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一行は一旦、カイレーへと引き上げた。負傷した者もいるし(メキナハだ)ハビに不法入国している状態の者もいるし(メキナハだ)突然いなくなって関係各所に迷惑をかけている者もいる(メキナハだ)。どこかから横槍を入れられないうちに、速やかに撤退すべきだ。シィトゥーハは一歩先に帰国した。学院で騒ぎになっていたからだ。ツダを荼毘に付し「師匠の墓」の隣に埋葬すると、一行は医師のキャシーを連れてカイレーへと急いだ。
キャシーはこれまで不可侵の存在だった。優秀な医師なので、機嫌でも損ねて診療してもらえなくなることをどの陣営も危惧していたからだが、彼女がこれまで、患者であればどこの者でも公平に扱い中立に徹し、旗色を示してこなかったからでもある。
だが今回、メキナハたちの援護をはっきりとしてしまった。カイレーに肩入れすると示した以上、身の危険がある。カイレーに連れ帰るに限る。
そう主張したのがクダツーでなければ、皆苦笑することはなかったのだけれど。
空路モッパートへ戻ると、ヘッシガーキが彼らを出迎えた。彼は一人ではなく、シィトゥーハやイイタダイも伴ってきていた。
「タダ!」
ガレシュがイイタダイを見つけ駆け寄った。
「レジー、相棒!無事でよかった!」
「お前もな、音沙汰なくて心配したぞ」
二人は肩を叩き合って満面の笑みを浮かべた。
「タダ、お前、一体なにをしてたのか洗いざらい話してもらうからな」
「僕が言いたいよ、レジー、キーナちゃんとはどうなってるんだよ」
「気になるのはそこか?!」
二人の会話に、周りから笑いが起きた。
ツダの死を家族に知らせたのはヘッシガーキとクダツー、そしてメキナハだった。
至急帰国せよの知らせを受けたシュンとリュウが支える中、サラ夫人は泣き崩れた。
二人の息子は今回のツダの行動は知らなかったらしく、突然の死の報告に茫然自失の様子だ。遺品と見舞金を手渡し、ツダの最期の言葉を伝えると、メキナハは長居しなかった。カイレーの『里』に初めて足を踏み入れるのがこのような事だとは、なんともやりきれない気分だった。
「ここは本当にあちらの世界の風景に似ている。ツダがここに『里』を開いたのもわかるよ」
クダツーが『里』で農業に勤しむ人々を眺めながら言った。それは確かに美しい風景だった。
「私はツダに同調することは到底できないが、同じ世界から来た者として、少しだけ気持ちもわかるところもあるよ」
メキナハは返答することができず、ただクダツーに頷いてみせた。クダツーは漠然と頷くメキナハに微笑みかけた。
ツダはこの世界はちぐはぐに発展していると言っていたが、このつぎはぎとでもいうべき世界はツダの言う通りだとクダツーも認めざるを得ない。特定の分野だけ突出して発達しているのだ、飛行船などはその筆頭だ。おそらくその分野に秀でた『落ち人』が昔、いたのだろう。しかし、飛行術はあるのに鉄道はない。ちぐはぐだ。
またカイレーの民主化も、『落ち人』が示唆したと聞いている。民主化という考え方を旧王家に植え付けたのは『落ち人』に違いない。
だが、そういった特定分野以外の部分は、置いて行かれているというか、前時代的というか、不便なままである。例えば情報伝達手段とか。
「それでも私はこの『里』で暮らす気にはなれない。ここがどれだけあちらに似ていても、あちらではない。こちらの要素を排除して、閉じた世界で暮らしていくのは不自然だと私は思っている。もちろん、もうここでしか生きていけない『落ち人』もいるのだろう、サラ夫人のようにね」
メキナハが振り返るとまだツダの邸宅が遠くに見えた。ヘッシガーキが一人残り当面の彼らの生活を整えているはずだ。お前は深く関わらないほうがいいとのヘッシガーキの言葉に甘えて、メキナハは彼に全て任せてその家を後にした。
「ツダはここの維持が難しいことを悟っていたんだな。『落ち人』やその子孫だけでここを存続させようなんてずいぶん困難だ。現に人口も減っているじゃないか。
ツダは人を集めようとして、いろんな手を打っているよね。ヤデイニトコの件でここに移住を決めた『落ち人』もいるし。
……君のことだって、君を使ってジザを通さず『里』の住人を増やしたかったんじゃないかな、それに君が一人いれば『里』の防衛は安泰だしね。
サラ夫人のためだとすれば、強引だけど深い愛だな」
そう言われて改めて『里』の美しい風景に目をやると、それは脆く儚いものに見えた。
「さて、お集まりの皆さん、なんとも後味の悪い事件でしたが、答え合わせといきましょう」
モッパートの本邸に集まった面々を前に言ったクダツーの言葉に、全員が首を傾げた。
「すみません、つい、というかどうしても抗えず。お約束なんですよね、あちらの。ミステリーが好きだったもので。気にしないでください」
