日常編 第19話 その手に握られた銀の凶器
帰宅したら、部屋に死体が転がっていた。
絶望するな! と言う方が無理な話である。
死体なんて初めて見たが……悪寒がする。
こんなにも静かで、こんなにも異質な物なのか。
「なんだか吐き気も……気持ち悪い」
「……ぅ。……」
「……ん?」
「……ぅぅ……」
「なんか、聞こえる?」
諦めモードの中、男の息遣いが聞こえた。
微かな声だが、俺の耳はその音を聞き逃さなかった。
逮捕されることを受け入れた俺の心に、一筋の光が灯る。
希望はまだ残っていた。彼はまだ死んでいない。
「まだ生きてるのか!? よかった!! これで俺の無実が証明される!」
彼の命は終わりを告げていない!
俺の人生も、まだまだ終わらない!
すぐに彼の方へと駆け寄った。
「私がぁあああ来た!」
ヒーローの台詞をマネした。
上体を落とし、目線を低く。
安心させるため、彼の肩に手を添えた。
「すぐに救急車を呼ぶから安心しろ!」
もう大丈夫、と言うことを行動でこの瀕死男に知らせた。
「とにかく死ぬなよ! 男の地縛霊とかお断りだからな。もう少しだけ生きてくれ!」
まぁ、男の娘か美少女の地縛霊なら大歓迎だ。
だが、この男はどう考えても中肉中背の普通の男子。
無理。お断り。願い下げ。絶対イヤだ。
「……誰か……いるのか……?」
「いる。ここにいる。だからもうお前はもう大丈夫だ」
「世界平和維持機関か……もう……この家を特定しやがったのか……」
「世界平和? なんだそれ?」
聞いたことあるような、ないような組織名に首をかしげた。
「俺を……殺そうったって無駄だぜ。俺は……こんな所では死なない」
「……ん?」
初めてハッキリと聞く彼の声は、どことなく俺に似ていた。
まぁ、声が似ている声の人なんてどこにでもいるので驚きはしない。
それよりも今は、彼の奇妙な発言の方が気になる。
世界平和維持機関? 家を特定した? 殺そうとしている?
なんだかよく分からないが、敵意を感じることだけは分かる。
「まるで俺が敵みたいな言い方だな。俺はお前の味方――とも言い切れないのか」
見ず知らずのヤツを仲間とか味方とかは言えない。
もしかしたら彼が泥棒と言う可能性もまだ残っている。
となれば、やはり敵なのか? 敵とも違う気がする。
「悩ましい。部屋に忍び込んだ侵入者だから、やっぱり敵か」
「てめぇらに殺されるくらいなら、俺がてめぇを殺す」
「……え?」
聞き間違いでなければ『殺す』と言われたような気がする。
「確実に殺す」
「うん、今度はハッキリ聞こえた。殺す、っと……って、いやいやいやいや、なんで家の主を殺すねん。俺、何もしてないぞ。むしろお前を助けようとしている善人なんだが」
「お前の技は見切った。第三波動だろうが、第四波動だろうが、もうくらわない」
「技? 波動? 俺、そんなルカリオみたいな技は使えないぞ」
会話が成立していない。
コイツ、耳でも切り落とされてんのか?
と思いつつ確認したら――
「うわっ、耳なし芳一じゃん」
左は見えないが、確認できた右耳は予想通り斬られていた。
ジャック・ザ・リッパーにでも襲われたのだろうか?
外耳の部分は一切なく、痛々しく血が流れている。
それでも中耳と内耳は残っているようなので、音自体は耳に届いていると思われる。しかし怪我の影響か、声は雑音へと成り果て、音として彼の耳に届く。
「会話はできないかもな」
「二度目はないと思え。今度の俺は、もう負けない」
もう負けないと言うことは、一度は負けたと言うことだ。
そしてコイツの敵は、普通の人間をここまで傷つけられる。
腕を切り落とし、耳を削ぎ、全身をメッタ刺しにできる。
「いったいどれほどの殺意を持てば、こんな酷いことができるのか……」
「お前を倒して……俺は平和な世界を手に入れる」
男は、肩に添えられた俺の手を振りほどき、覇気のない様子で体を動かした。
弱々しく、ゆっくりと、力を振り絞り、やっとのことで立ち上がる。
「ボロボロじゃねーか」
「……くっ……」
だが力が足りないのか、顔だけは上げることができない様子だった。
顔を俯かせたまま、ゼェゼェと苦しそうに生きるために呼吸を行う。
俺は上体を下げたまま、見苦しく立ち上がった彼を見上げた。
「大丈夫か?」
自分で言っておいてなんだが、バカは問いかけだな。
大丈夫な訳がない。医者でなくとも、それくらいは分かる。
「……俺は……負けない……俺は……勝つ……」
彼は『殺す』と言ってきたが、今の彼に人が殺せるとは到底思えない。
この世の中には、根性や気合いだけではどうにもならないことがある。
「っはぁー……まったく、仕方がないヤツだ」
敵意を向けることなく、同情のまなざしを浮かべながら声をかける。
俺は立ち上がり、彼の体に触れ、『もう大丈夫だ』と行動で伝えた。
声が届かないなら、体に触れて伝えるしか方法が思いつかない。
「無理をするな。おとなしく倒れたままでいてくれ。そんな状態で体を動かすなんて、自ら寿命を縮めているようなものだ。腕の血だって、ほら……いや、あれ? 血は?」
切断された彼の左腕からは血が流れてはいなかった。
ロープ的な何かで強く縛って血を止めている様子もない。
どういう原理で止血を行っているのだろうか?
