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13/29

にのご

また週末がやってまいりました。

はやい!はやすぎる!

今回もどうぞよろしくお願いします。


 メキナハは、モッパートの港タパネサで、海風に吹かれていた。重厚な趣の波止場や、桟橋には外国籍の大きな船が何隻も泊まっている。自分よりも大きな錨や、灯台の高い塔、長く伸びる防波堤など珍しい光景を眺めながら、メキナハはため息をついた。


「キーナねーえーさまーーー!」


 セヌリューバの息子ノゼンタは、正確にはメキナハの甥となったのだが、メキナハをキーナ姉様と呼んで懐いてくれている。おばさまと呼ばれたら微妙な気分になるところだった。


 ノゼンタは、外国から来て港に降りてきたばかりと言う家族に声をかけられ、その家族が連れた珍しい動物をシィトゥーハと共に撫でていたのだが、メキナハに向かって大きく手を振った。

 メキナハはその家族と挨拶だけ交わすと、養母となったテーダカッゼの隣に腰掛けて彼らを眺めていた。会話や笑い声が切れ切れに聞こえてくる。メキナハは笑顔でノゼンタに折れていない方の手を振り返した。

 そのうちその家族と別れると、ノゼンタは転がるように走って来た。


「あのね、すごいんだよ!あの子、ノゼっていうんだって!僕とおんなじ!ふわふわであったかくって、僕が手を出したら、乗せたんだ!」


 何をだ、とメキナハは思ったが、「すごいわねえ」と言い頭を撫でてやると、ノゼンタは満足そうに笑顔を深めた。


 ゆっくり歩いて追いついてきたシィトゥーハが、じっとこちらを観察しているのがわかった。文字通りの「観察」。メキナハの様子を少しでも読み取ろうと伺っている。

 メキナハは素知らぬ顔で微笑んでみせた。 


「どちらからのご一家でした?」

「あんまり公用語が上手くない一家だったから、よくわかんなかったんだ。メキナハさんが通訳してくれればよかったのに」


 メキナハは苦笑した。彼女とて全ての言語を操れるわけではないのだ。頼りにされても応えられるとは限らない。


「私でお役に立てるかどうか……。そろそろ行きましょう、おいしいお菓子のお店があるそうですよ」

「お菓子ー!」


 ノゼンタがはしゃいだ。メキナハは笑いかけて手をつなぎ、先を歩き出した。その後ろ姿を見ながら、シィトゥーハはテーダカッゼと目配せを交わし合う。テーダカッゼはそっと首を横に振った。メキナハから何も聞き出せなかったということだろう。

 シィトゥーハはため息をつき、メキナハの後ろ姿を見やった。ノゼンタの言葉に耳を傾け、楽しそうに笑っている。まるで何もなかったかのように。

 頑なな人だ。以前からあった壁が、さらに高く、さらに堅牢になっている。


 メキナハの「奉仕活動」が始まるまでの数週間を、彼女はモッパートで過ごしたいと言いだした。ノゼンタやテーダカッゼが待っているからと、引きとめる取調官らを振り切るようにしてやって来た。

 彼女になにがあったのか。事件に関連してのことだろうか、それともガレシュと何かあったのか。メキナハが彼と会ったことは知っていた。彼はまた次の派遣先に向かったと聞いている。


 テーダカッゼもメキナハを心配し、何があったのか探ろうとしているが成果は上がらない。再び想像だにできないような突拍子もないことに巻き込まれているのかも。あの時のように……。

 シィトゥーハは、首都の邸の応接室で、彼女から一連の出来事と『落ち人』との関連について聞かされた、あの晩のことを思い出していた。






 あの晩、応接室にはモッパートの家族全員、すなわちメキナハ、シィトゥーハ、セヌリューバと当主夫妻が集まって、メキナハからヤデイニトコの国境侵犯と『落ち人』との関係について聞かされていた。


「キーナ、そもそも、『落ち人』に対して疑念を抱いたのは何故だ?亡くなった君の母親は『落ち人』なのだろう?」


 ヘッシガーキの言葉に、メキナハは頷く。


「私、昔から疑問だったことがあるのです。ただの推測なのですが」


 メキナハが切り出すとシィトゥーハが顔をしかめた。


「またそれか、勿体ぶらないで教えてよ、メキナハさん」


 メキナハは苦笑した。勿体ぶっているつもりはなかった。


「ジザの言語は、周辺諸国の言葉とは違いすぎていて、むしろ『落ち人』の言葉に近いのです。それがずっと気にかかっていました」


 メキナハは一旦言葉を切って考え込んだ。


「また、ジザの首長の家族は全員、色の名前を持っていて、前首長のソホは赤、兄のゴスは青と言う意味があります。これも『落ち人』の言葉らしいです。シキの一族と名乗り、シキは色という意味です」

