日常編 第34話 メモリーズタイムトラベラーと余命宣告
俺はベッドに腰掛け、もう一人の俺は部屋の中央で仰向けになっていた。
彼は瞳を閉じていたが、別に死んで居る訳ではない。
呼吸はしっかりしているし、口元も笑顔を浮かべているようにも見えた。
「なぁ、桜咲日々喜」
「なに?」
「この世界の運命は、俺の知る物とは異なる。気流牙突に襲われたのも今回が初めてだ」
「それで? 何が言いたい?」
「俺という人間は、気流牙突の波動爆弾では死なない。これは最高のデータだ」
「最高のデータね。でもソレは今回と同じ運命の話だろ。少しでも歯車が狂ったら、違う運命が待っている。油断大敵と言うことだ。次も第二波動をしてくるとは限らない」
「かもな。でも次はない。この世界で全てを終わらせる」
「ハッピーエンドにするってことか?」
「ああ、だから、こんな所じゃ死ねないんだ」
決意のこもった眼差し。
俺もよく分からないが、とにかく強くならないとな。
「それでだ、話を続けよう。まずは俺の正体について」
「あ、それなら大丈夫。お前が休憩している間に答えへとたどり着いたから。お前は異世界から来た日々喜で、今はこの世界で時間遡行をしている。目的は理不尽な未来を変え、ハッピーエンドを手に入れるため。そのためには俺の手が必要。でもこの世界の常識じゃ、俺は強くはなれない。だから異世界に行き、普通ではない方法で鍛えてもらう、ってことだろ?」
彼は俺の考察に目を見開き、口をポカーンと開けた。
「どうだ?」
「いや、驚いたな。完全に正解だ。初期の日々喜はこんなに察しがよくなかった。だけどお前は違う。初期の日々喜であるはずなのに、自力で答えへとたどり着いた。どういうことだ?」
「どうもこうもしらん。俺は俺だ。それよりハッピーエンドの具体的な条件が知りたい。強くなれと言われても、漠然としていたいまいちピンと来ない。あと注意事項についても知りたい」
彼はコクリと頷き、その質問への回答を口にする。
「今回のお前は冴えてるな。まぁ、そっちの方が話が早くて助かるが」
ヤツの話す声が、やはり軽くなった気がする。
「呂律が回ってる。大量の血を失ったというのに、普通に喋れるのか?」
「ああ、自分でも不思議なくらい頭が冴えている。波動時限爆弾が発動する前は、全身が締め付けられ、思考に靄がかかったような状態だった。でも今はスッキリしている」
「そう言うものなのか?」
「自分でも分からない。ただ分かることは、今の俺ならまったく死ぬ気がしない」
「それは助かる」
「で、なんの話だっけか?」
「異世界や注意事項や俺が強くなる理由についてだ」
「そうか、そうだったな」
無駄話のせいで彼が死んだが後悔先に立たずである。
だから俺は思考を整理し、必要な質問を取捨選択した。
「まず俺についてだ。お前の推測通り、俺はもう一つの世界から桜咲日々喜だ。訳あってこっちの世界で行動している。この時代にメモリーズタイムトラベルしてきた理由は二つ。一つはお前に異世界への生き方を教えるため。そしてお前を強くするためだ」
「それってやっぱり、気流牙突が所属する平和維持機関と戦うためとか?」
「違う。俺らが戦う敵は『運命』だ」
「う、うんめい? ……それは、運命の擬人化とかモンスター的な?」
「いや、運命と言うなの概念だ」
概念と戦う。触れることのない物とどう戦えばいいのだろうか?
「それで、二つ目の理由って?」
「お前がお前か、確かめるためだ」
「ハァ? 俺が俺? 俺はいつでも俺だぞ」
「いいや、違う。たしかに日々喜は日々喜だが、俺の知る日々喜ではない」
ん?
