零の章 第五話:俺にとっての大きな一歩
♪ピピピピピピッ ピピピピピピッ ポプピピピピピピック♪
7時30分にセットした目覚まし時計のアラームが鳴る。
覇王学園のことを考えていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
いつもは8時にセットして、登校時間ギリギリに学校へと向かうのだが、今日はいつもより30分早い。なぜかって? フフフッ、今日は特別な日だからだ。
言うなれば今日しか訪れないであろうスペシャルなイベントの日なのだ。
「楽しみだな~」
因みに目覚まし時計よりも早く起きたと言ったが、少しだけ語弊がある。
実は俺は、昨晩から一睡もしていないのだ。
寝ようと思えば思うほど眠れず、夜通し天井を見つめていた。
深夜の二時ぐらいにホットミルクを飲んでみたが――眠れなかった。
布団の中でYouTubeを見ていたが――眠るどころか目が覚めた。
最近推しているVTuberが面白くそ雑魚パンチすぎて逆に眠れなかったですわ。
エロ同人誌をむさぼって自家発電したが――発電後も眠れなかった。
別に不眠症とかではなく、単純に今日が楽しみだったから眠れなかったのだ。
遠足前の小学生と同じ感覚だ。妙に興奮して意識がハッキリとするヤツ。
年齢的に高校二年生だが、脳みそはある意味小学生のままだ。
「でだ」
今日は祭日でもなければ遠足の日でもない。
ただの7月7日。
七夕。
毎年多くの人が短冊に願いを書いて、それを笹の葉に飾ると願いが叶うとされている行事だ。俺が通う東雲高校は七夕のような季節のイベントが大好きな高校なので、七夕の短冊イベントは毎年やっている。学食の前の廊下には笹が飾られ、律義にテーブルがあり、その上にはペンと短冊が置かれている。毎年結構な人数の生徒が短冊に願いを書いている光景を目にする。俺は見ているだけで書いたことないはけど。
願いを書いたところで、それが叶うとも思えないからな。書いても無駄だ。
それに俺は神頼みとか短冊頼みがあまり好きではないタイプの人間だしな。
まぁ、願い事や短冊にまったく興味がないない訳ではない。毎年俺も七夕の日は食堂へと向かい、在校生が書いたであろう短冊は興味本位で見ている。
書いてあることは『彼女/彼氏が欲しい』とか『お金が欲しい』とかが大半。
いわゆる定番枠だな。
たまにネタ枠で『倒れるだけでフッキンワンダコァアアアア』とか書いてあるヤツも見かける。それはもう願いとかじゃなくて心の叫びだろ。
あとはマジメ枠で『今年こそは○○部の○○君に告白できますように』とか『就職活動に成功して親を安心させられますように』とかがある。まぁ、頑張れ。
7月7日と言えば織姫と彦星が一年に一度会える日。
うんうん、なんてロマンティックなんだ。すごく切ないね、悲しいね。
でも、正直に言おう。俺には――
「関係ない」
本日は世間からすれば七夕かもしれない。
しかァアアアし!
今日はただの七夕ではない! 凄く意味のある日になるだろう!
俺が彦星であの子が織姫……なんてね。フフフフッ。
考えるだけで気持ちの悪い笑みがこぼれる。アハハハハッハハハ!!
早く早く早く学校へと行きたい。今日と言う日をどれほど待ち望んだことか!
「フフフフフッ! フゥウウウッハハハハッハハッ!! ゲホッゲホッゲホッ」
あぁ~ダメだ。あーダメダメ。昨日の放課後のことを思い出すだけで幸せな気持ちになる。思い出し笑いが止まらない。もう幸せスパイラルで口角が破裂しそうだよ。有名な宇宙飛行士・ニール A アームストロングの言葉を借りて言うのであれば、俺はこう告げるだろう。
「『リア充にとっては小さな一歩だが、彼女いない歴=歳の童貞にとっては偉大な一歩だ』とな」
そう、昨日の放課後は俺にとっての大きな一歩。
なぜこんなにニコニコなのか、そろそろその理由を話そう。
なにを隠そう!!
俺は――!!
同じクラスの学級委員の――!!
伏見理美さんを――!
七夕祭りに誘うことができたのですぅうううううう!!!
「やべぇよなぁ、マジで。ヤバいよヤバいよ」
あの伏見さんだよ。学級委員の伏見さん。
黒髪サイドポニーで眼鏡がとても似合うインテリ美少女。
ずーっと片思いだったワイ。幼稚園、小学校、中学と同じ学校。
告白しようと努力はしたけど……結局いつになってもできなかった自分。
そしてついに高校受験という避けては通れない壁が立ちはだかる。
学力下位の俺と学力上位の伏見さん。同じ高校に行けるはずがない。
告白できないまま終わるなんてイヤだ!! 同じ高校に行く!!
