零の章 第七話 カウントダウン
シリアスなアニメを途中で切り、まとめサイトにシフトチェンジ。
大好きなアニソンを聴きながら、サイトをスクロールしていく。
ネットサーフィンの目的は伏見さんが好きそうな話題のスレッドを探すことだ。
『ダサい名前の動物』『世界一臭い物』『河童のチンコ見つかる』
どれも微妙だな。女の子に男性器の話はしたらダメな気がする。
なかなかいい話題が見つからないけど――苛立ちは覚えない。
むしろ楽しい限りだ。これから俺が見つける話題を、あとで二人で談笑し合うと思うとワクワクする。きっと伏見さんは笑ってくれたり、驚いたりするんだろうな。
「あぁ~幸せだな~」
いつもと変わらない登校ルート。
なのに気持ち的に嬉しいお陰か、通学路が二割増しくらい輝いているように見えた。
もちろん実際に通学路が輝いている訳ではない。これは心の問題。
歩く人々は流星に見え、歩く道はミルキーウェイ、空はさながら小宇宙!
ああ、キラキラしている。俺の周りの景色が輝いている!
「フッ、自分で言うのもなんだが、人間とは単純な生き物だ」
こんなことだけでこうも心が変わるなんて不思議だ。
人が毎朝ニュースの占いを見てしまう気持ちがわかる。
「楽しみだな~」
想像する。登校して、正門をくぐって、下駄箱へ行って、上履きに履き替えて、教室へと向かって、伏見さんと朝の挨拶する。……デュフフフ。そして最高の一日が始まる。
どんな顔をされるのかな?
やっぱり笑顔かな??
それとも微笑??
照れ隠しとか? フフフフフ。
嬉しい。こんな気持ちにさせてくれる伏見さんは俺の女神だ。
「そう、今日もいつもと変わらない日常が始まる!」
――っと、心がぴょんぴょんしすぎて本題を忘れていた。
話題探しだったな。中間休みは5分、お昼休みは50分くらい。話題を探す時間なんてないだろうから、今のうちに蓄えておこう。伏見さんとの会話で、無言の時間が続かないように最低でも6つの話題を装填しなければならない。
引き続きスマホに集中し、手慣れた手つきでウェブをサーフィンした。
後澤社長のじゃんけん大会……んー、面白そうだけど微妙。
株式会社草原社長が脱税の容疑で逮捕……だからなに?
マイクにて茶色いパンダ見つかる……話題としてはいいかも。
「――イテッ!?」
前方不注意だ。
スマホに夢中で何かに鼻をぶつけた。
あまりの痛みに涙がほろりとこぼれる。
ここだけの話。俺の弱点は鼻と耳だ。
この二か所への攻撃だけはどうにも耐えられない。
「歩きながらスマホをいじってた天罰か」
天罰天罰天罰と言う某アニメの挿入歌が脳内で流れる。
「それより、俺は何にあたったんだ?」
キラキラしていた景色が、いつもと変わらない通学路に戻る。
輝いていた人間たちも普通の地味な制服を着た生徒。
現実世界に戻ってきた俺は前を確認する。
直撃した対象は壁か? 電柱か? それとも人間か?
もし人間だったら、素直に謝らなければいけない。
「人か」
目の前にいた物体は立ち尽くす人間の背中だった。
「ぶつかってしまい、すいませんでした」
「……」
「前方不注意でぶつかってしまい、すいませんでした」
「……」
「聞こえてんのか? すいませんでしたって言ってんの。無視とかひどくないか?」
謝ったのに、相手の生徒からの返事がない。
「嫌な感じ。まぁ、いいか。無視されることなんて日常茶飯事だからな……って、ここはもう正門前じゃん」
サイトに夢中になり、自分の現在地を把握できていなかった。
それが生徒にぶつかったおかげで、自分の位置を知ることができた。
意識はしていなかったが、どうやら体が通学路を覚えていてくれたよう。
慣れってスゴイな。他のことを考えていても学校に着くなんて驚きだ。
逆もまたしかり、ボーとしていても帰宅できるアレと同じ現象か。
で、ここが正門前だとして、なんでこの学生くんは立ち止まっているんだ?
スマホを見ながら歩いていた俺も悪いが、不動のコイツにも非があるだろ。
正門なんだから歩いて校舎の方へと向かえよ。
ど真ん中で立ち止まるとか常識がなさ過ぎてドン引きしてしまう。
「と言うか、なんだこの状況は?」
妙だな。
立ち尽くしている生徒はコイツだけではなかった。
その横にも縦にも正門の所には生徒の壁ができていてた。
1、2、3、4……男女合わせて20人くらいだろうか?
