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イイタダイのはなし

ガレシュの相棒、イイタダイがトーザッタへ行った時のおはなしです。

二章が始まった頃からのスタートです。

どうぞよろしくお願いします。

 イイタダイは緊張していた。騎士団事務所にクダツー捜査官の姿があったからだ。

 彼を事務所で見かけることは珍しい。しょっ中あちらこちらに派遣されているし、王都にいる時も様々な役所に出入りして騎士団事務所にには不在なことが多いからだ。文官あがりの捜査官という異色の経歴の持ち主で、主任のセヌリューバの信が厚い人物だ。というより、主任の父親のヘッシガーキに信用されているらしいとイイタダイは推測していた。

 彼と二人きりになるなど初めてではないだろうか。ガレシュに加えコリュモやセヌリューバまで国境派遣が決まった今、イイタダイの上司はこの人だ。


「副主任、珍しいですね」


 クダツーが顔を上げた。どう見ても浮かない顔だ。


「タダか、お前こそ珍しいな。いや実はコリュモに呼び出されてね。今回の派遣に関することなんだろうが、私にはどうにもならないから、相談と言われてもなあ」

「コリュモがですか?命令に異を唱えるなんてなさそうですが」


 クダツーは眉根を寄せたまま頷く。


「タダ、お前のことだ、今回の派遣だのヤデイニトコとの衝突だの、情報を集めているんだろう?」

「僕ができることなんて、噂を集めるくらいですよ、それでも皆、不安なんでしょう、色々憶測が飛び交ってます」

「それでいい、教えてくれ」


 珍しい事もあるものだ。この人でさえ不安なのかもしれない、とイイタダイは思った。


 その後、驚いたことにメキナハが事務所を訪れてきた。帰ろうかと思ったが、クダツーに別室で待機しておくように指示され、そわそわと落ち着かない気持ちで事務所をうろうろとしていると、さほど待たずにクダツーに呼ばれた。入室するとメキナハがなにやら懸命に書いているところだった。


「タダ、悪いがトーザッタへ行ってもらいたいんだ」

「は!?」


 思いもしないことを言われイイタダイは面食らった。この状況が不安定な今、トーザッタへ?


「詳しく説明するからとりあえず座ってくれ」


 これがイイタダイの、人生最大の転機の始まりだった。

 


「このままでは、多国間で衝突が起きかねない。なんとか事態を鎮静化させたい。トーザッタも今は静観しているが、今回の件を利用して、カイレーと事を構える好気(チャンス)とみる動きがトーザッタ貴族の間にあるらしいんだ。

 私はトーザッタにもいたことがあるが、現国王は実のところ内政で手一杯だ。周辺諸国が民主化していく中で君主制を存続させるには微妙な舵取りがいるからな。

 だから一刻も早く、カイレーにとっても今の事態は寝耳に水だと知らせなければならない。あちらももう察してはいるだろうが、カイレー側からのきちんとした意思表明が必要なんだ。だが、正式な使節として会談をしようとしたら時間がかかるし実現は難しい。覚えのないことで釈明に回るなんて国家の尊厳が、とかいう輩がいるからな、非公式に各国の上層部と接触したいんだ」


 そんなことができるわけない、とイイタダイは思ったが、クダツーは真剣だった。


「君は、僕の友人を訪ねていく。目的は交換技術交流だ。いいね」


 技術交流。自分が。荷が重すぎるだろう。自分が他国に示せる技術などあっただろうか。

 だが命令とあれば頷くしかなかった。

 密書を懐中に隠し、イイタダイはこの日のうちにトーザッタへと旅立った。





「なるほどね、納得した。カイレーもヤデイニトコも、踊らされてしまったようだな。我々ものせられるところだった。貴重な情報を感謝する。

 さて失礼ながら必要なことなので聞くが、君やご家族で名家の出の者はいるか?もしくはご先祖に貴族だった者はおいでかな?」


 イイタダイはクダツーに指示された通りにトーザッタへ渡り、コルトンという人物と面会した。彼は『落ち人』で、トーザッタの貴族に叙されており、クダツーがトーザッタにいた頃に懇意にしていた人物だという。彼自身も、ご夫人やご子息、ご令嬢までもがいかにも高貴な方々といった佇まいで、これはイイタダイが培ってきた対話力の全てをもって当たらねばと覚悟を決めた。