猛勉強する準備はできていた。一生分の勉強をする覚悟。
「だけど――」
伏見さんの志望校はなぜか一流の名門校ではなく、俺でも行けるようなごくごく平凡で平均的な高校だった。どうして伏見さんがあんな高校を選んだのかは未だに不明である。
しかしそのおかげで同じ高校に入ることができた。
合格発表の日は狂気乱舞したが――クラス分けを見て絶望する。
せっかく同じ高校に入れたのに……俺たちは別々のクラスになってしまった。
「同じ高校に入れたのに……」
高校一年は孤独だった。友達を作らず、自ら孤独を選んだ学園生活。
でも二年になってから運が回る。再びあの人と同じクラスになれた。
しかも隣の席!?
しかもしかも声をかけてくれた!!
しかもしかもしかも仲良くなれた!!
こんなボッチで友達の少ないオタクにも、友達沢山リア充ガールは普通に接してくれた。
今までの人生の中で、初めて人間として扱われたような気がした。
「感動……本当に感動」
伏見さんが居てくれたおかげで、俺の学園生活が少しだけ明るくなった。
闇の中から俺を救い出してくれた憧れの存在。それが伏見理美さんなのだッ!
だから告白したい。俺の思いをあの子に伝えたい。そして俺は決意する。
決意する! 決意……決意しただけで実行はできなかった。
小心者である俺は、フラれることが怖くて自分の思いを伝えることができなかった。当たり前だ。今のあの子と俺とでは生きる次元が違う。
それが昨日の放課後だ。
▼ 昨日 ▼
俺は勇気を振り絞り、大きな一歩を踏み出した。
皆が帰った教室、学級委員である伏見さんだけが作業のため残っていた。
拳に力を入れ、伏見さんが残っている教室へと足を踏み入れた。
ガラガラッ。
「あら、桜咲君、何か忘れ物でもしたの??」
「伏見さん!!」
「はい?」
「もしよければ! 明日の夜、商店街で行われる七夕祭りに一緒に行きませんか!」
「ん??」
彼女は首をかしげる。
言葉の意味が分からなかったのか? それとも突然のことで戸惑っていたのか?
定かではないが、少しだけ彼女は考え込むようなそぶりを見せる。
「商店街のお祭りです。ダメ、ですかね? やっぱり、もう先客がいるとか? まぁ、友達が沢山いる伏見さんのことです。もう行く人は決まってますよね……」
やはり俺みたいな根暗くそゴミ虫ボッチ人間では、女神級の伏見さんとは不釣り合い。ダメか……と一度は諦めたが――彼女は微笑みながら言った。
「いいわよ。楽しそうだし。桜咲君となら行ってみたいかも」
「!?!?!? ……嘘。ですよね?」
「どうして嘘を吐く必要があるの?」
「え、あ、あの……本当に、こんな俺でいいの?」
「ええ」
「あ、分かった。他の人も呼んで皆で行くとか?」
「いいえ、二人っきりで」
二人っきりってどういう意味だっけ??
二人。二人。あ、理解した。
「マジで」
「ええ、マジよ。楽しみね」
▼ 現在 ▼
もうね。ヤバいよね。
だって伏見さんはクラスの人気者だよ。実家はお金持ちで、父は会社を経営しているエリート社長だ。母親は世界的にも有名なファッションブランドのデザイナー。その娘である伏見さんもエリートで学校では学級委員だよ。高校三年生になったら絶対生徒会長とかに選ばれちゃうタイプの陽キャラだ。
対して俺は両親に捨てられたできそこない。学校でも友達ゼロ人説でボッチ行動が大好き一匹狼。間違いなく陰キャラ。ランクで言ったら下の下。
まさかOKがもらえるとは思わないじゃん。
嬉しすぎてこの短時間で思考が三回は死だよ。
嬉死うれしだ。嬉死。しかも ”桜咲君となら行ってみたいかも" って……バヤ。
アナタは俺を『幸せ殺し』する気ですか??
教室を出た瞬間バジリスクタイム。踊り出したい気分。
え、何?? 『告白してないじゃん、この逃げ腰チキン野郎が!』だって??
まぁ、いいんだよ。告白はまた今度だ。まずは友達以上の関係から始めようと思った。決して逃げた訳ではない。陰キャにとってはこれが大きな一歩なのだ。
そんな感じで、昨日の放課後から今の今まで一睡もできなかった。
睡魔のせいで尋常ではないほど重い瞼をこすり、登校の準備を開始する。