番外 コリュモとルバイヤのはなし
今回番外編です。
三章の始まりくらいの出来事です。
どうぞよろしくお願いします。
ルバイヤの治療院で、暴漢が侵入した際に重傷を負った騎士がいる。ナゴティグといい、長い治療の間にルバイヤは彼と懇意になった。彼が治療院の警護中に重傷を負ったことに責任と感謝を感じていたし、なんといっても彼は気のいい男だったのだ。
彼は騎士団に復帰は果たしたが、以前と同じような働きができるかは彼の機能回復訓練次第だ。
定期的に通ってくる彼が、今回はルバイヤを仰天させる情報を持ってきた。
「コリュモって騎士がいるじゃないスか、あの有名な」
突然コリュモの名前を出されてルバイヤはあたふたしだした。
「コ、コリュモ捜査官は、有名なのか?」
「そりゃ、あれだけ目立つ赤髪美人っしょ?言い寄ってたスケベ野郎をコテンパンにしたって聞いてまス。先生と、そりゃもう、じれったいカンジなのも、みんな知ってまス」
「……え?」
なんだって!?自分と、コ、コリュモ捜査官の仲を、皆が知っている、とは、どういうことだ?ルバイヤは一気に狼狽えた。
「先生、そんくらいでオロオロしてる場合じゃないっス。あの人と、どうにかなりたいんだったら、今すぐ口説きに行ったほうがいいっス」
「……え?」
「いつもスゴい先生なのに、あの人のことになるとヘタレになるなぁ。あのっスね、先生は騎士団の関係者だからコッソリ教えますけど、オレが教えたってナイショにしてくださいね、あの人、国境に派遣になるっス」
「…………え?」
ルバイヤは、思考が停止した。心に浮かぶのは、コリュモの姿だ。ナゴティグが、ヤデイニトコとの衝突とか騎士団からも臨時に数名派遣されるとか説明しているのも、ほとんど耳に入ってこなかった。
「先生、聞いてまス?」
「え?」
ナゴティグはため息をついた。
「さっきから、え?しか言ってないっスよ?いいっスか、よーーっく聞いてくださいね、国境に行ったら、帰ってこれるかわからないでスし、もう何人もから申し込まれたって聞いてるっス。グズグズしてる場合じゃないっスよ!いいんスか?誰かにかっ攫われるれても」
ルバイヤは押し黙った。コリュモが、あの人が、危険な国境に行き、帰って来る保証はない?何人もに申し込まれている?
「えっとっスね、騎士は危険がつきものっスけど、国境は格段っス。小競り合い中っス。それに女騎士が派遣されるのは、スゴく珍しいっス。いくらあの気の強そうなネエさんでも、きっと不安っス。だから、申し込むなら今っス。
治療院は今日はオレで終わりっスよね?あの通いの看護のバアさんが来るまで、留守番してやるっス。騎士団の事務所行って、とっとと呼び出すっス!」
ルバイヤはまだ固まっていた。ナゴティグはルバイヤの背をバン!と叩くと、追い出すように治療院から押し出し、彼の背後で扉を閉めた。ヤレヤレ、というナゴティグの声は、ルバイヤには届かなかった。
ルバイヤはほとんど無意識のうちに足を動かし、騎士団事務所に向かった。半分夢の中のような心持ちのまま、受付嬢のエンザギーにコリュモの呼び出しを頼むと、彼女は半目で「やっとですか」と言い、特別ですよ、と言い添えてコリュモを呼び出してくれた。どうやら二人のもどかしい関係を皆が知っているというのは本当のようだった。
コリュモは姿を現した時からすでに真っ赤だった。ルバイヤは勢いでコリュモを呼び出したものの、何を言ったらいいのかわからない。完全に上気していて、受付に居合わせた者たちが二人を固唾を飲んで見守っていることにも気付かない。
「あなたが、派遣されると、聞いて……」
ルバイヤは言い出したが、自分の言葉に絶句していた。この人が、派遣されるのか。この人が、いなくなるのか。
コリュモはルバイヤより、幾分かは冷静だった。周りから注目を集めていることに気付き、言葉が出ないルバイヤに声をかけた。
「せ、先生。あの、よろしければ、外に出ませんか?お話をしたいことが……」
人気のない公園に着くと、コリュモはルバイヤを見上げた。
「あの、お聞きおよびのようですが、私、紛争地帯に派遣が、決まりました。
そ、それで、先生に、お会いしたいと思っていたので、お会いできて、う、嬉しいです」
コリュモは一度言葉を切って俯いたが、決意したように顔を上げると震える声で話し出した。
「ルバイヤ先生……。私、先生が、す、好きです。私が、無事に帰ってきたら、その……。こ、恋人になって、もらえませんか……?」