「あ、いやいや、今はどうでもいいか。とにかくお前は大人しく倒れていろ。体を動かしたら出血が酷くなる。左腕は大丈夫にしろ、所々切り傷が目立つ。耳だって出血が止まっていない」
「殺す……殺す……」
「お前に死なれたら、俺の無実は証明されず、俺は無様に逮捕される」
「さっさと死ね」
「やっぱり話が通じていない。悲しいな。悲しいよ」
彼はポケットへと右手を伸ばし、何かを取り出す。
「どうした? ポケットからアメちゃんでも出す気か? ――ん!?」
その何かを持ったまま腕を上げ、ソレを俺に向けて来た。
「そ、それは……?」
銀色に光るフォルム。
西部劇や刑事ドラマでよく見るアレ。
分かる。知ってる。
それはなかなか、恐ろしい武器である。
「……ハァ!? ……え?」
コレは、本当に予想外の物が出てきた。
生唾を飲み、一滴の汗がしたたり落ちる。
彼が持つソレは……間違いなくアレだった。
「嘘だろ。なんでそんな物を、日本に住んでる人間が持ってんだ?」
ヤツの手にはあるモノが握られていた。
それは体格差があっても全てを平等にしてしまう凶器。
殺傷能力を搭載した武器。人類が作り出した汚点の一つ。
それが――
「拳銃だ」
偽物?
レプリカ?
駄菓子屋で買ったエアガン??
それともスーパーのプラモデル?
「……」
おもちゃだと思いたいが、この状況から見てあの拳銃は本物だろう。
部屋にいる血だらけの男も充満している血の臭いも本物だ。
今更、銃だけが偽物でしたと言われても逆に困る。
「ここへ来て拳銃か。さすがに笑えないな。攻撃力は木刀の非ではない」
残念ながら相手に俺の声は届かない――と思う。
それでも俺は、怯えながらも自然と彼に尋ねた。
「どうしてそんな物を……持ってんだ?」
「……動いたら殺す」
血だらけの男。拳銃。容赦のない刺し傷。
コイツの敵ってもしかして……ヤクザとか?
つまり目の前にいるコイツもヤクザか?
それなら拳銃を持っていても変ではない。
「闇市場、裏ルート。いろいろ説明が付く」
もしかしてマフィアと言う可能性もある。
そもそも――
「そんなヤクザマフィアがなんで俺の部屋にいるんだよ……?」
「さよならだ」
銃を向けられたまま、ヤツが怖いことを言う。
「ままままま待て待て! クソッ、声が届かない!」
もっと声を大きくすれば、俺の声が届くかもしれない。
耳はアンテナみたいな物で、周囲の音を集約する物。
外耳を切り落とされても、大きな音なら届くと聞く。
つまり大音量なら、雑音が声に変わるかもしれない。
「物は試しだ」
さっそく震えるほど大きな声で彼に尋ねた。
「お願いだから俺を殺さないでくれ!」
すると彼の体がピクッと反応する。
「殺さないでくれ、だと?」
やはり届いた。
大きな声なら彼と会話ができる。
「今更命乞いか? 世界平和維持機関会員番号10617番・四柱座の一人・気流牙突、またの名を【傭兵の牙突】、ずいぶんと弱気なことを言いやがる」
気流牙突、それがコイツを攻撃した敵の名前か。
「銃を持っていた時は自信満々だったくせに、銃を奪われたら手のひらコロリか?」
なるほど。コイツの銃は敵から奪った物なのか。
「俺を油断させて、奪い返すつもりなら無駄なあがきだ。俺はこの手を離さない」
質問した訳ではないが、彼はペラペラと話してくれた。
なんとなくだが、コイツが敵対する相手が見えてきた。
名前は牙突。技は第三波動や第四波動……いや、何ソレ?
「ふむふむ。理解した」
コイツは人違いをしている。
「気流牙突、この件からさっさと手を引け。そして二度と俺に関わるな。もちろんアイツともな。この約束が守れないなら……本当に撃ち殺すぞ」
「待て、落ち着け、人違いだ。俺は気流牙突ではない!!」
「その手には乗らない。殺す」
「信じてくれ、俺は気流牙突ではない」
「その手には乗らない。殺す」
「声で分かるだろ。俺は気流牙突ではない」
「声なんて変えようと思えば変えられる。殺す」
「ダメだ……逃げ場がない」
人違いで殺されるなんてまっぴらごめん。
どうにかして知らせないと俺が死ぬ。
「死ぬ? ……ハァ……ハァ……そうか、コレが窮地」
徐々に心臓が激しく脈を打ち始める。
なるほど。これが死ぬ前の感情か。
日常では味わえないイヤな感覚だな。
「死にたくない」
応能力に優れているラノベ主人公みたいにはいかない。
人生とはオワリのコンテンツだ。バイバイ・マイ・ライフ。
助けようとした赤の他人に人違いで殺されるくだらない人生。
嫌だなー。死ぬなら寿命で普通に死にたい。
「なら生きる方法を模索しろよ俺」
そう言うが、今の俺は銃を突きつけられている。
相手が引き金を引けば、一瞬で俺の人生が終わる。
こんな状況で、生きる方法なんて模索できない。
残念ながら俺の人生はここで終わる。
だから俺は全てを諦め、ゆっくりと瞳を閉じた。




