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日常編 第10話 卑怯者の一刺し

 本日2度目のボコボコタイム。

 男連中が一人の男子生徒を囲んで殴る蹴るの暴行を加える。

 俺はボクシングのガードの構えでひたすら暴力に耐えた。


「おらおらおらおらおらおらおらおら!」「しねしねしねしね」「くたばれ雑魚!」


 遠のいていく意識。

 視界が徐々に狭まっていくのが分かる。

 このままでは失神してしまうかもしれない。


「けど」


 俺は決して倒れない。

 倒れる訳にはいかないんだ。

 ここで倒れたら俺の敗北が決定する。

 コイツらの思い通りにはさせない。

 伏見さんの友達でいるためにも戦う。

 戦う……というか、一方的に殴られているだけだが……。


「おい、なんだコイツ、なんで倒れねーんだよ!?」


「知らねーよ。お前のパンチがくそ雑魚なんじゃねーの!」


「うるせーな。お前の蹴りが弱いからだろ!!」


 仲間割れ?

 とても見にくいな。

 分かんねーの?

 俺が倒れない理由。

 だったら教えてやるよ。


「三人寄れば文殊の知恵ってな、でもバカがいくら寄ってもゼロはゼロ。お前らは勉学と言う点では成績上位なのかもな。でも精神と言う点ではまだまだ未熟だな」


「なに言ってんだお前? 今、俺らのことをバカって言ったか?」


「ああ、言った。そして話を続けさせてもらう。お前らの信念のこもってない攻撃なんて、俺にとってはダメージ(ゼロ)だ。1対1ではなく、1対10で俺に挑んだ時点でお前らの負けと言っても過言ではない」


「さっさと倒れろよゴミムシがッ!!」


「グフッ――!!」


 ゴメン。ダメージ0は嘘だった。

 体育会系連中の一撃は重い。

 100ダメージくらいは毎回入る。

 格好いい台詞を言ったのに、全く相手に届いていない。


「……」


 今は気合で立ってるが、そろそろ限界だ。

 徐々に意識が遠のいていく。

 今度こそヤバいかもしれない。

 頼むから早く一方的な暴力を辞めてくれ。


「おらおらおらおら倒れろゴミ」「早く死ねよぼけ野郎」「くたばれカスッ!」


 ガッ、ドッ、ガクッ。

 腹、頭、膝、足。あらゆる部位を痛めつけられ、全身に痛みが走る。

 本当に一方的だ。反撃する隙すらも弱者には与えられない。

 無様だよな。コレじゃ、殴られるだけのただのサンドバッグだ。

 

「だけど……このままじゃ……終わりたくない……」


 隙がないなら、それでいい。

 殴りたいなら、勝手に殴れ。

 だったらこっちも勝手にする。


 俺は猛攻の中、防御を捨て、攻撃を決意した。

 弱くてもいい。弱いなりに一矢報いたかった。

 だかた拳に力を込め、無我夢中で拳を放つ。


「お、なんだコイツ反撃か?」「へなちょこパンチがあたるわけねーだろ」「ワロタワロタ」


 どこでもいい!!

 頼むから誰かに当たれ!!

 直撃した痛みを与えてやれ!


 ドスッ。


「……ん?」


 放たれた拳に違和感があった。

 物体に直撃した感触は一切なく、あったのは握りしめた指の間に細い何かが入り込んだような感触だ。定規だったり、カードだったり、スーと指の間に何かが入り込んだ。


「……」


 変な違和感は、やがて痛みへと変わる。

 ゆっくりと視線を動かし、自分の拳の現状を確認した。


「……嘘だろ」


 嘘ではない。

 前方にいた男の手にはナイフが握られ、その刃物はまるで黒ひげ危機一発のように俺の指先の間に刺さっていた。手のひらを貫通している訳ではないが、ナイフの先端が指の間を通って手のひらに刺さっていた。少量ではあるが、間違いなくポタリポタリと血が垂れ始める。