あー。
理解した。
「俺が【初期の日々喜】であることと何か関係しているのか?」
「大ありだ。本来であればお前は、俺と同じように未来の記憶を引き継いでいる」
「マジ? 未来の記憶か? 全然記憶にないんだけど」
「だから、お前は初期の日々喜なんだ」
「あ、そっか。記憶がないから、最初の頃の俺なのか」
俺が初期の日々喜と言うことは、初期以外もいる。
そいつらは記憶を引き継いで来た。
でもなんらかの理由で記憶が途絶えてしまったのか。
「コレについてはいずれ分かるときが来る。今はべつに深く考える必要はない」
「う、うん。分かった」
分かったと言ったが、正直まだ分からない。
深く考える必要はないと言われたが、考えてしまう。
誰だって自分の未来について知りたいと思うものだ。
「つまりお前は、未来の俺を知ってんだよな?」
「もちろん知ってる。共に戦ってきた仲だ」
「未来の俺は、異世界にいるんだよな?」
「一度はな。だが強くなって戻ってくる。そして俺と共に戦う」
異世界に行った俺が俺ツエーになって戻ってくる、感じの展開か。
「戻ってきた俺は、幸せなのか?」
「すごく幸せだ。沢山の仲間と出会い、多くの仲間を助け、物語を進め、楽しい人生を送る。最後に待ち受けているのは、皆が笑顔で、笑いの絶えないハッピーエンドだ」
「万年ぼっちの俺が、仲間に囲まれて楽しそうにしている? にわかに信じがたいな」
「信じなくてもいい。どうせ数分後には、この言葉の意味が分かる」
そうだよな。
コイツとの会話が終われば、俺は異世界に行く。
もう一つの世界に行けば、楽しい異世界物語が始まる。
俺が大好きな異世界ファンタジーが待っている。
あまのじゃくなので異世界物が嫌いと言いつつ、実は好きなのだ。
「さすがタイムトラベラー。いいことを知ってワイはニッコリ笑顔」
「笑顔なのはいいが、俺はタイムトラベラーではない」
「……え? 違うの?」
根底を覆すような問題発言。
その言葉に俺は目を見開いた。
「完全に違うと言う訳ではない。ただ、タイムトラベラーと言う言葉は適切ではない。俺は間違いなく時間遡行をしている。だが、お前が想像するような肉体を過去に送るようなことはしていない。正確に言うと、俺はメモリーズ・タイム・トラベラーだ」
「タイム……トラベラー?」
「メモリーズな。タイムトラベラーだと過去から来たみたいな言い方だ。しっかりメモリーと言う単語をつけてくれ。あの人が名付けた発明品名だからな。名前は大事だ」
「タイムトラベルとメモリーズタイムトラベルは何が違う?」
「まずタイムマシンは質量のある物体を過去に送る物。しかし現代の科学力ではそれは困難とされている。同様に未来に送ることも困難だ。だからタイムトラベルは現実的ではないとされてきた。しかし、ある方法を使えば、肉体は転送せず、実質人間を過去に戻ることが可能」
可能なのか?
「オタクであるお前なら分かるだろ?」
「実質過去に送る? あ、有名な空想科学アドベンチャーに出てきたアレか?」
「そう。記憶を過去に送る装置だ。あの人はその理論を信じ、科学の粋を集めて作りあげた。そして俺らが実験体となり――今に至る。それがメモリーズ・タイム・トラベル」
俺らの『ら』と言うことは、俺らと言うことなのか。
文脈からすれば、未来の俺を指さしているのだと思う。
コイツと俺は、本来であれば二人で過去に来るはずだった。
しかし何らかの出来事が切っ掛けでコイツだけが過去に来た。
記憶の引き継ぎがうまく行かず、俺が初期の俺に戻ってしまった。
過去に来る前に発明品を壊されたとかそんな感じだろうか?
「なるほど、記憶だけなら現代の技術でも可能……なのか? いや、無理だろ」
「それが可能になっているのだから、記憶を継承した俺がここにいる」
「説得力あるな。もし全てが事実なら世紀の大発明だ」
肉体だろうが記憶だろうが、時間遡行している時点でファンタジー。
「あのホーキング博士ですら会えなかった未来人が俺の前にいるんだよな」
「すごいことだろ。でもお前の人生はこれから、もっとすごいことを経験する」
「もっとすごいこと?」
ドラゴンとかフェアリーとかに出会う系の経験だろうか?
空想上の出来事が現実になると想像するだけでワクワクする。
「ちなみに左腕と多くの血の失ったお前は――いや、お前の記憶は、何年先の未来から来たんだ? 20年? 30年? それとも100年? まさか1000年とか言わないよな」
「少し先の未来からだ」
「少し先か」
「答えは3カ月先の未来」
「さ、3カ月?」
「そう」
「……」
3ヵ月って言ったのか?