キャシーが無言で咎める目をしたが、クダツーは意に介さなかった。
「……初っ端から横道にそれたが、まずはだな。わかったこととわからないことの整理をしよう」
ヘッシガーキがクダツーを横目で見ながら切り出した。
メキナハはシィトゥーハを逃すため根城に残った。だが拉致犯らはメキナハが暴れた上にセヌリューバら救援隊が近付くのを知ると、下っ端を見捨て建物を破壊し逃亡した。そこで命を落としたのはツダだけではなかった。どのように建物をあそこまで破壊できたのかはわかっていない。
ツダが言っていた「シデスラのマサ」という『落ち人』は確かに存在する。おそらくこの人物が、セヌリューバらを国境に送り、ツダと共謀してゲンをカイレーに引き入れた人物だろう。彼は、五代名家のひとつで屋号がシデスラの家、つまり百年前にカイレーの民主化を推し進めた旧王家に仕えているらしい。だが旧王家がどこまで関わっているのかはわからない。
「ヤデイニトコのグエン」は、例の衝突の際にカイレーに入国した『落ち人』の中にいた。あの時ヤデイニトコ側で『落ち人』たちを煽った人物だろう。その後カイレーに留まり「シデスラのマサ」といるらしい。が、今回の件に関わっているかはわからない。
そしてなにより、なんのためにメキナハを拉致したのかがわからない。ツダが強硬手段に出た可能性がなくはないが、それならばメキナハをもっと拘束するなりしたはずだ。メキナハが容易く倒してしまうような下っ端ばかり集めている点もおかしい。ツダは後から知らされ慌ててやってきて巻き込まれたと見るべきだろう。
「そんなところだろうな」
ヘッシガーキは頷いた。
「それで、今後、どう動くかだが。
ツダというカイレーの『里』前代表に加え、政府要職にあるモッパートの、大切な保護下の子供達まで、合わせて三人がハビに拉致された挙句、ツダが命を落とす羽目になったんだからな。当然、犯人を探さなければならん」
「え?……」
メキナハは当惑した。当初はメキナハも、ツダまで拉致されたのかと思ったが、すぐに拉致犯側にいると理解した。だからツダは自発的にハビまでやってきているはずなのだが……。
ヘッシガーキを見ると、悪戯そうに片目を瞑ってみせた。
ああ、そういうことにするのか。なるほど。
「だが今のハビの指導者たちには、どうも統治能力が足りん。少し前にも犯罪者のゲンを逃しているしな。仕方がないので我々が犯人探しを援助することにした。仕方がないからな。そこで、少々人員を派遣することにした。言葉ができる者を中心に五十人ほど人選を進めている」
「……少々?」
クダツーがすかさず指摘する。
「ん?足りんか?クダツー副主任?
……それでだな、我々は捜査の結果、今回の件を主導したのはハビではなくジザだという証拠を発見することになる。真犯人がジザにいる以上、ジザを伐つもやむなし、となる」
「え!?……」
メキナハはさらに驚きヘッシガーキを見ると、今度は重々しく頷いてみせた。
そういうことにするのか……。本当にそうなのかもしれないが、なんというか……。
「なるほど、本丸はジザということですね」
「ホンマルがなんだか知らんが、この際ジザは徹底的に叩くべきだ。今、ヤデイニトコに協力を仰ぐのは困難だが条件しだいでは動くだろう。ハビとオイノは逃さんよ、必ず巻き込む」
最早「巻き込む」と自ら言っているヘッシガーキにメキナハは具体的にどうするのか聞くのはやめた。
「シデスラのマサとヤデイニトコのグエンには、私が接触しましょう、ツダの話が本当ならば、彼らもジザには思うところがありそうですし。むしろ、あちらから接触してくるかもしれません」
クダツーが言った。彼が『落ち人』である事実は、今回のことで多くの人が知るところとなった。件の二人がそのことを知れば必ず接触してくる、ツダのことを知りたがる、とクダツーは確信していた。
「……あの」
キャシー医師が遠慮がちに声を上げた。
「関係あるかわからないのですが、最近ハビで『落ち人』の拉致未遂事件が相次いでるんです」
一同が一斉に彼女を見た。
「捕まりそうになって逃げたりして、怪我をした患者を何人か診察しました。年齢や職業などには共通点がありませんでしたが、『落ち人』ばかりでした」
メキナハは息を呑んだ。
『落ち人』を拉致し、メキナハを拉致してなにをしようとしていたのか。
「……まさか」
メキナハは呻いた。誰かが、『落ち人』を落とそうとしている?それはその場の全員の危惧することになった。
「ありがとう、キャシー先生、それは重要な情報だ。
……あまり猶予はないようだな、すぐにでも先発隊をやろう。本隊は三日後に出発だ、参加したい者は各自準備しろ」
「……お父様」
メキナハが声をかけた。
「ゲンの息子の、一般家庭に引き取られたという子供の行方を探していただけますか」
