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日常編 第42話 初対面の知った顔

 知らない天井だ。

 人生で一度は言ってみたかった台詞の一つである。


「……」


 白く明るく、ライトの適切な照度、周囲はカーテンで囲まれている。

 知らないと言いつつ、なんとなくここがどこだか察しはしていた。

 おそらくはどこかの病院の、どこかの病室だろうと思われる。


 俺は仰向けの状態でベッドに寝かせられていた。

 つまり、あのあと俺は無事に病院へと搬送さる。

 そして手術が行われ、一命を取り留めたと言うことになる。


「左腕は……?」


 自分の左腕へと視線を向けるが、腕の姿はもうなかった。

 目覚めた時に腕の感覚がなかったので、ある程度覚悟はしていた。


「やっぱりダメだったか……」


 なんとなく予想は付いていた。

 気流牙突に切断されてから、ここへ来るまでの間にかなりの時間が経っていた。

 切断された腕をすぐに冷凍保存でもしていれば結末は変わっていたかもしれない。だがあの状態で、そんなことをする余裕も道具もなかった。コレは『仕方がない運命』としか言い様がない。――しかし、別に落ち込む必要はない。どうせこの体もあと3ヶ月の付き合いだ。


「桜咲日々喜は失敗する」


 彼を疑っている訳ではない。成功すればいいと思っている。

 でも彼が【初期の日々喜】である以上、必ず失敗する。

 意地悪で言っている訳ではない。コレは決められた運命だ。


「……運命……? 運命って……」


 運命を変えるために戦ってんのに『運命だから仕方がない』とか、その思考は敗北者の考えじゃねーか。今まで何度も失敗を経験したから、俺は弱気になっているのかもしれない。


「アイツは向こうで頑張ってんだ……俺がネガティブになってどうする」


 そうだ、左腕を失ったくらいで落ち込んでなんていられない。

 運命なんて自分の力で変えられる。現に今回の世界は今までと異なる。

 気流牙突に襲われた件、左腕を切り落とされた件、第三波動をくらった件。


「もしかしたら、コレがハッピーエンドへと繋がる正規ルートなのかもしれない」


 失敗してきたルートでは、こんなことなかった。

 つまり俺が腕を失うことは、必要な要素の一つなのか。


「まさか」


 気づいてしまった。


「誰にくれてやったんだその腕、からの、新しい時代にかけてきた、と言うことなのか?」


 実際は分からない。

 今回が初めてなので正しいのか間違っているのか。

 それは追々調べていくとして、今は他のことを考えよう。

 まずは今が何曜日の何日で何時なのか情報を手に入れよう。

 体に力を入れて上体をあげようとしたが――


「あ、無理だ。死ぬ。痛い」


 激痛だった。

 そういえば全身が切り傷だらけであったことを思い出す。

 いくら手術が終わっているとはいえ、まだ痛みはある。


「……」


 体が動かない。足も動かない。右腕も動かない。

 動く部位と言えば、腕のない左腕と首と頭くらいだ。


「ナースコールは……うわっ、遠い……」


 ダメか。誰かが来るまで待つしかないのか……。


「いや、声は出せるじゃん」


 今更ながら気づく。


「あ、あのー……誰か、居ますか?」


 病院なので、極力声を抑えた感じで助けを求めた。


「……」


 うーん。誰も居ない。


「……」


 無音。


「……」


 放置。


「……」


 虚無。


「目覚めたのに誰も居ないって、以外と寂しいものだな」


 現状を憂えていると、こちらへと向けられる視線を感じる。


「誰だ!!」と叫び、体を動かそうとして「痛い!?」と激痛を浴びる。


 このタイミングで敵に襲われたら、俺は終わる。


「クソッ、卑怯な連中だ」


 だが叫んだことにより、視線はなくなった。

 それでも数秒後、再びこちらへの視線を感じる。

 

「殺気がない?」


 そう、こちらへと向けられる視線には敵意がないのだ。

 眉間にしわをよせつつ、視線がで所を探してみる。


「……ん?」


 周囲を囲むカーテンの間から見えたのは出入り口だった。

 そこには出入り口の柱に掴み、隠れながらこちらを見る人間の姿。

 その人物は病衣を着ており、入院している患者だと分かる。

 足下には可愛い熊のスリッパを履いていた。

 長い黒髪とあどけなさの残る童顔。身長は155cmくらいだろうか?

