いちのいち
どうぞよろしくお願いします。ちぐはぐで無国籍でごった煮な雰囲気を目指しました。お目汚しですがご覧ください。
日月歩様より地図のイラストをいただきました!ありがとうございます!
いつまでも終わらない会議を抜け出して、ガレシュは相棒のイイタダイと共に昼食をとって騎士団の事務所に戻ってきたところだった。
受付に向かってゆっくりと歩いていたのは、見かけない小柄な女性、いや少女だった。高くまとめている珍しい黒髪が、尻尾のように揺れている。モノトーンの騎士服のなかで、彼女の鮮やかな青の上着は人目を引いた。膝まであるその上着から覗くのは軍の放出品の脚絆。幅広の袖口から覗く腕貫も放出品だ。なにより、そのスキのない物腰。これは体術かなにかに相当優れている人物だとガレシュは思った。
可愛らしい容姿にそぐわない身のこなしが珍しく、その少女は騎士たちの注目を集めていた。ガレシュも目を奪われていると、彼女は落ち着いた声で受付嬢に話しかけた。
「メキナハと申します。コリュモ捜査官にお会いしたいのですが。彼女と約束していまして」
少女のよく通る声に受付嬢が何か答えているが、その言葉は聞こえなかった。
「いえ、予約はありません。外で会う約束が、彼女が来なかったので心配になり伺いました。私の身分証はこれです」
やはり受付嬢の返答は聞き取れない。
「では伝言をお願いすることはできますか?」
受付嬢はまだ何か言っている。ガレシュはいつの間にか聞き耳を立てている自分に気付いた。
「……分かりました、出直します」
どうやら追い返されてしまったようだ。ガレシュがイイタダイを見ると、彼も話を聞いていたらしい。手助けすべきと目配せしあうと二人で彼女に歩み寄り、声をかける。近寄ってみるとますます、小柄な少女であることがよくわかった。
「突然、失礼。話を聞いていた。コリュモ捜査官を訪ねてこられたとか。俺たちは彼女のチームメイトだ。彼女のところへ案内する」
長身の騎士たちにいきなり声をかけられて驚いたメキナハだったが、案内と言われホッとして返答した。
「お手数おかけしますが、是非お願いします」
受付嬢はそのやり取りをいかにも不満気に見ていたが、黙って訪問者帳を突き出すとメキナハにサインさせた。
騎士たちは非常時には戦場に立つのが本来の職業だが、平時にはただ訓練と国境警備だけさせておくのはもったいないと、持ち回りで捜査官として市中の治安維持に従事している。
重い犯罪には専門の部隊がいるので、騎士たちが扱うのは「市中の治安維持」の範囲内に留まるものだが、それでも多岐にわたる任務を地区ごとに分かれてこなしている。
だから市中の者たちからは、尊敬やら感謝やら緊張やらを持たれており、また怖がられているのが現状だ。
しかしメキナハは、「どうもあの騎士服を見ると、悪いことしてないのにドキッとする」と市中では評判の騎士団事務所で、多くの騎士から注目を集めているのに、ものともせずに微笑んだ。豪胆なのか、鈍いのか。中には目つきの悪いものまでいるのに。
「ありがとうございます、私はメキナハと申します。コリュモ捜査官の友人です。チームの皆様のお噂はかねがね」
イイタダイとガレシュは顔を見合わせた。
「それは、ご丁寧に。どんな噂か怖いですが、僕はイイタダイ捜査官で、こっちの無愛想なのがガレシュ捜査官です。」
こういう場面ではたいてい、人当たりのいいイイタダイが話し相手を勤めることが二人の間の暗黙の了解になっている。無愛想と呼ばれたガレシュはそっぽをむいた。
三人が移動床に乗り込むと沈黙が落ちたが、イイタダイはメキナハに気軽に話しかけた。
「しかし、あのコリュモに友人ねぇ。ただの好奇心から聞くのですが、一体どこで知り合ったんです?」
「武術教室です」
「ああ、そうか、君はコリュモの生徒さんなんだね、なるほどねぇ」
馬鹿かこいつは。ガレシュは思った。
この身のこなしとスキの無さ。コリュモは優秀で、一般人への護身術の指導もしているが、どう見てもこの子の方が技量は上だ。これは決してこの不思議な少女に友人と呼ばれるコリュモへのやっかみではない。はずだ。
「コリュモの友人なら、これから顔を合わせる機会もあると思うから、僕の呼び名はタダで、こいつの呼び名はレジーだよ。メキナハ嬢はコリュモになんと呼ばれているの?」
