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にのよん

読んでいただき、ありがとうございます。

今回もどうぞよろしくお願いします。




「キーナ」

 以前と同じように、ガレシュがメキナハを訪ねてきて、柔らかく笑った。


「ガレシュさん。ご無事で何よりです」


 メキナハは笑顔で挨拶したが、何となく彼の顔を直視できない。これじゃコリュモのことは笑えない。

 いやいや、そうじゃなくて!コリュモとは違うから!

 メキナハは自分を叱咤した。


「無事さ。君の方がよっぽど重傷だ。まったく君ときたら……」


 メキナハは首をすくめた。


「その節は、その、ご心配をおかけしました。兄とクダツー捜査官に叱られて、ガレシュさんがあの時言ってくれた、自分自身を諦めてるって言葉の意味が、ようやく分かったというか納得できたというか……」


 最後は小声で下を向いてしまった。ちらりと見上げると、ガレシュは呆れた顔をしていた。


「えっとその、肩は大丈夫ですか?ずいぶんと強く蹴ってしまって……」

「腕を折って吊ってる人に言われても、説得力は無いな。君ほどひどくない、まったく君は……」

「いやその……。面目次第も……」


 メキナハがさらに縮こまると、ガレシュは以前のように吹き出した。


「いいよ、今回で文字通り骨身に染みてもらうとするよ。ずいぶん叱られて、懲り懲りだろ?」

「はあ、その、はい」


 ガレシュは声に出して笑った。メキナハもようやくホッとして緊張を解いた。


「あの、ガレシュさん。またすぐ別の場所へ赴任すると兄から聞きました」


 ガレシュは笑いを収めると、頷いた。


「肩が全快したら次に行く予定だ」

「そうなのですね……」


 メキナハは羞じらって、すぐには言い出せなかったが、顔を上げてガレシュを見た。


「それで、その。お預かりしている物なのですが……」

「ああ。君は笑顔で返すことになるって言ったが、予言が的中してこんなに残念だったことはないな。

 頼みがあるんだが、お守りが効いたのか分からんが、今回俺は、無事で帰って来た。だから、あれをもうしばらく持っていてくれたら嬉しい。次の赴任先から帰ってくるまで……」


 メキナハは下を向いた。メキナハは、ガレシュが向けてくれているような気持ちを彼に持っているわけではない(はずだ)。だから、これを持っているのは、何と言うか、片手落ちだ。彼の気持ちに応えるつもりがないなら返すべきだ。だが、意を決してガレシュを見たメキナハの口から出た言葉は、真逆の内容だった。


「……お返しすべきだとは思いますが、それでも私が持っていていいなら、もうしばらくお預かりしたいというか、もちろん、お守りとしてであって、つまり、もし良ければ、なんですけど……」


 言いながらどんどんとまた下を向いてしまった。俯くメキナハの頭に、ガレシュが手を乗せた。


「それは、是非お願いする。嬉しいよ」

 

 ガレシュは笑った。嬉しいような、申し訳ないような、恥ずかしいような、複雑なメキナハだった。






 この日メキナハは、ゲンに面会に行く予定だったのだが、それを告げるとガレシュが同行を申し出てきた。


「君、まだ単独行動を許可されてないだろう。怪我もしているんだし、諦めて俺を連れて行くんだな」


 ガレシュは何かを言いかけるメキナハを制して続けた。


「迷惑だろうとか言うなよ、俺は大喜びだ」


 言おうとしていたことを先回りで止められ、メキナハは言葉に詰まった。どうしよう、なにを言えばいいんだろう。


「……ありがとうございます、その、嬉しいです」


 自分でも全く予想していなかった言葉が出た。ガレシュが驚いたように自分を見るのがわかった。

 嘘を言っているわけではなくて、彼の心遣いが嬉しいんだ、それだけだ。そうでなくてはならない。メキナハは呪文のように心の中で繰り返し自分に言い聞かせた。


 歩きながらガレシュをちらりと見上げると、彼は優しい眼差しでメキナハを見ていた。慌てて視線を逸らす。


「その。カイレーの騎士団って、ちょっと変わっていますよね」

 話題に困って、メキナハはとりあえず思いついたことを話し出した。


「……ああ、そうかもな。カイレーがまだ君主国だった時代の、近衛の名残だからな。今では便利屋みたいに使われてるな、独立した組織でしがらみが少ないし、上も使いやすいんだろう」


