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日常編 第8話 友達として

 食事後のお昼休み。

 普段はラノベを読むのだが、今日は伏見さんとおもしろ動画を見た。

 まさかこんなに親し気な空気で会話ができるようになるとは思わなかった。

 中学校の頃の伏見さんは、本当に無感情だったからな。

 誰も近寄らない。高貴な存在。人を見下し、人の上に立つ存在。

 笑うこともなく、泣くこともない、まるで人形のようだった。

 そんな昔の彼女を知っているからこそ、面白動画でクスクスと笑う伏見さんの姿がとても嬉しく思えた。どんな真面目人間でも、やっぱり面白動画では笑うんだな。

 そんな時間が俺にとっては、とても温かくて、とても大切だ。


 ◆   ◆   ◆


 時間が流れていき、放課後が訪れる。

 伏見さんは「また明日ね、桜咲君」と短く挨拶してきた。 

 俺も「バイバイ、伏見さん」と自然に返した。

 彼女は教室を出ていき、俺は教室に残った。

 まだ持ち帰る教科書の選定を終えていないのである。

 

 教室を出ていく伏見さんの背中を目で追いながら、今日のことを思い出して笑顔を浮かべた。

 お昼休み、伏見さんと俺はおバカ動画を見ながらめっちゃ笑った。

 あんなに笑ってる伏見さんは久しぶりに見たかもしれない。

 いつも笑顔だが、声を出して笑うことはめったにないのだ。

 そんな伏見さんの笑い声が聞けて俺はとってもハッピー。


「だけど」


 人生は楽しいだけではない。


 一人になった俺は、今朝のことについて考え始めた。

 難題。

 伏見さんがノートに書いてた言葉と発言のことだ。

 彼女はいつも笑顔で、悩みなどなさそうな表情や振る舞いをしている。

 だが間違いなく彼女は何らかの問題を抱えている。

 誰にも言えない悩みや闇を隠していると思われる。


 先ほどま喜びで心が満たされていたが、今は心配という気持ちの方が勝る。

 忘れようと思えば思うほど鮮明にあの時の光景を思い出してしまう。

 彼女は間違いなく涙を流し、小声で『助けて』と呟いた。

 具体的に何から助けてなのか俺には分からない。 

 昔から伏見さんのことは知っているけど、結局のところ俺は彼女の内面的なことを何も知らないのかもしれない。何を考え、何が好きで、何が嫌いで、何を求めるのか。


 俺が伏見さんのことを意識するようになったのは小学校五年生のときだ。

 同じクラスになったことがきっかけで一目惚れした。

 その後、中学三年間ずっと片思い。思いを伝えることはしなかった。

 高校一年生の時は別々のクラスだった。正直残念過ぎて泣いた。

 だが、高校二年生でまた同じクラスになれた。もう嬉しすぎて彼女の周りだけピンク色の花が漂っているように見えた。今も俺は彼女のことが好きだ。愛おしくて大切な存在だ。

 でも、この感情が好きが恋なのか尊敬なのか、今の俺では答えが出ない。


 どちらにしろ、俺は伏見理美さんのことが気になっている。

 気になっているからこそ、あのSOSを無視はできない。


「でも……」


 本当に悩んでいるのか?

 あのメッセージを否定しているわけではない。 

 だが、今まで悩みがあるような素振りを見せたことがない。

 だってあの伏見さんだぞ。悩みがあれば、ちょちょいのちょいと解決できる知力の持ち主だ。しかも相談できる友達も何十人も居る。そんな彼女が悩みを抱えているのか?


 仮にあのメッセージが俺が思っている通りの言葉だとして、隣の席になるまで彼女のSOSに気付かないなんて、俺は本当にアホだな。今まで何を見てきたんだ?

 キラキラしている部分だけ見て、あの子は幸せな子だと思っている。

 だけど死にたいなんて言葉をノートに書く人間が幸せな訳がない。

 彼女は俺とは違う。なのにどうしてだろう。同じニオイがする。

 

「孤独のにおい」


 周りを見渡せば人は沢山いる。

 伏見さんは友達が大勢いる上流階級の一人。

 なのに伏見さんは一人こどくなのだ。

 周りの人とはやっぱり何かが違う。

 君はいったい、皆に何を隠しているんだ?


「……」


 家は昔から隣近所、席もすぐ隣になった。

 でも心の距離は離れている。

 あのノートはなんだったのか?

 あの文字が文字通りの意味だとして俺には何もできない。

 本人に『何か悩みでもあるの?』と尋ねる作戦はどうだろうか?

「ダメだ」


 今朝「文字の意味までは分かりませんでした」と答えた。

 このタイミングでお悩み相談の話題なんて振ったら『メモの意味を理解しています』とカミングアウトとしているようなものだ。嘘つきにはなりたくない。

 

「あぁあああ、分からねぇ!」


 なんで死にたいなんて言うんだよ……。

 答えの出ない問いに頭を悩ませながら教室で思いっきり叫んだ。

 まだ残っていたクラスメイトの視線が俺に集まる。

 それはまるで変人を見るような侮蔑の視線。

 叫べばこうなることは分かっていたけど、叫ばずにはいられなかった。

 それほど今の俺は悩んでいる。

 あのノートが気になって仕方がないんだよ。


「……どうしよう……」


 困っている人がいたら助けたい。

 だけど、助ける方法が分からない。


 伏見さんが本当の思いを俺に話てくれる日は来るのかな?