あっという間に言葉を崩し、イイタダイが気軽な様子でメキナハに話しかけていたが、口を挟むことはせず、ガレシュは再び黙ってそっぽを向いた。
コリュモは未だに会議中だったが、イイタダイらが声をかけると短く切りそろえた赤髪を振り乱して事務室に飛び込んで来た。
「キーナ!ごめんなさい!すごく待ったでしょう?会議が白熱しちゃって……」
「いいのよコリィ、それより、」
メキナハはコリュモを押し留めようとしたが、コリュモは止まらない。
「ホントごめん!そうだ!今からでも時間ある?私、実は、お昼がまだで……」
「聞いて、コリュモ」
「近くに美味しいお店があるの、お詫びにご馳走するから!」
「コリュモ・イトセカカンデンデ捜査官!話を聞きなさい」
この国は末子相続の国である。それは名前にも表れていて、いわゆる他国の家名のようなものはなく、序名と呼ばれる末子との関係を示す名前がある。
序名は末子が生まれるごとに変わるので覚えにくいし、よほど正式な場でもなければ呼ばれないので、驚いたコリュモはようやく口を閉じた。
「いつも、任務をなによりも優先するべきって言ってるでしょう?私、ただ、あなたがお昼を食べ逃しただろうと思って、差し入れに来たのよ」
「……キーナ、私の天使!しかもこれ、キーナが作ってくれたの?わぁ、美味しそう。もう、お嫁に欲しい。結婚して!」
「何バカ言ってんだか。ルバイヤ先生に言いつけるわよ」
「なっ……!な、何言ってんのっ、先生とは、そんなんじゃないわ!……まだ」
メキナハは苦笑した。お互いを思っているのは明らかなのに、この親友コリュモとその想い人である治療院の医師ルバイヤは、傍目にはなんとも焦ったい関係を続けている。
「とにかくさ、キーナの分もあるんでしょ?一緒に食べよう。マズいと有名な騎士団のお茶でよければ持ってくるから、少し待っててくれる?」
コリュモは自分の机を指差した。メキナハはお茶の評判に慄きながらも素直に頷きコリュモの席に腰を下ろした。
メキナハはそのままぼんやりと辺りを見ていた。騎士らがチラチラと自分を見ているのには気付いていたが、そのうち関心もなくなるだろうと相手にしなかった。
(こういうところが能天気って言われちゃうところなんだろうな)
メキナハは自分自身に苦笑した。が、今さら周りを警戒する気にもなれない。
そうしているうちに、ガレシュが来て何やら壁に貼り出し始めた。
(現場の写真かな?そんなものを無関係の一般人がいる場所に貼ってもいいの?見ちゃうよ?)
手持ち無沙汰なメキナハは、見るともなしに見ていた。すると、あること気付いた。メキナハは迷ったが、思い切ってガレシュに声をかけた。
「あの、すみません、ガレシュ捜査官。先程は案内していただいて、ありがとうございました。
あの、その写真の中の文字なのですが……」
少女に話しかけられ、名を呼ばれ、ガレシュは心臓が跳ねるのを自覚した。だが顔には出さずに済んだ。「無愛想」が役に立つこともあるものだ。
「これが何か?」
「この貼り方では、上下逆さまです」
その言葉にガレシュは驚愕した。あまりにも変わった文字なので、誰も読める者がいなかったのだ。
「君、この文字が読めるのか?」
「はい、これは『落ち人』の言葉です」
ガレシュは一瞬、押し黙った。
「……君は、『落ち人』なのか……?」
「いえ、私の母が『落ち人』でした」
「そういうことか。君のお母さんもこれが読めるか?」
「……故人でして……」
「……失礼した、君のお母さんに魂の平安を。……しかしこれが読めるなら是非、」
「ちょっと、ガレシュ!私の親友に何の用?軽々しく話しかけないで!」
コリュモが両手に茶を持って戻ってくると、二人の間に割り込んだ。コリュモはこの小柄な友人を大層大切に思っている。無愛想な捜査官なんぞを近付けるわけにはいかなかった。
「コリィ。話しかけたのは私なの。気になることがあって」
メキナハの予想外の言葉にコリュモは驚愕した。
「キーナが、ガレシュを、気になる!?」
メキナハはガックリと肩を落とした。
「全く違うわよ、この文字のことで気になることがあるの」
全く違うと言われたガレシュも肩を落としかけた。いやいや、ちょっと待て。ついさっき会ったばかりの子に、何を一喜一憂してるんだ?
