にのなな
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本日もどうぞよろしくお願いします。
今回、超絶短いです。すみません。
すらりと高い背。漆黒の髪。涼しい目元。幼少期以来に会ったリュウは、瑞々しい少年に成長していた。
首都シデスラのモッパートの邸宅で、メキナハはヘッシガーキ、クダツーと共に、ツダの次男のリュウと対面した。
「リュウ君?!」
「メジロさん、久しぶり。ずいぶん縮んだね」
爽やかに笑ってリュウは握手を求めた。懐かしい『落ち人』の挨拶だ。メキナハは呆気に取られながら握手に応じた。
「縮んでないわ、あなたが伸びたんでしょう。見違えちゃったわ。きっと街中ですれ違っても、あなたとわからなかったでしょうね」
「ひどいな、僕は一目でメジロさんってわかったよ、あの頃よりずっと綺麗になったけど」
「……あなたのそういうところはお父様譲りね、全く同じことを言われたわ」
少年は屈託なく笑った。
「だって本当のことだから。ところで……」
リュウはメキナハの後ろに立つ面々をかわるがわる見た。
「ああ、こちらは、私を引き取ってくれた養父で、モッパートの当主ヘッシガーキ。こちらは騎士団の捜査員のクダツー副主任よ」
メキナハが紹介すると二人はそれぞれ顎を引いた。
「はじめまして。カイレーの『里』代表、ツダの次男でリュウといいます。この度は、」
リュウは表情を改め姿勢を正した。
「メジロ、いえ、メキナハさんに、父が大変ご迷惑をおかけしました。改めてお詫び申し上げます」
そう言って、深く頭を下げた。ヘッシガーキは何も言わなかったが、わずかに頷くと彼に椅子を指し示した。
「……さて、リュウ君。娘に会いたかったそうだが、申し訳ないが、保護者の私と、こちらの捜査官も同席する。彼は君のお兄さんの事件を担当しているんだ。私たちが同席するなら娘に面会を許可しよう。なんと言っても、ツダ殿は娘に、内通罪という重い濡れ衣を着せようとしたのだからね。君が未成年でも容赦はできない」
「……わかりました、面会を許可いただきありがとうございました」
ヘッシガーキは鷹揚に頷いてみせた。メキナハは、序盤からあまり脅しをかけないであげてほしいと、こっそりリュウに同情した。
「まずは、娘になんの用事があるのか、聞かせてもらおうか」
「はい、直接お詫びを言いたかったのがひとつ。それと、お知らせしたいことがあります」
リュウは言葉を切って、さらに表情を引き締めた。
「この件の責任を取って、父は『里』代表から降りることになりました」
三人は同時に目を見開いた。
「父にはちょっと、強引なところがあるのは、もうお気付きだと思いますが、それがなくても『里』の代表は、誰がなっても不満が出るという難しい役職で、父は強引にねじ伏せていましたが、今回、その不満が噴出して、国内外の『里』から、辞任を勧告されてしまいました。父は歯噛みしていますが退かなければならないようです」
メキナハら三人は困惑の視線を交わし合った。それを察したのかリュウは慌てた。
「すみません。僕は現在、オイノの学園で勉強していますが、公用語がまだまだで、特にこういった改まった場所での言い回しが下手なのです。失礼があったら申し訳ありません」
「いや、私の次男よりよっぽど正確な言葉使いだ。我々が困惑しているのは君の言い回しではなく、『里』の内情を何故話してくれるのかということだ」
シィトゥーハの常にくだけた物言いを槍玉に上げるヘッシガーキだった。リュウははにかんだような笑顔を浮かべたがすぐに引き締めた。
「今回、父は、やりすぎました。事情に詳しくない僕にでも、それがわかります。僕は父に、これ以上暴走してほしくないのです」
「これ以上?というと?」
「父は、未だ釈放されない兄を切り捨てて、僕を父の後継者に仕立てるつもりです。僕はそれが嫌なのです。僕の両親は二人とも『落ち人』だけど、僕は違う。両親が『異世界』と呼ぶこちらの世界で生まれて育ちました。僕は兄ほど父に従順ではありません。いずれ『里』を出たいと思ってます。オイノの学園で学んでいるのもそのためです」
ヘッシガーキは片眉を上げた。
「それは、気概があっていいと思うが、娘となんの関係が?」
「……えっとその……」
リュウは初めて言い淀んだ。ヘッシガーキは追求の手を緩めず、無言で先を促した。
「実は、メキナハさんに面会を申し込んだのは父の意思です。父は僕に、メキナハさんに会って親しくなれ、と言いました。どうしてもメキナハさんを『里』に引き込みたいようです。理由はわかりません。
まるでメキナハさんと親しくなることが後継者の条件のように言っていました。それが『落ち人』の、『里』の幸福のために必要だそうです。
