さんのさん
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ガレシュは困惑していた。
トーザッタとの国境近くの野営地に、メキナハの養父、国の重鎮、上司セヌリューバの父親で、名家代表モッパートの当主であるヘッシガーキが直々に、しかも単身ガレシュを訪ねてきたのだ。南部モッパートの領域内とはいえ護衛も連れずにやってくるとは、なにか途方もないことが起こったのだろう。
隊長が自分の天幕を使うよう申し出たので、他の天幕よりはマシだろうとありがたく使わせてもらうことにして、何事かと物見高い仲間たちを遠ざけ、ガレシュはヘッシガーキと向き合った。
「ガレシュ君、いや、レジー君と呼ばせてもらおうか、君、最近ウチの娘とは交流がないらしいね」
「……はい」
確かにガレシュは以前のようにメキナハに手紙を送っていなかった。だがわざわざヘッシガーキがここまでやってきて尋ねることだろうか?
ヘッシガーキは鋭い目つきでガレシュを見ている。ガレシュはむしろそれまでよりも高く頭を掲げて真っ直ぐにヘッシガーキを見返した。
「プロポーズを断られてしまいましたので彼女とはしばらく距離を置くことにしました。何事か起こったのでしょうか」
ヘッシガーキはそれには答えずガレシュを横目で見た。
「プロポーズと言ったが君、あれはどちらかといえば単なる救済措置だろう?」
「……俺、いや、私は、自分の気持ちをキーナ……、お嬢さんに伝えた上で婚姻届を預けました。確かにお嬢さんを助けるため、あのような形にはなってしまいましたが、それがなかったとしてもいずれは正式に求婚していたと思います」
「それで断られて距離を置いているわけか」
「私にも彼女にも、考える時間が必要と判断しました」
ヘッシガーキは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「それで、娘に断られて、レジー君は今後どうするのかな?」
ガレシュは顔をしかめた。
「……失礼を承知で申し上げますと、二人の個人的なことは彼女の承諾なしに漏らすべきではないと考えます」
ヘッシガーキは片眉を上げた。面白そうな腹立たしそうな複雑な表情だ。
「君の考えを聞いておきたい。それによって私の今後の行動も決まってくるのでね」
ガレシュはますます眉を寄せた。
「……わかりました。彼女は確かに、私を特別だと言ってくれましたが、現在、誰が相手だろうと恋愛するのは苦しいと……」
ガレシュは業務連絡のように冷静に話していたが、ヘッシガーキは彼の耳が赤らんでいることに気付いた。
「それで私は、……しばらくは待っていると伝えました」
「しばらく?ずっとではなく?」
「……はい、私はこのような職業ですし、永遠を約束できるほどの自信もありませんので。
彼女が……、なんらかの理由で私を遠ざけようとしているとは感じました。それで、もし、私の存在が彼女にとって重荷なら、距離を取らないといけないと考えましたし、多少拗ねてもいましたので」
ガレシュは正直に打ち明けた。ヘッシガーキはそれでも横目でガレシュを見ていたが、名家の当主らしくもなく「チッ!」と舌打ちするとガレシュを正面から見た。
「君がイヤな奴かダメな奴かズルい奴ならよかったのに」
「……は?」
「そうしたら遠慮なく可愛い娘から遠ざけてやるのに」
「……は?」
「教えたくないが仕方ない」
「……?」
「メキナハが行方不明だ」
「……!!」
突然の知らせに、驚きのあまりガレシュは声も出ない。
「ここには来ていないようだな」
それはそうだ、無理がありすぎる。ここは国境の野営地なのだ。
「自発的に出ていくにしてはやり方が彼女らしくない。訓練や会議の予定が詰まっていたのに何の連絡もなく突然いなくなっている。やはり拉致されたと考えるべきだな」
「で、ですがメキナハ嬢を拉致なんて、できるんですか?」
彼女は「伝説の戦士」だ。彼女を捕えるには何人必要か考えた。
「私も最初は思ったさ、キーナが拉致されたらしいと聞いて、どこのバカがあの子を連れて行くなんて無謀なことをしたんだってね。だが、」
ヘッシガーキは眉を寄せた。
「シィトゥーハも学院から消えている。駆け落ちしでもしたんだろうという者もいるが、そんなことはモッパートの誰一人信じてはいない」
そういうとヘッシガーキはガレシュの肩に手を置いた。
「娘が君に信を置いているのは承知している。少なくともシィトゥーハよりはな。おそらく、シィトゥーハが人質に取られメキナハは脅されたのだろう。
シィトゥーハの方の足取りはセヌリューバが血眼で追っている。君はメキナハの事情や事件の経緯をどこまで知っている?」
「……詳しいことは、ほとんど何も。お嬢さんも何も言っていませんでしたし、無理に聞き出すべきではないと考えました」
ヘッシガーキは感心したように片眉を上げた。
「大した忍耐力だな」