「とにかく君、俺たちの主任に会ってくれないか。他にも読んでほしいものがあるんだ」
気を取り直してガレシュはメキナハに頼んだが、メキナハは小首をかしげた。
「『落ち人』の言葉は何種類もあるのです。私の知らないものも多くありますのでご期待に添えるかどうか……」
「一つでも読めれば大変ありがたい。許可を取ってくるので待っていてもらえるか?」
メキナハはコリュモをチラリと見て、思わずと言ったように腹の辺りを押さえた。小さな腹の音が聞こえた。
「……コリュモ捜査官とお昼を食べておきます」
空腹だったらしい。なんだかおかしくなって、無愛想なガレシュもつい笑顔になった。
ガレシュが一瞬、黙ったのには訳があった。
この世界には、『落ち人』という人々がしばしば現れる。どうやって来たのか、何故来たのか、彼ら自身にもわからないという。
彼らは一様に、突然足元が崩れるような感覚がしてこの世界に落ちてきたと話す。故に『落ち人』だ。
彼らには魔力がない。だが、こちらの人間と違い、魔力で補助する必要もないほど高い身体能力を持っている。
しかし、『落ち人』の女性たちは、魔力のある子供を宿すと身体が耐えきれず、命を落としてしまうことが多いのだ。だから『落ち人』の女性と恋愛しても辛くなるだけという考えが世に定着しているのだ。
(『落ち人』なのかと思って切なくなるとか、俺ちょっと我ながらどうかしてる)
ガレシュは苦笑した。
どちらにせよ、彼らの文字が読める人物は多くない。正式に翻訳を依頼していたらいつまでかかるかわからない。目の前に『落ち人』文字を読める人物、こんな好都合を逃す手はない。手続きだの書類だの言い出されずに済むといいが、とガレシュは主任の厳つい顔を思い起こした。
食事もあらかた終わり、友人の手料理を堪能したコリュモは、自分の料理の腕に落ち込んでいた日々を思い出していた。
女性として人として、これは酷すぎると嘆いていたところ、騎士団担当の治療院の医師ルバイヤに、「全ての人類が料理が得意なわけはない、優秀な騎士のあなたが料理は苦手でも問題ないでしょう?」と言われ、深く納得すると同時にあっさりと恋に落ちてしまった。
周囲から諦めずに頑張れ、だの、コツさえつかめば簡単だ、だのと言われ、ありがたいけれどさらに落ち込んでいたところだったとはいえ、苦手でも問題ないと言われただけで恋に落ちるなんて、自分の単純さに呆れるが、以来自分では秘めているつもりの思いを温め続けている。
彼の方も、最初はコリュモを単なる一騎士として接していたが、コリュモの遠慮がちなアプローチに気付いているように思える。最近は、緊張すらしているようにすら見えるのは、自惚れだろうか?自意識過剰?恥ずかしい!
