にのはち
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「なにから話せばいいのか……。
もうご存知だと思いますが、私、ゲンと最後に話す機会がありました」
メキナハはあの日のゲンの様子思い出しながら話し始めた。
「ああ、その話か。ガレシュ君と二人で面会に来たそうだね」
「はい、それでその時……、ちょっと待ってください、そんなことまでご存知なんですか?!」
メキナハは、みるみる頬を染めた。そんな彼女を眺めて、ヘッシガーキは首筋を掻いた。
これは、団長のご子息は、相当に出遅れてすでに打つ手なしの段階だなぁ、と。
「単にお前が彼と二人で面会に来た、とゲンの取調官から報告を受けただけだ。お前たちの会話の内容まで知っているわけじゃない」
メキナハはさらに赤面して、少し拗ねたように話し出した。その「会話の内容」とやらを思い出しているのかもしれない。
「……ゲンは私に、最後にジザの秘密を教えておいてやる、と言いました。私は、今後あの男に会うことは二度とないでしょうから、そういう意味で最後と言ったのだと思っていましたが、もしかしたら、ゲンは私と戦って生き残った場合、ツダ様があの男を始末しにくることを、知っていたのかもしれません。
ゲンは、残りの長い人生を収容されて過ごすのが辛い、私を殺せば自分も死刑になるかもしれないと考えたと話していましたから」
「……なんて奴だ」
クダツーが苦い声で唸った。
「で、その秘密とは?」
ヘッシガーキが先を促す。
「その、私の父親であるジザの前首長には庶子がおりまして、私の異母兄にあたり、ロクという名なのですが、ゲンが言うには、彼は実は私の兄ではなく、従兄妹だと……。つまり、私の伯父であるゴスという人は、自分の弟が囲っていた女性と、その……」
「なるほど、理解した。そこは端折って続けなさい」
ヘッシガーキは助け舟を出してやった。洗濯物の脚絆でさえ見られるのを恥ずかしがるようなこの娘には、この先の話は重たいことだろう。
「はい……。つまり、私は前首長の唯一の子ということになるわけで、その血筋をジザは必要としていると言われました」
「そんなに血統を重んじるようには見えなかったがね」
ヘッシガーキは不思議そうだが、メキナハは言い淀んだ。どうしてもその先を口にすることができない。
そんな様子を見て、クダツーが話し始めた。
「メキナハ嬢。私には婚約者がいてね、彼女はハビにいるんだが、医師で、『落ち人』なんだ」
メキナハは驚いた。『落ち人』の女性は魔力のある子を宿すと命を落とすのだ。彼女の母のように。だから魔力を持つこちらの人々は、『落ち人』の女性と恋愛しても辛くなるだけ。それが通説だ。
「ちょっと待って!ハビで、医師で、『落ち人』の女性!?まさか、……まさか、キャシー先生ですか?!」
メキナハは唯一、自分の居場所を把握していた、懇意の医師を思い出した。
「正解」
クダツーは片目を瞑った。
「でも、でも、キャシー先生は、年が違うから遠慮して結婚できない、『落ち人』の恋人がいるって……!!」
クダツーはイタズラが成功したかのような顔で笑った。
「そうさ。やっと気付いた?私は『落ち人』なんだ。五年前に落ちてきた」
メキナハは言葉もなくクダツーとヘッシガーキを見比べていた。ヘッシガーキが頷く。
「しかし、キャスのヤツ、遠慮して結婚できないなんて言ってたのか。確かに俺の方がずっと年下だけど……」
口の中でブツブツと呟くクダツーを、呆れたように見ているヘッシガーキと、驚愕から醒めないメキナハに気付いたクダツーは咳払いした。
「私は最初、ジザの山中に落ちてきた。その後トーザッタへ送られてきたんだ。
だが、各国の首脳陣は、自国に有利な『落ち人』を交換することがよくあってね、その一環で私はカイレーにやって来たんだ。
ツダは私が『落ち人』とは気付かなかったよ。何度も取り調べで会うことがあったのにね」
クダツーはメキナハを見た。
「大丈夫かな?どうした」
ヘッシガーキが手を伸ばしてメキナハの肩に手を置くと、メキナハは夢から覚めたような顔をして、ゆっくりと首を振ると唇をわななかせ始めた。
クダツーとヘッシガーキは息を呑んだ。メキナハがそのままはらはらと涙を流し始めたのだ。
苦しげに、声を殺してメキナハが泣いている。これまで、もっと辛いであろう状況でも、気丈に振る舞っていた彼女が。二人は狼狽え、顔を見合わせた。やがてヘッシガーキは立ち上がり、引き出しからハンカチを取り出すとメキナハに握らせた。
「も、申し訳……」
「いや……」
メキナハが泣き止む気配はなかった。と、クダツーはどこかへと立って出ていったかと思ったら、トレーを持って戻ってきた。
「さすがモッパートだね、執事さんに頼んだら、すぐに持ってきてくれたよ、最高級のバニラアイス。溶ける前に食べるといいよ」
