日常編 第6話 高1の頃の悪い噂
伏見さんはとある男子生徒とお昼ご飯を食べる予定だと知る。
彼女の友達である道端順子がその男子生徒の正体に気づいて猛反発。
なぜかは知らないが、道端は俺の方を見ながら罵詈雑言を口にしている。
「こんな野郎の性格に興味なんてないけど、絶対悪いに決まっている。町で野良猫がいたら、家の持ち帰って解体するレベルのゴミクズ人間。アリの巣に水を流し込む外道。ダンゴムシを生のまま容赦なく口に放り込んで、そのまま食べる気持ち悪い異常者に決まってる」
偏見だ。
いや、偏見どころの騒ぎではない。
それじゃただのヤバいヤツだろ。
ダンゴムシ生はダメ。せめて油で揚げて。
「そこら辺を歩いていたらゴミと見間違えるレベル。理美ちゃんが優しいのは知ってるけどさ、わざわざこんな陰キャボッチに構う必要なんてないよ」
それさっきも聞いた。
コイツ、それしか言えないのだろうか?
まさか、悪口カセットの2週目が始まった?
「こんな奴には一生便所飯がお似合い」
酷い言われようだな。
いったい俺がお前に何をしたっていうんだ?
ちなみに俺は本当に悪いことなど何もしていない。
「理美ちゃんだって知ってんでしょ、コイツが一年の頃に何をしたのか」
……。
「ええ、その噂は何度か耳にしたことがあるわ」
「コイツは女子のリコーダーを舐めたり、女子のブルマを家に持ち帰ったり、女子のパンツを隠し撮したり、夜な夜なJKのコスプレをしてるような最低な男なの。現実と非現実の区別することができないオタクでキモイロリコン野郎なの。分かる?」
「「……」」
途中まで内心和気あいあいと聞いていたが、今の発言は流石に萎える。
信じてくれるか分からないが、道端順子が言った事件は全て作り話だ。
確かに俺は変態だ。だが俺は二次元を愛している系の変態。VRならともかく、三次元のリコーダーなんて舐めるはずがない。つーか、ブルマなんて物はこの高校にはないだろ。女子も男子も男女平等がなんたらで今や体操着はズボンなのだ。そもそも道端順子が言った事件の数々が事実だった場合、今頃俺は公務所か厚生施設にぶち込まれていて、この学園にはいないだろ。
「道端さん。彼自身も否認し、あらゆる観点から調査した結果、それはただの噂だったと分かったはずよ」
伏見さんは優しいな。
俺の味方をしてくれる……。
そんなところに痺れる憧れる。
このふざけた噂は、俺がオタクであると知ったクラスメイトがおもしろ半分で流した噂から始まった。証拠も根拠もない戯言。当時の俺は必死に否定したが、それを信じてくれる生徒は一人もいなかった。味方のいない状況。やがて俺は無罪を主張することに疲れ、「もういい。好きなだけ俺の悪口を言えばいい」と吐き捨てた。
否定を諦めた結果、悪い噂に尾ひれがつき、あることないことが囁かれる。
それが今のリコーダーぺろぺろブルマ泥棒JKコスプレロリコン事件だ。
冷静に考えて、JKのコスプレをしたロリコンってなんなんだ?
守備範囲がめちゃくちゃすぎて訳が分からなくなってる。
園児服を着たロリコンとか、女子高生の服を着た変態とかならまだ分かる。
「噂は嘘だったかもしれないけど。コイツが陰のオタクであることに変わりはないじゃん。理美ちゃん、考え直して。こんなヤツと一緒にご飯を食べたら変な菌がうつるよ。理美ちゃんまでオタ菌に感染しちゃったら私はもうイヤだよ~~~」
まだ続くんだ。
いや、多分まだまだ続く。
道端順子からは執念のようなものを感じる。
伏見さんが折れるまでこの話題は終わらないと思う。
「「……」」
オタク菌って……何?
まるで俺が病原菌扱いだな。
「理美ちゃん。私の忠告を聞いてちょうだい」
諦めない伏見さんと諦めない道端順子。
このままいけば平行線のままお昼休みが終わりかねない。
仮の話をしよう。仮に道端順子が言っているコイツが『俺』のことだとした場合、この戦争を止められるのは俺しかいないのでは? 麦わら帽子を片手に二人の会話に入り込み、『勇気ある数秒は、良くか悪くか、たった今、世界の運命を大きく変えた。ドン』とか言って、続けて『この戦争を終わらせに来た!』とか言えば道端順子が『うわ、キモ。話かけんなゴミ』とか言って逃げていくのではないだろうか?
