日常編 第16話 非日常に挑む者
玄関から移動する前に、俺はその場で立ち止まった。
まずは目に見える物だけでも分析しようと思う。
右から左へと視線をゆっくりと移動させていく。
この位置から見える部屋は、居間とキッチンの2部屋だけ。
人の気配がしないうえに、そのどちらにも血痕はなかった。
血が付着していたのは玄関から階段の方、そしてその先。
つまり侵入者が向かった先は二階だと言うことが分かる。
「上か」
俺の中では家に逃げ込んだ人間は一人と考えている。
しかしその考えが、間違えで、実は二人いたら?
はたまた被害者を追って加害者も侵入しているかも。
「でもドタバタと争っているような音は聞こえないんだよな」
そう、静かだ。
不気味なほど家の中は静寂に包まれていた。
まるで誰も居ないのではないかと錯覚する。
「本当にいないのか?」
それならそれで、べつに構わない。
何事も無く平和な日常に戻るだけだ。
「とは言え、それじゃ面白くない」
考えるべきは誰かがいた場合のみ。
住所不定無職の泥棒なら容赦なくボコボコ。
数年ぶりに帰還した親父なら同じくボコボコ。
ドッキリ系家汚し系YouTuberならガチボコ。
「だけど」
格闘特化の猟奇的殺人鬼だったらどうする?
潜在能力が覚醒する前に殺されてしまうかもしれない。
「正直、俺は死にたい訳ではない。ピンチになって能力を覚醒させたいんだ」
危機的状況に置かれ、追い詰められることが目的だ。
「でも……」
能力が覚醒しなかった時のことも考えてしまう。
確かに殴り合いになれば侵入者に勝てるかもしれない。
だけど相手が刃渡り数十センチの包丁を持っていたら?
俺の腕のリーチよりも相手の方が上を行ってしまう。
バタフライナイフにすら勝てない男が出刃包丁に勝てるとは思えない。
「むむむ。あっ、やはり目には目を歯には歯を、武器には武器を作戦だ!」
いくら侵入者とは言え、限度を超えた怪我を負わせたら俺が加害者になる。
「何か、自分の身を守れて、相手との距離をとれる武器はないだろうか?」
玄関を見回し、殺傷能力低めで攻撃力高めの武器を探す。
すると――
「おお」
すぐに傘立てに入れられたソレが目に入る。
ソレの正体とはコレだ。
「たらららったらら~たたー! 桜咲日々喜は木刀を発見した」
そこに入っていたのは三つの木刀だ。
一つは【京都横丁】と書かれた黒い木刀。
二つ目は【日光江戸村】と書かれた茶色い木刀。
三つ目は【浅草仲見世商店街】と書かれた白い木刀だ。
どれも小学校や中学校の時に行った修学旅行のお土産だ。
「どれが一番いいかな? やっぱコレだな」
その中から俺は日光江戸村と書かれた木刀を手に取った。
ソレを選んだ理由は、頑丈そうな木刀だったからだ。
「木刀は最高の武器だ。軽いし、一振りの攻撃力も高い。刃物ではないので、相手を傷つけてしまうこともない。いいね。木刀の日々喜の爆誕だ。くらえ! 地獄流紅蜥蜴ッ!」
ずっと放置されていた木刀が役に立つ日が来るとは思わなかった。
なんの変哲もないウッドソード。だけど今の俺には聖剣並みの価値。
「これがあれば百戦錬磨」
ピンチの時に俺を助けてくれるはず。
「ドンッ! サンライズ立ち」
コレは能力が目覚めなかったときの保険なので、むやみやたらに人を叩く気はない。
大丈夫。大丈夫。能力は必ず覚醒する。自分を信じるんだ。
ライオンに追い詰められた兎は、想像もしない力を発揮する。
目覚める野生。溢れ出る感情。開花する未知なる超能力。
日常では味わうことのできない危機的状況。これはチャンス。
神が与えてくれた運命を捻じ曲げる力を手に入れる切っ掛け。
「そのきっかけを無駄にしてはいけない」
「……うぅ……うぅ……」
「ん? 声?」
完璧なる作戦を練っている最中、どこからか声が聞こえてきた。
「……うぅう……」
耳を澄ませると、それが二階の方から聞こえていることが分かる。
「いる。誰かいる。これは、男性の声か?」
声と言うより、うめき声のような音だった。
今のうめきだけでは父かどうかはまだ分からない。
「断定はできないが、いい情報を得た」
確信。この家には誰かがいる。
そしてうめき声と言うことはダメージを負っている。
弱っていると思わせて、俺を騙す作戦かもしれない。
「まぁ、いい」
