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日常編 第26話 二次嫁たちの避難

 目の前に居る男の目的は、俺とお話をすることだ。

 だが事情があるようで、お話は15分後にすると言う。

 なぜ今ではダメなのか? それが運命だかららしい。


「なぁ、成功に近い運命と言うが、その運命に人殺しは含まれているのか?」


「人殺し? 含まれている訳ないだろ。人を殺すなんて人として終わってる」


「でも第三者が部屋に入って来たら?」


「殺す」


「でも殺したら、お前が正そうとしている運命も悪い方へと変わるのでは?」


「……」


 やはりコイツは俺。

 自分で言うのもなんだが、あまり頭が良くないようだ。


「成功に最も近い未来に、救急隊員を殺すことは含まれてないだろ?」


「ああ、だから殺したくない。できれば穏便にシナリオ通りに話を進めたい。だからお前には誰も呼んで欲しくない。分かってくれ。これ以上、運命を狂わせたくないんだ」


「運命、ねー」


 この男の運命に背けば誰かが傷つく。

 しかも酷いことに俺のフィギュアも人質に取られている。

 この状況、流れに身を任せた方が吉と言ったところか。


「んー」


「安心しろ桜咲日々喜。お前には俺が瀕死に見えるだろうが、実際はそこまで酷くない」


「いやいやいや、嘘乙松。玄関先も階段も俺の部屋もお前の血で酷い有様。しかも自室の入り口付近にはお前の左腕が転がっている。あの腕、怖いからどうにかしてくれ」


「俺は医者ではない。残念ながらその左腕はどうにもできない。でも変だと思わないか? 左腕がないのに、切断面からは血がだれていない。全身の出血も止まっている」


「た、たしかに」


 本来であれば今も血が流れていてもおかしくはない。

 なのにヤツの切り落とされた左腕付近の血は止まっていた。


「どうして血が止まってんだ?」


「精神を統一させ、呼吸を整え、全神経を研ぎ澄まし、風見流の技・風鎖ふうさを使った」


「風見流……? 木枯らしとやらの時もその言葉を口にしていたな」


「詳しい説明はできないが、武術により止血した。筋肉止血とでも思ってくれ」


「止血してんなら、まぁ、問題ないか。血が流れていなければ、体調が悪くなることもない」


「その通り。だから俺は死なない」


 などと言っているが、いまいち心から信用できない。

 それでも『大丈夫』と自分に言い聞かせて彼を信じた。

 不可思議な存在など、人間のはかりに乗せたところで無意味。

 アヤカシの類いである彼が大丈夫と言っているのだから信じよう。


「でも冷静に考えてとんでもない話だよな。帰宅したら玄関先が血だらけになっていて、その血の正体は俺の部屋で身を隠すもう一人の俺。しかもお前は重症。いたる所に傷があり、血が出ていた。なのに今は風見流とか言うよく分からない精神統一と筋肉で止まっている。謎すぎる」


「謎ではない。筋肉は全てを解決する。力を入れれば刃物による攻撃すらも防げる」


「脳筋の考えだな。お前は本当に俺か? 俺、筋肉で刃物なんて防げないぞ」


「お前であって、お前ではない。育った環境も体の鍛え方も違うからな」


「へぇー。似て非なる者と言うことか」


 そんな男が、気流牙突と呼ばれた男に敗北した。

 刃物や拳ではない攻撃方法だと思われる。


「そうか、だから波動なのか」


 波動がなにかは分からない。

 でもポケモン風に考えれば、気合いの弾丸みたいな物だと思う。

 肉体の外ではなく、体の中に直接ダメージを与える技。

 それなら強固な肉体でも、ダメージが通る。


「気流牙突は、ソシャゲで言うところの『防御貫通持ち』なのか」

 

 強固な肉体を持つ桜咲日々喜だからこそこれくらいで済んでいる。

 つまり強固な肉体を持たない俺が波動をくらったら……。


「大爆発間違いなし。エンカウントした瞬間に死が確定する」


「そういうことだ。だから悪いことは言わない。この部屋から出るな」


「そうさせてもらう」


 ようやく俺は彼の言葉を信じ、待つことを決意する。

 その場に座り込み、静かに時計へと視線を向けた。


「……」


 待つと言ったが、本当にコレが正しい選択なのか?

 ひたすら待って、その先には何がある。

 彼のお話を聞いたところで俺は助かるのか?  


「待てよ、この家の玄関先は血だらけだったよな」


 たまたま通りかかったご近所さんが既に通報しているかもしれない。

 そうなればこの家の情報は筒抜け。敵が攻めてくるのも時間の問題。


 待っているだけじゃ、ダメなのではないだろうか?

 何もしない時間が、徐々に俺の精神をむしばんでいく。

 不安感。心配性。静寂が続けば続くほど震えてくる。


「なぁ、俺と一緒にこの部屋から逃げないか?」


「どういう意味だ?」


「どうもクソもない。身を潜めていても意味がないと思い始めてきた。玄関先の血で敵にお前の居場所がバレてる可能性がある。だからこの部屋から逃げて、別の場所で隠れよう」


「それもありだ。だが、それはもう何度も試した。そして何度も失敗した」


「……何度も失敗したのか……」


「加えて今回の世界では、俺はこの有様。逃げたところで血痕で位置がバレる自信がある」


「そうか」


 断定はできないが、この男は世界を繰り返している。

 ただのドッペルゲンガーではことは知っていた。

 まさかタイムトラベラードッペルゲンガーなのか? 