 確かに、雑用係のような立ち位置だ。そのくせ、要所要所にセヌリューバのような政治の中心に近い人物が配されている。正確には、中心に近いのは父のヘッシガーキだが。こういう人たちのことを、影の立役者とか、遊撃手とかいうのではなかったか。メキナハのひいき目かもしれないが。


「だからガレシュさんは、騎士団に入ったんですか?」

「いや、俺は軍あがりでね、軍には兄貴がいるんだが、どうも折り合いがよくなくてね、というか、兄貴の嫁さんと険悪なもんだから、騎士団から声をかけてもらったのを幸いに、こっちに移ってきたんだ」


 なるほど、そういうこともあるものなのか。一体、お兄さんのお嫁さんという人と、なにがあったのか好奇心が湧きそうになったが、無理矢理心の底にねじ込んで蓋をした。




 ゲンはまだ意識が無かった。メキナハはベット脇に座り、横たわるゲンを複雑な思いで見つめていたが、自分の首から小さなペンダントを外した。変わった珍しい石のついたペンダントだ。

 メキナハはゲンの手を取り、ペンダントを握らせると、落ちないように巻きつけた。そんな彼女をガレシュが不思議そうに見ている。

 ペンダントを握らせる時、ゲンの指がぴくりと動いた気がした。じっと待ったがゲンが目覚めることは無かった。溜息をついて手を離し、立ち上がった。


「何を握らせたんだ」


 病室を出るとガレシュが小声で尋ねた。


「……母の持ち物で……。おまじないの効果があるっていわれてます。ただの迷信ですけどね」

「へえ。それは迷信なのか?『落ち人』の持ち物なら効きそうだけどな」


 ガレシュの言葉に、メキナハは曖昧に笑った。




 翌日もメキナハはガレシュと治療院へとやって来た。何だか慌しい。聞くと、ほんの少し前にゲンが意識を取り戻したという。


「会えますでしょうか」


 メキナハが尋ねるとルバイヤ医師は頷いた。


「まだ動ける状態じゃないが、念のため逃亡防止の拘束をかけてある。あまり長い間でなければ話せるよ。重罪犯罪の取調官も、もうすぐ来るだろうし」


 メキナハたちが病室に入ると、ゲンは横たわったままだったが、目でメキナハを捉えた。


「おめぇかよ」


 メキナハは答えなかった。


「……何であの時、建物ン中、あんなに戦闘員ばっかだったんだ」


「最初に言うことがそれ?演習中だったのよ」

 メキナハがぶっきらぼうに答えると、ゲンは薄く笑った。


「ずいぶん態度がちげぇじゃねぇか。なるほど、上手いことおびき寄せられちまったな」

「おびき寄せられたのは私よ。エンザギーさんを使ったりして」

「エンザギー?誰だ?」

「私を庭に連れ出した、騎士団の受付嬢の女性。知らない男に、私を連れてきてくれって頼まれたって言ってたわ」

「そりゃ、あのボンボンがあいつの親父に言われてやったことだ、俺は知らねぇ」


 ボンボンとはシュンで、親父とはツダのことだろう。証言が取れれば、歯ぎしりしながらツダを釈放しなければならないクダツーらが小躍りする。


「それ、証言できる?」

「やなこった」


 メキナハが睨んでも、ゲンは意に介さなかった。


「あんたどうやってツダ様やシュンさんと知り合ったのよ」

「誰だそれ」


 ゲンはニヤリと笑った。本当に彼らの名前を告げられていなかったのか、それともとぼけているのか。メキナハはこぶしを握った。


「……これ、おめぇかよ」


 ゲンは片手を持ち上げた。そこにはまだ、昨日メキナハが握らせたペンダントが巻きついていた。メキナハは顎を引いた。


「何でこんなことした」