これは普通ではない。とても異常な光景だ。
きっと何かしらの理由があるのだろうか?
想像できるのは『デモクラシー』とかだろうか??
学生が行う社会運動。いわゆる抗議運動だろうか?
学校に対しての不満を生徒が、一丸となって何かを訴える活動。
「仮にそうなら、なんで全員が無言なんだ?」
抗議運動ならフリップとか持って叫んだりするのではないだろうか?
「無言の圧と言うヤツだろうか? よく分からんが、分かりたくもない。俺には関係ない話だ。べつに学校にやりかたに不満がある訳でもないし、言ったところで何かが変わるとも思えない。くだらない時間の無駄をするくらいなら、さっさと教室に行ってラノベ読むとしよう」
変なヤツらには関わらないのが一番。
関わっても良いことなんて何もない。
だから生徒の壁の間から敷地内へと一歩。
「――ンッ!?」
一歩、敷地内に足を踏み入れた瞬間、俺は――
「……」
――震えた。
無意識に持っていたスマホを落としてしまう。
命の次に大事な物を落とすほど体が恐怖を覚えた。
体のすべてがどす黒い靄に包み込まれたような気分だ。
吐き気。寒気。嫌気。負の感情が俺にまつわりつく。
「……」
異変に気付いた。周りの雰囲気が明らかに重い。
嫌悪感が俺を襲う。この場から一歩も動けなくなった。
「なんだ、この空気は……?
もしかして正門で立ち止まる生徒は――俺と同じような状態に陥っているのか?
間違いない。絶対にそうだ。動かないのではなく……彼らは動けないのだ。
「……どう……して?」
何が生徒をここまで怯えさせるのだろうか?
何がこの重い空気を作り出しているのだろうか?
何が俺をこの場にとどまらせているのだろうか?
「……わからない……」
その理由を探すために、恐る恐る横に立つ生徒へと視線を向ける。
すると、一人の生徒の顔が見えた。
まるで世界の終わりを見ているかのような恐怖の表情。
視線を上げ、遠くの方に見える屋上へと視線を向けていた。
一人じゃない。全員が同じ方向へと視線を向けていたのだ。
「何を……見ているんだ?」
か細く尋ねると、手前にいた生徒が震える手を上げて指先を屋上へと向ける。
「アレだよ……アレ……。……なんで……なんで……」
「アレ? 屋上に……何かあるのか?」
彼らの表情。重い空気。あまりいい気分ではない。
校舎。屋上。生徒。視線。青空。恐怖。絶句。重圧。絶望。
この場で足を止める生徒の視線は屋上だ。そこに何かがある。
「まさか」
察していた。心のどこかで何が起きているのか理解した。
心が恐怖に支配される。不安で心臓が落ち潰されそうだ。
見たくない。なのに見なければいけないような気がした。
だから俺はゆっくりと顔を上げた。
そして見てしまう。
「……えっ……?」
光景が目に入る。
屋上だ。
屋上に……誰かいる。
俺が通う東雲高校は四階建てだ。その最上部に生徒がいる。
長い黒髪。スカート。つまり女子生徒である可能性が高い。
「屋上は……立ち入り禁止のはず……」
表向きには危険だからと言う理由だが、本当の理由は飛び降り自殺を防止するためだ。東雲高校で飛び降り自殺をした生徒はいない。だが、かつて別の高校でそういう事件があった。だからこの高校も、屋上へと立ち入りが制限されたのだ。いつもはドアに鍵がかけられている。屋上の鍵の管理は先生がしているので、普通の生徒は入れない。もし入れる生徒がいるとすれば、それは屋上の管理を任された生徒。もしくは職員室から鍵を盗み出した生徒だ。もう一つ考えられるパターンがあるとすれば、屋上の鍵を壊して侵入して入った生徒とかだろう。
だが、どうやって屋上の鍵を開けたかなんて今はどうでもいい。
問題はこの状況だ。
その女子生徒は柵のこちら側にいる。
こちら側。つまり危険な方だ。
足を一歩でも前に踏み出せば、簡単に落下できてしまう位置にいる。
彼女がどうしてあんな場所に立っているのか? 多分ここにいる生徒は全員が気付いている。
だから恐怖していた。これから起きる最悪の展開が読めるからこそ怯えているのだ。
誰しもが予想できるその展開とは――おそらく飛び降り自殺だろう。