「そもそも席替えなんて必要なかったんだよ。理美ちゃんの隣に相応しいのは上流階級である私ら。こんなヤツは相応しくない。先生に言って変えてもらおうよ!」
フッ。
しょせん俺は陰の存在で、伏見さんは陽の存在と言うことか。
陰と陽が交わることは本来あり得ない。運が良いとか、独占できるとか、ほかの男子には申し訳ないだとか、隣に席になれたことが嬉しかったとか。でも、だからと言って伏見さんが嬉しいとは限らないのかもな。彼女を取り巻く環境は、俺が隣の席に座ることを許してはくれない。この席になったことで、迷惑する人が沢山いる。
現に伏見さんの隣になったことで、道端さんがしつこく怒ってる。
すいませんね、道端さん。今すぐ陰の者はいなくなるのでご勘弁。
短い間だったけど、とても楽しい時間だった。
一時的とはいえ、伏見さんの隣の席になれて本当に良かった。
この幸せな気持ちだけは、否定してはいけない気がする。
悲しいな。
ホームルームで伏見さんが『特別な事情があれば席の変更も検討する』と言っていたので、あとで先生に席の変更を申し出よう。理由は何にしようかな? パッと思い付きはしないが、それっぽい理由を言えば快く変えてくれるだろうな。
でも残念だな。俺はこの席が、本当に好きだったのにな……。
「こんな生きる価値のないカスと一緒にご飯なんて食べないで、いつも通り皆で一緒にご飯を食べよう! そっちの方が絶対に楽しいって!」
「……」
「あーあ、こんなヤツがいるから理美ちゃんが同情して気遣っちゃう。こんなヤツ――」
何か悪い予感がした。
道端が今から口にする言葉が容易に想像できてしまった。
「さっさと死ねばいいのに」
「……」
その直後、隣の席から何かが切れたよな音がした。
「……今、なんて?」
この威圧感。先ほどの殺意の比ではない……。
この気配、伏見さんの、気配はのか?
まるで歴戦の狂戦士のような雰囲気をまとう。
「世の中にはね、言っていいことと悪いことがあるのよ」
「理美……ちゃん? ど、どうしたの……? そんな怖い顔をして……」
伏見さんの鋭い眼つきに、道端順子が動揺する。
「生きるも死ぬもその人次第。死にたい人間が死ぬのは別にいいと思う。でも世の中にはね、必死に生きようとしている人がいるの。そんな頑張っている生きてる人に対して、『死ねばいいのに』なんて、全世界が許しても私はその発言を許さない」
「え……でも……。おかしいよ、なんでそんなヤツのことをかばうの?」
「私の友達だからよ」
「でもそいつはリコーダーぺろぺろブルマ泥棒だよ」
「だったら証拠を出して。道端さん、証拠はあるの?」
「いや……ないけど……」
「なら悪口はやめて」
伏見さんの鋭い視線が道端さんを捕える。
「今度、私の友達のことを悪く言ったら、本当に怒るわよ」
「もう……すでに怒ってるじゃん……」
「今度はもっと怒るわ」
「ご……ごめん。だってコイツキモイからさ……」
「順子ちゃん」
「……ごめんなさい……」
伏見さんの温かい言葉で泣きそうになってしまった。
スゲーや。なんでこんなに優しいんだよ……。
暗い気持ちがどこかへと行ってしまった。
席を変えてほしいなんて言ったら失礼な気がしてきた。
伏見さんは強い決意のもとこの席に座っている。
だったら俺も覚悟を決めてこの席にとどまることにする。
伏見さんは本当に女神だ。君はどこまで女神なんだ?
もし去年、同じクラスになれていたら、俺の学園生活も少しは変わっていたのかな。
たぶん今みたいに迫害される存在ではなかったかもしれない。
「理美ちゃん。気を付けてね。せいぜい襲われないように」
「気を付ける必要なんてないわ」
その後、道端順子は苦笑いを浮かべながら立ち去っていった。
彼女がいなくなったのを確認し、俺は伏見さんの方を向く。
「あの……伏見さん……」
「何かしら?」
「こんな俺を信じてくれてありがとうございます」
噛まずにお礼が言えた。
「べつに。私は思ったことを言っただけ。感謝される筋合いはないわ。それより、謝らなければならないわね。私の友人の発言で気を悪くしてしまったのならごめんなさい。道端さんだって悪い子ではないの。ただ、少し発言が過激なだけ」
それは今更だ。
1年の頃からヤツとは同じクラスなので痛いほど理解している。
道端順子が思ったことを隠せない人間だってことは前から知っていた。
「謝らないでください……。もう、慣れっこなんで」
作り笑いを浮かべた。
これが今の俺にできる精一杯の笑顔だ。
すると彼女は「慣れなくてもいいのよ……」と呟いた。
味方のいない学校で、唯一味方をしてくれる伏見さん。
やっぱりこの人は凄い。皆に信頼されて当然の人間だ。
ところで、どうして道端さんが俺をディスる流れになったんだっけ?
たしか、伏見さんが文系の友達とご飯を食べる流れからだったよな。
文系の友達って結局、誰のことだったんだ??
なんか桜咲くんとかいう俺の名字に似た名前が出ていたが……。
気のせいか。それより早く学食でご飯食べて本を読もう。




