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日常編 第28話 謝罪と選択

 部屋で座り込み、俺たちはそれぞれ休憩していた。

 例のお話まであと2分。YouTubeでも見ていればあっという間に過ぎる時間なのに、何もせずに待っていると2分という時間は意外にも長く感じるものなのだ。


「なぁ、日々喜」


 休んでいたドッペルゲンガーが弱々しい声で俺の名を呼ぶ。


「どうした?」


「……ごめんな……」


 何を言うのかと思えば、唐突な謝罪の言葉だった。


「なんで謝るんだよ」


「……本当はもっとスマートに物語を進める予定だった……」


「ん?」


「……」


 数秒の沈黙のあと、彼は口を開く。


「正直、こんなことになるとは思わなかった。自分の力を過信し、気流牙突に勝負を挑んだ。それがそもそもの間違いだったんだ。アイツは大人だ、そして強い。対して俺はガキだ、そして弱い。高校なら大人に勝てる。そんな幻想を抱いていた。でも学生レベルの武術とプロの武術とでは天と地の差。俺はまだまだ弱い。再戦しても勝てるかどうか分からない」


 俺から見れば、コイツは十分強い。

 こんなに出血しても平常心を保っているなんて異常だ。

 恐ろしいほどの精神力。既に人間のレベルを超えている。


「きっとヤツは俺を殺しに来るだろう。アイツと1対1の勝負なら可能性はある。しかし平和維持機関は巨大な組織だ。10人、いや100人、はたまた1000人でこの家を潰しに来るかもしれない。そうなったら隣の部屋もろとも更地になる可能性だって無きにしも非ず」


 ……ん?


「今、なんて?」


「そうなったら隣の部屋もろとも更地になる可能性だって無きにしも非ず」


「家自体が木っ端みじんになるってこと?」


「可能性の話だ」


「じゃあ、わざわざ嫁たちを避難させた意味ってなんなんだ?」


「……」


「嘘やん」


 理不尽な現実を突きつけられ、俺絶望した。

 できれば知りたくなかった真実をコイツは口にした。

 じゃあ、俺が嫁たちの避難に費やした数分間はなんだったん? 


「だが安心しろ。あくまでも最悪の場合の話だ。何もなければこの家は無事で済む」


「無事である未来を望む」


 少し会話をしたあと、再び二人の間に沈黙が流れた。

 減った体力の回復時間とでも思うことにした。

 あと1分程度で真実のお話が始まってしまう。

 その前に、俺は一つだけ彼に質問をすることにした。


「なぁ、答えられる範囲で良いから答えてくれないか?」


「なんだ?」


「お前はドッペルゲンガーなのに俺を殺そうとはしない。その理由はなんだ?」


「理由? そもそも俺はドッペルゲンガーではないからな」


「……」


 ……。


「……え?」


 衝撃的な発言に目が点になる。

 今まで確信していた事実が180度覆る。

 ドッペルゲンガーじゃないなら、何者だ?


「いや、待て、そうか。分かったぞ」


 ドッペルゲンガーではないもう一つの可能性。

 彼の口から度々出た『繰り返す』と言うワード。

 先ほど俺は彼を第二のジョンタイターと言った。

 しかし先行する問題があったため後回しにした。

 だが今は違う。考える時間が与えられた。

 正しい未来や運命の選択という科学的な単語。

 

「もしかしてお前は――」


 ゴクリッ、と生唾を飲んだ。

 真実に気付いてしまったかもしれない。

 そう考えれば、あらゆる事実の辻褄が合う。

 この質問の答えがイエスなら確信できる。


「お前は未来から来た俺なのか?」


「それは違う」


 即答である。


「……」


 99%くらいの確立で未来の俺だと思っていたので、違うと言われて急に冷めた。

 顔から表情がスンッとなくなり、ファンタのCMで堂々と『3xです』と答えたのにDJ先生に『違います』と言われた時のヤマヤマ山下さんと同じ気持ちになる。何コレ、恥ずかしい。


