日常編 第20話 ドッペルゲンガー
一度は死を受け入れ、この状況に絶望した。
だが黒い絶望の染まった俺の脳内に、今夜の深夜アニメの予告が流れる。
『なんだこの美人スライムは? え、まさかの展開で、俺の仲間に!?』
「原作4巻目で登場した俺の好きな美人スライムちゃんの登場回……」
そうだ、俺はこんなところではまだ死ねない。
今夜のアニメは、一週間前から楽しみにしていた。
「……死んでたまるか……」
アニメと人生を天秤にかけたとき、アニメが勝利を収める。
こんなところで俺は、何者にもなれず死んでいいのか?
「いい分けねーだろ!」
俺にはまだ未視聴の作品が沢山ある。
今期のアニメを見終わるまで、俺は死んでも死にきれない。
「しっかりしろよ俺、弱気になってんじゃねーよ!」
後ろ向きな自分に喝ッを入れた。
「大丈夫……。大丈夫」
俺には伯父さん直伝のコマンドサンボがある。
拳銃がなんだ? よれよれ野郎に重い引き金が引ける訳がない。
この肉弾戦、俺の勝ちは明白だ。さぁ、かかってこい。
「殺す」
ごめん、嘘ついた。
やっぱり銃は怖い。突きつけられているだけで足が震える。
昔、ライブビデオで見てしまった処刑動画が脳裏を過ぎる。
銃の威力や速度をあまく見てはいけない。
「作戦変更。平和的解決でいこう」
幸い、ヤツは決して日本語が通じない相手ではない。
耳は悪いみたいだが、大声で喋ればこちらの声は届く。
だから俺は全身全霊、精一杯の声で叫んだ。
「俺はお前の探している人間ではない!!」
「……」
叫んだことにより、俺の声は彼に届いたと思う。
なのに……なのになぜか彼は銃を下ろさない。
「聞こえなかったか? 俺はお前の探している人間ではない」
「フッ、何度も言わせるな。その作戦には乗らない」
バカかコイツ。
俺は気流牙突ではないって言ってんだろ。
言葉が届いても話が通じなければ意味がない。
「どんな言葉を並べたところで、俺はお前の言葉に耳を貸さない。俺が今の俺である以上、お前等が俺を見逃すことはまずないだろう」
俺が今の俺である以上ってどういう意味だ?
意味深な発言に、少しだけこの男への興味がわいて来た。
言っていることも意味不明だが、面白そうではある。
どんな人生を送れば、ここまでボロボロになれるのか?
「お前ら世界平和維持機関は、平和を脅かす存在を容赦なく殺す連中だ。だからメモリーズタイムトラベルで未来から過去へと来た俺を殺そうとしてんだろ。全部知ってんだ」
「全部知ってんなら、俺が気流牙突でないことも知ってろよ」
「メモリーズタイムトラベルが公になれば、世界の平和が脅かされる」
「死にそうなのに、よく喋る男だ。――と言うか、めっちゃ一方的にいろんな情報喋るじゃん。お前、人の秘密とか、すぐ人に喋っちゃうタイプでしょ」
ため息交じりに率直な感想が口からこぼれた。
……。
銃を向けられたまま、何も起きない時間が流れる。
「どうした気流牙突? お得意の波動で襲ってこないのか? 銃に怯えているのか?」
気流牙突とか、平和機関とか、波動とか、俺、知らない。
凄腕さんなら気配とか雰囲気で俺に戦う意志がないことくらい分かるだろ。
さっきまで感じていた不安が薄れていき、呆れの方が増していく。
「血だらけの侵入者よ。全て誤解だ。俺は普通の高校生。2年2組の桜咲日々喜。お前を殺そうとしている世界平和維持機関の会員ナンバーなんちゃらの、気流なんちゃらではない」
「嘘八百だな。少しでも不審な動きを見せてみろ。俺はこの銃でお前を撃つ」
「だ・か・ら、人の話を聞けよ!」
不審な動きなら撃たれる。
不審ではない動きなら撃たれない。
なので俺は両手を挙げ、降参のポーズを取った。
「不審な動き!!」
「違う。争う意志がないと言うポーズだ」
「そうか」
それだけ?
「で、結局、銃は下ろしてくれないのな。普通に怖いんだけど」
なんで下ろさないんだ。クソが。
「俯いてないで顔をあげてくれ。俺の顔を見れば、敵じゃないことくらい分かるだろ」
彼に顔を上げるほどの体力が無いことくらい分かっている。
かと言って彼の顔を掴み、こちらへと向ければ不審な動き認定。
ヤツに近づこうとした時点で、俺が銃で撃たれて俺が死ぬ。
「お前を殺す」
「その台詞は聞き飽きた。だったら殺せよ。さっきからなんだその殺す殺す詐欺は?」
殺す殺す詐欺?
「そういえば」
殺す殺す言う割にはなかなか銃を撃ってこない。
突きつけられていたときから覚えていた違和感。
「あ、分かった」
顔を上げる気力もないことからある説を導き出す。
おそらく彼には、引き金を引く力は残っていない。
「確信!」
生存ルートが見えた途端、俺の口角が上がる。
生きることへの喜び、自然と笑みがこぼれ始めた。
「「……」」
予想取り、相手が銃を撃つことはない。
正確に言えば銃を撃つ力など残ってない。
「マジでコレどういう時間?」
悲しいことに戦況は一向に進展しない。
因みに人違いであることもしっかりと主張した。
なのにヤツは俺の言葉を信じてくれない。
「……と言うか疲れた」
立ったままなので足が疲労を感じる。
今日はいろいろと体を動かしたからな。
少し踝を回してストレッチしようとしたが――
「不審な動きを見せたら撃つぞ!!」
「すまーん」
適当に謝罪の言葉を口にする。
殺す殺す詐欺だと気づいた途端恐怖が消え失せた。
「埒が明かない」
そもそもコイツは俺に何をしてほしい?