「コリュモさん」
ルバイヤが彼女に両手を差し出すと、コリュモはおずおずと自らの両手を重ねた。
「コリュモさん。あ、あなたが好きです。結婚して、もらえませんか?」
「ええっ!?」
「だ、駄目でしょうか……」
コリュモはブンブンと音がするほど勢いよく首を振った。あまりに勢いがよかったせいか、コリュモがよろけた。
「す、座りませんか?」
二人は手を握ったまま、ベンチに腰掛けた。ルバイヤは深呼吸した。だんだん落ち着いてみると、なんということを突然申し込んでしまったことが。情緒がなさすぎる。
「あの、ですね、突然こんなことを言われて驚かれるのは、当然と思います。だ、だから、結婚については、無事に戻ってからでも、よく考えて返事がもらえたら、いいと思います。でも恋人には、今すぐに、なりたい。あなたが戻って来るまで、待ちたくありません。駄目、でしょうか……」
コリュモは再びブンブンと首を振った。
「う、嬉しい、です。とっても。嬉しい」
「よかった。僕も嬉しい。コリュモさん……」
二人は熱くお互いを見つめ合った。少しずつ二人の距離が近くなっていったその時。
まるでわざと大きな音を立てているかのようにガサガサと足音をたてながら、メキナハが近付いてきた。二人は慌てて距離を取る。
「本当にごめん。コリィ、大至急クダツー副主任に渡りをつけて欲しい」
え?キーナ?なんでここに?え?クダツー副主任?キーナが?なんで?今?いま!?このタイミングで!?
二人の進展は、数日を待たなければならなくなった。
「あなたは、今までとあまり、変わらないですね。明日出発だというのに」
派遣の前日になって、コリュモと過ごしていたルバイヤは、彼女と別れ難く奥歯を噛み締めて過ごしているのに、コリュモはそれまでと全く変わらない態度だった。相変わらずルバイヤの前では真っ赤だし、たどたどしい口調だし、「先生」と呼ぶ。何か特別なことをしようとか、思い出や物を残そうとか、そういった類のことは全くしようとしなかった。
「そ、そうですね。あの。私は国境は初めてなのですが、先輩や、同僚に聞くと、こういう時は、できるだけ普段と変わらない生活をした方が、いいそうです。国境派遣は別に、何も特別なことじゃなくて、日常の一部で、どうにかできることだって思うといいんだそうです」
ルバイヤは言葉が出なかった。いくら訓練された騎士だって、危険な地域に行くのに不安にならないはずはない。それを普段と変わらない生活をすることで、解消しようとしているのだ。
「でも、あの……。その」
コリュモはもじもじと言いにくそうにしている。
「私の同僚のガレシュ、ご存知ですか?彼が国境に行く時、キーナに告白して婚姻届を預けて行ったんです。その後、無事に帰ってきたので、今、騎士団でその……。サイン済みの届けを、す、好きな人に預けて行くのが、お守りがわりというか、験担ぎというか、とにかく流行っていまして……。それで、私もその……」
そう言ってコリュモは畳んだ紙をルバイヤへと差し出した。真っ赤に頬を染めたコリュモに、ルバイヤは思わず駆け寄り彼女を抱きしめた。
「せ、先生!?」
「コリュモさん。嬉しいです。僕もそこにサインしますので、是非持っていってくれませんか?帰ってきて、あなたが提出してもいいと思ったら、しかるべき形で提出しにいきましょう。
それと、治療院の移転の話、覚えてますか?僕、自宅も隣接して作ろうと思ってます。だから、帰ってきたら、どんな家にするか、一緒に考えましょう」
そう言ってコリュモの顔を覗き込むと、彼女は泣き笑いだった。
「私、そういったことには、壊滅的にセンスがなくて……。料理も下手だし……」
ルバイヤは笑った。
「面白そうですね、僕、壊滅的なセンスの部屋に住んでみたい」
「もう、先生ったら。そんなわけにはいきません!」
「本気なのに。でも、苦手なら、得意な人に助けてもらいましょう。お友達とか、あなたのお姉さんたちとか」
ようやくコリュモも笑みを浮かべた。
「帰ってきたら、まずは、僕を名前で呼ぶ練習からしましょうね」
そう言うとルバイヤは、そっとコリュモに口づけた。
ありがとうございました。糖分多め(当社比)の番外でした。甘味がほしくて書きましたが、まさかこのじれじれカップルに糖分を補給されるとは思いませんでした!?
メキナハがひどすぎる。
次回からはまた本編に戻ります。また週末に是非!