「居場所は把握しているが、どうした」
さすがだなとメキナハはヘッシガーキを心の中で称賛した。
「現在、シキの直系の血を継ぐ者は、私と、ロクと、その子しかいません。もしジザが本当に『落ち人』を落とそうとしているのなら、その子の存在は大きいはずです」
「なるほど。大至急保護させよう。他に気になることはあるか?」
「今のところは思いつきませんが……。そうですね、今回の首謀者は誰でしょう。ツダ様ではありませんでした。でもロクでもなさそうな気もするんです」
では誰だ?と聞かれると、メキナハにもわからない。
「気に留めておく。行くぞ」
ヘッシガーキがメキナハの肩を叩いた。
ガレシュは降格となった。上層部から捜査員を解かれたのだ。
ヘッシガーキに同行することは許可したが、職務を放棄することは許可していないという、こじつけも甚だしい理由での処罰だった。
だがそもそも国境警備中にヘッシガーキに同行することが異例だったのだ。何らかの罰を与えないと規律の低下を招く。それは覚悟の上での行動だったし、処分があるのは納得しているが、捜査員を解かれるのは厳しすぎる。この処罰は見せしめ的な要素を多く含むが、自分に後ろ盾がないことも影響しているとガレシュは考える。降格が悔しいというよりガレシュはそのことが悔しかった。
最初になんらかの処分が下るだろうと皆の前で聞かされた時、メキナハは真っ青になってガレシュに謝ってきた。自分を追いかけたせいでガレシュが罰を受けることになってしまうと。ガレシュは彼女の額を指で弾いてやり、そうだ、反省しろよと言って笑った。そして君のせいじゃないと言ってやった。
だがこれがもし、強力な後ろ盾を持つ者、例えばセヌリューバなら、同じことをしてもここまでの処分にはならなかった。自分の立場の脆弱さを再認識しつつ、ガレシュはモッパート別邸前の砂浜に腰を下ろして波を眺めていた。
人の気配に振り向くと、メキナハが歩いてくるのが見えた。
「キーナ?」
ガレシュが驚いて立ち上がるとメキナハはゆっくりと歩み寄ってきた。
「こんにちは……」
メキナハは、なんだか一生懸命微笑んでいると言った風情だった。
「ガレシュさんが捜査員を解かれたって聞いて……」
ガレシュは首を振った。
「それでわざわざまた謝りに?前にも言ったが君のせいじゃない。反省してほしいのはそこじゃないぞ」
ガレシュの顔色に、メキナハは首をすくめた。反省しなければならないことがあると、自覚しているのだ。
「君、また、捨て身になってたな?あれほど自分を大切にしてくれって言ったろ」
「うん……。そうだね。ごめんなさい」
ガレシュはメキナハの言葉が崩れていることに気付き片眉をあげた。
「処分は覚悟の上だ。少々厳しすぎるとは思ったがな。ああ、それで君、俺を慰めにきたのか?」
ガレシュがからかうように言ったが、ガレシュの前に立ち彼を見上げるメキナハは真剣だった。
「違うの。あのね、私……。あなたに、私を、慰めてもらえないかなって思ったの」
ガレシュが驚いてメキナハを改めて見ると、メキナハは微笑んでいるのに、どこか震えているようだ。
メキナハは以前、誰かに慰めてもらうことすら怖くてできないと言っていたのに、それはつまり。
ふと顔を上げると、歩き去るセヌリューバとシィトゥーハの兄弟の背中が見えた。メキナハをここまで連れてきたのは彼らだったのだ。
「私ね……。あのハビの瓦礫の中で閉じ込められて、もしこのまま助けが来なかったら、って考えたの。そうしたら、もしかしたらこのまま、私がいなくなった方がいいのかもしれないって、頭によぎった。その時はじめて、自分が自棄になってるって、気がついた。
それで、あなたのことが浮かんできて、あなたが言ってくれたことが思い浮かんで、会いたいって、なんとか助かって、あなたに会って、気持ちを伝えたいって、すごく思ったの」
ガレシュは訥々と話すメキナハを見つめた。
「ガレシュさん、あなたが好きです。もし間に合うなら、私……、私を、慰めてもらえませんか?」
ガレシュは胸が詰まってなにも言えなかった。ただメキナハを引き寄せると、彼女を強く抱きしめた。メキナハも、おずおずと抱き返してくれた。ガレシュがメキナハの頬に触れると、彼女の目の端に涙が盛り上がっていた。
「ツダは、残念だったな」
メキナハはガレシュの腕の中で何度も頷いた。
「辛かったな、キーナ」
メキナハの目から涙がこぼれ落ちた。ガレシュは腕の中のメキナハを覗き込んだ。
「キーナ……。また「お守り」を預かってくれないか?」
メキナハはガレシュをじっと見つめた。
「預かるだけで、いいの……?」
そんなわけない。ガレシュは、返事の代わりにメキナハに深く口付けた。
糖分補給とは……?
ありがとうございました。
次回は金曜日に更新の予定です。
次の週末で完結するはずです。たぶん。
よろしくお願いします。