だがとりあえず、コリュモは一旦ルバイヤのことを頭から追い払った。目の前のメキナハが意味ありげに笑いながらこちらを見てきたからだ。ルバイヤ医師のことを考えていたのが顔に出ていたらしい。
騎士の制服である腕貫の留め具を意味もなくいじっていたコリュモだったが、先程のメキナハとガレシュの会話を思い出し、良い機会だと切り出した。
「あの、……ね。今までちょっと聞きづらかったんだけど。確かキーナは『落ち人』の血を受け継いでいるのよね?」
メキナハは少々目を見開いたが、すぐに柔らかく笑った。『落ち人』に関しては確かに繊細な問題が多いので、楽しく気楽な話題とは言えない。
「半分ね。父は『普通人』で、母が『落ち人』だったらしいよ。私は母が亡くなって、両親の知人のお爺さんに育てられたんだけど、その人、両親についてはあんまり教えてくれなくて、詳しく知らないの」
メキナハはさりげなく答えた。貰った茶を一口飲む。噂に違わず本当に不味い。薄いのに、しぶい。むしろどうやったらこうなるのかと言うくらいの不味さだ。思わず顔をしかめると、じっと見守っていたコリュモが悪戯っぽく笑った。
「マズいでしょ」
「いや、その。……うん」
メキナハは正直に答えた。
「このマズさがクセになるって、密かなファンもいるんだよ」
「うそだぁ!」
「いやほんと」
コリュモは笑ってメキナハを見た。
『落ち人』と違い、こちらの人間は、身体を強化する魔力なしには歩行することすら困難な者もいる。視覚、聴覚から筋力までを魔力で補助しているのだ。逆に、高い魔力で強化を行い遠くを見聞きしたり、驚異的な筋力を発揮する者もいる。他人の身体強化を補助することができる者さえもいる。騎士団にはそういった人物が多く集まり、コリュモもその一人だった。
『落ち人』の身体能力と『普通人』の魔力。そのどちらも受け継ぐことができなかった子供の運命は過酷だ。大抵は幼年期を脱することなく亡くなっていく。両者の婚姻が稀なのは、『落ち人』の女性の命のリスクがあること、文化や伝統の違いは勿論だが、そのような要因もある。コリュモは目の前の、珍しい背景を持つ大切な友人を見つめた。
「……じゃあキーナは、『里』で暮らしてたの?」
『落ち人』たちが集まって暮らす集落は、『普通人』には窺い知れない別世界だ。
「ううん。『里』には行ったことない。ずっと『普通人』の中で暮らしてた」
「……育ててくれた人っていうのは?」
「もうだいぶ前に亡くなった。『落ち人』で、私の武術の先生だったから、師匠って呼んでた」
「『落ち人』の師匠までいるのかぁ、キーナが強い訳だぁ、全然敵わないもの。私もキーナを、師匠って呼ぼうかな、メキナハ師匠!」
「フフ、おかげさまで、私は魔力も身体能力もそこそこあるから、両方のいいとこ取りしてると思うよ」
師匠と呼ばれてちょっとこそばゆくなり、照れ隠しにもう一口、茶を飲んだ。どうあっても不味い。だがコリュモは何故か期待を込めた目でメキナハを見ている。メキナハが再び顔をしかめると、ガッカリしていた。この茶の密かなファンとは、コリュモ自身のことではないかとメキナハは疑った。
「そこそことは謙遜しすぎよ、師匠。で、お父さんは一緒に住んでなかったの?」
諦めた様に、コリュモは話題を変えた。
「実は一度も会ったことないのよ。もう亡くなってて」
「え?どういうこと?」
「……さすが捜査官ね、余計なことまで喋っちゃったわ。これ以上はシラフじゃなあ。美味しいディナーでもご馳走になったら、口が軽くなるかもしれないわ」
「キーナったら。山ほど食べさせちゃうよ。でも、しばらくはなかなかゆっくりとは時間がとれないなぁ。……はっ!さては!それをわかっててそんな事言ったな!」
「やーね、うたぐり深くて。そうやって職業病をこじらせてるから、先生ともちっとも進展しないのよ」
「なっ……!だから先生とはそういうんじゃ!何かにつけて先生を引き合いにだすのはヤメテー!」
先生、という一言だけで真っ赤になったコリュモを見て、メキナハはクスクスと笑った。
コリュモたちが終わらない会議を続けているのは、チームを悩ます事件が先日起きたからだ。