でも、メキナハさんは僕にとって、小さい頃遊んだお姉さんというだけで、父から絶対に好かれて婚約者になれ、などと命令されると反感しか湧きません。メキナハさん自身はもちろん、素敵な人だと思いますけど」
ヘッシガーキは立ち上がった。
「よくわかった。率直に話してくれたので言うが、リュウ君、君はこのカイレーの国の成り立ちについて、どこまで知っている?」
リュウは面食らった。
「カイレーの歴史は学校で習う程度のことは知っています。百年くらい前に君主国から民主国に移行したとか……」
ヘッシガーキは重々しく頷いた。
「そうだ、それは当時のカイレー王家の主導で行われた。王家の中には反対する者ももちろんいて、その連中がヤデイニトコとして独立した。
逆に、現在でも君主国のトーザッタから独立して民主化したのがタノトとオイノだ。オイノの独立にはカイレーが随分と肩入れした。だがオイノの立ち位置は常に流動的でね。
用心したまえ、リュウ君。魔力を持たないが『落ち人』でもない君の立場は微妙だ。世情をよく読むようにな。私からの助言だ。
キーナ、何か言うことはあるか?」
すっかり当惑してしまったリュウを、メキナハはさらに混乱させた。
「……リュウ君。帰ってツダ様に、メキナハが、これ以上私の獲物を横取りするな、と言っていたと伝えてくれる?」
「え?ど、どういう……」
「どういうことか、ツダ様に聞いてみるといいわよ。それと、きっとツダ様は、あなたを何回も私に会わせようとするでしょうから、また会いましょう。勉強頑張ってね」
メキナハたちが部屋を後にしようとすると、リュウは慌てた。
「あの!兄と面会できますか?」
「君と前回、面会した後、彼は態度を急に変えたからね、面会は禁止だ。それと、刑が確定するまで釈放もされない。いつになるかは未定だが、確定次第に知らせるよ」
クダツーが答えた。
「もう一つだけ!父が、亡くなった三人の遺体がどうなるのか気にしていました」
「なんでまたそんなことを……。ゲンについては、収容されていたハビの施設からは返還不要と言われたし、残りの二人もジザから返答が返ってくるとも思えないから、三人ともカイレーのどこかへ埋葬されることになるはずだよ」
「あ、ありがとうございます」
明らかにホッとして、リュウは立ち上がった。
「オイノは遠いからね、気をつけて帰るんだよ」
クダツーが去り際のリュウに声をかけた。心細げな十七歳の少年に対する、クダツーができる精一杯の気遣いだった。
これ以上私の獲物を横取りするな、か。
ヘッシガーキは苦笑いした。これはツダに向けた言葉だけではなく、ヘッシガーキにも言っているのだろう。
「さてと。一体どこまで本当でしょうかね」
リュウが帰路に着いたのを確認すると、早速クダツーが言った。
「嘘は言っていないだろう。問題は、どこまでがツダの思惑かということだ」
「うーん。確かに、我々はツダを警戒していますからね、単にリュウ君がやって来て、メキナハ嬢と親密になろうとしたら、どうあっても反対するでしょう。ツダに反発する反抗期の息子の方が、我々には受け入れやすい。本人が踊らされているのか、承知で演じているのかはわかりませんが」
「いずれにせよ、ツダがキーナを取り込みたいのは確実なようだ。キーナ、何故ツダがお前をそこまで引き入れようとするのか、心当たりはあるかね?」
「あります」
メキナハは迷わず答えた。
「ありますが、お話しする前に、クダツー副主任、私、イイタダイ捜査官がトーザッタに行ったまま帰ってこないのが心配なのですが」
「あいつなら、しばらくトーザッタにいてもらう予定だ。無事に過ごしているよ」
「差し支えなければ、理由を伺っても?」
「交換条件というわけか?差し支えはあるにはある。何故知りたいのか聞いてからだな」
メキナハは言い淀んだ。クダツーとヘッシガーキはじっとメキナハを観察している。適当なごまかしは通じないだろう。だが、本当の理由を告げるのにも恥じらいがあった。
「……その。……ガレシュさんが、ずいぶんと心配していて……」
メキナハの言葉に、二人は緊張を解き、顔を見合わせて苦笑した。
「ガレシュ君とは、連絡をとっているのかな?」
ヘッシガーキは複雑な表情だ。メキナハは、ヘッシガーキがメキナハとセヌリューバの部下との微妙な関係まで把握していることに驚いた。
「え、その、はい。お手紙をいただいています」
「手紙か……」
「まあまあ、モッパート様。レジー……、ガレシュは、真面目で優秀な奴ですよ、イヤな奴でもダメな奴でもズルい奴でもない」
「そんなことはわかってる。まあいい、それは置いておいて」
不機嫌を振り払うようにヘッシガーキは座り直した。
「心当たりについて教えてくれ」
メキナハは頷きながら、震えそうになる手を組んで、深呼吸をした。
ありがとうございました!また明日。




