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日常編 第3話 目をそらした弱虫

 伏見さんが抱えていた悩みは『死にたい』と言うモノだった。文字だけなら見間違いと言う一言で流していたが、そこへ追い打ちをかけるように彼女は『助けて』と言う単語を口にした。

 そこで俺は間違いなく彼女が助けを求めているのだと確信する。

 次に考えるべきは、彼女がなぜ助けを求めてりるのか? と言うものだ。

 少し自意識過剰な発言をするが、もしかして俺が隣の席になったから、俺に助けを求めたのではないのだろうか? 『桜咲くんなら頼れる。助けて桜咲くん!』的な?


「えへへ」


 ――って、いやいやいや。

 なんだよそのポジティブシンキングで都合のいい見解は?

 完璧超人である伏見さんが俺みたいなクソゴミ虫ボッチに助けを求める訳ないだろ。

 そもそもいい風に解釈しすぎ。この場合、悪いパターンも存在する。

 建前では『お隣の席よろしく(ニッコリ笑顔)』だが、本音では『キモイ野郎の隣かー。死にたい(ぴえん)』かもしれないだろ。つまり隣の席のキモイ野郎=桜咲日々喜である。


「自分で言ってて悲しくなってきた」


 ごめん、伏見さん、死にたいほど俺が隣だと嫌なんだ。


「いや」


 伏見さんはそんなこと言わない。


 マイナス思考になってはいけない。

 天使である伏見さんが死にたいほど俺が嫌いな訳ないだろ。

 彼女の笑顔を疑うなんて、俺はなんて酷い人間なんだ。


「なら」


 どうしてこの子は死にたがっている?

 そもそも本当に死にたがっているのか?

 すべてが俺の誤った推理という可能性も微レ存。

 伏見さんは死にたがってないし、助けなんて求めてない。

 あの時こぼれた涙も、ドライアイか何かの影響かもしれない。


「……あっ」


 などと考えていると、伏見さんの手からシャープペンシルがこぼれる。

 それはコロコロと机の上を転がり、やがて床へと落ちていく。

 すぐにそれを拾う素振りはない。いまだに心ここにあらず状態だ。

 俺は教師の話など聞かず、伏見さんの様子を見守っていた。

 伏見さんは先生を見ているようで、実は先生の方を見ていない。

 その頭の中には、いったいどんなことを考えているのか?


「伏見さん。あの、伏見さん」


 彼女のことが心配になった俺は、気づけば小声で声をかけていた。

 尊敬とか憧れとか、すべてを忘れ、助けたいという一心で声をかけた。

 噛むこともなく、戸惑うこともなく、普通に声をかけることができた。


「……」


 すると、彼女の眼に光が戻る。

 バサッ――!!

 驚きと共に勢いよくノートを閉じた。


「ふ、伏見さん?」


「……」


「伏見……さん?」


「……」


「……」

 

 しばしの沈黙。


「私……何も書いてないわよね……?」


「え?」


 彼女はすぐに状況を理解した。

 そして俺の方へと視線を向ける。


「桜咲君、見た?」


「え? ……な、何を?」


「ノート」


「いや、見てませんよ」


「本当?」


「本当です! ページは真っ白でした!」


「やっぱり見ているじゃない!!」


 声を荒げた伏見さん。

 その声はクラス中に響く。

 周りの生徒も驚きの視線を彼女の方へと向ける。


「どうした伏見君? 何か問題でも??」


 担任の丸井が彼女の驚きに驚いた。

 取り乱した伏見さんを見るのは久しぶりだ。


「あ、すいません。ちょっとノートぺージで指が切ってしまったみたいで」


「本当か? なら保健室に!」


「いえいえ、それには及びません。カバンの中に絆創膏がありますので、それで十分です。話を止めてしまい申し訳ございません。どうぞお話をお続けてください」


「そうか。分かった」


 彼女はポケットから絆創膏を取り出し、血など出ていない指に巻いた。

 

「っはぁー」


 小さくため息をつき、疑いのまなざしを俺の方へと向けてきた。

 変なところで墓穴ぼけつを掘ってしまった。失言ピンチ。

 見ているからこそ、ノートが真っ白かどうか分かる。

 見ていなければ白いかどうかも分からないからな。


「桜咲君、ページは本当に白だったの?」


「……え、あ……はい」


 彼女は手から離れたシャープペンシルへと視線を向ける。


「私、本当に何も書いていない?」


 真剣なまなざし、その瞳の前では嘘などつけない。


「白状します。なにかは書いていました」


「やっぱり書いていたんじゃない」


「でもぐちゃぐちゃで読めませんでしたよ」


「ぐちゃぐちゃ?」


「はい、半分寝ているときに無意識に書く文字くらいぐちゃぐちゃでした」


 彼女は自分のノートを少しだけ開けて確認した。

 例の文字が書かれたページを見つけると、ジッと見つめる。


「……なにこれ、字なの? たしかにぐちゃぐちゃで読めないわね」


 彼女自身も何が書いてるか読めない様子。

 首をかしげながら、それでもどうにか理解しようとしていた。

 なぜそこまで理解しようとしているのだろうか?


