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さんのに

いつもありがとうございます。今回もよろしくお願いします。

「コリィ、相談があるんだけど……」

「キーナが?珍しいわね、嬉しいけど、どうしたの?」


 コリュモはメキナハが自分を頼ってくれたのが嬉しかった。だがメキナハからの相談に答えられるだろうか?笑顔が引きつるのを感じた。


「最近、武術教室の初心者クラスの先生をしてくれている老師が、そろそろ引退したいって言われてね。替わりを探してるんだけど……。騎士団のお姉様方で、興味がある人はいないかな?」


 なんだ、そんなことか。明らかにホッとしてコリュモは緊張を解いた。しかし、ちょっと待てよ?メキナハと一緒に武術の講師?


「うわぁ、ファンクラブで争奪戦が起きそう」

「ファンクラブ……?」

「いやその。こほん。なんなら、私が引き受けるよ?武術の講師なら時々してるし」

「いやそれがね……」


 メキナハが説明するには、教室に多く騎士たちが出入りするようになったのを察知した者たちが、働きたいだの手伝いたいだのとなにかと入り込もうとするようになった。

 それらを遠ざけるのでも苦労しているのに、それ以上に手を焼くのは初心者クラスの生徒になろうとする者たちだ。本気で護身術を身につけようとする者もいるが、困るのは騎士たちと接触を計りたい女性だという。

 人当たりのいい老師も対応に苦慮した挙句、引退を口にするようになってしまった。ある意味、教室が指導者を一人失うのは、彼女たちの責任といえなくもなかった。

 新しい講師には、そのような女性たちもうまくあしらいつつ、護身術も指導できる人物が望まれるのだ。


「うわぁ……。めんどくさそう」

「うん……。こんなこと言っちゃいけないけど、そうなんだよね……。とりあえずは、初心者クラスは経験者クラスとは別の場所に移すつもりだから、少しは落ち着くと思うけど。彼女たちのお目当ては経験者クラスの騎士様方たちなわけだし。

 誰か、それでも講師をやってみてもいいっていう人がいたら、紹介してもらえるかな?」

「わかった、声をかけてみるね。やりたいって候補者が押し寄せるような気もするけどね」

「? そうなのかな?」


 メキナハは騎士団内の自分のファンクラブの存在を知らない。



 シィトゥーハが学院の休暇に久しぶりに武術教室に顔を出すと、教室に女性の姿が多くあるのに気付いた。講師も老師と共に騎士団で見かけたことのある女性が数人担当していた。聞くと、老師は近々引退予定という。


「これでも随分、減ったのですよ、講師も生徒も」


 老師が柔らかな微笑で教室を見渡しながら教えてくれた。現在残っているのは熱心な生徒ばかりという。


「あたし、コリュモ捜査官に助けてもらったことがあって、憧れているんです!あんな風に他の人を助けることはできなくても、せめて自分を守れるようになれたらなって……」


 初々しく語る彼女はそんな生徒の一人で、十六歳という。メキナハとそんなに変わらないのだなと思うとシィトゥーハはたまらなくなったが、きらきらと目を輝かせながら鍛錬を行う彼女を眺めていると、我が身を振り返って猛然と訓練し始めた。

 



 その頃メキナハは山林で豪雨の中にいた。騎士団の指導員として行軍訓練に同行していた時、予想外の突然の雨に降られてしまったのだ。

 地面を穿つような雨だ。肌に叩きつけるような大粒の雨。重くなった衣服と目に入る雨水が前進を妨げる。暖かい季節とはいえ体温も低下する。あっという間に足元がぬかるみ始め、足取りを危うくしていた。