「……いえ、私が知る限りはおりません。祖父母も健在ですが、皆一般市民です」


 イイタダイは正直に答えた。経歴を偽ったところで得はなにもない。


「そうか、非公式な来国だし、公的に陛下に拝謁は難しいか……。

 私に手紙を預けてもらうこともできるが、そうだな……。

 娘のサダエイコーザをエスコートしてバラ園に行ってくれ。そこで偶然、お忍びでバラを楽しむ陛下と遭遇するんだ」

「は?」


 このコルトンなる人物にクダツーとメキナハからの手紙を渡せば任務は終了と考えていたイイタダイは驚いた。連日驚きっぱなしだ。


「私としても、両国がどちらも意図しない状況なら、そこに我国が手を出すのは危険だと考えている。回避できるのならそうしたい。君が直接、陛下にその手紙を手渡した方が心証はいいだろう。それに、君はおそらく両陛下に気に入られると思う。すぐに手配しよう」


 どんなところが気に入られるのかさっぱりわからないまま、トーザッタ式のエスコートとやらを即席で叩き込まれて、令嬢サダエイコーザを伴ってバラ園へと送り出されたのだった。


 サダエイコーザは麗しく奥ゆかしげな女性だ。貴族のお嬢様ってこんな風なんだな、カイレーでは見かけないはずだ、とイイタダイは感心した。だがコルトンの当主から、どうやら娘はクダツー殿に心を残しているようでね、彼の様子などを教えてやってくれないかと言われ、これ以上驚くことなどないと思っていたのに世の中は奇想天外に溢れている、と彼女の顔を盗み見たのだった。



「確かにクダツー様には子供らしい憧れを持っておりましたわ。わたくし、十三歳でしたのよ。クダツー様は二十代の半ばでいらしたかしら。五年も前の話ですのに、お父様はいまだに、わたくしがクダツー様に想いを寄せていると勘違いしているんですの。でもわたくし、縁談をお断りするのに便利ですから、勘違いさせたままにしておりますの」


 クダツーの話ばかりするイイタダイに、事情を察したのであろうサダエイコーザは、しっかりとした口調で話し始めた。イイタダイは苦笑するしかなかった。


「それはそれは……」

「トーザッタ王家の禄を食む父に育てられながら、貴族令嬢の義務から逃げているのはわかっていますが、お父様のお選びになる方々というのがどうにも……。あら嫌ですわ、どうぞ父には内密に」


 イイタダイは笑って了承した。

 しばらく歩いたところで数人に足止めされる。この先に貴人が滞在中というのだ。しかも先方が会ってみたいと言っていると言われて了承する。もちろんこれは全て、事前に打ち合わせがあった通りの出来事だ。煩わしく厄介なことだと思わないでもなかったが、このようなやり方で非公式に身分のある方々に面会することもできるのだなとイイタダイは感心もした。


 侍従と思われる人物に手紙を渡すと、侍従が手紙を検分し、危険はないと判断すると、丁重に盆に乗せて国王と王妃に渡す。非日常的でまるで絵画の中の世界のようだ。イイタダイはぼんやりとそんなことを考えた。



「なるほど、カイレーの状況はよくわかった、よく知らせてくれた。

 ところでコルトン令嬢、私はこの者ともう少し話がしたい。侍従に送らせる故、先に戻ってはもらえないか」


 国王の思いもよらない言葉にイイタダイは飛び上がるほど驚いた。断ってくれ!と心の中で叫んだが、サダエイコーザは優美に微笑むと首肯した。


「もちろんでございます、陛下のご要望に否やがございましょうか。侍従様のお手を煩わせるわけにはまいりません、家の者を待たせておりますのでそちらまで案内をお願いできれば十分でございます」


 国王が鷹揚に頷くと、サダエイコーザはイイタダイを一人残し侍従にエスコートされて帰ってしまった。最後にイイタダイをちらりと振り返り励ますような目線をよこしたので、イイタダイは恨めしげに見返した。


 国王夫妻にクダツーを知っていると言われ、副主任の顔の広さにイイタダイは舌を巻いたが、この場に残された理由がクダツーの近況にあるとわかり胸を撫で下ろした。カイレーとトーザッタの二国間問題など問われて、おかしな返答などしようものならあっという間に国際紛争だ。