メキナハはしゃくり上げながらアイスをじっと見ていたが、軽く頭を下げるとスプーンを取って食べ始めた。
「……美味しいです……」
クダツーは笑った。
「キャスに聞いたんだ。泣く子にはこれが一番効くって。本当だな」
完食したメキナハは恥ずかしそうにしながらも、少し落ち着いたようだった。
茶が運ばれ一息入れ終わると、ヘッシガーキが口火を切った。
「キーナ。話せそうかな」
メキナハは返事ができなかった。不安な表情のまま小さく頷く。
「話せることからでいい、少しずつ進めよう」
ヘッシガーキが促す。
「メキナハ嬢。いや、キーナさん。
話しを戻すけど、やはり、私の推測は合っていたんだね。キャスも私も、最初ジザの山中に落ちてきた。つまり、『落ち人』はジザの山中に落ちてくるんだ。そうだろう?」
メキナハはゆっくり頷いた。
「ゲンは、ほとんどがジザの山に落ちてくる、と言っていましたから、全員ではないのかもしれません。
いずれにせよ、ジザの山は広く険しくて、昔は『落ち人』の中には人里にたどり着く前に、命を落とす方もいたそうです。今では『落ち人』をいち早く保護し、各国に紹介して仲介の謝礼を貰うのが、ジザの主要な収入源なのだそうです」
クダツーはヘッシガーキを見やると、彼は腕を組んで唸った。
「そんなことが可能なのかね?常に山岳地帯を見張っているのか?」
クダツーが大きく頷いた。
「それは私も疑問でした。私が落ちてきた時は夜で、にも関わらずパニックに落ち入る間もなく、大勢が明かりを持って探しに来ました。今思えば、まるで待ち構えていたかのようでした。
見目のいい中年の男が二人、たどたどしく色々な言葉で話しかけてきたのを覚えています。今思えば、キーナさんの父親と伯父だったのだろうと思います」
そうクダツーが締めくくると、ヘッシガーキとふたりでメキナハを見た。
「ジザにそれが可能なのは……」
言い淀みながらもメキナハは告げた。
「シキの直系には、高い言語能力と……、『落ち人』が落ちてくる時、それを察する能力が備わっているらしいのです。ジザの山の近くにいる場合に限るそうですが……。
本当がどうかわかりません。ゲンが私にそう言ったというだけです。放置されれば死んでしまう『落ち人』たちを捜索して手厚く保護し、語学を習得させて、必要とされる場所へ連れていってやるのだと」
「信憑性はあると思う。実際に、私は丁重に扱われたよ。すぐにハビの医師のキャスのところに送られた。そこで言葉も習って、私はトーザッタに行くことになったわけだ」
そう言ってクダツーはメキナハに笑いかけるが、彼女の表情は晴れない。ますます苦悩が深くなるばかりだ。
「わかったぞ、さては、キーナさん、山の中に落ちてきた『落ち人』たちを救うために、ジザに帰ってこいって言われたんじゃないのか?どうせ、見殺しにする気かとでもいわれたんだろう?それでずっと悩んでいたのか?」
メキナハは目を閉じて、じっと何かに耐えているようだったが、ぐっと手を握りしめると顔を上げた。
「それもありますが、違います」
メキナハは苦しそうに続けた。
「ゲンが言うには、シキの直系には……、『落ち人』を、落とす、能力があると……」
クダツーの顎が落ちた。
「自然に落ちてくるだけでは足りない場合、『落ち人』たちをわざと落として、収入を得ていたと……!それが本当なら、どうしていいのか、もうわからなくて……!」
「なんてことだ……」
ヘッシガーキが唸った。
「落ちてきてしまって、ジザの山中にさまよう人がもしいるのなら、早く行って察知しなければとも思うし、でも私が不用意にジザに近づいて、誰かを落としてしまったら、とも思うし、もしやこれまで私が、ジザやハビで暮らしていた時期に、無意識に落としてしまった人がいたらどうしようと考えてしまったりして……。お父様の言う通り、私、もう、身動きが取れなくなっていました……。
クダツーさん。クダツーさんが五年前に落ちてきたのなら私、ジザにいて……、まさか……」
蒼白になりながら震えるメキナハを見ると、クダツーは落ちたままだった顎を閉じてゆっくり歩み寄り、手を取った。
「キーナさん。君、具体的にどうやって『落ち人』を落とすのか、その方法を知っている?」
「いいえ……。ゲンはロクに聞けと……。ロクなら既に、首長を継ぐための教育や訓練を受けていましたから、知っていると思います」
そう言って下を向いたままのメキナハの頭を、クダツーは優しく撫でた。
「キーナさん。あのね、俺は向こうで、あんまり幸せじゃなかった。だからこっちに呼ばれてよかったと思ってるよ、最愛の人にも会えたしね。当然苦労も多かったけど、それは向こうにいたとしてもすることだと思っている。
万が一、本当に俺が落ちてきたのがキーナさんに原因があるとしても、俺がこっちで楽しく過ごしていることは覚えていてほしい。
