはね、死んだら『落ち人』みたいに体が光って消えちゃう奴がいるんだ。ずっと昔からそうだったって。それで、大体三代に一人ぐらい、そういう奴が現れるように、一族と『落ち人』の血の割合を調節してたんだって。そのくらいの割合だと、予兆を見る力が残りやすいんだ。そのためにいろんな組み合わせで子供を作って、力を残してきたって。「ヒンシュカイリョウ」っていうらしいね。

 だからゲンが光るかどうか、ロクが知りたがったんだ。光らなかったらしいけど。

 でも死んだら光って消えるなんて素晴らしいと思わない?腐るよりずっといい。僕ら子孫は光らないって聞いた時にはガッカリしたもんな。父は光るのにわざわざ煙になったって、馬鹿だな。メジロさんはどうかなあ。直系だから、光るかもしれないね!」


 いっそ朗らかなリュウの供述に、大人たちは皆、暗澹たる気持ちに包まれた。

 『落ち人』の子孫は彼だけではなく大勢いる。皆、苦労しながらも『普通人』として身を立てている。確かにリュウは閉じた『里』で生まれ育ち、外での生活では苦労することも多いだろう。しかし、これだけのことをしでかす理由になどなりはしない。

 この少年は、壊れている。涼やかな目元の瑞々しい少年なだけに、その落差にいっそう人々は慄然とした。彼を壊したのはツダか、『里』か、自ら壊したのか、それとも元から壊れていたのか。

 わからないが、この少年を野に放つことだけは決してできないことはわかった。



 クダツーとキャシーは、結婚に先立って子供を引き取ることにした。ゲンの子で、ロクが処罰を免れ得ない今、唯一のシキの男子となった子供だ。以前に彼を引き取った両親は、彼の背景を聞くと黙って保護者変更の書類に署名した。養父の男性が体を壊してからは、子供は邪険にこそ扱われてはいなかったものの重荷になっていたようだ。養母だった女性は、「いい子でいうことをちゃんと聞くのよ」と言って子供の頭を撫でたそうだ。子供は一度だけ養母に抱きついて泣いたがその後は大人しくついてきたらしい。

 クダツーとキャシーならば、子供を愛し守り伸ばしていくだろう。

 


 メキナハはジザの崖の上から、すみやかに進められている神殿の解体と山道の整備の様子を眺めていた。この山中に落ちてしまった『落ち人』が、迷わないように、怪我のないように、望楼や避難小屋、誘導立札、救難信号などを配置し道路を整備してすぐに保護できる体制を作る。そしてこの地を『落ち人』たちが自ら統治する。これなら、予兆を読む者がいなくても、『落ち人』の保護は可能だ。以前、メキナハがヘッシガーキに提案した、この地の『落ち人』たちによる管理が現実になりつつある。

 派兵されてもほとんど出番のなかったハビやオイノの兵士たちをたっぷりと使って、ヘッシガーキはジザの山岳地帯を開拓する大規模な工事を進めていた。


 それでも、全てが整うまで数年はかかる。それまでに『落ち人』が落ちてこないとも限らない。メキナハは、それまでは自分が予兆を読まねばならないかと覚悟したが、この役を申し出てきた意外な人物がいた。前首長ソホの妻、タイシャだ。


 タイシャは孕み様だ。生まれた瞬間からジザの首長に嫁ぐことが決まっていて、ずっとそういうものだと思っていた。これでいいのだろうか?と思わないでもなかったが、成長した彼女は有無を言わさず当時の首長ソホの元へ嫁がされた。彼女はその時点ですでにソホには愛人がいるのを知っていた。この愛人が狡猾で残忍な女であることも。

 タイシャは愛人との争いを避け、大人しくしている道を選んだ。そうでもしないと、争う術を持たないタイシャなど簡単に踏み潰される。彼女は夫や夫の愛人、夫の兄やその妻子の専横を黙って見ていた。でしゃばらない限りはその連中はタイシャを見逃していた。というか気にも留めなかった。子も授からなかったのでこれ幸いと彼女は別宅で暮らし、ジザの惨状から目を逸らした。そうして彼女はじっと待っていた。

 現在、彼女に恐怖をもたらす者たちは皆、彼女の前からいなくなった。夫も、その兄も妻子も、愛人もその子も、もう、彼女を害する者は誰もいない。彼女は安堵すると同時に虚しさに囚われた。

 生き残ったのだから、最後にちょっとだけ役に立ちます。彼女はそう言ったという。


「これでお前も心配しないですむだろう」


 ヘッシガーキに言われメキナハは驚いた。

 もちろんヘッシガーキは、メキナハのためだけにジザを攻略したのではあるまい。しかしメキナハのためでなかったら、ヘッシガーキはここまで動かなかっただろう。


「親バカもここに極まれりですねえ」


 クダツーが呆れ果ててこぼした。

 メキナハはヘッシガーキに深く感謝したが、あまりのことにちょっと引いたのは内緒だ。


「キーナ」


 ガレシュの声にメキナハは振り返り笑顔になった。

 彼は、騎士団に戻り再び捜査員を目指すという。これまでの活躍と今回の功績で、それもそう遠い未来ではなさそうだ。

 今日、二人はジザを発ち、カイレーへと戻る。シデスラでは旧王家をはじめとする様々な思惑がメキナハたちを手ぐすね引いて待ち受けていることだろう。


 メキナハは振り返って最後にもう一度、解体されていく砦を見た。砦は半壊している上、カナメが壊れていつ崩落するともわからなかったため、取り壊されることになったのだ。メキナハは別棟で一人この砦を眺めて暮らしていた日々を振り返った。様々な思いを持ったこの砦も、次にジザを訪れる時には、すっかりなくなっているに違いない。


「行こうか」


 ガレシュがメキナハの肩に手を回して促した。メキナハも彼の背中に手を回し、彼を振り仰いで微笑んだ。


 そうやって彼らは一歩を踏み出した。


End

ありがとうございましたーー!ゴールしました。


次回からは『もっと甘く!シャイで小柄な伝説の戦士なのに糖分が足りないと言われてます、この際なので味蕾がのたうち回るくらいなやつを目指します』が始まります(始まらない)。


いやでも、まだ回収できてないフラグとかもあるので、いつか続きがちゃんと書きたいと思ってます。がんばります。

最後に番外を二話、投稿します。それではまた明日!


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