 怒鳴り声さえ遮られるような轟音の中、メキナハは腹に力を入れ、よく通る声で叫んだ。


「全員、止まれ!」


 三十名ほどの隊員が次々に立ち止まった。


「その場で待機!」


 訓練隊の隊長に走り寄ると、メキナハは豪雨の空を降り仰いだ。


「少し待てば雨足は弱くなりそうです。無理に進軍するのは危険と思います」


 隊長の青年は頷いて叫んだ。


「各班の班長は人数を確認!半刻の休憩とする!各自、雨が避けられそうな場所へ退避!荷物をできる限り濡らさないように!」


 これだけの雨では難しい注文だが、隊員たちは素早く行動した。


「メキナハ指導員。半刻で止むだろうか」

「半刻経ってもこの雨足のままなら、ここに留まるのはかえって危険かもしれません。この先の確認をしてきてもよろしいでしょうか」

「単独行動は指導員といえど許可できない。私が同行しよう」


 そう言う彼は、訓練のため編成された隊の隊長に任命された人物だ。メキナハは彼を改めて観察した。責任感と体力はあり余っているようだ。


「よろしくお願いします。この先の沢伝いに下山の予定でしたが水位がどの程度上がっているのか確かめたいです。それと、崖の近くを行く予定でしたが危険がないか、また足を取られそうな泥地などがないかを確かめます」

 

「了解した、場合によっては経路変更の必要があるだろう」


 隊長は副隊長を呼び寄せるといくつか指示をだしていた。




「隊長様自らがおいでにならなくてもよかったのでは?」


 メキナハは慎重に歩を進めながら大声で話しかけた。


「全員を休ませたかったんだ。それに私は騎士団に戻れば下っ端で、たまたま今回、最年長だから隊長に任命されただけなのだ」

「……騎士団長様にお会いしたことがありますが、あの方が年齢だけで訓練隊の隊長を選ぶとも思えません。失礼ながら、自信をお持ちになるべきかと」


 隊長は一瞬、足を止めると、ちらりと笑みをみせた。


「ありがとう、肝に銘じるよ」


 メキナハは頷き先を急ごうとした。だが。

 メキナハは突然立ち止まり、豪雨を通してじっと前方を凝視し、雨音の中で耳を傾けた。隊長に手振りで口を開かないよう指示し、身を屈めてきた道を引き返す。

 十分に離れたところでようやく隊長の耳元で口を開いた。


「急いで戻りましょう。誰かいます。人数は七人。武器を携帯しています」


 隊長は驚いたが懐疑的なようだ。


「誰だ?助けを求める商隊なんかだったら……」

「民間人はこんな山中を武器を持って徒歩でうろついたりしません」

「ではどうする?」

「向こうがこちらに気付かないようならやり過ごし、こちらに来るなら武装解除の上、所属を明らかにさせればいいかと思います」

 

 隊長は頷いたが苦笑いしていた。それこそ、武器を持ってこの山中をうろつくのは、訓練中の軍か、騎士団か、せいぜい自衛団くらいだ。よからぬ輩がこんな何もない山中を集団でうろつくことなどないはずなのだが。


「君は慎重なんだな」


 メキナハはまた頷いたが心の中には苦い思いが溢れていた。慎重なのは当たり前じゃないか、とも思うが、「基本的に人を信用していない」と指摘されたことを思い出したのだ。

 そう、メキナハは、この隊長も信用できていない。




 おーいおーいと叫ぶ声に訓練隊全員が身構えた。


「止まれ!それ以上近寄れば攻撃の意志ありとみなす!」


 メキナハが叫んだ。相手は驚いたように立ち止まったのを気配で察する。


「両手を挙げて姿を現せ!ゆっくりと、一人ずつだ!」


 雨のなか姿を見せたのは五人。二人足りない。


「攻撃の意志はない、我々はカイレー軍の者だ」

「これで全員が?」


 そうだと答えれば叩き伏せるつもりだった。その場の全員が、「伝説の戦士」からの殺気に圧倒された。


「いや、まだいる。失礼だがモッパートのメキナハ嬢とお見受けする。本日騎士団が訓練の予定なのは把握していて探していた。実はこちらで新人訓練中に遭難者が出て捜索中、沢で流された怪我人が出ている。手を貸してもらいたい」