 不慣れな言葉遣いを駆使してクダツーの活躍ぶりなどを話し、彼の尾行の下手さなどを暴露し国王夫妻から笑い声を賜るという栄誉に浴したのだった。


 手紙を手渡すと言う大役は無事、遂げることができた。イイタダイとしては早く帰国したい。だが当主のコルトンはそれを許可してくれなかった。


「技術交流と言ったろう?ある程度の期間、何事かを学んで帰ってもらわなければ、言い訳が立たん。悪いがもうしばらく当家に逗留していてくれ」


 確かに国王に接触した上、数日で帰国すれば怪しまれるかもしれない。諦めてこの贅沢な暮らしを楽しむことにするか。

 そんなイイタダイの呑気な希望も、すぐ翌日には破れ去った。国王から呼び出しを受けたのだ。


其方(そのほう)との話は楽しかった。また私や王妃の話し相手になってほしい」


 耳を疑うという状況が、こう次から次へと起こると麻痺してくるのだろうか。案外冷静に跪き、答えることができた。


「光栄に存じます。謹んで承ります」



 だがさすがに、呼び出されること数回に及ぶと、本当に話が聞きたいだけだろうかと疑問が湧いてくる。イイタダイは勇気を奮って、そろそろ帰国を考えている旨を伝えてみた。


「いや、そのうち必ず帰国させるが、まだ早すぎる。もう少し待ちなさい」


 国王はおおらかに答えた。


「しかし、私がお役に立てることもないと考えるのですが……」


 国王は苦笑した。


「私は本当にただ単に、其方の話が聞きたいだけだ。其方にとっても悪い話ではないと考えてね。聞くところによると其方には、なんというか、厄介な昔馴染みがいるそうじゃないか」


 確かにイイタダイには、三日と開けず手紙を送ってくる人物がいた。田舎にいた頃に近所に住んでいた少女で、毎日付きまとい、どういうわけかイイタダイと婚約していると思っているらしいのだ。彼にはそんなつもりも、そんな話をした覚えもないのだが、きっぱり断っても話が通じない。煩わしくなって首都に出てきたが、まだ子供のような彼女のことだ、そのうち大人になれば熱も冷めるだろうと放置して手紙も返事もしていなかった。時折田舎から会いに出てくるので、国境に派遣中とか、地方に訓練中とかいう理由で会わずにかわし続けていた。


「ここにいればその者とも距離が取れるわけだし、こういうのを「一石二鳥」というらしいぞ。その女性は何歳だ?」


 十六、七歳のはずだと答えると国王は薄笑いをした。


「うん、まだ恋に恋する年頃だな。そういった傾向のある者は、私の周りにもいたものだった。其方の場合より酷かったよ、なにしろ、それらの親が後押ししてくるのだからね」


 イイタダイはぐっと詰まった。あの状況でさらにその親にまでぐいぐいと攻められたら閉口どころの騒ぎではない。


「お察し申し上げます。参考までにどう対処されたのか御教示いただければ幸いに存じます」


 国王は声を上げて笑った。


「様々な手を使ったものだよ。その中で其方の昔馴染みに対して使えそうなのはだな、話を聞くにどうやらその少女は、自分の価値を其方に愛されているという妄想に置いているように思う。つまり、首都に住み優秀で地位も高く完璧な夢の王子様の其方が溺愛してやまないアタシ、というわけだ」


 国王はニヤリと笑ってイイタダイを見やった。なんだそれは。現実離れし過ぎているし、そんなことを期待されても困るというか迷惑だ。だがイイタダイは口を挟まなかった。


「おそらくだが、それを崩すには、其方が夢の王子様などではなく、普通の人間なのだと教えてやれば良い。とっておきの秘策を授けてやろう。なに、件の少女の前で屁のひとつでも()ってやれば良い。効果は保証する」


 イイタダイは呆気に取られ口を閉じることも忘れ隣国の国王をまじまじと見てしまった。そして思わず国王の隣に座る王妃を見た。王妃は一瞬苦笑したが、広げた扇の向こうに表情を隠してしまった。

 それにしても国王の発言は、やけに具体的な提案だ。イイタダイは閃いた。


「陛下、まさか、実践されたことがおありなのですか?」


 国王は再びニヤリと笑った。


「おっと失礼、どうも腹の調子がな、といって、もう一発お見舞いしてやったぞ。涙目で走って逃げていったな」


 イイタダイは脱力した。開明派の庶民的な方だから、あまり畏まらずにと言われたのはこういうことか。


「私を粗野だという者はいまだに多い。執政者としての義務であるので振る舞いには細心の注意を払っているが、常に擬態しているのも疲れるものだ。其方のように、外国人で庶民で政治的配慮も腹の探り合いも必要ない者は私にとって貴重なのだ。癒しなのだ。わかるか?」

