番外 アーニーのはなし
番外編です。
ツダさんやアーニーさんが落ちてきた頃から始まります。
短いですが、どうぞよろしくお願いします。
とんでもないことを聞いてしまったと、アーニーは思った。
早くここから逃げ出さなければ!アーニーは震える足をなんとか運んで遠ざかろうとしたが、近づいてくる足跡の方が早かった。
「お前、『落ち人』の!聞いていたな!」
部屋の中から出てきた男が叫んだ。そう、アーニーは聞いてしまった。自分たちは、あちらの世界の人々を呼び寄せるための「落とし役」であると。しかもこの男たちはアーニーたちを「始末」して、次の落とし役を見つくろう算段をしていたのだ。
これまで彼は、自分たちは一体どこにいるのか、何故こんな目にあわされるのか、いつまでこんなことが続くのか、さっぱりわからず絶望の日々を送っていたのだが、他の者を呼び寄せるためだったとは。
しかし驚いている場合ではなかった。目の前の男が剣を抜いて迫ってきていた。
「ちょっ、ちょっとお待ちください!俺が!俺があいつらをもっと役に立たせますから!あいつら、何が何だかわかってないんです、本当はもっと役に立つんです!」
何がどう役に立つのかもよくわからないまま、アーニーは叫んだ。
「……ちょっと来い」
男は剣をアーニーに突きつけたまま、部屋の中へ入らせた。そこにはあの恐ろしい男、アーニーたちをいつも痛めつける、いつも周りから首長と呼ばれている男がいた。アーニーは震えが止まらなかった。腰が抜けて尻餅をついたアーニーを冷たい目で見ていた首長は剣を持つ男の話を聞くと、アーニーの傍らに立ち、男から剣を取り上げアーニーに突きつけた。
「いいだろう、やってみろ。だが、よく覚えておけ。落とし役は、自分たちが落とし役であることを知ったら、あっちの人間を呼べなくなる。その瞬間からお前ら全員役立たずだ。そうなればどうなるか……。わかっているな」
アーニーは自分がどんな選択をしたのかを悟って目の前が真っ暗になった。だが、他に何ができたのか?ああでも言わなければアーニーも他の落とし役たちも命はなかった。
「お前だけ無傷じゃ怪しまれるからな」
首長は獰猛な笑いを見せると、嬉々としてアーニーを痛めつけた。
集められた落とし役たちの前に、アーニーはどさりと放り投げられた。
「なんだってこんなことに……。お父さん…!お母さん…!誰か助けて……」
アーニーは落とし役たちの前で涙を流した。それは本当の嘆きだった。
「やめろ!」
ツダと呼ばれてる男が叫んだ。女たちは皆、アーニーの嘆きを聞くと、しくしくと泣き出し男たちも膝をついていた。アーニーは最初の役目を果たし安堵のあまり気絶した。
落とし役を続けるのは絶望と苦痛の日々だ。だが少なくとも生きている。自分や落とし役たちが殺されないように、アーニーは様々に工夫を凝らした。落とし役たちに、より多くの『落ち人』を落とさせて首長に役立つと思わせる一方で、落とし役たちが絶望しすぎないよう適度に希望を与えたりもした。
「さすがに効率が悪くなってきた。そろそろ落とし役を変える。こんなに長いこと同じ落とし役が続いたことは今までなかったくらいだ。お前はずいぶん役に立ったからここに残してやるが、他の奴らをどうしたい」
とうとうその時が来た。この時のためにアーニーはどうすればいいかを考え続けてきた。彼は自分自身のことは諦めざるを得なかった。これだけ内情を知ってしまった彼を、ジザは手放さないだろう。
「あの落とし役たちを黙らせるのは簡単です。必ず口をつぐませます」
首長は無言で先を促した。
「あいつらが呼んだせいで大勢『落ち人』が落ちたんだと皆にバラす、と脅せば絶対にしゃべりません。あいつらはもう無害です。他の『落ち人』と同じように売り払えばいいと思います」
首長はにやりと笑った。
「いいだろう、お前ならそう言うだろうと思っていた。お前は引き続き役に立ってもらう。どういうことかわかってるな」
アーニーは力無く頷いた。
「いいか、お前たちが落とし役だったことは黙っててやる。だが、ジザを裏切ってみろ、落とし役がバラされるだけじゃないぞ、これから落ちてくる全員にも知らせるし、そいつら全員、酷い目に合わせてお前たちのせいだと言ってやるからな」
そう脅してから、落とし役たちをジザから去らせたとアーニーは聞いている。
その後アーニーは長い間、ジザの首長やその次の代の首長に仕えた。次の代に期待されていたのは首長の長男ゴスだが、彼は父親が決めた婚約を一方的に破棄し弟のソホに首長を譲ってしまった。
ソホとゴスの二人は、光の粉を見る力は弱く二人が力を合わせなければ『落ち人』を落とすことができなかった。だから二人は、彼らの父親のような強い力を持った子が一族の中に誕生することを切望した。
彼らの祖母は、一族に「孕み様」と呼ばれる女性だった。孕み様とは一族の直系と『落ち人』の間の子のことだ。一族はずっと以前から孕み様を首長の伴侶としてきた。強い子供を得るには、孕み様が必要だ。
だがソホの代の一族を見回しても、強い孕み様はいない。ゴスが婚約破棄した女性は孕み様だったが兄が一族もろとも殺してしまったし、ソホの妻タイシャも父親は庶子で強い孕み様とはいえない。現在のゴスの妻キガラにいたっては孕み様ですらない。ロクやゲンなど次代の男たちに、大きな力を持つ者は期待できそうにない。
だが、次代には強い孕み様が一人いる。首長のソホと『落ち人』との間の女性、メジロだ。
実はロクもゲンも二人ともゴスの子なのだが、ソホはそれを知らぬふりをしている。だが知っているはずだと思う。いつの頃からか、自分の庶子のはずのロクを後継とすることに徐々に熱を失っていったからだ。
そして、表向きソホの子であるロクは兄妹なのでメジロは娶れない。ソホが兄に娘をやると言った手前、メジロはゲンに娶られ、ゲンが首長となる。いずれ、兄弟の父のような強い力を持つ首長が生まれ、『落ち人』を数多く落とし、ジザを再び活発にする。
それが兄弟の願いだった。
アーニーは震える手で知る限りを手紙に記した。神殿の見取り図、隠し部屋や通路、シキの一族の系譜、ジザ内外の協力者など……。
書き終えるとアーニーは遠い記憶を探った。サラ……。ああ、あの人か。いきなり落ちてきて、落とし役であることも何も知らなかった頃、恐怖に震えるアーニーを勇気づけてくれたのがサラだった。
あの人が、たとえ偽りの中であろうとも平和と安らぎの中で幸せに暮らしているのなら、アーニーの辛酸も少しは報われた気がした。
重い!番外までもが重い!
次回、本編に戻りますが、ちょっと糖分補給ができたらいいな、と思っています。よろしくお願いします。
それでは、また明日。
ありがとうございました。