 隣の机へと視線を送るが――やはり何も思いつかなかった。

 

「俺にできることは、伏見さんともっと仲良くなることくらいかな」

 

 仲良くなれば、きっと本当のことも話してくれるはず。

 つまり今は、無理に相手の心を詮索してこの関係を壊すよりも、ゆっくりと仲良くなって向こうから話してくれるようになることを待つのが一番だと言うことか。

 名案だ。次の席替えまであと3ヵ月。もっと伏見さんと仲良くなろう。


「よし。解決策が見えた。だから今日はとりあえず帰ろう!」


 いっぱい頭を使った日はなぜかアニメが見たくなる。

 いっぱい頭を使ってない日もアニメが見たくなる。

 消費した栄養はアニメやゲームで補給しなければ!


 俺は席から立ち上がり、カバンを背負った。

 向かう先は部活動――ではなくビバ帰宅部。

 誇らしげな足取りで教室を出ようとしたが――


「待てよキモオタ」「このまま帰れると思うな」「テメェには話があるんだ」


 訳の分からん男子三人が俺の前に立ちはだかった。

 群れないと行動できない、かわいそうな弱者たち。

 名前は佐藤、静谷となんか知らねーただのイケメンだ。

 格好つけちゃってさー。上流階級のハンサムどもだ。

 こいつらの要件は、なんとなく察している。

 俺が伏見さんと仲良くしていたことが気に入らないのだろう。

 面倒くさいが、少しくらいなら話を聞いてやろうと思った。

 たぶん無視しても、無駄なのだろうからな。


 ▼   ▼   ▼


 午後の三時過ぎ。

 俺は体育館裏へと連れてこられていた。


「予想外だね」


 教室で『ちょっと顔かせよ』と言ってきた男子三人だけかと思ったが、いざ現場に来たら体育館裏には想像をはるかに超える人数がいて、草を生え散らかした。

 これはこれは、クラスの上流階級の面々が勢ぞろいでこんにちは。

 そこには男子だけではなく、道端順子を含む女子軍団もいた。

 なんとなくこの後に展開は読める。なのでおとなしくした。


「……」


 すると、恐ろしい剣幕の男性生徒が一歩前に出てきた。


「テメェさ、理美ちゃんに優しくしてもらってさ、鼻の下伸ばしてんじゃねーよ」とモブの戯言をお聞きください。三流のような台詞をありがとうございます。


「お前みたいなクソ以下のゴミが理美ちゃんのそばにいると考えるだけで反吐が出るんだよ。なんでさっさと先生に『席替えしてください』って言わねーんだよゴミが」


 席替えを申し出たところで、伏見さんが喜ぶとは思えない。


「テメェの存在が理美ちゃんの品位を落とす。だからテメェはいらねーんだよ」


 はいはい。三下のセリフをありがとうございます。

 

「おいテメェ、俺らの話を聞いてんのか? 無視してんなら許さねーぞ」


 半ば適当にヤツらの話を聞いている俺の態度にしびれを切らしたのか、上流階級連中の空気が明らかにピリピリとしてきた。今にも弾けそうな爆弾のような野獣たちだ。

 やがて親玉が登場。道端順子が全員をいったん落ち着かせた。


「待ちなさいみんな。まだ、始めちゃダメ。私がいいというまでダメだからね」


「早くしてくれよ順子ちゃん~」「俺ら暴れたくて仕方ねーんだ」「コイツだけは許せねーんだよ」「さっさと始めさせてくれよ順子ちゃ~~~ん」


「まぁ、待ちなさい。焦ることはないわ」


 道端さんがこちらへと鋭い視線を向ける。


「おい、そこの下流階級ゲロブタ。チャンスをあげる。今後一切、理美ちゃんと口を利かないと約束するなら手荒なマネはしない――と思う――可能性も無きにしも非ず」


 指示に従っても手荒なマネはしないと言う断言はしないんだな。

 と言うか、漢字四文字の下流階級と書いてゲロブタと読むのか。漢字四文字の伊右衛門と書いてイエモンと読ませるレベルで俺にはできない発想なので素直に関心した。

 

「で、どうなの? 約束はするのか? しないのか?」


「人間である以上、口はきくだろ。それに隣の席なんだし『おはよう』と『さよなら』くらいはすると思う。それともそれもダメなのか?」


「ゲロブタに日本語は難しかったようね。頭で分からななら、体で分からさえるのみ。お前たち、このゴミカスを、やっておしまい!!」


 我慢の限界に達していた男子連中が一気に迫りくる。

 俺は目に火を宿し、両腕を大きく広げた。


「かかってこいやぁあああああああああああああああああ!」


 何人来ようが、何百人来ようが、何千人来ようが関係ない。

 この俺が全員まとめて相手してやるよ!!

 せっかく手に入れたこの幸せな席を易々手放す訳にはいかない。

 拳に力を込め、目に炎を浮かべ、俺は戦闘態勢へと移行する。

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