日常編 第27話 もっとも生存率の高い行動
数分後、俺は大切な物の移動を完了させた。
いくつか残っているが、諦めも肝心だ。
先ほども言ったが、全てを救うことはできない。
部屋をまるごと移動させるには時間が足りない。
「とりあえず受注生産品の避難は完了。プライスフィギュアには悪いが、メルカリやアマゾンで買えるフィギュアには残ってもらおう。共に運命を見届けようではないか」
廊下を歩き、隣の部屋から自室へと向かう。
部屋に入る前に、俺はあることに気づく。
「喉、渇いたな」
帰宅してから何も呑んでいない。
しかも緊張感からか、余計に喉がカサカサだ。
廊下から、部屋に居るヤツへと声をかける。
「なぁ、もう一人の俺、喉でも渇いてないか?」
「正直言うと渇いている。だが、水はいらない」
「なんで?」
「ここで水を飲めば、俺の知る運命とは別物となってしまう」
「水を飲むくらいで変わる運命なんてあるのか?」
「風が吹けば桶屋が儲かる、と言うだろ。とある出来事が起きると、巡り巡って思いがけない所で影響が出る。俺の選択一つで、運命は良い方にも悪い方にも転ぶ」
「バタフライナイフエフェクトってことか。ちなみに俺が水を飲んだらどうなる?」
「分からない。でも俺が知る限り、お前はお話の時間まで一度も水を飲んでない」
「じゃー、いいか。俺も我慢する」
水分補給を諦め、自室に戻った。
ベッドの方へと向かい、シーツの上に腰掛けた。
「なぁ、あと何分だ?」
「3分」
「まだ3分もあるのか……。ちなみに気流牙突が外にいる可能性は?」
「十分に考えられる。早く、3分経ってほしいところだ」
「同感だな。さっさと話を聞いて、真相を知りたい」
話……。冷静に考え、話を聞いてどうなるんだ?
「すっごい今更なんだけどさ」
「なんだ?」
「お前の話を聞いたら、その先の未来はハッピーエンドなんだよな?」
「断言はできない。だが、明るい未来が待っていることは確かだ」
その言葉が聞けて安心した。
「お前の話を聞いたら、俺は気流牙突に狙われなくなるのか?」
「……」
「……」
「……」
彼は黙り込んだ。
俺も黙り込んだ。
「いやいや、そこで黙るなよ。嘘でも良いから『狙われなくなる』とか言ってくれ」
「すまない。本当のことを言うと、俺にだって未来がどう転ぶかは分からない。ただ分かることは、ハッピーエンドには近づけると言うこと。ただ、このまま良い未来を進めば、確実にお前は死なないし、人生もバラ色になる」
「人生バラ色?」
なんかワクワクするような発言が耳に届いたぞ。
「それだけではない。生活は安泰、女性にモテモテ、運動神経は爆上がりで、欲しい物はなんでも手に入る。富、名声、力、この世の全てを手に入れたることができる」
「マジか。俺ってゴールド・ロジャーになれるのか?」
「なれる。……が、ハッピーエンドの前に気流牙突に見つかったら終わりだ」
「だろうな。なんかそんな気がしていた。気流牙突、俺らの敵の名前か」
真実を聞けばハッピーエンド。
真実を聞く前に殺されればバッドエンド。
まさに今、ヤツに見つかったらバッドエンドだ。
「……ちなみにガチで外とかに居ないよな?」
その場から廊下を確かめる。
念のため階段の方も見た。
角度的に階段の下までは見えない。
「全集中のオナの呼吸・一の型・隠密行為」
人の気配がするかどうか、全集中オナの呼吸・一の型・隠密行為を使う。
説明しよう。オナの呼吸・一の型・隠密行為とは、自分の部屋でナニしているときに何故か全神経が研ぎ澄まされ、家にいる家族の現在地が把握できてしてしまうと言うあの技だ。
少しでも誰かが自分の部屋に近づけば、すぐに手を止めることができる。
この男性に備わった能力を応用し、家の中にいる人の気配を全身で感じる。
「人の気配は――なさそうだな」
その技を目の当たりにしたドッペルゲンガーがクスッと笑う。
「俺とは違うベクトルで、その技を使うとはな。なかなかぶっ飛んでやがる」
「ぶっ飛んでる? 違うベクトルってどういう意味だよ?」
「お前のそれは本能が保つ空間認識だろ。だが俺のは風の振動や気流を読む力だ」
「気流?」
「気流牙突だと!?」
「いや、言ってない。お前が言ったんだろ」
「クソ。紛らわし名字しやがって。憎たらし野郎だ」
勝手に言って勝手に焦ってやがる。
「風の力、つまり、かざみ――ガハッ」
「汚い!?」
質問に答えようとした途端、彼が吐血する。
「まさか、運命の時間よりも先にお話をしたことによる罰なのか?」
「いや、違う。単純に吐血しただけだ。だが今ので苦しみが増したのも事実。風により止血はした。だが、体内や傷ついた臓器までは治せない。胃が焼けるように痛い」
「大丈夫かよ」
「大事な話をする前に死んだら全てが終わる。ちょっと休憩させてくれ。俺は今から瞳を閉じる。ムスカ風に言うと、3分間、待ってくれ」
「それの返しは『3分間待ってやる』でいいのか?」
「……」
返事はない。
彼は瞳を閉じ、呼吸を整えながら、休憩モードに入る。
「まぁ、休んでくれ。お話の時間まではまだ余裕がある」
こんな状態で本当に約2分後の大事な話ができるのか?
約束通り待ったのに死にましたなんて言われたら笑えない。
「……」
俺は手を後ろの床へと着け、座ったまま天井を見つめる。
部屋に入った時点で、俺はこの一件の関係者となった。
ドッペルゲンガーに、彼を狙うゴーストバスター。
気流牙突が俺を見つけたら、ドッペルと間違えて俺を殺す。
別人です、と訴えても無駄だろうな。
関係者である時点で、俺も桜咲日々喜の仲間認定。
仲間と言うより、俺はまごう事なき桜咲日々喜だ。
「テレビやドラマでよくあるシーンだな」
通行人が事件の一部始終を見てしまったばっかりに、犯人グループによって殺されるパターン。血だらけの男を見てしまったばかりに俺が殺人グループに殺されるパターン。
「怖いなぁー」
恐れたところで何も始まらない。
どうせ2分後には全てが終わっている。
俺は生きているのか? それとも死んでいるのか?
異質な空間に足を踏み入れた時点で全てを覚悟していた。
あれもこれも全ては俺の選択で、あれもこれも俺の運命だ。
どんな未来が待ってようと、受け入れることしか今はできない。
そんなことを考えながら、俺も瞳を閉じて時間まで休むことにした。