「相当に自制していると自負しております」
ヘッシガーキはガレシュの肩を叩いた。励ましにしては少々強かったが。
「事情も聞かせてもらったし、ここにはいないなら私はもう行くが、君も来るかね?」
「許可をいただけるのならば是非」
「処罰があっても私は庇えないよ」
「……承知しています」
「不服かな?」
「……正直申し上げれば、苦労してここまできましたので処罰で瑕疵がつくのは不服です」
「君は馬鹿正直だな」
「時と場合によります。それはそれとして、どちらへ?」
「……メキナハが連れ去られるのなら、候補は二ヶ所だな」
ツダの元か、ジザだ。
ガレシュは渋る隊長から半ば強引にヘッシガーキに同行する許可をもぎ取った。苦虫を潰す隊長の様子に、処罰は確定だなと覚悟を決めた。
道中、ヘッシガーキからこれまでの話を聞かされたガレシュは複雑な感情が渦巻き、自分がどう感じているのかすら整理できない状態だった。メキナハを尊重して詳しく聞き出したりはしなかったが、もっと積極的に踏み込むべきだったのかもしれないという後悔、口を閉ざして語らなかったメキナハへの恨めしい気持ち、彼女をそこまで追い込んだ状況への怒りやもどかしさ、そして何より彼女が見つからないことへの焦りや絶望感だ。
「シスデラには近寄らん方がいいだろう」
ヘッシガーキの言葉にガレシュは驚いた。行き先は首都シスデラの騎士団事務所と思っていたのだ。
「首都ではいろんな人間の様々な思惑が十重二十重に渦巻いているのでね、面倒を避けたいのさ。私も事態の全容を把握しているわけでもないしね」
ヘッシガーキが把握していないのなら、カイレーで把握している者は、いない。
メキナハは、ほんのわずかの間に一人になった隙に、数人の男に取り囲まれて脅されたのだった。
「大人しくついてきてくれりゃ、君のお兄さんは無事に返すよ」
そう言われてメキナハは、とりあえず涙ぐんで震えてみせた。状況把握と時間稼ぎをしなければならない。
「嘘です、兄さまはそういうのは全部嘘だから、ついていっちゃ駄目って言ってました!」
だがメキナハの渾身の演技も男たちは鼻で笑った。
「面倒くせえからそういうのはいいから。嬢ちゃんが強えのは聞いてるよ、だが兄さんが心配だろ?無理矢理連れて行かれるのと自分で歩いて行くのとどっちがいいか?」
一瞬メキナハは、こいつら全員伸してやって、力尽くで兄さんの居場所とやらを聞き出してやろうか、と思ったが、それこそ「面倒くせえ」のでやめた。
それにしても兄さんとは誰だろう?メキナハには「兄」と呼べる人物は三人いる。異母兄とされるロクと、養女となった先のセヌリューバとシィトゥーハだ。
おそらくシィトゥーハだろうなとは思う。騎士団員で主任のセヌリューバに手を出すのは相当困難だ。もしロクなのだとすれば、そいつは好きなようにどうぞ、とその場で回れ右して帰ってやる。
シィトゥーハの護身術はまだ気休めのレベルだ。むしろ彼なら抵抗しない方が無事に済むだろう。その辺の実践はもう習っていただろうか?いずれにせよ必ず無事で助け出す。
「馬でいくの?」
「輿でも用意してあるとでも思ったか?お嬢様。一人で乗れねえなら抱きかかえてやろうか?」
「……乗れるわ」
馬で移動とは目的地まではだいぶ距離があるらしい。男たちのニヤニヤ笑いを見ながら、大人しくついていってやるが心底後悔させてやるとメキナハは決心し歩き出した。
モッパートの本邸へと向かっていたヘッシガーキとガレシュの元に、シィトゥーハが目撃されたという連絡が入った。しかも、場所はジザの隣国、ハビである。
「ハビか……」
「モッパート様はどうされますか」
ガレシュが聞くとヘッシガーキは眉根を寄せた。
「目撃証言だけでは、私はカイレーを離れるのは難しいだろう。レジー君は行くかね?」
「許可が出るなら、すぐにでも」
ヘッシガーキはため息をついた。
「できたばかりの可愛い娘をかっ攫っていきそうな野郎に託すのはどうにも業腹だが、仕方ない。
ハビに行こうとすれば、陸路ではどうしてもトーザッタかヤデイニトコを通らざるを得ない。現在、軍に派遣されている君が通るのは、なにかと厄介だ。海路か空路がいいだろう。どちらがいい?」
「旅程が短い方で」
「では空路だな。ハビならクダツー副主任が詳しいはずだ、セヌリューバと三人で渡れるように手配しよう」
二人はモッパートの港タパネサへと急いだ。
ガレシュにとって、生涯のうちで経験することもなかろうと思っていた飛行船での旅だ。なにもなければ愉快な状況だが、セヌリューバとクダツーは二人ともガレシュの上司だし、なによりメキナハやシィトゥーハのことが気がかりでじっとしていられない。小さな窓から眼下を見下ろしながら、ガレシュは不安を押し殺していた。
軍人あがりの騎士であるガレシュは、いつも心配してくれる人を置いていく立場だった。兄も軍人だがガレシュの方がずっと先に入隊していたので彼の心配はしたことがなかったし、入隊時にはすでに疎遠だった。こんな風に胃の底がキリキリと痛むような経験はない。