「……私の考え事……この文字……まさか……」


 やがて無意識に描いた文字を理解したようだ。

 彼女は頭を抱え、疲れたような表情を浮かべた。

 小声で「こんなの私らしくないわね」と呟く。


「ねぇ、桜咲君、私、変なこと口にしてなかった」


「え、あ、え……えっと……それは……」


 ここが人生のターニングポイント。

 本当のことを言えば、何か変化が起きる。

 嘘で隠せば、今までと変わらない日常が続く。


「いえ、何も聞いてません」


 俺は逃げた。


「信じてください。何も読んでませんし、何も聞いてません」


「……」


「本当です」


「……分かったわ。疑ってゴメンなさい。私って昔からたまにこうなることがあって……なんか考え事をしちゃうと、ついつい無意識で何か書いたり言ったりてしまうのよね」


 その癖については以前から俺も知っていた。

 先週も同じような行動をしていたからだ。

 アレはホームルームの時だったな。先生の話を黒板にまとめる作業をしていた時、伏見さんは今日みたいに考え込み始めた。今後のイベントを書くところ、彼女はパンケーキやアイスクリームなどと言ったスイーツを書き記していた。

 これには担任の先生も教室にいる生徒諸君も皆が驚いた。

 先生は焦りながら「伏見君? 伏見君はどうしてスイーツの名前を黒板に書いているんだ?」と尋ねる。彼女は自分が書いてしまった関係のない物の数々に気付いた。

 伏見さんはテンパりながら黒板消しで文字を消していたのを覚えている。


 あの時の彼女が何を考えていたのかすごく気になる。

 放課後にスイーツを食べに行く予定だったのかな?

 それとも単純にスイーツが食べたい気持ちだったのかな?

 よく分からないが、なんだか可愛い印象を受けた。

 その日のお昼休み、女子友達が「クールな伏見さんがスイーツとか可愛い~~~」みたいな会話をしていたので、多分それの影響だと思われる。

 焦って照れる伏見さんかなり可愛かったなー。

 だけど、あの時は席替えをする前だったので、席が遠くてよく女子たちの会話が聞こえなかった。スイーツ好きな伏見さんの話をもっと聞きたかったなー。


 まぁ、スイーツ事件があったからこそ、考えごとをすると何かを無意識に書いたり言ったりする伏見さんの姿が印象深く残っている。なので今回の行動も、べつに衝撃的の新事実と言う訳ではない。だけど今回彼女が書き記した単語は――


 あまり穏やかではない単語だった。


「ねぇ、桜咲君」


「なんでしょうか?」


「その顔、明らかに何も知らない人間の顔じゃないと思うのだけれど。やっぱりこのノートに書いてあった文字……読めたのでしょ? 本当のことを言ってちょうだい」


「……」


 ここで見ていないと嘘を吐いてもいい。けど嘘はいつかバレる。

 本当のことを言って彼女が納得するのなら……言うしかないのか。

 だけど本当のことは言わない。嘘を真実で包み込み真相を隠す。


「どうなの?」


「読めました」


「……やっぱり」


 彼女の眉間に皺が寄る。

 予想通り怪訝な雰囲気へと変わった。

 この反応は、見られたくない部分を他人に見られた時の反応だ。

 とても穏やかではない空気。早く嘘をついて真実を隠さないと。


「『タビ()に行きたい』と書いたんですよね。山ですか? 海ですか?」


「旅??」


 俺のいくじなし。ここでとぼけてどうすんだよ。

 でも、たぶんこれでいいと思う。

 この話題は、彼女の触れてほしくない部分だと察した。


「そう、それよ。私が書いたのは旅について!」


 彼女は安心したような表情を浮かべた。


「さぁ、桜咲君。私語は終わり。先生の話を聞きましょ。無駄に思える教師の話でも、視点を変えればおもしろい発見があるかもしれないわよ」


「た、たしかに」


 彼女は笑顔でそう告げた。教師の話がためになるとは全く思わないが、ここは無難に同意しておく。伏見さんの言葉を否定したら説教を喰らいそうな気がした。


 その後、彼女が今のようにボーとすることはなく、いつも通りな感じだ。

 一時限目、二時限目、三時限目。俺の頭の中は同じ話題で持ち切り。 

 俺が見た『死にたい』って文字は、本当に『死にたい』だったのか?

 もしかしたら死にたいに似た文字かもしれない。それともただのぐちゃぐちゃが文字に見えたのかも。雲と同じで、ただのモコモコなのに動物や建物に形に見えるような現象。それに、学級委員の業務をそつなくこなす彼女が『死にたい』なんて思う訳がないし――書く訳がない。わざわざ書く理由が何も見当たらない。

 ホームルームで見たのは幻想だ。多分、俺の脳が見せた思い込み。


 見間違い。


 勘違いだと自分に言い聞かせた。


 これでいいんだよな?


 何が正しい選択なのか分からないけど、多分これでいいのだと思う。

 人には触れられたくない事情や悩みがある。伏見さんがそれを隠そうとすると言うことは、俺に知られて欲しくないと言うこと。だから俺も変に詮索はしない。

 忘れよう。今日見たことは忘れよう。

 伏見さんは俺の理想とするクラスメイト。それでいいじゃないか。

 それでいい。彼女は皆が理想とする優等生。真面目な生徒。期待の星。

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