 この気配、この視線。俺の知る人物と違うが、とても似ている。

 懐かしい感じがした。ずっと会えなかった友のような感じだ。


「立ってないで入ってこいよ」


「――!」


 目が合うと、彼女はすぐに隠れてしまう。

 だが時間が経つと、またこちらを覗き込んでくる。

 このおどおどした感じ、間違いないアイツだ。


「お前、双葉真琴だろ」


「ぼ、僕の名前……なんで知ってんの?」


「風の噂だ」


「風の噂……? なら、仕方ないね……」


 ちなみに風の噂と言うのは真っ赤な嘘だ。

 知っている人もいるかもしれないが俺はこちらの世界の人間ではない。

 今現在、日々喜がいる世界から来た人間――とでも言っておこう。 

 表裏一体の世界。二つの世界には同じ人間が存在している。

 日々喜と日々喜が存在するように、真琴と真琴も存在する。

 俺の知る双葉真琴はもう少し髪が短く、髪の色も違う。

 それでも人間が持つ潜在的なオールは姿形は違えど同じだ。


「……」


 名前を呼んだことにより、相手の警戒心が緩む。

 俺が怖い存在ではないと認識したのか、ゆっくりと病室に入ってきた。

 ベッドの前まで来たが、彼女はもじもじしたまま立ち尽くしている。


「あ、あの……は、初めまして……」


「ああ」


「……」


「……」


 会話が終了した。

 

「まぁ、座れば? 椅子もあるし」


「う、うん。そうさせてもらおうかな」


 彼女は椅子に腰掛けた。

 視線を避け、顔を赤らめている。

 なぜか緊張しているようにも見えた。

 理由は分かる。俺が男だからだ。

 こちらの双葉真琴は男が苦手なのだ。

 なのに彼は自ら俺に接触してきた。


 なぜだ? ……分からない。


 それに双葉真琴と俺の接触はこんなに早くない。

 確信した。この世界は今ままでとは違う。


「「あの――!!」」と二人の声が重なる。


 俺は「どうぞどうぞ」と先に質問権を譲る。

 

「い、いやいや、いいよ、君からで、僕の質問はべつにたいしたことないから」


「俺の質問もたいしたことないから同じだ。だから、真琴からでいいよ」


 名前を呼ぶと、彼女は少し嬉しそうな表情を浮かべる。


「名前で呼ばれるなんて……えへへ、友達みたい」


 たとえ別の世界の真琴でも、この笑顔は同じだな。

 この純粋な笑顔に、俺は何度も救われてきた。

 そんな姿をほっこりとした優しい目で見ていると――


「あわわ!? ご、ごめん、自分の世界に入り込んじゃって、つい嬉しくて」


「いいよ。喜ぶことはいいことだ、謝る必要はない。それで、質問は?」


「あ、うん。質問って言うか……その、名前を聞きたかった、というか」


「ん? ああ、俺の名前か。俺の名前は桜咲おうさき日々ひびき、高校2年生だ」


「高校2年生!? やっぱり同い年なんだ!」


「ああ」


「高校2年生なのに事件に巻き込まれて……腕まで失って……。その、大丈夫なの?」


「大丈夫と言うのは?」


「落ち込んだり、してないかなって……」


「落ち込む? 全然、腕のことは自業自得だし、落ち込んだところで何も始まらない」


 その言葉に、彼女は動揺を覚えつつ、関心したような顔を浮かべる。


「すごいな……同い年なのに……。僕なんて病弱だから、吐き気を催すだけで落ち込んじゃうよ。なのに君は全身が傷だらけになったのに前向きで……太陽みたいな顔をする……」


「自分の弱さを卑下する必要はない。人は人。落ち込むことだって悪いことだとは思わない。止まりたいときに止まって、休みたいときに休む。そして進めるときに進めばいい」


「す……すごい」


 彼女は目を輝かせ、尊敬の視線を向けてくる。


「すごいよ!! やっぱりすごい!! 師匠だ!! 君は僕の人生の師匠だ!!」


「いや、それはちょっと……」


 師弟関係は望んでいない。


「……シュンッ……」


「でも友達なら大歓迎だ」


「!!!」


 彼女の顔がパーと明るくなる。


「約束ね!! 僕たち友達だからね!!」


「おう」


 二人で笑顔を浮かべる。

 