白昼から路地裏で複数の怒鳴り声を聞いた住民が見にいくと、刃物で刺されて倒れている男性がいた。周囲には争った跡が生々しく残っていた。
男性の身元は不明。目撃者もいない。現在も治療院に収容されているが意識不明で助かるかどうかはわからないという。
男性が倒れていた路地の壁にあったのが、様々な文字で書かれた落書きだ。
手掛かりが少ない今回の事件で念のためにと調べ始めたこの落書きが、さらに捜査官たちを戸惑わせることになった。その落書きは町中あちこちに見つかったのだ。この文字が読める人物は、確かに助けになるだろう。
「話は聞いた。私はセヌリューバという。このチームの主任を務めている」
騎士服をきっちりと身につけた厳つい男性がガレシュと共に声をかけてきた。腰帯や警棒の房飾りの色はかなりの高位者だ。コリュモが立ち上がって敬礼するのを見て、メキナハも席を立ち頭を下げた。
「早速今回の件なんだが、正式な民間人の相談役として礼などを渡すことはできないし、守秘義務ができてしまうので、君は無理に引き受ける義務はない」
この主任とやらは、髭だらけの厳つい顔に似合う厳つい人物のようだとメキナハは推測した。しかもガレシュやイイタダイを上回る大男だ。きっと出来る限りスジを通したがる人柄だろう。
「ご配慮ありがとうございます。私は友人のコリュモ捜査官と雑談をしているだけです。ただの雑談ですので記憶にも残らない予定です」
「話が早くて助かるな。ただ、さすがに今すぐ捜査資料を見せるわけにはいかない。開示できる情報を整理したいので、明日もう一度来てもらうことは可能だろうか」
「明日は一日中、仕事がありますので明後日以降でよければ伺いますが、その……、受付の方に話を通しておいていただけると助かります」
メキナハが言いにくそうに申し出る。また先程のようなやりとりを、あの手強そうな受付嬢と交わすのはごめんだ。
「ああ、君もあの受付嬢の洗礼を受けたのか。彼女は警戒心が強い上に融通が利かないので有名でね。
そうだな、コリュモ、玄関まで送って差し上げろ、ついでに明後日も来ると受付に伝えておけ」
「承知しました、主任」
もう帰れということだなとメキナハは察し、コリュモと連れ立って事務室を後にした。
二人の背中が扉の向こうに消えたのを見送ると、セヌリューバはガレシュとイイタダイを手招きした。
「あの娘を調べろ、分かっているだろうがコリュモには内緒にやれ」
「……それは」
「……」
ガレシュとイイタダイは顔を見合わせた。
「コリュモの友人なのはわかるが不審な点が多すぎる。複数の言語を操る人物が、計ったようにこのタイミングで現れる、なんてことがあるか?しかもあのスキの無さ。只者とは思えない。
私の取り越し苦労で、彼女が善良な一般人ならそれでよし。たしか身分証を提示してたな、まずはそこからだ」
「……は」
「承知しました」
二人は顔を見合わせてからセヌリューバに敬礼した。
悪い子には見えなかったけどな、とガレシュは心の中で呟いた。
(俺、人を見る目がないのかな。不審な点があることにも気が付かなかった。まだまだだな)
ガレシュは気落ちする自分を叱咤した。
席に戻りながら、イイタダイはガレシュをチラッと見た。長い付き合いで、この男が意気消沈しているのがわかる。
(コイツがねえ。珍しいこともあるもんだ)
常に淡々と職務をこなすこの男は、感情の浮き沈みの振れ幅が狭いように思える。飲んではしゃぐことが無いわけではないが、どこか一歩引いている感じだ。市中でも、騎士で捜査官なのは優秀である証拠だし、その上長身で美形の彼は女性に声をかけられることも珍しくない。だが全て無骨に受け流し相手にしたことはない。そんな彼が、わかりやすく気落ちしているのだ。
原因はどう見ても先程の小柄な少女メキナハだ。せっかくガレシュが女の子を気にかけるという、喜ばしくも珍しいことが起きたというのに、何とツイていない奴だ。
(残念ながら、主任のカンはよく当たるんだよなぁ。キーナちゃんとやら、頼むから「善良な一般人」でいてくれよ、コイツやコリュモのためにも)
イイタダイはそっと騎士団の徽章に触れた。団員がよくやるおまじないだ。