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日常編 第39話 合い言葉はメモリーズ

 もう一人の俺から聞かされた残酷な真実。

 3カ月後、俺は気流牙突に殺され、伏見さんは自殺する。

 信じがたい事実ではあるが……全部本当なんだよな。

 現に俺の目の前には同じ顔をした俺がいる。

 そして彼に見せられた未来の写真は本物だ。


「タイムトラベラーに自殺の話……つまりこれから異世界に行く話も本当なんだ……」


「日々喜、コレで分かっただろ。お前の背中には沢山の人の命が乗っかっている」


「沢山って……お前と伏見さんの二人だろ」


「……」


 彼はチラッと俺の方を見た。


「今はそれでいい」


 なに今の間?

 すごき気になるんだが……。


「とにかくお前がやらなければ、お前の好きな人が死ぬ」


「すすすすす好きって!? そ、そそそそそそんなこと!?」


「じゃあ、好きじゃないのか?」


「いや……好き……。でも俺のは好きと言うか、憧れと言うか、尊敬と言うか」


「まぁ、白黒ハッキリしないお前の優柔不断な心境なんてどうでもいい。とにかくコレで、お前は自分に足りない物を手に入れ、強くなるための意志を手に入れた訳だ」


 その言葉に、ヘラヘラしていた自分と決別。

 背筋をピンッと伸ばし、真剣な顔を浮かべる。


「そうだな。俺に足りない【強くなりたい意志】の意味が分かった」


 確かに数秒前までの俺の強くなりたい意志は弱かった。

 今の俺は自分のためだけではなく、人のためにも強くなりたい。

 正直、俺が超人的スキルを身に着けた姿が浮かばない。

 今更鍛えたところで強くなれるとは思えない。

 だけど、もう一人の日々喜は俺ならできると信じてくれた。

 それに、強くならないと俺は大切な存在を失う。

 失いたくない。だから俺は、今からガチで本気を出す。


「俺……強くなる!」


 目玉の奥に炎が灯る。

 ダイナマイトボートレースのCMみたいな気持ちだ。


 さっきの俺とは違う。

 今の俺には足りなかった意志がある。

 挫折しても、立ち上がる理由がある。

 あとは異世界に言って鍛えてくるのみ。


「それで、俺はどうやって異世界に行けばいいんだ?」


「……」


「おい、もう一人の日々喜。転移の方法を教えてくれ」


「……」


 部屋の中心へと視線を向けると、男は不自然に体勢で体をぐったりさせていた。

 今の彼からは、まるで座ったまま意識を失ったような印象を受ける。


「いや、これは……ガチで気を失ってる!?」


 彼の胸部へと視線を向けて、呼吸を確かめる。


「動いてない……。これ、本当に気を失っているだけか?」


 その先もあり得る。悪い予感がした。

 もともと彼は瀕死の状態だった。

 今は風鎖や風結びで一時的に命をつないでいる。

 彼は言った。この技ははあくまでも時間稼ぎ。


「死んではないよな?」


 時計へと視線を向けた。


「話に夢中で忘れていたが……死期の時間を遙かに過ぎている……」


 不安になった俺は恐る恐る彼に近づく。

 安否を確かめるためにヤツの首元に触れてみた。


「あ、おわった。コイツ、つ……冷たい」


 ヤバいな。

 これはヤバい。

 とてもヤバイ。


 コイツが死んでしまったら、異世界に行けない。

 異世界に飛べなければ、強くなることはできない。 

 強くなれなければ気流牙突や運命に勝てない。

 運命に勝てなければ……伏見さんも救えない。


「おい! 起きろ!! お前が死んだら誰も守れない!! 俺はどうやって強くなればいい! どうやって修業すればいい! 伏見さんを氏の運命から救いたい!! だから起きろ!」


「――^v―――^v^――――――――」

 

 返事はない。

 