「なるほど、それで以前、彼らを赤だの青だの例えていたわけだ」


 セヌリューバが腕を組んだまま口を挟んだ。メキナハは頷いて肯定した。


「他にも、ジザの伝統や習慣、特殊な魔力や高い身体能力から察するに、あの一族の祖先は『落ち人』で、ジザの始まりは『里』のようなものだったと考えています。そして、今でもジザと『里』は深い関係にあり、何らかの理由で『里』はジザに便宜を図っていると推測しています」


 そう感じていたからこそ、彼女は『里』に対して警戒を解くことが出来なかったのだ。


「私、ハビの『落ち人』の医師と懇意にしてまして、彼女……、キャシー先生とおっしゃるのですが、先生だけには居場所を教えて、『里』との連絡係をお願いしています。そのかわり、先生が私の魔力や身体能力を調べることに同意していました。彼女に聞けば、私の推測の裏付けになると思います」

「なるほど?」


 話の意図が見えず、ヘッシガーキは曖昧に相槌を打った。メキナハはまた考え込んで言葉を選んでいた。


「それと、今回の衝突に関連してですが、最近おかしな噂を耳にしました。ヤデイニトコの君主が自国の『里』の援助をやめて全ての『落ち人』を国から排除する、という噂です。

 ヤデイニトコでは『落ち人』が主体となった灌漑事業の真っ最中ですから、『落ち人』を排除するはずありません。それなのに、この噂は消えては現れを繰り返しました。最初は取り合わなかったヤデイニトコの『落ち人』たちも、だんだん不安になってきたらしいのです。

 私も剣呑な話だなとは思っていましたが、あまりに荒唐無稽で深く気に留めてはいませんでした。でも、国境での衝突の話を聞いて噂のことを思い出しました」


 メキナハが言葉を切ると、ヘッシガーキが唸った。メキナハは頷き話を続けた。

 

「もし本当にヤデイニトコの『落ち人』たちがこぞってカイレーに移住したら、ヤデイニトコ側は黙っていないでしょう。軍を派遣してでも彼らを連れ戻そうとするはずです」

「……機密事項ではあるが知らせておく」


 ヘッシガーキが心持ち声を低くして話し出した。


「ヤデイニトコは、国の民が多数、カイレーに誘拐されたのを取り戻すためにカイレーに軍を進めたと言っているのだ。こちらには全く心当たりがないので、言い掛かりだと思っていたのだが、まさか……」


 ヘッシガーキの言葉に、メキナハは顔をしかめて頷いた。目を閉じて額に手を当てると、しばらく俯いた。


「……噂は他にもあって、ヤデイニトコの『落ち人』がカイレーに移住したいなら『里』は全員を無条件に受け入れるというものだったので驚愕しました。

 カイレーの『里』、つまり代表のツダ様です。本来ならば、あり得ない追放の噂など強く否定するべき立場です。それなのに、ヤデイニトコの『落ち人』の不安を煽り、事態を悪化させているのですから、ツダ様は、なんらかの形で今回の事態に関わるか、主導すらしている可能性があると思っています」


 メキナハはためらったが、意を決して顔を上げ、一同を見回した。


「カイレーとヤデイニトコの衝突で、周辺国が皆、軍を動かしました。三国同盟も、ジザどころではなくなるでしょう。

 ハビも人員を動員し、国境を固めているそうです。必然的に、他の部分で人員が減っています。ハビで服役している前首長の甥、ゲンがこの機会を逃すとも思えません。ジザにとって、嬉しい状況ばかりとは思いませんか?」

 

 シィトゥーハが頭を抱えた。


「つまり、つまり、ジザと『里』が手を組んで、あっちの『落ち人』たちを不法に入国させて、それをあっちの軍が追って国境を超えたから、こっちと衝突になったってこと?」


「分かりやすい要約ですね、そういうことです。

 もしこの機にゲンが脱獄した場合、カイレーに来るでしょう。私を探しにです。手引きをするのは、ツダ様本人か、その周辺の人物でしょう。

 私はこれを迎え撃つつもりでした。できれば、ゲンから辿って、彼を手引きした人たちを取り押さえたいと考えていたんです」


 メキナハは言葉を切った。

 ゲンがメキナハを追ってハバに出てきた時、ハビの官憲は彼を捕らえようとした。彼はハビでも犯罪を繰り返していたからだ。しかしゲンは捕縛しに来たハビの者たちを次々と傷つけて逃れようとし、最終的には縄やら投石器やら網やらを駆使して捕えられたと聞く。その大立ち回りは遠くカイレーにまで届いていた。メキナハはその人物を迎え撃ち、背後まで明らかにしたいというのだが、至難の業ではなかろうか。