 ジョン・タイターと同じ時間遡行の力を持つ者。


「いや、今はそんなことどうでもいい」


 こうして手をこまねいている間も、敵は俺らを探している。

 玄関の尋常ではない血痕が敵の耳に入るのも時間の問題。


 逃げたい逃げたい逃げたい。


「よく聞け、もう一人の俺。仮に俺らの居場所がバレたとしても、この部屋から出れば俺の部屋が戦場になることはない。そうなれば二次嫁もフィギュアもタペストリーも全部が守られる」


「そっちが本音か」


「ああ。言っちゃ悪いが、アンタの人生よりも俺は大切な二次嫁の命を優先する」


「お前らしい発言だ」


 彼はどこか嬉しそうに口角を上げた。


「だがダメだ。リスクが高すぎる。ただでさえ今回の世界線は何かがおかしい。これ以上、改変を許す訳にはいかない。だからおとなしく13分待ってくれ」


「その13分の間で、敵が攻めてこないと言う保証はあるのか?」


「今までの時間では一度もない。だがお前の言うとおり、今回は分からない。どうも先が読めない未来に進んでいる。何かが変だからこそ、俺は必死なんだ」


 読めないなら早く逃げようよ……。

 

 遅かれ早かれ、敵は桜咲日々喜の位置を特定する。

 そうなれば俺の部屋が銃撃戦の戦場となるだろう。

 そうなれば大切な嫁たちが死んでしまうかもしれない。

 嫁を置いて逃げるなんてオタクである俺にはできない。

 抱き枕。フィギュア。タペストリー。アクリルスタンド。

 どれもどれも掛け替えのない大切な嫁たちだ。

 この部屋に飾られた嫁たちは、本当に大切な存在。

 だけど……全てを守ることはできない。


「あと13分か」


 全ては救えない。

 人生とは取捨選択の連続。

 だから俺は心を鬼にした。


「なぁ、ドッペルゲンガー、一つやりたいことがある」


「なんだ? 部屋から逃げる、以外ならなんでも許す」


「俺は逃げない。だから、部屋から出てもいいか?」


「どういう意味だ?」


「この13分の間に敵が来て、この部屋が戦場になる可能性もある」


「ああ。あと正確に言えば残り時間は12分な」


「そこで俺は、戦いが始まる前に嫁の避難をおこいたい」


「避難?」


「そう、12分の間にできるだけ多くの嫁たちをこの部屋から逃がしたい」


「……」


「頼む、信じてくれ。俺は逃げない。だから……お願いだ……」


 俺は誠心誠意頭を下げた。

 嫁を守るための最善の策。

 ドッペルゲンガーは短い沈黙のあと――


「分かった。お前も俺を信じた。今度は俺がお前を信じる番だ。お前が逃げないと信じる。だから好きにしろ。部屋でアニメを見ながら、ハレ晴レユカイを踊ってもいい」


「踊らないよ。まぁ、いいや。とりあえず時間をくれたことに感謝する。ありがとう」


 部屋から出てよいと言う許可を得た俺は、早速ベッドへと近づいた。

 そこには人生を共に歩もうと決めたキャラクターの抱き枕があった。

 この子の名前は 花鶏あとりちゃん。夏も冬も共に寝てきた子。

 ゲーム会社デンジャラスにより作られた3DS用ソフト『閃光のキラメキ』の登場人物。

 俺が7年以上好きでい続けている大切な嫁だ。残念ながら人気ランキングは毎回圏外だが、俺にとっては毎回一位の可愛さ。誕生日の日には毎日お祝いツイートをしている。


「数分後、俺は生きているか分からない。だから君だけでも生き延びてくれ」


 抱き枕を抱え、俺は部屋を出た。

 このまま逃げると言う選択もできる。

 だが俺はドッペルゲンガーと約束をした。

 11分後、俺は自室で彼の話を聞く。

 聞くことで、未来はいい方向へと向かうらしい。

 良い未来と言うのだから、俺が死なない未来だろう。

 現段階では、コレがもっとも生存率の高い方法だ。


「一人で逃げることは可能だ。でも気流牙突に見つかったら終わる」


 それに――


「コレは男同士の約束。破る訳にはいかない。それに個人的に彼の話も気になる。サマータイムレンダみたいな、悪くないドッペルゲンガーだと言う可能性がある」


 かつて父が使っていた隣の部屋へと向かう。

 花鶏ちゃんを床に置き、別れを告げた。


「もし生きて帰えることがあったら、また一緒に寝ようね」


 再び自室へと戻り、今度はフィギュアを厳選する。

 他にはタペストリーやぬいぐるみなどを手に取る。

 大切な者を次々と隣の部屋へと移動させていく。

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