 ただの肉体同士の殴り合いかも思ったが、武器OKだったとはな。

 全員OKなのか、それとも目の前に居るこの野郎が卑怯者なのか……。

 分からないが、今は残念ながら考える暇すらない。

 血が垂れている間も、男性陣は俺を殴る手を止めないからだ。

 そんな中で俺は顔を上げ、刃物を持ったヤツへと視線を向ける。


「ニヒッ」


 生徒は不適な笑みを浮かべた。

 コイツは確か、スケートボード部の服部はっとり通留とおるとか言ったかな。

 前々からポケットにナイフを隠していると言う噂は耳にしていた。

 それが噂ではなく、マジでナイフを持ち歩いていたとはな……。

 武器OK、マジ殴りOK、急所への攻撃OK、酷い話だよな。

 

「ちょっとやりすぎじゃね……?」


「なぁー、順子ちゃん、まだコイツを殴るの?」


「おれ、そろそろ、拳が痛くなってきた」


 楽しそうに拳を振るっていた連中が、少しだけ俺に同情し始めた。

 いくら殴っても俺が倒れないと理解してくれたのだろうか?

 なのに男性陣の提案もむなしく、道端順子の決定は覆らない。


「やり過ぎ? バカを言わないで。まだ足りないくらいよ」


「でも」


「でももくそもない。コイツが謝るまで殴るのをやめないで。それでも謝らないと言うのなら、半殺しにすればいい。そうすれば、自分が弱者だと分かり、理美ちゃんには二度と近づこうなんて思わないでしょう」


「だけど、これ以上やったらマジで死んじゃうぞ」


「べつに死ねばいいじゃん。世界のゴミなんだから、死んでも誰も悲しまない」


「……あれ、何か変じゃね?」


 男性陣の一人が異変に気づき、殴る手を止めた。

 それに呼応するように、他のメンツも手を止める。


「変? 何が変なんだよ?」


「俺らはコイツを殴っただけだよな? ならなんで血が垂れてんだ?」


「……血?」


 俺は視線を下げ、地面にたれた自分の血を見ていた。

 その状態のまま、首が痛くて頭が上がらなかった。

 男性陣の視線は、俺と同じように地面の血を見ている。

 本物の血に、上流階級の野郎共の顔が青ざめていく。


「ガチじゃなーか……なんで血なんて……」


「おい、通留とおる。お前、何に握ってんだよ?」


「なにって、バタフライナイフだけど、何か問題でも?」


 サッカー部のエースが、刃物野郎のナイフに気づいた。


「コイツ、なんか気に入らなかったからバタフライナイフ使っちゃった。テヘッ」


「ハァ!? テヘッじゅねーよ!? 刃物は明らかにアウトだろ!!」


 服部通留はバタフライナイフを器用に開閉しながら楽しそうに笑う。


「アウト? いや、セーフでしょ。だって順子ちゃんの命令は『半殺しOK』じゃん? 俺はそれに従っただけ。それに、この野郎だって悪いんだよ。さっさと倒れればいいのに、いっちょ前に格好つけちゃってさ、全然倒れてくれない。そりゃナイフも使いたくなるよ」


「イカレてやがる!! 刃物はやべーって、やべーよ!」


 刃物と言うワードが出た途端、場の雰囲気が一変する。

 男連中はガタガタと震えだし、余裕の表情が消え失せた。


「おれ、しーらねっ!!」「おれは悪くないもんね」「逃げるが勝ち!」


 ヤツらはテンパりながらもその場から離れようとする。


「ちょっと待ちなさいよ!!」


「全部、順子ちゃんが悪いんだからな! 俺らは指示に従っただけ!!」


「ハァ!? ボコしたのはアナタたちでしょ! コイツが死んだらお前らのせいだから!」


「喧嘩してる場合か。サツが来る前にとりあえず逃げるぞ!!」


 サツとはおそらく警察のことなのだろうが、こんな所に来る訳がない。この中の誰かが通報でもすれば来るかもしれないが、この様子だと誰も加害者にはなりたくないようだ。

 あっという間に道端順子の取り巻きがリーダーをおいてその場からいなくなる。


「……」


 最後の一人となった道端順子は、気を失っていると思われている俺に一言。


「そのまま死んどけ」


 最後の最後までその姿勢なのな……。

 

 やがて全員が体育館裏からいなくなり、安堵感が俺を包む。

 頑張って構えていたボクシングのガードの構えを解いた。

 

「倒れるなら……後ろ。敵に背は向けない……」


 などど呟きながら全身の力が抜け、後方へと倒れ込む。


「あれ……意識が……あ、これダメなパターンだ」


 前触れのある気絶。

 今まさに、俺の意識が、飛んだ。

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