日常編 第23話 身バレ
立てば倒れ、立てば倒れ、立てば倒れる。
膝が笑っている訳でも、怪我をしている訳でもない。
なのに部屋を出ようとするとなぜか転倒してしまう。
よく分からないが、分からなくても構わない。
俺がすることは一つ。部屋から出ること。
敵に背を向け、再び部屋を出ようとしたが――
「風見流・木枯ら」
「……あっ!?」
ドンッ! と先ほど同様に転倒して床に頭をぶつけた。
不意打ちであった先ほどとは違い、今回は身構えていた。
自分に何が起きたのか確実に把握することができた。
廊下に出ようとした瞬間、足下に風が集まった。
その風が俺の足を浮かせて、俺を後方に転倒させた。
「……で、どういうことだ?」
言葉で分かっても頭では何も分かってない。
人の体を倒すほどの強風が部屋で発生した?
台風の目が、目の前で誕生したのか?
部屋で急激な上昇気流が発達した?
「自分で言っておいてなんだが、意味が分からない。部屋に小台風とかあり得ないだろ」
「俺が俺である限り、この部屋からお前を出す訳にはいかない」
「……部屋から出さない?」
振り向くと、そこには相変わらず血だらけの男。
「そういえば」
転倒する前、彼は何かを口にしていたような気がした。
かざみりゅう、とか、こがらし、とか。
木枯らしと言えば、晩秋から初冬の間に吹く風速8m/s以上の北寄りの風。
「風……? まさか、お前がやったのか?」
「答えろ。お前は誰だ、と聞いている」
「……その前に俺の質問に答えろ。今の風は前がやったのか?」
「答える義理などない。先に答えるのはお前だ。お前は何者だ?」
謎の風により、俺は部屋から出てない。
そして後ろには殺意ましましの血だらけの男。
質問に質問して質問合戦では埒が明かない。
自分の正体を言えば、見逃してくれるのか?
「ここは桜咲日々喜の家だぞ。知らない人間が入っていい場所では無い」
桜咲日々喜の家。
それ、正解。
そして俺は今の家主。
ワイ、お前と瓜二つの人間。
「答えろ。お前は何者だ?」
俺は彼を見た。
そして廊下を見た。
次に自分の足下を見た。
逃げようとすれば、ヤツは謎の風を発生させる。
「超能力の類いか?」
ドッペルゲンガーは幽霊的な未確認生命体。
人知を超えた力を持っていても不思議ではない。
そんなヤツから逃げる方法は一つしかない。
俺が日々喜ではなく、敵ではないと証明すればいい。
「よかろう」
声色を変え、変な声で俺は喋った。
「俺の名前は……」
「どうした? 答えられないのか?」
「名前は……その……」
見切り発車でいきなり詰まった。
「そうか、やはりお前は泥棒だな!」
「泥棒?」
「このゴミめ。人の家に侵入するなんて笑止千万。日々喜の家は俺が守る!」
「お前が言うな」
お前も桜咲日々喜ではあるが、ドッペルゲンガーだからな。
言っちゃ悪いが、ここは俺の家であってお前の家ではない。
「どうした泥棒。さっさと名を名乗れ」
泥棒呼ばわる。ちょっと不愉快である。
「まず、その泥棒と言うのはやめろ。俺は泥棒ではない」
「そんな言葉を信じると思うか?」
「べつに信じなくていい。俺の言葉なんて信じてくれるとは微塵も思ってないからな。ただ泥棒と言われるのは気に入らない。なんか癪に障る」
「じゃあ、名を名乗れ」
「……めんどうくさいな……」
ドッペルゲンガーって思ったよりワクワクしないな。
もっとこう、サマータイムレンダみたいに襲われると思った。
なのに俺の前に現れたドッペルは出会った時点で瀕死だ。
そもそもドッペルゲンガーって幽霊なの? 妖怪なの?
血は出ているようだけど、死ぬことってあるのか?
色々と考えながら、俺は目の前に分身に視線を向ける。
「異質な空間。超常現象はあったが、俺にはなんに恩恵も特典もなかったな」
残酷な現実に落胆していると、俯いた相手が少し顔を上げる。
「時間稼ぎはやめろ。俺の質問に答えろ、泥棒」
「泥棒じゃないって言ってんだけどな……。で、俺の名前?」
本名を言うわけには行かないが、パッと偽名も出てこない。
なんか適当な名前を言わないと、この場をごまかせない。
名探偵コナンみたいに、部屋を見回して名前を探す。
「俺の名前はドスケベ・種付け島、太郎、じゃなくて、戦国道中桜蘭忌憚、じゃなくて、触手ハーレム異世界風俗、豪腕の手コキ史・令嬢―姫―じゃなくて……えっと、えっと」
目に入る本がエロ本しかなくて困ってる。
「種付け島ドスケベさん? 変わった名前だな」
とんでもない名前で認識されてしまった。
でも信じてくれたのなら結果オーライだ。
「そう、何を隠そう俺の名前は種付け島ドスケベ太郎!」
「あはは、そうかそうか」
信じてくれたようだ。
「なーんて騙される訳ねーだろ!」
彼がキレた。
「そのネーミングセンス。間違いない。お前、桜咲日々喜だろ!」
「……え?」
その瞬間、急転直下。俺の背筋が凍る。
バレてはいけないはずの事実が彼に知られた。
喋れば喋るほど、相手に俺の声が届くことは明白。
だから喋らないと誓って無言を貫いていた。
それがツッコミを入れたあたりから狂った。
気づけば普通に喋っており、正体のヒントまで与えていた。
「俺が俺だと知ってお前はどうする?」
「言わなくても分かるだろ」
「逃がしてはくれないよな?」
「逃がさない」
「ですよねー」
今回の件で得られた情報をまとめよう。
超能力と言うモノは追い詰められても覚醒しない。
ドッペルゲンガー野郎は俺の命を狙っている。
そして早くこの場から逃げないと俺が死ぬ。
「うん、逃げよう」
力強く逃げようとしたが――
「風見流・木枯らし!」
再び謎の風により俺は転倒した。
倒れた状態でヤツの方へと視線を向けると……。
「大人しくしろ」
男は床に置いた拳銃を再び拾い、俺の方へと向けてきた。
凶器と風のダブルパンチ。逃がさないという強い意志を感じる。
「両手を挙げて、その場から動くな」
「俺、倒れているんだけど」
「なら倒れた状態で手を上げろ」
「……はい」
彼の指示に従い、俺はその場で両手を挙げた。
目にも留まらぬ速さで逃げていれば廊下に出れた。
でも人間がそんな素早く動けるはずがない。
その結果、俺はドッペルゲンガーに敗北した。
ヤツの手に銃があった時点で、俺に勝ち目などなかったのだ。