「何でって、ただの気休めよ。『落ち人』の持ち物は一生に一回だけ願いを叶えるとかいうバカげた話を信じてるんなら、そんなの迷信よ。

 あんたが殺したあの男の人が、助かりますようにって必死でお願いしたけど、結局亡くなってしまったし、あんたがハビで傷つけた五人の人たちも、どうか治りますようにって祈ったけど、一人は一生歩けないし、一人は顔に大きな傷が残った上に片目を失明して、結婚が破談になったそうよ。他の人だって、全快したのは誰もいないなんて、全然効かないじゃない。あんなに必死に縋ったのに。

 もし、一生に一回のお願いとやらをあんたに使っちゃったんだとしたら、こんな皮肉なことはないわ」

「……そうかよ」


 メキナハの話を黙って聞いていたゲンがポツリと言った。


「……メジロ。俺、今、十八だ。後どんだけ長生きするかわかんねぇが、終身刑だ。この先何十年もだ。辛ぇよ」

「自業自得じゃない。当然の報いだわ。あんたに殺された人たちは、もっともっと辛かったのよ。残された家族も、今だって辛いわ」

「……おめぇをやれば、死刑になるかもと思った。おめぇが俺をやるかもとも思ったが、俺がやられておめぇが生き残るのもシャクだからよぉ、やっぱやんなきゃなんねぇと思った」


 メキナハは猛烈に腹が立った。この男にも、こんな男を殺そうとした自分にもだ。


「……さようなら、ゲン。もう会うこともないでしょうけど、元気で長生きしてちょうだい」


「……待てよ」


 身を翻して去ろうとすると、ゲンが呼び止め、ペンダントを差し出した。


「返す」

「……いらないわ、もう」

「持っとけ、形見なんだろ」


 メキナハは沈黙した。


「……そんなの持ってたら、またロク兄さんに追いかけ回されるわ。いらない。兄さんも、願いが叶うと信じてるなんて、バカみたい。こんな物のために、私を探し回ったりして」


 今度はゲンが驚く番だった。


「おめぇ、ロクのやつがおめぇを探してたの、その形見のためだと思ってンのか?違ぇよ、おめぇホントなんも知らねぇんだな」


 メキナハは何も言わなかったが、ゲンに近付いてペンダントを彼の手から外した。

 ゲンは壁際に立つガレシュをチラッと見ると、メキナハにささやいた。


「ロクのヤツは、おめぇの兄貴じゃねぇ、俺の兄貴だ。俺の親父はおめぇの親父の女と通じてたんだ。自分の弟の女と寝てたんだよ、それでできたのがロクだ」


 メキナハは驚いてゲンを見つめた。


「おめぇの親父は首長なのに一族の女は一人も孕ませらンなかったろ?結局、孕んだのは、おめぇの母親の『落ち人』だけだった。つまりおめぇは前首長の血を引く唯一の人間って訳だ。

 だからロクは、おめぇを嫁に欲しいンだ」


「は?!」


 メキナハは病室ということを忘れ、つい大声を出した。ガレシュが驚いて壁から身を起こした。メキナハは振り向いてガレシュに微笑んでみせた。


「最後のチャンスだ、教えておいてやるよ、ジザの秘密を」


 そう言ってゲンはメキナハの耳に何事か囁いた。

 予想だにしなかった彼の話に、メキナハは蒼白となった。


「メジロ、おめぇは生まれる前から俺の許婚だったってのに、ロクのヤツにやるのは勿体ねぇな。だが、首長の血が絶える前にロクんとこ行け、いいな」


 冗談じゃない、気持ち悪い。しかし拘束されている怪我人を殴る気は、メキナハには無かった。


「メジロ。俺の女たちとガキはどうしてる」


「あんたが正妻と呼んでた女性は、子供を手放したそうよ。彼女がどうしてるかは知らないけど、子供はジザから離れた場所で、普通の家庭に預けられたって聞いたわ。場所は私も知らない」