「は、はい……」

「だから諦めて、もう少し私の側に侍っていなさい。庶民である其方の背景や意見を聞いていると公言すれば、一部の過激な共和主義者たちも牽制できるしな。私にとっても其方にとっても好都合。いやめでたい」


 流されたような、化かされたような、言いくるめられたようなイイタダイだったが、不思議と嫌な気はしなかった。仕方がない方だと言いながらも多くのトーザッタ民が彼を慕っているのも納得できる話だった。


 その後、イイタダイは隣国トーザッタの貴族の邸宅から数日置きに王宮に出仕することになった。朝は使用人たちに見送られ、夕方は令嬢らに迎えられる。去年までなら熱でも出たかと言われそうな状況が続いたのだった。


 そんな日々も終わりに近付き、いよいよカイレーに帰国となり、イイタダイは国王に最後の挨拶をした。


「率直に申し上げまして、私はカイレーの根っからの庶民ですので、陛下のおっしゃる擬態にもそろそろ音を上げておりました。これまでとこれからの長い期間、国のために擬態をされる陛下を僭越ながら尊敬しております。陛下を国王と戴くトーザッタの民は幸運だと考えます」

「世辞はいい」

「私は今から帰国するのですよ、今さらお世辞を申し上げても仕方がないではないですか。心からの賛辞です」


 国王は驚いた顔をしたがすぐに破顔した。


「ありがとう。(しがらみ)のない其方からの賛辞は裏表なく受け取れる。もうしばらく頑張れそうだ。礼を言う」

「もったいなく存じます」

 


 二人は穏やかに笑みを交わした。


「私のこういう粗野な部分を許容してくれる者は少なくてな、今では我が最愛の王妃だけになってしまった。たまにはクダツーと共にトーザッタへ来なさい、歓迎する」


 最後は惚気まで聞かされるイイタダイだった。苦笑しつつ、イイタダイはトーザッタを後にした。



 イイタダイの久しぶりの帰国をどうやって知ったのか、(くだん)の少女がわざわざ田舎から突撃してきた。直接会うのはニ年ぶりほどだ。いつも不在を装って会わなかったからだが、今回イイタダイは微妙に似合わない私服を選んで、髪も髭も整えずに事務所の食堂に招待し、こんな所で悪いがなにしろ安月給で、と、不味いと評判の騎士団の茶を振る舞い、あくまで近所の子供に接する態度に徹した。

 最初はものすごい熱量で側にいるだけで日焼けしそうなほどの彼女だったが、一目イイタダイを見た途端に愕然としてた。さらに会話を続け、しばらくトーザッタにいたのは実は失敗して飛ばされていて、とか、騎士団内の勝ち抜き訓練には下手すぎて参加もしていない、とか、下っ端は忙しくて首都の案内もしてやれないし、出歩く暇もないので詳しくないなどど、真実と誇張を織り交ぜて伝えるうちに、どんどんと熱が下がっていくことが手に取るようにわかった。さすがにトーザッタ国王に授けられた「秘策」は実践しなかったが。


「まだ合わせる顔もないけど、もうちょっと出世したら顔を見に帰りたいと思っているんだ、いつになるかわからないけど、金は必ず返すと家族にはそう伝えてくれないか」


 別れ際にイイタダイがそういうと、彼女は鼻に皺を寄せてはいたが頷いて、足早に帰っていった。イイタダイが捜査員として活躍していることを知っている家族は、貸した覚えもない金を返すと伝えられたら「きょとん」だろう。しかしその突撃以来、いつもの手紙攻勢がぱったりと止んだので、イイタダイは苦笑いをしたのだった。


 イイタダイの転機は、実はここからが本命だった。

 ある日クダツーに呼び出され事務所へ顔を出すと、そこには騎士団には全くそぐわない優美な人物、コルトンのご令嬢サダエイコーザの姿があったのだ。


「交換交流なのですから、あなた様と入れ替わりに誰かがこちらに来なければ片手落ちでございましょ?しばらくこちらの学院に通いますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


 微笑む彼女の顔を見て唖然としながらも、トーザッタ式に差し出された指先に、イイタダイはうやうやしく口付けた。これからはこのカイレーで、驚きの日々が始まりそうだった。




この二人は多分くっつく。かも。


以上で二章を終わります。次回からは三章が始まります。

次回週末更新が数日遅れになってしまうかもしれません、気長に待っていただければ嬉しいです。よろしくお願いします!

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