零の章 第十五話 さあ、君の物語を始めよう
伏見さんが自殺し、俺はショックを受けた。
暗い気持ちで下校しようと思ったが、廊下で俺は謎の声に呼び止められる。
声の主はなんと、俺と瓜二つの存在で俺と同じ名前の桜咲日々喜だった。
彼が俺に伝えたのは『終焉の日』と言われる大災害の話であった。
「で、でも、待てよ。俺らが出会ったことにより、終焉の日が12月から7月になったんだよな」
「ああ」
「じゃあ、なんでお前は俺に出会ってんだ? 俺と出会わなければ死期は12月だったのに」
「それはただの問題の先送りだ。遅かれ早かれ、俺らは出会う運命なんだよ」
「……運命……か……」
「何もしなければ、今日中にお前の人生はバッドエンドを迎える。俺はバッドエンドが嫌いでな。どうせ一度しかない人生なら、俺はハッピーエンドがいい。だからここへ来た」
理解できないが、ハッピーエンドと言う点では同意できる。
俺もバッドエンドは嫌いだ。明るいエンディングの方が好きだ。
だけど伏見理美はもういない。この時点で既にバッドエンドである。
世界を救ったところで、憧れのあの人が居なければ意味がない。
「桜咲日々喜。お前はここで潰れていい存在じゃない。現実から目をそらしてもいいことなんて何一つない。お前は一度落ち込んでも、必ず立てるヤツだと言うことを俺は知っている。だから大切な者の死を乗り越え、ハッピーエンドの向こう側へ行こう。明るい未来を共に掴もう」
彼は決意の籠った眼差しで手を前に突き出した。
「その手は何?」
「握手だ」
「どういうこと?」
「これから俺らは運命と言う強大な敵と戦う。だから協力の証として握手をするんだ」
「……」
「さぁ、君の物語を始めよう。次の主人公は――君だ」
「俺?」
「そう、君だ!」
「次の主人公は……俺……なのか?」
まるで全身に風が駆け巡ったようだ。
いや……まるでじゃない。本当に風が全身を包む。
俺は目を見開いた。次の主人公は俺なのか?
だが彼の手を取って「了解」とはならない。
「ちょっと待って。やっぱり意味が分からない。俺の物語? 次の主人公?? 何言ってんだお前。こんな才能なんてない俺みたいなモブが、主人公になれる訳ないだろ。世界の分岐点とか、明るい未来とか。伏見さんがいないこの世界に明るい未来なんてある訳ないだろ。悪質な冗談と嫌がらせならやめてくれ。俺は大切な者を失った直後で満身創痍なんだ」
くだらない。
ちょっとワクワクした自分が愚かだ。
オタクトークをしたい気分じゃないんだよ。
テーブルトークアールピージーならよそでやってくれ。
「話は終わりか? なら俺は帰る。俺は伏見さんを失ったショックで悲しいんだ。主人公だとかなんだとか、俺には関係のない話だ。俺は主人公にはなれない」
彼に背を向け、スタスタと歩き出した。
「いいや、関係ある。関係大ありだ。桜色日々喜、俺は本気だ。俺は本気でお前が主人公になれると信じている。そして俺の手を取ってくれると信じている」
無駄話に付き合う義理はない。
彼を無視した。黙って歩き続けた。
ヤツは再び――
「お前は主人公になれる!」
などと叫んだ。
イライラする。
なんなんだよ。
なんだアイツ。
ヤツの声を消し去るように、俺も叫んだ。
「なんなんだよさっきから!! 主人公主人公主人公って!!! 馬鹿の一つ覚えみかよ。今更俺が主人公になったところでなんだってんだ! 好きな女の子一人すらも救えないくそみたいな人間が、主人公になってどうするんだよ!! 救う者も、守る者も、大切な者も、もうこの世界にはねーんだよ!!」
「いいや、ある」
「ハァ?」
予想外の返しに俺はキョトンとした。
「お前の気持ちはよく分かる。俺も救いたいんだよ。伏見理美と呼ばれる女性を」
「え……なに言ってんだ、お前?」
俺は振り向いた。
彼の口から出た言葉に耳を疑う。
コイツ、正気か?
伏見さんは今日死んだんだぞ。
「なにって、事実を述べたまでだ。ハッキリと聞こえただろ。言葉通りだ。お前が主人公になって、伏見理美を救え」
どうやって救う?
一度死んだ人間は救えない。
どうやって助ける?
一度死んだ人間は助からない。
どうやってする蘇る?
一度死んだ人間は蘇らない。
あらゆる疑問が思考を埋め尽くす。
「無理に決まってんだろ。伏見さんは死んだんだぞ」
「無理じゃない! この世界には不可能もないし、変えられない運命もない!」
彼は言った。
その声に俺の体がビクッとする。
「一人じゃ無理でも、みんなとならできる。世界は、俺らの味方だ」
何言ったんだコイツ。
ガチで頭のネジがぶっ飛んでやがる。
「俺とお前ならきっとできる。1+1は2じゃない。100にも1000にもなるんだよ。奇跡を起こそう。そして理美を救おう! あの女神が作り出した物語に従う必要なんてない。俺らで変えて行こう! 俺らの運命は俺らで決めよう!」
「……」
根拠のない自信。詳細の分からない発言。
なのに、なんだか彼の言葉には力があった。
嘘だろうが何だろうが、本当のように思えた。
ハッタリではない。あの眼は本気の眼だ。
本気で伏見理美を救えると信じている。
ここまで言うからには何か考えがあるんだろう。
だったら、少しくらいは信じても損はないはず。
「なぁ、一つ聞いてもいいか。もう一人の俺」
「なんだ? なんでも聞いてくれ」
「本当に、一度死んだ伏見さんを、救えるのか?」
彼は笑みを浮かべる。
「ああ、君が誰かを救いたいと心から強く望めば救える。奇跡ってーのは神頼みなんかじゃねー。奇跡ってーのは、諦めない心が起こす必然的現象。だから俺の手を取れ。共に戦おう」
「……そうか……」
瞳を閉じた。
相変わらず何を言っているか分からない。
奇跡とか、望みとか、なんたらとか。
言葉の意味を考えたけど分からなかった。
だから心で感じることにした。
彼の熱い思いだけは本当だ。
拳に力を込めた。
結論を出す。
自分の心で考えることにした。
俺はどうしたい?
「伏見さんの笑顔が……また見たい……」
伏見さんを救える方法があるのだとすれば俺はなんだってする。
伏見さんを助ける方法があるのだとすれば俺はなんだってする。
伏見さんを生き返らせる方法があるのだとすれば俺はなんだってする。
「なんだってする」
何日かかろうが、何カ月かかろうが、何年かかろうが関係ない。
まだコイツの言葉を信じたわけではないが、ドッペルゲンガーみたいな彼の存在自体が俺にとっちゃ既に非現実だ。だったらもう、この船に乗るしかない。非現実の世界に飛び込むしかない。とことん飛び込んで全身浸かろう。たとえ失敗しても、諦めなければきっとその先にある光がある。俺は漫画のヒーローのように強くないし、ラノベの主人公のように格好よくもない。
けど、彼らと同じように、誰かを救いたいと気持ちは存在している。
だから俺は、もう一人の俺の手を取る。
「分かった。力になる。だから俺に力を貸してくれ」
「日々喜。理美を救って、行こうぜ、希望に満ち溢れた幸せな世界へ」
「あぁ、一人じゃ無理でも、お前とならできる気がする」
これは――
謎の死を遂げたクラスメイト・伏見理美を救うための――
俺の、いいや、俺たち桜咲日々喜の物語である。