「なんだー。結構すぐじゃん」
3カ月先の未来は、俺の日常と変わらない。
車も空を飛ばないし、人工知能も世界を支配しない。
ザ・日常に違いない。
面白そうな情報はない。きっと社会情勢も今と同じ。
なんだよワクワクして損した。すぐじゃねーか。
「もっとなんか、スゴイ未来から来たのかと思った」
「まぁまぁ、そんな顔をしなさんな。3ヵ月先の未来から来たことには意味がある」
「意味?」
3ヵ月先の未来に興味はないが、そんな言い方をされたら気になる。
「どんな意味があるんだよ?」
「未来なんてあっという間だ。気付いた頃にはもう遅い。すべてが手遅れになる。大切な存在はいなくなり、何もできずに生き続ける自分がいる。やがて自分すらも消えていく。あの時、こうしていれば未来は変わっていたかもしれないのに……残るのは後悔と喪失感だけだ」
「みつを?」
自分の死を悟っているのか、突然ポエムのようなことを言い始めた。
「ごめん。日本語でお願いします」
「今更隠すつもりはない。だから言う。3ヵ月後の7月7日。お前は死ぬ」
「へぇー俺が死ぬのか」
……。
……。
……。
「え? 俺が死ぬ?」
「そうだ。お前は死ぬ」
「……」
世界が凍りつく。彼の言葉は全てが真実だ。
楽しい結末。明るい未来。笑いの絶えない世界。
良い方ばかり聞いていたので今の発言には驚いた。
なにか裏があると思ったが、そういうことか。
ハッピーエンドって3月間だけの話なのか。
「寿命で死ぬまでハッピーエンドって話かと思っていた……」
今日は死なない。
明日も死なない。
来月も死なない。
だけど3カ月後にはお陀仏。
「自分の死期を聞くのは辛いだろう。だが全てが事実なんだ」
突然の余命宣告。
1クール分のアニメが終わると同時に俺の命も終わる。
3ヵ月。3カ月後に俺は死ぬ。短い。短すぎる人生だ。
まだ俺は高校二年生。人生これからなのに……。
「嘘じゃないんだよな?」
「記憶トラベルをする予定だった人物は2人。俺とお前だ。だけどお前には未来の記憶がない。これが何を意味するか分かるよな?」
分かる。
薄々気づいてはいた。
俺を強くする理由と繋がる。
「未来で俺は、殺されるんだ……ちなみに殺人鬼が誰だか分かっているのか?」
「気流牙突だ」
「……」
ソイツは平和維持機関のメンバーの一人。
俺の前の前に居るもう一人の日々喜を傷つけた張本人だ。
「生きるためには、強くならなくてはいけない……と言うことか……」
鍛えたところで、俺は波動使いと戦えるのか?
全身破裂したとして、耐えられるとは思えない。
「あまり絶望的な顔をするな。お前は俺だ。必ず強くなれる」
「お前は俺だ。でも俺ではない。もう一つの世界の俺だ。だけど俺はこちらの世界の俺。危険もなく、事件もなく、平和な日常を送ってきた人間だ。強くなれるイメージが沸かない」
「まぁ、今はそれでいい。トラの檻に放り込まれれば、意地でも強くなれる」
さりげなく怖いことを言わなかったか?