「キーナ……」
ガレシュは徽章に触れて、メキナハの無事を祈った。
ハビに上陸するや否や、一行はシィトゥーハが保護されたとの知らせを受けた。セヌリューバは安心のあまり座り込んだ。だが、メキナハは見つかっていなかった。
急ぎ保護された病院へ行ってみると、シィトゥーハは殴られて口の端を切っていたがそれ以外は無事だった。念のために病院で検査を受けていたが異常なしとの診断だ。医師はメキナハの知人でクダツーの婚約者、『落ち人』のキャシーその人である。
セヌリューバらの顔を見るとシィトゥーハは開口一番、「兄さん、メキナハさんが……!早く!助けないと!」と叫んだ。
聞くとメキナハはシィトゥーハを逃し、救援を呼んでくるように言ったという。
「ただし、カイレーの騎士団か、兄さんのチームの人たちにしか場所を教えるなって……。頑張って黙っていてくれって……。だから、早く行かないと!」
セヌリューバは頷いてシィトゥーハの頭を撫でた。
「すぐに手配しよう。準備の間、なにがあったか話してくれ」
「そんなことしてる場合じゃ……!」
「お前の話を聞く間くらい、キーナも待っていてくれるさ。しっかり状況を把握した方がいいしな。それで?お前、怪我はないのか?」
シィトゥーハは開きかけた口を一度閉じ、皆を見回した。全員の表情には混じり気なしの心配が浮かんでいるのを読み取ることができた。
「……学院の寮の部屋で捕まって、驚いて逃げようとした時に叩かれただけで、大人しくしてたら暴力を振るわれることはなかったし、兄さんやメキナハさんが放っておくわけないと思ってたから」
シィトゥーハは顔色は悪かったもののしっかりと話していた。
「閉じ込められてた部屋にメキナハさんが来て、逃してくれて……この病院なら安全だって……。迷惑かけて、ごめんなさい」
セヌリューバが俯く彼の頭を掻き回した。
「お前が謝るようなことはなにもない。よく頑張ったな、お前が無事で元気に帰るのが、何よりの手柄だよ、しかし、キーナはどうしたんだ?」
「メキナハさんは、僕を逃がしてくれた時、追いかけてくる奴らがいて、ちょっとあいつら倒してくるから先に行けって……」
シィトゥーハは顔を背けた。セヌリューバ、クダツー、ガレシュの三人は顔を見合わせた。
「僕も残るって言ったんだけど……」
「断られただろう?」
セヌリューバがさも当然そうに言うとシィトゥーハは傷ついた様子だった。
「誰が言っても断られたさ、あの子についていける人間は稀だ」
「うん……」
セヌリューバに励まされてもシィトゥーハの顔は晴れない。
「どうした?」
「……僕が粘ってたら、メキナハさんに……、足手まといだって、言われちゃった」
そりゃあそうだろう、とその場の誰もが思ったが、さすがに口には出さなかった。
「……そうか。あの子はわざとそんなことを言って、お前の安全を優先したんだよ。それで?」
「巻き込んでごめんなさい、だって。先に行って、助けを呼んできてくれって。森の中に目印があって、それをたどって病院まで行ったら、これをキャシー先生に見せれば助けてくれるって、貸してくれた」
そう言って差し出したのは、珍しい石のついたペンダントだった。
「それは……」
ガレシュが呟くとセヌリューバが振り返った。
「知っているのか?」
「はい、以前、キーナが持っているのを見ました。母親の形見だと……」
「……そうか」
セヌリューバは詳しくは聞かなかったが、想像以上にメキナハとガレシュが親しいことに驚いた。
「お前を捕まえた男の顔は、覚えているか?」
「……夢にも出てくるんだ、忘れられるわけがないよ」
セヌリューバはシィトゥーハの肩を叩いた。
「お前はゆっくり休むんだ。キーナは必ず連れて帰ってくるからな」
「駄目だよ、今度こそ僕も行く。森の中の目印は複雑で、どこを通ったかは僕にしかわからない。絶対つれていってよ、兄さん」
一同は顔を見合わせた。だがセヌリューバが口を開く前に、シィトゥーハは頑なに言った。
「なんと言おうと僕は行くからね。このペンダントは僕が直接、メキナハさんに返すんだ」
セヌリューバとシィトゥーハが押し問答を繰り返している間に、クダツーとガレシュは救助隊をあっという間に集めていた。
「主任、いい加減に行きますよ、シィトゥーハ君、ついてくるなら病衣のままじゃまずい、おーい、レジー!お前、シィトゥーハ君の装備を何とかしてくれよ!」
「準備できてます」
ガレシュはシィトゥーハに服や靴を差し出した。
「軽食の準備もしましたので腹を満たしてから出発しましょう。シィトゥーハ君は食べられそうか?」
「……少しなら」
ガレシュの用意した服に袖を通しながらシィトゥーハは答えた。
メキナハ拐かされるの巻。
ありがとうございました!
また明日。




