日常編 第22話 諦めとチャンスと不可思議な風
追い詰められれば力が覚醒する。
そんな幻想を信じていた時期が俺にもあった。
でも現実はそんなに甘くはないのである。
「運命に見放された男、それが俺だ」
人生に一発逆転なんてない。
自分の運命を受け入れるしかない。
死ぬときは潔く死のう。
死ぬ覚悟があったから俺はこの部屋に足を踏み入れた。
人生はバクチ。危険にリスクは付き物なんだ……。
「殺すなら、一発で殺してくれ。痛いのは嫌なんでな」
前向きに考えよう。
もしかしたら死んで異世界転生できるかもしれない。
転生した先の世界で無双する第二の人生が始まるかも。
「悪くない」
でも、転生しなかったら? 普通に死んだらどうする?
普通に銃で撃たれて、普通に死んで、普通に天国に行ったら?
俺は死ぬのか。まだやりたいことがいっぱいあるのに……。
「撃たれたくない……まだ生きたい」
本音がこぼれる。やっぱり死にたくない。
ここで終わるなんて嫌だ。当たり前だ。
一般論で言えば、人生は一度しかない。
せっかく伏見さんの隣に席になったのに……。
せっかく片思いの子と隣の席になれたのに……。
せっかく憧れの人と仲良くするチャンスを得たのに……。
頭の中が、あの人の笑顔で埋め尽くされていく。
これからやりたいことが沢山あったのに……。
お祭り、修学旅行、林間合宿、学園祭エトセトラ。
「……伏見さん……」
こんな所で終わっていいのか?
こんな所で死んでいいのか?
こんな所で俺の運命が終わるのか?
「……終わらせたくない……誰か……俺を助けてくれ……」
絶対絶命のピンチ。
助けてくれ、ヒーローマン。
助けを求めるヒロインの気持ちになる。
心の中で叫んだ。ヒーロー! ヒーロー!
来るなら今だ! 俺を助けてください!!
「……来ないか。他力本願なんて格好良くないな」
ケメコデラックスが来ることを願った。
だけど誰かが助けに来てくれることはなかった。
当然だ。なぜならこれは現実だからだ。
アニメのようなご都合的展開なんてない。
「クソッ」
運命に抗うことを諦め、天井をジーと見つめていた。
貼られたポスターのアニメのキャラクターと目が合う。
ああーなんて可愛らしいキャラデザ。◯学生は最高だぜ。
「このまま撮りためたアニメが観れずに死ぬのかなー……今夜の深夜アニメ、観たかったなー。癒し枠とかさー、アクションとかさぁー、見たいアニメ映画とかもあったし、行きたい声優のイベントとかあったし、あぁ~くだらね~しょうもねぇー」
オワコン。結局リア充になれずにエンドコンテンツ。
もっといろいろとしたかったな。青春とか、デートとか。
少しくらい努力しで、自分の日常を明るくすればよかった。
学園生活なんて、自分の行動次第で楽しくなっていたかも。
まぁ、もしもの話をしても虚しいだけ。
無限にあると思っていた命が、今はとても惜しく感じる。
死にたくない。
やっぱり最終的にその言葉に行きつく。
だけどもう遅いんだよな。後悔先に立たず。
俺は、数秒後には弾丸で心臓を打ち抜かれて死ぬ。
血だらけの侵入者に殺されるだけの人生。
「俺は追い詰められてるぞ。本当に本当に……。覚醒するなら今だぞ」
……。
「やっぱりダメか」
封印された力も発動しない。
眠りし右腕のドラゴンも目覚めない。
当たり前だよな。ドラゴンなんていない。
少しばかり期待しすぎていたのかもしれない。
事件に巻き込まれただけで力が目覚めるなんて軽率な考えだ。
こんなことで目覚めるなら、今頃世界は超能力だらけになる。
それに、そもそも俺には封印された力や超能力なんてない。
なぜなら俺は、どこにでも普通の高校二年生だからだ。
ノーマルでパンピーなモブ以下のボッチ系一般人。
髪は黒だし、幽霊は見えないし、親戚に死神なんていない。
リアル姉もいないし、リアル妹もいないし、兄弟もいない。
運動神経がずば抜けている訳でも、学力がトップな訳でもない。
追い詰められた兎が牙を得る――と思ったが、それは戯れ言。
「あーあ、どうせ殺されるならドSの女王様か褐色ギャルに殺されたかったなー……」
天井をボケーと見つめながら、無意識に願望がこぼれる。
ひねられた蛇口のように、独り言が次々と漏れていく。
「女王様の場合は、悪役とは名ばかり、転生して綺麗な心を手に入れた悪役令嬢がいいなー。褐色ギャルの場合は、TSジャンルだな。男の娘とかいいかも、穴もあってお得だ」
「……ドSの女王様……? 悪役令嬢……? TS褐色ギャル……? 男の娘?」
願望を口にしたと後、相手が俺の性癖を復唱する。
こんなしょうもないことを聞かれてしまった。
まぁ、いいか。どうせ俺はもうじき死ぬんだ。
「お前は今、ギャルと言ったのか? ……いや、気のせいか。聞き間違いだな。平和維持機関の隊員で波動を使いこなすあの気流牙突がそんなことを言うわけがない……いや、でも確かにそう聞こえた。気流牙突の趣味が悪役令嬢や褐色ギャル? でもなんで今それを言う?」
「気のせいじゃない。実際に俺はそう言った。あと、気流牙突の趣味は知らないけど、今のは俺の趣味だ。まっ、どうせ言ったところで、お前にはこの声も届いてないだろうがな」
天井を見つめていると、ガタッと言う音がそばから聞こえてきた。
まるで誰かが重厚感のある何かを床に置いたような音だ。
ネズミ? 棚から落ちたラノベ? 枕? それとも――
もしかして侵入者が、構えていた拳銃を床に置いたのか?