どうすればこの無駄な時間が打破できる?
「……そういえば、コイツは俺になんて言ってたっけ?」
気流牙突、この件から身を引け、そして二度と関わるな。
「あ、それだ」
俺が部屋から出て、普通に逃げればいいのでは?
この際、俺が気流牙突だろうが桜咲日々喜だろうが関係ない。
この男は平和維持機関とやらに命を狙われていて、今も俺が彼を殺そうと思い込んでいる。
ならば俺がコイツから手を引いて、潔く逃げる行動を取れば全てが丸く収まるのでは?
「名案だな。よし、逃げよう」
決定。
自称演劇の王子の実力を見せてやろう。
「オレの名前はキリュウ、ガトツ、お前を追う者。だが、お前の銃にびびり散らかして恐怖した。オレではお前に勝てない。だから尻尾巻いて逃げる。二度とお前とは関わらない」
多少棒読みな感じもするが、コイツを騙すには十分だろう。
「……」
「おい、何か言えよ。オレはもう逃げるって言ってんだぞ」
「……」
「……ま、まさか……」
元気そうに喋っていたから大丈夫だと思い込んでいた。
血は止まっているようだが、彼の左腕は間違いなく切断されている。
その証拠にこの家の階段は彼の血で酷く汚されていた。
「こんなところで死ぬとかやめてくれよな」
心配になり、近づこうとしたとき――
「近づくな!! それ以上近づいたら撃つぞ!」と彼が叫んだ。
危険な状況に変わりはないが、彼は無事に生きていた。
それでも一時の猶予もない状態であることに変わりはない。
人が死ぬ致死量は知らないが、この量はさずがにまずい。
銃が脅威ではないと知ったので、俺は彼に近づく。
両手でヤツの頬を掴み、俯いた顔を俺の方へと向ける。
出血の影響からか、触られていることに気づいていないようだ。
「俺の顔を見ろ。そうすれば俺が気流牙突ではないと分かるだろ」
「……」
「……ん? この顔……どこかで……?」
その時、俺は初めて彼の顔を目の当たりにした。
凜とした眉毛、シュッとした顎のライン、紺色の髪。
その顔は傷だらけで、要所要所が火傷か何かでただれていた。
だけど俺には分かる。この顔が、どこの誰なのか分かる。
「嘘……だよな……」
彼の顔を見て衝撃を覚えた。
信じられない光景に言葉を失う。
この出会いは偶然なのか?
はたまた必然なのか?
どうして俺の部屋に――
「俺がいるんだよ」
そう、俺だ。
自室なのだから俺がいてもおかしくはない。
だがコレはそんな当たり前の話などではない。
俺の部屋に……。
「俺が二人いる」
目の前にコイツの顔は――俺だった。
「顔だけじゃない。身長も、髪の長さも、腕や足の太さも、俺と瓜二つだ」
「……」
ゴクリッと生唾を飲む。
異質な状況に目が泳ぎ始めた。
よく見れば彼が着ている制服も、俺が着用している物とは少し異なるが、俺が通う東雲高校モノと同じだった。出血による赤い色のせいで、初見ではそれが制服だと気づかなかった。
「お前は誰だ。なんで俺の部屋に俺が……いるんだよ?」
俺がヤツを見て、ヤツが俺を見る。
だけどヤツの目はかすんでおり、俺を俺だと認識していないように見えた。
顔を上げれば、俺が敵ではないと分かるだろう、と思ったが甘かった。
耳も切断され、目も傷つけられ、左腕に至っては切り落とされている。
自分と瓜二つの人間が、見るも無惨な姿で俺の前に立っていた。
「瓜二つ……まさか、ドッペルゲンガー……か?」
無意識に出たドッペルゲンガーと言う単語。
その意味はいくつかあるが、その一つが『自分とそっくりの姿をした分身』と言う意味である。超常現象の一つとして広く知られており、ある事柄の前兆としても広く知られている。
「ある事柄……。死の前兆だ」
ドッペルゲンガーを見た者は近いうちに死を迎える。
正確に言えば『ドッペルゲンガーに殺され、立ち位置を奪われる』である。
つまり俺の前にいるコイツもドッペルゲンガーである可能性が高い。
そうでもない限り、こんな全てがそっくりな人間がいるはずがない。
「平和維持機関、ドッペルゲンガー、俺が俺である以上と言う台詞……見えてきた」
コイツの敵である気流牙突は、もしかしたら俺の味方かもしれない。
平和維持機関とやらは、ゴーストバスターズ的な組織かもしれない。
幽霊や妖怪と言った類いを退治し、街の平和を守る機関に違いない。
「世界の平和がどうとか言っていたしな」
今回の彼らの任務は、桜咲日々喜のドッペルゲンガーの退治だ。
しかし任務の途中で俺のドッペルに逃げられ、今も彼を探している。
「つまりこの状況は、俺の命がとてもヤバいのではないだろうか?」
目の前にいる桜咲日々喜が、俺が桜咲日々喜だと気づけば、間違いなく俺を殺す。
殺した後に俺と入れ替わり、何食わぬ顔で桜咲日々喜として生きて行くに違いない。
そうなればコイツは学校へ行き、伏見さんと楽しく話すだろう。
「クッ、想像しただけで嫉妬心が沸いてきた」
絶対にそうはさせないぞ、と強い意志で立ち向かうことを決意する。
ドッペルゲンガーだろうが、ピッピだろうが、俺は絶対に負けないぞ。