「でも俺らの的は平和維持機関じゃなくて、運命なんだよな?」
「最終的なボスはな。そのボスにたどり着く道を阻んでいるのが平和維持機関だ」
中ボスみたいなものか。
「中ボスでこのレベルって……ますます勝てる自信がなくなってきた」
だんだん異世界に生きたくなくなってきたかもしれない。
しかし話を聞いてしまった以上、後戻りはできない……。
「そもそも平和維持機関ってなんなんだ? 超能力者集団なのか?」
「本当に知らないのか?」
「知らない」
すると彼は天井を見つめながら単語を羅列していく。
「政界進出。大逆心。真の正義。企業の頂点。世界を牛耳る」
「何ソレ?」
「世界平和党って聞いたことないか? 選挙に興味がない人間でも一度は聞いたことあるはずだ」
「……ある? かもしれない。ない? かもしれない。ごめん、選挙に興味がないからなんとも言えない」
「若者の選挙離れは深刻かもしれない。まぁ、簡単に説明すると、世界平和維持機関は世界平和党が運営している裏の組織だ」
「なるほど。宗教と政治は切手も切り離せないとか言うからな」
その話だけ聞くと、たいして危ない連中ではないように思える。
「この前起きたチョコミントアイス事件を知ってるか?」
「あ、それは知ってる。ある集団が、チョコミントアイスが売っているアイスクリームショップに殴り込み、店員をボコボコに殴り、ショーケースをぶっ壊した事件だ。犯人たちの動機はくだらない物で『ミントが嫌いだから』とかだった気がする」
待てよ。
思い出した。
「確かあのニュースでキャスターが……世界平和維持機関を名乗る集団が襲い――とか言っていたような気がする。あ、今の話の組織と同じ名前だ。どこかで聞き覚えのある名前だなーとは思っていたが、朝のニュースで見たからだったのか。あーはいはい。思い出した」
「そう言うことだ。アイツらは過激で知られる組織。テレビでもときどき取り上げられる。表向きはただの平和を願う機関。しかし、裏の顔も存在する。彼らには彼らの信じる正義があり、それと相反する者は容赦なく潰す。その中でも一部の信者たちは変な武術を使う」
「気流牙突もその一人なのか?」
「そうだ。しかもアイツは幹部の一人【傭兵の牙突】と呼ばれている」
「幹部だから強い。つまり有象無象の信者たちは大して強くない」
「おそらくな」
それを聞いて安心した。
組織の平均が牙突並みだったら勝てる自信がない。
「ちなみにその銃はヤツから奪ったんだよな?」
「ああ、無我夢中で奪った。おかげで銃殺されずに済んだ」
「気流牙突が幹部だから銃を持っていたって認識でいいんだよな?」
「その認識で大丈夫だ。信者たちは持っていないから安心しろ。ましてや殺しなどしない。信者はただの金づる。巷でイキッてるだけの目立ちたがり屋の雑魚集団だ」
「それでも怖いよ。幹部が銃を持ってるなんて……。まるでヤクザじゃん」
「ヤクザじゃなくても拳銃を持っている組織はいくつか存在する。お前が知らないだけで、表にある組織にも裏の顔はある。もしかしたら商店街のカレー屋さんが、スパイのアジトだったりするかもしれないぞ。どちらにしろ、あまり裏の事情は知りすぎないほうがお前のためだ。知りすぎた人間は……表に出られなくなる」
「マジかー」
表に出られなくなるのは困る。
俺は3ヶ月先の未来でも生き続けたい。
足を踏み入れたら戻ることのできない危険な世界。
好奇心だけで突き進んではいけない大人の次元だ。
平和維持機関。名前は覚えた。接触は最小限。
「事情は大体見えてきた。さっきお前が言った『俺は重要な人物だ』と言う言葉の意味も理解した。少し先の未来で開発されるメモリーズ・タイムトラベル・マシーンと関係あるんだろ?」
「ご名答」
機械的なタイムマシンではないとはいえ、メモリーズ・タイムトラベルは実質時間遡行を可能にしている。それが誰かの手に渡れば、この世界の均衡は大きく傾く可能性がある。
「発明品が世界平和を維持しようとする組織にバレ、俺が襲われた。ヤツとの肉弾戦。互いの力は互角だった。しかし決着がつかないことにしびれを切らした相手が銃を取り出した。ガチの拳銃!? と思った。日本で銃を見るとは思わなかったからな。俺は無我夢中でヤツから銃を奪った。しかし想像に重く、動きが一瞬だけに鈍った。それで攻撃を食らった」
「それで左腕を?」
「第三波動をもろにくらった。腕が吹き飛び、血が噴き出した」
人体を吹き飛ばすほどの波動。冷静に考えて恐ろしい。
「バカだよな。腕なんて置いて逃げればいいのに、俺は自分の腕を拾った。腕を脇に抱え、銃を握り、俺はヤツから逃げることだけに意識を向けた。その結果、時限式波動爆弾を受けた」
「そのときどういう心境だったのかは分からない。でも少し分かる気がする。例えば自分の指が事故で切り落とされたとして、多分俺はそれを拾って、手術でくっつくことを願うと思う」
「手術、か……」
男は寂しそうな眼差しで床に転がる自分の左腕を見つめる。
「まっ、アレはもう手遅れだ。でもいい。命があっただけましだ。第三波動を心臓に受けていたら、こうしてお前とも会えずに死んでいた。命あるだけ幸運と思えば良しだ」
ポジティブシンキング。
なんて頼もしい男なんだ。
その考えを少しでも俺に分けてほしい。
俺が腕を失ったら多分悲しくて立ち直れないと思う。