つまり……、必要以上に責任を感じることはない。それは、こっちに馴染もうとしてあがいた俺やキャスの努力を、ないがしろにすることだとは思わないか?」
クダツーは言いながら、うん、うん、と二度、三度頷いた。自分を納得させるかのようだ。
「それとね、俺は、いやその、私は、ここ数年、『落ち人』は来ていないと知っている。もし『落ち人』がいるのなら、窮地にあるジザがそのままにしておくわけはない。それに、ロクという人物が、わざと落とす方法を知っているのなら、それこそその力をジザが困窮している今、使わないわけはない。
つまり、彼は、落とす方法の知識はあるが、能力がないのだろう。そしてその能力を持っているのが、君だと思っているわけだ」
「……どういうことでしょう」
メキナハはヘッシガーキを見た。が、ヘッシガーキはそれには答えず、メキナハの手を取り続けるクダツーに咳払いした。クダツーは我に返ったように手を離すと、苦笑した。
「わからん。それに、ツダがそのことにどう関わっているのかもわからん」
そう言うとヘッシガーキは自ら立って、酒の瓶とグラスを持ってくるとクダツーに勧めた。
「ゲンは、落ちてきた『落ち人』をどう扱うのかはジザ次第だと言っていました。ツダ様にとっては人質を取られているようなものでしょう。
私を『里』に取り込むことができれば、ジザからの抑圧に対抗できる、とツダ様は考えているのだと思います」
「つまり、ツダも、ロクというお前の兄、いや従兄妹か、そいつも、寄ってたかってお前をジザへ連れ戻したり、『落ち人』落としやらなにやら、お前が望みもしないことをさせようとしているっていうことか」
「……おそらくそういうことだろうとは思いますが、あるのは推測とゲンの言葉だけです。
メキナハは目を伏せた。重苦が彼女をやつれさせていた。クダツーは眉を寄せて考えていたが、顔を上げてはっきりと言った。
「キーナさん。『落ち人』がいたら、すぐに気付くか?君、私が『落ち人』と気付かなかったろう?他にも、キャスやら君の育ての親やらツダやら、知り合いはたくさんいそうだが、『普通人』との違いが一目でわかるか?これまでに違和感なんかを感じたことは?」
「……いえ、特には。キャシー先生もツダ様も、会う前から『落ち人』と聞いていましたし、クダツー捜査官はその……。尾行が雑だなあとは思いましたが他には……」
「雑……」
クダツーは肩を落とした。
「要するにだ。君、本当にそんなで、『落ち人』の察知なんかできるのか?ゲンの話は眉唾物と思うぞ。無条件に全てを信じ込むのは危険だ」
「はい……」
メキナハも先程のクダツーと同じように、うん、うんと頷いた。
「それと、最後に、ゲンはアーニーさんを知らないと言っていましたが本当かはわかりません。アーニーさんが刺されたことが全ての始まりのような気がするのですが、誰が刺したのかも結局わからないままです。
私が知っていることはこれで全てです。これまで、勇気が出なくてお話できず、申し訳ありませんでした。
でも、手の内を明かしたからといって、ここでこの件から手を引けなどど言われたら私、暴れますよ」
メキナハが戯けているのか真剣なのかよくわからないことをいうので、ヘッシガーキは笑った。
「お前が暴れたら、私たちもこの屋敷も、無事ではすまんな。今さら、お前を締め出そうとは思わんよ、お前だからこそわかったり気付いたりすることもあるだろうしな」
ヘッシガーキはそう言ってメキナハの肩を叩くと、バニラアイスのおかわりを持って来させた。
「そうそう、セヌリューバが戻ってくる話はしたと思うが、コリュモ君やガレシュ君も戻ってくるよ。ヤデイニトコの件に目処がつきそうだからな」
最後に特大の爆弾を落として、ヘッシガーキは笑った。
メキナハが退出するとクダツーは大きく安堵のため息をついた。
「彼女があそこまで話してくれるとは思わなかったですよ。意外ですがよかったですね」
「私も君が『落ち人』であることを話すとは思わなかったな」
「……どうせキャスとの結婚式ではわかることですし、彼女の言い方を借りれば、こちらの手の内を明かすべきだと思ったんです、とにかく、よかった」
「安心するのはまだ早い」
ヘッシガーキは渋い顔だ。
「これまでのあの子は罪悪感と復讐心で動いていた。そこに、自分の存在が『落ち人』を落とすかもしれないとなったら……。
あの子は、おそらく、私たちに後を託そうとしているんだ、いつ自分がいなくなってもいいように。だからあそこまで私たちに打ち明けた。意識的か無意識かはわからんが……。
これまで以上にあの子の動向には気を配る必要があるな……」
二人の間に重い沈黙が落ちた。
第二章 終わり
あと一話、間に挟む予定だった番外編を、明日投稿します。
ガレシュの相棒、イイタダイのおはなしです。
どうぞよろしくお願いします。