「そういえば」


 真琴が何かを思い出したのか、顎に手を当てる。


「日々喜くんの……って、い、いきなり名前は馴れ馴れしすぎたかな、桜咲くん……って、くん付けもダメかも、なら日々喜さん……あ、名前はダメだから、桜咲さん……?」


「日々喜くんでいいよ。俺も真琴って呼ぶから」


「いいの?」


「いい」


「やったー。ますます友達度が上がった気がする」


 双葉真琴と言う人間は、向こうでもこちらでも同じ境遇にいる。

 ただ、向こうの真琴は学校が経営する病院に居るので、同じように入院している同い年の友達が数人いる。しかしこちらの病院は普通の病院だ。学校とは無関係。同い年の患者はいるだろうが、絶対数が向こうの世界の10分の1くらいだろう。加えて双葉真琴は人見知りするタイプ。自ら声をかけることは極めて少ない。故に、友達が一人も居ないのだ。

 そんな双葉真琴が、なぜか俺に接触を試みてきた。不思議だ。


「俺の質問はいたってシンプル。どうして俺の会いに来たんだ?」


「え? あ、うん。実はね、僕も風の噂で聞いたんだよ」


「風の噂か」


「うん、同い年ぐらいの子がね、緊急搬送されてきたって。すごい血だらけで、腕がない状態で、一時の猶予も許さない状態だって。それで先生が僕に言ったんだ。もし手術が成功して助かったら、あの子と友達になれるんじゃないかって。だから毎日見に来てたんだ」


「毎日? 今日だけじゃなくて?」


「うん、昨日もおとといも、その前も、いつ来ても寝ていたから、今日は驚いたよ」


 その発言に俺は首をかしげる。

 俺が緊急搬送されてから何日が経ってんだ?

 病室のテーブルに置かれた卓上カレンダーへと視線を向けるが――分からん。

 電子式のデジタル時計でもあればいいのだが……なさそうだ。

 見える物と言えば、壁に掛けられた丸いアナログ時計のみだ。


「午後の四時と言うことしか分からない」


「そっか、ずっと寝てたから曜日が分からないんだね。今日は金曜日だよ!」


「金曜日……。三日ほど昏睡状態だったと言うことか……」


 三日!?

 三日も余裕綽々と寝ていたのか!?

 勢いよくか体を動かそうとして――痛みに襲われる。


「クソッ、ヤツらが俺を殺しに来る」


「お、落ち着いてよ日々喜くん! 誰も殺しに来ないから安心してよ!」


「そんなこと分からないだろ! アイツらはいきなり来るんだ!」


「大丈夫だよ! 大丈夫なんだよ!! だから大人しく寝ていて!」


 彼女は俺の体を押し、ベッドに寝かせようとしてきた。


「外には警察もいる。君が誰かに狙われていることはみんな知ってるんだよ。だから大人たちは君を守るために、そして犯人が攻めてきたときに逮捕できるように、厳重な警備体制を取っている。君の怪我は普通じゃない。犯人が野蛮なことはみんな重々承知なんだよ!」


「……そう、なのか?」


 彼の言葉から、それが嘘ではないと言うことは分かった。

 警察が俺を守るために、厳重な警備を行っているのか?

 でもそれなら俺が三日間生き延びた理由にも繋がる。

 無防備であれば、寝ている間に俺を殺せたはずだもんな。


「それで、その警察とやらは、どこに居るんだ?」


「ここだよ」


 出入り口の方から声が聞こえた。

 視線を向けると、そこには二人の男が立っていた。

 服装は警察官と言うより、探偵に近い服装だ。


「厳密に言えば俺等は警察官ではなく、刑事巡査だ。お前からは聞きたいことがある」


「あ、はい」


 二人の警察官が、物々しい雰囲気をまといながら病室に入ってきた。

 この二人、右は正義のため働く特殊警察、特殊能力対策取締役機関特殊警察の一つであるジェントルズ・バッカーノの小早川原也に似ている。左は同機関のダーカーザンシャークの夜霧に似ている。コレは向こうの世界での話だが、こちらの世界でも志は同じようだ。

 警察巡査。殺気も感じないし、間違いなく正義の者だと思われる。

 彼らが来たことにより、俺は情報が引き出せると喜びを覚えた。

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