「……そうかよ」


メキナハは今度こそ立ち去ろうとした。その背中にゲンは呼びかけた。


「さっきの話、詳しくはロクに聞け。シキの一族の直系と下僕くらいしか知らねぇからな。オフクロたちも知らねえ。ロクんとこ行けよ。お前がロク以外んとこに行くなんて許せねぇ。お前に近付いたあの男をやったのは俺だが、手を回したのはロクだ、あいつはお前に執着してるからな、お前と一緒に来たその男も周りの男もせいぜい気をつけるんだな、ざまみろ」


 メキナハが振り返り、ゲンの顔を見ていたところに、ルバイヤ医師が取調官を数人伴ってやって来た。


「モッパートのメキナハ様ですな。彼とは何の話を?」

 立ち去ろうとしたメキナハたちに、取調官らが声をかけた。


「お互いの近況などを」

 短く返答し、軽く頭を下げてから去ろうとするが、取調官は解放してくれなかった。ガレシュをも引き留め、厳しい目を向けた。


「彼女の話は本当ですか?」

「……二人は外国語で話していたので、何を言っているのか理解できませんでした」


 ガレシュは徽章に手をやりながら答えた。本当のことを言っていると誓う時の騎士の作法だ。取調官は頷き、再度メキナハに向き直った。


「彼は公用語ができないのですか?」

「……この男が公用語を学習しようとするような人間に見えます?もちろんできないですよ」


 メキナハは初対面の人物に対し言い捨てた。ガレシュが眉を上げて彼女を見た。


「通訳をお願いしたいんですが」

「ご依頼は正式な書面でモッパートの父ヘッシガーキか、兄セヌリューバにお願いします」


 それ以上関わり合いになる気はメキナハにはなかった。長居は無用だ。エンザギーさんの言葉を借りれば、「とっとと逃げ出す」に限る。モッパートの権威に便乗してでもだ。

 

 退出する時にゲンを見ると、ニヤリと笑った。コイツ、公用語がわかっているのでは?とメキナハは思った。シキの一族は言語能力が高い傾向にあるのだ。



「大丈夫か?」


 外に出るとガレシュが言った。メキナハの様子がどう見てもおかしかったからだ。

 メキナハはあいまいに微笑んだ。ゲンから告げられたことが心を重く沈ませている。

 なんてことを教えたんだ、アイツ。ロクのこともだが、それ以上に、とんでもない。そして。


 言えない。誰にも。


 今までも、重い秘密を数多く抱えてきた。だが、大切な人が増えた現在、単独行動をしていた頃より、秘密がずっと重かった。




 何を話していたのか理解出来なかったとガレシュは証言したが、彼にもエンザギー、ツダ、シュンなどの名前は聞き取れた。先日の出来事を話していたのだろうとガレシュは思う。少なくとも、お互いの近況報告ではなかった。


 そして、ゲンと話し合った後のメキナハの様子がおかしい。わかりにくい彼女がわかりやすく思い詰めている。また一人で何かを抱え込んでいるのだ。


 元々、この少女は朗らかな質なのだろうと思われる。それなのに、暗い瞳で一人で思い悩んでいる。


(頼ってくれればいいのに)


 ガレシュは切実にそう思う。だが、問い詰めればこの小柄な少女は、誰にも居場所を告げずに、ふと居なくなりそうだ。ようやく自分の身を大切にすることを覚えてくれたばかりだ。あまり追いつめたくはない。


 彼女の横顔を見ながら、ガレシュは寂しかった。




今週末もお付き合いいただき、ありがとうございました。

間に番外を入れるはずが間に合わなかった!

先に2章の続きを進めようかと思います。

来週末で2章が終わるので、その後にしようかどうしようか迷っているところです。

とにかく書き上げます、今後ともどうぞよろしくお願いします!

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