「で、でもお前は桜咲日々喜なんだよな?」


「ああ」


「で、俺も桜咲日々喜なんだよな?」


「当然だ」


「ドッペルゲンガーでも、未来から来た俺でもないのに、なんで俺が二人いるの?」


「それは時が来たら話す。これ以上の情報は本筋に関わってくる」


「……となると、気流牙突は超常現象を取り締まるゴーストバスターズではない?」


「ゴーストバスターズ? 俺は幽霊ではないし、気流牙突は幽霊退治屋もない」


 彼との会話で、この男の正体がますます分からなくなった。

 ドッペルゲンガーではない。

 未来から来た俺でもない。

 でも桜咲日々喜である。


「クローンか!!」


「違う」


「違うのか……」


 この男をここまで追い込んだ平和維持機関と言う組織は、世界の均衡を脅かすモノを許さない。なので最初は彼がドッペルゲンガーかと思った。そして敵側がゴーストバスターズかと思った。でもソレは違った。次に彼がタイムマシンの開発に成功し、時間遡行を可能にした男かと思った。タイムマシンがリアルで存在すれば、ソレこそ世界の均衡など簡単に崩壊する。だがそれも違った。最後に俺のクローンかと思った。人間のクローン開発が実現すれば、戦争のための兵士が量産できる。そうなれば世界侵略などたやすいだろう。でもその説も違うようだ。


「分からない。なんで上記のどれでもないヤツを巨大な組織が狙うんだ?」


「話せる範囲で言うと、俺が世界の均衡を壊しかけない最重要人物だからだ」


「世界規模? なんだかスケールのデカい話だな」


「そう、デカいんだ。デカすぎてヤバいくらい」


「そんなデカくてヤバい組織に命を狙われてんのかよ。普通に怖い」


 彼の正体が気になりすぎて夜も眠れない。


「ちなみにお話を聞いたら……俺はどうなるんだ?」


「もう後戻りはできなくなる。でも幸せを手に入れる」


「話を聞かずに一人で逃げたら?」


「後戻りはできる。でもその先は地獄だ」


「……地獄……か」


 ここでまで来たが、まだ後戻りは可能らしい。


「後戻り?」


 今更後戻りして意味はあるのか?

 進めば天国、逃げれば地獄。


「人はあまい誘いに弱い。この選択肢、最初から一つしか正解ないじゃん……」


 誰だって地獄はイヤだ。

 目の前に天国があるなら、そちらに進むのは当たり前。


「でも後戻りはできなくなる……」


 この言葉の意味を俺はまだ知らない。

 甘い蜜の味を知ったら、他の物が味気なく感じる。

 みたいな話ではないと思う。

 

「……」


 時間が近づけば近づくほど怖くなっていく。

 話を聞いたら、人生が変わってしまうような気がした。

 もしかして俺が俺ではなくなることもあるかもしれない。


「東京グールにでもなってしまうのか……?」


「グールにはならない」


「そうか」


 真実の全てって冷静に考えてものすごく怖い気がしてきた。

 世界の禁忌とか犯罪の真相とか、そんな話なのか?


「……真実を知ったら、俺はどうなる?」


「壊れるかもな」


「……え?」


 その発言に俺の背筋が凍る。


「こわ……れる?」


「かもしれないの話だ」


「……」


 トッ、トッ、トッ、と静かな空間に時計の秒針の音が響く。

 緊張していせいか、いつもより余計に音が耳に届く。

 壊れるって、俺の繊細でもろいガラスのハートが破壊される?

 メンタル弱々なのに、精神攻撃を受けるのか?


「これって逆シンデレラじゃん」


 意味不明なことまで言い出した俺は末期だ。

 でも今の自分の思考回路も多少は理解できた。

 物語なら時間が来ればシンデレラの魔法が解ける。

 しかしこの現実だとシンデレラの魔法が始まる。

 時間が来れば鐘が鳴り、日常から非日常へ。


「……やっぱ……帰ろうかな……」


 そろそろあの楽しい普通の日々に帰ろう。

 俺は十分過ぎるほど非日常を楽しんだ。

 最高にドキドキできた。ワクワクした。

 だから逃げよう。逃げて普通に戻ろう。

 戻って、山も谷もない人生を送ろう。


「そんな人生、俺は望んでいるのか?」


 分からない。


「自分が波瀾万丈を望んでいるのか、平穏を望んでいるのか、今の俺には分からない」


「独り言が口に出てるぞ」


「そうか。コレが独り言なのか独白なのか、緊張で何も考えられない」


「緊張してんのか? まぁ、無理もないか。人は未知に恐怖する。俺はお話するとだけ伝え、その詳細については言っていない。話を聞いた時点で、世界がひっくり返るかもしれないからな」


 そんなことを言われたらますます怖くなってきた。


「それで、後戻りするのか? 今ならまだ一人で逃げられるぞ」


「後戻りか……」


 考える時間が与えられ、俺は今一度自分と向き合うことにした。

 俺はどうしたい?

 ここに残るか、それとも逃げるか。

 この先の未来は、俺の選択一つで決まっていく。

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