「ヤハバキか?」


 メキナハが答えるより先に隊長が声をあげた。


「アテオか?隊長はお前か?頼む、この先に二人、沢に十人待機させている。そのうち怪我人は三人、行方不明は十五歳の新人の少年なんだ」


 隊長の知り合いらしい。メキナハは警戒を解いた。自分を知っていることに戸惑いを覚える。隊長がこちらを見ていたので頷いてみせる。


「こんな事態は予想外だ。どうしたものか……」

「七人いたでしょう?」


 メキナハの突然の言葉に隊長は驚いた。

 

「五人しかいないじゃないか、なんでこんなのが指導員なんだ、モッパートや騎士団長の権威を笠に着やがって、と思っておいででしょ?」

「いやその……」


 隊長は苦笑し両手を挙げてみせた。たった今、ここの五人とこの先の二人で、本当に七人いたと感嘆していたところだったのだ。なにしろ彼自身は、豪雨の中、人の気配すら感じなかったのだ。また、権威を笠にうんぬんのくだりまでは思っていなかったが、こんな小柄な少女が指導員なことには疑問を持っていたのだ。


「降参だ、メキナハ指導員の意見を伺いたい」


 メキナハは頷いた。手っ取り早く主導権を握るために最適なのは自分の能力を示してやることだと幼い頃育て親の師匠は言っていたが、どうやらその通りのようだった。


「幸い雨足も弱まってきています。捜索に加わりましょう」


 隊長は力強く頷いた。



 メキナハは訓練隊全員の前に立つと説明し始めた。


「少年が隊から外れ行方がわからなくなったのは昨日で、すでに丸一日が経っている。猶予がないため緊急に探索に協力する。

 不慣れな者の参加は危険で、さらなる行方不明者を出しかねない。そこで参加するのはこの山に詳しい者、探索活動に詳しい者、体力に余裕がある者のみで、志願制とする。条件を踏まえた上で自ら加わりたい者はいるか」


 メキナハの言葉に全員が目を輝かせて挙手した。メキナハは脱力した。多くても数人だろうと踏んでいたのだ。


「皆様、相当お疲れのはずなのに全員参加したいだなんて、この隊は大丈夫ですか?」


 つい普段の口調に戻ったメキナハの様子に全員が笑い出した。ヤハバキら軍人たちは目を丸くしてその様子を見ていた。


 沢で待機していた軍人たちとも合流したメキナハは、怪我人の中に既視感のある人物を見つけた。ガレシュによく似ているのだ。もしやあれがガレシュの兄、軍にいるという、折り合いがよくないと言っていた人物ではないかと思ったが、問いただしたりはしなかった。その人物も彼女が「モッパートのメキナハ嬢」と気付いたようだったが、特に話しかけてきたりはしなかった。ただ、彼女をじっと見ていた暗い目が、やけに印象に残った。


 ガレシュはどうしているだろうか。メキナハはちらりとその人物を眺めた。


 会いたいなぁ。


 自分がそう思ったことにメキナハは驚き、そして苛立った。


(アンタに会いたいとか手紙がほしいとか寂しいとか言う資格はない!根性なしの、臆病者の、腰抜けの……)


 奥歯を噛み締めるとメキナハは心の中で自分自身をありとあらゆる言葉で罵倒し始めた。

 雨が降っていてよかったと思った。


 経験の浅い者と体力消耗の激しい者は軍の怪我人と一緒に沢を伝って下山させ、救助隊の編成を要請するよう計らい、メキナハも捜索に参加した。山中での探索とはこんな感じだろうかと考えると気が重くなったが、持てる身体能力と強化を駆使し少年の痕跡を探した。


 少年は崖の下にうずくまっていたところを保護された。意識は朦朧としていたがかろうじて受け答えをしていたという。発見の信号が上がったのを確認し、全員が下山を果たした。





殺伐とした話が続くので、糖分が足りない!と、思わず番外を書いてしまいました。

明日はその番外を投稿します。よろしくお願いします!

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