「……いいだろう、そちらの詳細は後で詰めるとして、そのゲンという男がここに来るかもしれないのなら、テーダはできるだけ早くノゼンタを連れてモッパートを目指してくれ。シィトゥーハは普段と変わらないように学院に通うんだ」


 シィトゥーハは言葉が出なかった。大変な時にメキナハから離れたくないという思いと、残って危険な目にあったり足を引っ張ったりしたくないという思いがせめぎ合っていた。言葉を失ったシィトゥーハの様子を見たメキナハは、ゆっくりと話しかけた。


「シィトゥーハさん。できるだけ普段通りに過ごしてゲンたちに不審に思われないことが大事なんです。それと、シィトゥーハさんには学院でお願いしたいことがあるんです」

「僕に!?」

「シィトゥーハさんの学院には、国の首脳陣のご子息ご令嬢が多いですよね。そういう方々が今回の件をどう思っているのか、噂話でもいいです、反応を見てくださいませんか?表情を読んで貰いたいんです」


 シィトゥーハは迷った。自分にでも絶妙に出来そうな依頼なだけに断りにくい。しばらく黙っていたが最後には頷くと答えた。


「……わかった。やってみるけど、あんまり期待しないで」


 メキナハはふんわりと微笑み頷いた。

 もしかしたら彼女は、自分を危険から遠ざけるためにこんなことを言い出したのかもしれない。

 そしてホッとしている自分もいて、それがシィトゥーハは一番悔しかった。

 


 言われるままに学院に赴き、学生たちからはこれと言った反応を得られないまま戻ってみたら、メキナハは骨折しているし、すぐにでもモッパートへ行きたいと言い出すし、何だか様子がおかしいしで、出遅れた感というか、置いていかれた感が強い。

 その上、父のヘッシガーキ、兄セヌリューバに加え、兄の上司の騎士団長やら部下の副主任やら様々な人間が入れ替わり立ち替わりメキナハを訪ねてくる。手紙のやり取りも頻繁で、この地にあってもまだ何かに巻き込まれている、と思った。 


「怪我が治らないよ、無理しないでよ」


 幾度となくシィトゥーハはメキナハに言い聞かせたが、メキナハは戸惑うような、困ったような顔で曖昧に笑うだけだ。「心配してくれてありがとう」だの「気をつけますね」だのというくせに、一向に大人しくしない。


 どうしてこんなことに、この人が関わらなければならないんだ。

 僕ならこの人に、ずっと安全なところにいてもらって、怪我したり、怖い思いをしたり、腹立たしい気分にされたり、そんなことから守るのに。


 僕じゃだめかなぁ、メキナハさん。


 シィトゥーハはもどかしかった。焦りにも似た無念さに叫び出してしまいそうだった。




 テーダカッゼは、メキナハを見つめるシィトゥーハを見ていた。

 シィトゥーハがメキナハに、突拍子もない形でプロポーズしたことは聞いている。

 だが、今の状況ではメキナハがシィトゥーハの気持ちに応えることはないだろうとテーダカッゼは思う。


 メキナハは戦う人なのだ。

 物理的にもだが、何より立ち向かう気持ちを強く持っている人物なのだ。彼女も、セヌリューバも、夫ヘッシガーキも、セヌリューバのチームのメンバーたちも、皆戦う人なのだ。


 そしてメキナハは、シィトゥーハを、テーダカッゼやノゼンタと同様に守るべき保護対象とみなしているのだ。


 そうやって彼女がシィトゥーハを、守るべき人と見ている限り、彼を恋愛の相手としては見ないだろう。そこのところが、シィトゥーハは分かっていない。


 シィトゥーハは、彼女に「こちら側」にいてほしいのだ。

 怪我が癒えても、モッパートを離れても、ずっと安全なところにいてほしい。辛い目にあったり、痛い思いをしたりしないでほしい。

 もちろんそれは彼女自身を思う気持ちでもあるけれど、自分の手の届く範囲にいてほしいという思いも入り混ざっている。


 彼女が守られるだけの立場に留まるなど、不可能なのは明らかだ。彼女の復讐心と自責の念と気性が、そんなことは許さない。

 テーダカッゼはもう一度シィトゥーハを見た。まだメキナハを目で追っている。

 こじれる前に、この二人をなんとかすべきだな、とテーダカッゼは決意した。





ありがとうございました!

楽しんでいただけていますでしょうか。ドキドキです。

明日もよろしくお願いします。

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