日常編 第14話 異常事態
柵を開けて間を通り、俺は家の敷地内へと入る。
そのまま玄関へと向かえばいいのに、俺は足を止めた。
「……なにこれ……?」
その場で立ち止まった理由。
視界に入ってきた景色が、あまりにも異常であったからだ。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
目の先に見える景色が、妙に赤くかすんで見えた。
「殴られた影響で目が内出血でもしてるのかな?」
目の周りにあるコブに気を遣いつつ、目をこする。
コスリコスリ。再び目の前を見るがやはり赤い。
「まぁ、いいか。内出血なら時間の経過で治るだろう」
スタスタと玄関の前まで歩く。
足下には昔の名残でずっと置かれているようこそマットがあった。
祖母が居た頃から置かれているので、相当年季の入ったモノだ。
血赤血赤血血血血赤血赤血
血血✿赤ようこそ赤✿血血
血血血血赤血血赤血血血血
「内出血が酷いな、マットも赤く見える。なんか眼球が痛いような気がしてきた」
でも目から血は出てないんだよな。痛みも実際はない。
内出血だからか? それでここまで視界が赤くなるか?
「今度、医者にでも聞いてみよう」
目のことは一端忘れ、次に家の鍵のことを考える。
制服のポケットへと手を伸ばして鍵を取り出した。
アニメキャラのラバストが付いた鍵である。
握りしめたまま、鍵穴へと近づけたが……。
「あれ? 鍵穴に鍵が刺さっている?」
鍵穴に鍵があり、俺の手にも鍵があり、不思議な光景だ。
だけど驚くことはない。この現象はあり得る話の範囲内。
実は俺とは別に、この家の鍵を持っている人間がいる。
それが従姉の神崎リボンである。
彼女は年に数回、俺の顔を見に来ることがある。
大半の訪問は赤日なので、何もない日はまずこない。
「なのに、今日来てるのか?」
今日は祝日ではないので、考えにくい。
しかし鍵が刺さっている時点で可能性はある。
「仮にそうだとして、なんで刺しっぱなし?」
眉間にしわが寄せた。不用心極まりない。
でもあの神崎さんだぞ。
こんな間抜けなことはしないと思う。
とくに人の家なら、あの人は余計に気を遣うはずだ。
考えられるとすれば、気を使えないほど切迫した状態とか?
「緊急事態?」
何かから必死に逃げ、危機一髪で家の中へと入った。
「……」
赤赤赤赤
赤ドア赤
赤血血赤
赤血鍵赤
赤血穴赤
赤赤赤赤
最終結論。神崎さんがこの中に居る。
自分を納得させ、俺はドアノブをひねる。
「ただいまー。神崎さんいるんでしょー!」
お決まりの挨拶のあと、シーンとした無音の空気が流れた。
「あれ? いないのか?」
靴置き場へと目を向けるが、そこには俺の靴しかなかった。
靴を履いたまま家に入っていたら話は別だ。だが神崎さんはそんな常識知らずではない。家に入るなら靴は必ず脱ぐ。そもそも靴が無いと言うことはそういうことだ。
「神崎さんはいない。単純に俺がポケットの鍵のことを忘れ、予備の鍵でドアの鍵を閉めたのだろう」
今朝の俺は浮かれていた。
伏見さんの隣に席になれるチャンスを賭けた大一番。
席替えという名の戦に、俺はすべてをかけて挑んだ。
鍵の一つや二つ、取り出して鍵を閉めてもおかしくはない。
「……つまり、今日も俺は一人なのか」
この家には誰もいない。
もともとは母、父、俺、祖父母の五人が住んでいた。
俺の両親は若い頃に離婚。母は俺らを捨てて家を出て行った。
だから幼少期は父や祖父母と暮らしていた。
しかし数年前に祖父母は他界。その後は父と二人暮らし。
高校一年生になると、父は荷物とお金を全て残して蒸発した。
理由も言わず、説明もせず、なんの前触れもなく彼は消えた。
だから今現在、この家に住んでいる人間は俺一人なのだ。
当時の俺は突然消えた親父に怒りを覚えた。しかし、居間のテーブルに残された銀行通帳を見て怒りが和らいだ。その通帳を持って銀行へと向かうと、多額の生活費を残されていたことを知る。そこだけは感謝しなければならない。
父が残してくれたお金のおかげで、バイトせずに生活できている。
一人暮らしが『寂しい』と感じることもあるけど、さすがにもう慣れた。
もう高校二年生だ。いつまでも悲しんでいられるような年齢ではない。
それに、さっきもチラッと言ったが、俺には親父の兄の娘である神崎リボンと呼ばれる従姉がいる。彼女は俺を気にかけ、正月、誕生日、クリスマスとか、イベントの時だけ来る。とても綺麗な人なので、何度会ってもドキドキしてうまく話せない。俺は女性と話す機会が少ない陰キャなので仕方がない。例え従姉でも女性であることに変わりはない。
「本当に美人だよな」
神崎姉さんのお母さんは、アメリカ人と日本人の間に生まれたハーフ。
父は俺の親父の兄なのでもちろん純粋な日本人。
つまり、神崎リボンさんはいわゆるクオーターなのだ。
4分の3が日本人なのに、神崎姉さんの瞳は青く、髪は金髪。
知らない人が見たら間違いなく外国人と見間違えるだろうな。
俺も最初は「誰!? 従姉!? 従姉って外国人!?」ってなった。
すごく優しくて、両親の後を継いで科学者になったらしい。
「スゴイよなー」
科学者とか超頭いいじゃん。
しかも親の仕事を継ぐとか超親孝行。
俺も親孝行したいけど、孝行する親が俺にはいない。
「フッ」
ボッチギャグが面白すぎて鼻で笑ってしまう。
家族なんて必要ない。いたら、嬉しいけどな。
「……」
ん?
「……??」
家に入った瞬間から感じていた違和感が、少し遅れて俺を包む。
視界だけではない。嗅覚もその異常性を感じ始めていた。
「なんだ……コレは?」
赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤■赤赤赤赤血赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤赤赤■■■■■赤赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤赤血赤赤■赤赤赤赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤赤■■■■■■■赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤血赤赤赤■■赤■■赤赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤悪■赤■赤■赤■赤赤赤赤 赤赤赤
赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤血 赤赤赤
視界の先に見えた光景は、やはりすべてが赤色だった。
先ほどまで内出血のせいかと思ったが、何度考えても目は痛くない。
連中に殴られた影響で視界が真っ赤に染まっている訳ではない。
なら、なぜ視界の先が赤いのか……?
「視界ではなく、世界の方が赤いんだ」
そこで俺は気づく。
壁も玄関も廊下も、何かが付着した影響で赤く染まる。
「入る家を間違えた……?」
その可能性は無い。間違いなく隣は伏見家でここは桜咲家だ。
自分の家で起きた異常な現象。俺は顎に手を当てて現状を分析した。