「アハハ、そんなはずはないか」
――と思いつつもヤツのへと視線を向ける。
「え、どういうことだ? 俺を殺さないのか?」
なんの捻りもない。
思った通り男は銃を床に置いていた。
どうして俺を殺すための道具をわざわざ床に置いたんだ?
「なんのつもりだ? どうして銃を置いた?」
問いかけるが、返事はなかった。
「もしかして」
撃たなかったんじゃない。やっぱり撃てなかったんだ。
彼は血だらけだ。そして今の状態は隻腕である。
むしろずっと片腕で銃を支えていたことがスゴい。
普通の人間だったら、力が抜けて腕がだらんと垂れる。
それでも彼が銃を構え続けていられたのは根性と言える。
絶対に気流牙突を殺すという思いが彼に力を与えた。
しかし今、彼はその銃を下ろした。
「チャンス到来! 今が逃げる最大のタイミング!」
「ちょっと待ってくれ」
待つ義理などないので、さっさと逃げよう。
「頼むから待ってくれ!!」
ドッペルゲンガーはなぜか必死に叫んだ。
出血で苦しいはずなのに、懇願するように声を荒げる。
「教えてくれ! 気流牙突でないなら、お前は誰だ! なぜ、この家に居る!!」
「言うわけねーだろ。とくにお前にはな!」
「とくに俺には言えない正体? どういう意味だ?」
俺は気流牙突ではない。だが彼のターゲットではある。
理由は俺が桜咲日々喜で、彼がドッペルゲンガーだからだ。
こんなところで『桜咲日々喜です!!』なんて言ったら『殺してください』と言っているようなものだ。だから俺は、声で正体がバレないよう、もう一言も喋らないことにした。
「もしかしてお前、ハゲてる? ――このハゲ!」
「ハゲとらんわ!! ……あ」
突然のボケに大きな声でツッコんでしまった。
勢いよく自分の口を両手で塞いだが遅かった。
ツッコミを入れた時点で声は聞かれ、ハゲではないと言う情報まで与えてしまった。
「このツッコミ、それこの声。やはり気流牙突ではないな」
だからそう言ってるだろ。
今度は声に出さず、心の中で呟いた。
「発勁も使えないのか?」
使える訳がない。
俺が使えるのはコマンドサンボくらいだ。
まっ、目の前にいるヤツには教えないがな。
「無言と言うことは、使えないと言うことでいいんだな」
ノーコメント。
「質問をしている間も、攻撃はなし。確信した。お前は気流牙突ではない」
勝手に質問してきて、勝手に確信したようだ。
さっきからしていた主張をようやく信じてくれたようだ。
信じてくれたところで、俺はまだまだ安心できない。
誤解がなくなったところで俺の行動は変わらない。
さっさとここから出て、助けを求めにいこう。
「……あ、でもこのまま警察署とかに行ったら、臭いとか大丈夫かな?」
この服で警察署に行ったら『君、誰か殺してきた?』とか言われそう。
服もコイツの血痕のせいで汚れて、俺が人殺しみたいな感じだ。
「どうしよう」
「なぁ、お前が気流牙突ではないとして……お前は、誰なんだ?」
しつこいな。
ここに居たら、質問され続ける。
まずは部屋を出て居間にいこう。
彼を無視し、部屋を出ようとしたが――
「無視して逃げるつもりか。なら、やむを得ない。この体で使うにはリスクはあるが、使うしかないか。風見流・木枯らし」
「……え!?」
気づけば俺は転倒していた。
先ほどまで頭上にあった天井が、今は視線の先にある。
立っていた俺が、なぜか仰向けに倒れていたのだ。
「何が起きた……?」
自分に起きた不可思議に驚きつつ、俺は再び立ち上がる。
そしてまた逃げようとするが――やはり俺は転倒した。
なぜ俺は、倒れてしまうのか? 意味が、分からない。
天井を見つめながら、俺はポカーンを開いた口がふさがらない。