敵が誰であろうと関係ない。
俺にはもう前進と言う道しか残されていない。
決め顔で「イクゼ」と言って一歩前へ。
「姿の見えない敵に挑む俺。タイトルは『それがどんなに無謀な戦いだとしても、運命を変えるために戦い続ける孤独騎士』とか?」
自分のタイトルセンスにほれぼれしてしまう。
あらすじは異世界に転生したボッチが――っと、話がそれた。
妄想小説のあらすじなんて今はどうでもいいか。
「さて」
実行に移す前に、覚醒イベントの流れを確認をしよう。
1:侵入者を倒すために2階へと上がる。
2:最初は弱者を演じ、追い詰められる。
3:能力が覚醒すれば超能力で相手を倒す。
4:覚醒しなければ木刀を使って侵入者と戦闘。
5:勝利した俺は侵入者を確保。
6:警察を呼んで事件は解決。
一躍俺は時の人。
陰キャ高校生が、一夜にしてクラスの人気者になる。
しかも超能力まで手に入れてテレビに引っ張りダコ。
ユリゲラーみたいなお金持ちになれるかもしれない。
充実したリアルライフが今日から始まる。
「フフフ、フフフフフ」
想像しただけで笑みがこぼれる。
「そろそろ行こうか。俺の競技場へ」
木刀を強く握りしめ、慎重に階段を上って行く。
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階段を上がるにつれて血の量が多くなっていく。
侵入者はどれほどの血を流しているのだろうか?
この血が父のだとして、彼は助かるのだろうか?
俺は医者ではない。でもこの出血の量が致死量なことくらいは分かる。
もしかしたら侵入者はすでに弱っていて戦える状態ではないのかもしれない。
「それは逆に勘弁だな」
戦えないんじゃ意味がない。
計画が頓挫してしまう。
「行ってみれば分かるか」
今更考えても遅い。
俺は全ての運命を受け入れると誓った。
再び階段を上がっていると――
「イテッ……え、何? 何か踏んだ?」
階段の9段目くらいで何かを踏んでしまった。
尖ったような、小さなアクセサリーのような何かだ。
気になったので、足を上げて下のそれを確かめる。
「バッテンのなにか?」
それは『×』の形をした見覚えのある黒い物体だった。
この家では初めて見る代物。確実に俺の私物ではない。
「これ、どこかで」
既視感を覚えた。
どこで見たのだろうか? テレビ? 雑誌?
わからん。
思い出そうと努力しつつ――それを手に取ってみた。
「後ろの方に髪に引っ掛けるピンがある。女性モノのヘアピンか……ヘアピン?」
待てよ。
「俺はこのヘアピンを知っている。いや……でも……」
一人の人物の顔が過ぎり、最悪のシナリオが過ぎる。
そう思った途端、このピンがソレにしか見えなくなる。
「これって……やっぱりあの人の物だよな……」
ゴクリと生唾を飲んだ。既視感の正体に気付く。
数分前まで、これと同じヘアピンを付けた女の子と会っていた。
数分前まで、これと同じヘアピンを付けた女の子と喋っていた。
どうしてそんなヘアピンが、俺の家の階段にあるのだろうか?
「これは、伏見さんがいつも髪につけてるバッテンの髪飾りだ」
顎に手を当てて考え込む。
なぜこんなモノが俺の部屋にあるのか?
「まさか」
上にいると思われる男が、通学路で伏見さんを襲った。
そして襲ったあと、この家に連れ込み、二階に隠れた。
「じゃあ、玄関先の血は伏見さんの……?」
可能性はゼロではない。
ゼロではないが……そう思いたくはない。
必死にコレが彼女の血ではない根拠を探す。
「確かに伏見さんは俺よりも先に教室を出て行った。だが彼女が向かった先はココではなく学校の部活動だ。それに帰宅部である俺よりも早く下校したとも思えない。つまり伏見さんがこの家の中にいる可能性はゼロ。そしてこの血もあの人の血ではない」
完璧だ。つまり伏見さんは無事である。
「だとしたら、なんで伏見さんと同じ髪飾りがここにあるんだ?」
考えられるパターンは一つ。
侵入者が伏見さんと同じ髪飾りをしていた。
そして二階へ逃げる途中で、落としてしまった。
「その可能性は高い。今の時代、男でもヘアピンをつけることはよくある」
ヘアピンをポケットにしまい、行動を再開する。
木刀を握りしめ、残りの階段を上がって行った。
あと数歩で、俺は二階へとたどり着いてしまう。