「どうしよう。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」


 脳内が動揺に支配されて目を泳がせた。

 必死に考えるが……何も思いつかない。

 一人じゃ強くなれない。

 強くなる方法なんて思いつかない。

 ジムに通っても3カ月でムキムキにはなれない。 

 どうしようどうしようどうしよう。

 異世界に行くしか強くなる方法がないんだよ。


「こんな時はアレだ。あの、心臓マッサージ!!」


 俺は自分の手を重ね、彼の胸部の元まで持って行く。

 保険の授業で習ったことを思い出し、実践に移す。


「確かアンパンマンマーチのリズムでやるといいんだよな! せーの! ♪そうだ♪ 嬉しいんだ♪ 生きる喜び♪」


 リズムよく圧をかけた瞬間――


 彼の全身から血が噴き出した。

 この男への心臓マッサージは救いではなく断罪だ。

 冷静に考えれば今の彼の体は穴の開いた風船のような物。

 そんな体に圧をかけたら空気が吹き出すのは当たり前。


「ど、どうしよう。どうしよう。やっぱり当初の予定通り彼を病院へと連れて行くか?」


 彼曰く、この世界は今までの世界とは違うと言う。

 展開の全てが読めず、物語が変な方へと向かっているらしい。

 だからこそ彼は一人で正しい未来へと軌道修正を行っていた。

 そのため、救急車を呼ぶと言うことはしたくはなかった。

 だが迷っている時間はない。

 救急車を呼ぶことで、この世界が最悪の未来をたどるかもしれない。

 それでも、目の前に居るコイツを死なせるよりかはましだ。


「それに、たぶん俺は死なない」


 俺の死期は7月7日であって今日ではない。

 外へ出ても気流牙突とエンカウントする確率は極めて低い。


「でもソレは前回までの世界の話。この世界では、俺の死期が変動しているかもしれない」


 それに気になることが一つ。


「自殺した場合はどうなる?」


 人は刺されれば死ぬし、溺れれば死ぬし、轢かれれば死ぬ。


「生きるも死ぬも俺次第」


 3ヶ月と言うのは、あくまでも全うに生きた場合の結末だと思われる。


「それにこの世界は変だと聞く」


 死期が延びる分にはいいが、縮まっていると言う可能性もある。


「下手したら今日が俺の死亡日になるかもしれない。あり得る」


 結論。

 自ら危険に飛び込まなければ、俺は最低でも3ヶ月は生きられる。

 

「選択を間違えれば、いつ死んでもおかしくはない。迂闊うかつに動けば運命の歯車が狂う。俺が今から行おうとしている救急車を呼ぶ行為は、死期を縮める行動か?」


 行動一つで未来が曇る。

 一挙手一投足の全て逆効果になり得る気がしてきた。

 そう考えた瞬間、俺は今いる場所から動けなくなる。


「怖い。何もできない。何かすれば世界が壊れてしまうような気がする」


 恐怖で押しつぶされそうになる。


「教えてくれよもう一人の俺。お前は俺を導く存在なんだろ? 助けてくれるためにわざわざ未来から来たんだろ? 頼む……俺は……どうすればいい?」


 先ほどまで普通に会話をしていたのに、今の彼に意識はない。

 このまま適切な治療を施さなければ、彼はいずれ死ぬ。

 この男が死んでしまったら、伏見さんは救えない……。

 パニックになった。ハッキリ言って何も思いつかない。


「……ひび……き……」


「日々喜!!」


 男はかろうじて生きていた。


「俺はどうすればいい? 分かんねーよ。いきなりこんな出来事に巻き込まれて! どんな選択をすればいいのか分からない。未来人なら教えてくれ! 俺は救急車を呼ぶべきなのか? それとも呼ばないべきなのか!」


「……日々喜……。時間がない。別世界に行く方法を教える。お前は、俺のことなど気にせず。異世界へと飛べ。そして数々の試練を超え、強くなって帰ってこい」


 彼は最後の力を振り絞り、ポケットの中から一冊の本を取り出した。

 長方形の本。まるでライトノベル一冊分くらいの大きさだ。

 まるで――と言うか、それは正真正銘のラノベだった。


「うん」


 俺は本を受け取り、視線を落とす。

 どうしてこのタイミングで俺に本を渡してくるのだろうか? 


「どんな内容なんだ?」


 本の中身が気になったので開いてみた。


「え? 白紙?」


 文章もイラストもノンブルも、その本には何も書かれていなかった。


「ナニコレ?」


「白紙なのは当たり前だ。ここにいるお前の物語はまだ始まっていない」


「どういうこと?」


「それはただの本じゃない。異なる世界とこの世界を繋げるゲートだ。そしてその本はいずれお前の冒険を記録した【桜咲日々喜記憶記録譚】となる」


「これがゲート? しかも記憶記録譚? なんだそれ?」


 本を観察してみる。


「前回の俺が殺され、今の俺が初期の日々喜だから、本が白紙なのか?」


 これなら彼の『お前の物語はまだ始まっていない』発言にも納得がいく。


「それは違う。記憶の継承が行われていても、世界がリセットされれば本は白紙に戻る」


「へー……ところで、過酷な試練って具体的に何をすればいいんだ? やっぱり倒産寸前の食堂を経営して建て直せばいいのか? ダンジョンに出会いを求めればいいのか? スマートフォンを駆使して冒険すればいいのか? それとも無機物に変身して人を救えばいいのか?」


「……俺が生きていたことに安堵して饒舌にるのはいい。でも言っただろ。俺はそろそろ限界だ。さっさと本を開いて転移の台詞を口にしろ」


「ごめん。でも本は既に開いているし、肝心の転移の台詞はまだ教えてもらってない」


「え? あ……そうだったか……。転移の方法は簡単だ。本を見つめ、強い決意の元で『メモリーズ!』と叫べばいい。それでお前は向こうの世界へといける」


「案外簡単だな。大声で叫べばいいんだな」


「やっぱり大声はやめてくれ、俺の傷に響く。普通に言うだけで大丈夫だ」


「分かった」


 本を見つめ、俺は台詞を言う前に深呼吸を行う。

 異世界転移か。なんだか緊張してきたな。

 台詞を言えば、俺はもう一つの世界に行く。

 そう考えると、本を握る手にも自然と力が入った。

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