零の章 第十三話 帰りたい
伏見さんはどういう気持ちで屋上の淵に立っていたのかな?
もう知ることができないのは分かっていた。
それでも考えずにはいられない。
あの子の本心が知りたかった。心の叫びを聞きたかった。
たぶん一番近くにいたのに、一番あの子の気持ちを理解しなきゃいけなかったのに、俺は自分のことばかり考えて、相手の心が知ろうとしなかった。知ることが怖かったんだと思う。
「何してんだろ……俺は……」
やがて教師の一人が警察と共に教室を訪れた。
どうやら二組の事情聴取の番が回ってきたようだ。
残っていた生徒が一人ずつ先生に呼ばれ、別室へと連れて行かれる。
今回の事件の真実を知っている人はいるのかな?
◆ ◆ ◆
学校は午前中で緊急閉鎖。事件があったので無理もない。
放課後の部活も中止。生徒たちは速やかに帰宅するように言われた――のだが、マスコミが外で待ち構えているので下校はできない。生徒の安全面や精神面を考慮した結果、校長先生が「外が落ち着くまで教室から出ないように」と校内放送で伝えた。なので誰も外には出れない。
事件から数時間経っても、マスコミは学校の外で隠れている。
事件に対する執念と報道したいという熱意、マスコミ魂だな。
警察が退くように命令しても、奴らは虫のように壁を掻い潜る。
裏口、正門、裏門、下校道。あらゆる所にはびこるマスコミたち。
彼らの仕事熱心な姿勢に先生方も頭を悩ませていた。
コレが夜まで続いた場合、誰も家の帰れないことになる。
「……」
「みんな、今はまだ下校しない方がいい。外はまだパニックだからな」
「……」
「警察がすぐにマスコミを撤退させるはずだから、指示が出たら帰宅を――」
ガラッ。
そんな中、俺は立ちあがった。
警察なんて俺には関係ない。
マスコミなんてどうでもいい。
「おい桜咲、下校はまだ危険だって。生徒の身を守るのが校長の意向を――」
「何が危険なんだよ」
「え?」
「伏見さんは死んだんだ。それは覆ることのない事実、隠すことも隠ぺいすることもできない。もう手遅れだろ。すべては、もう終わったんだよ」
行き場のない怒りを乗せ、震える声で吐き捨てた。
「マスコミがなんだよ。どうせアイツらにとっちゃ伏見さんの死なんてどうでもいい。重要なのは女子生徒が死んだってことだけ。なら聞かれたら答えればいいだけの話だろ。そうだよ彼女は死んだ。『友人が死にました!』って言えば、奴らは笑顔を浮かべながら『つらいねー』『可哀想だね』『悲しいね』って言ってっくるだろうよ。所詮伏見さんは一人の人間にすぎない。何も特別じゃないし、そこらへんにいるモブどもと同じ価値。死んだところで画面の向こうにいる連中は一瞬しか悲しまない。一瞬すら悲しまない連中もいる。彼女の死は数日くらいは話題になるだろうが、数か月後にはエンドコンテンツ。自殺という話題が消費されつくしてお茶の間の連中は、自殺した生徒のことすら忘れるだろう」
「こら桜咲!! よくそんな言い方ができるな!! 伏見君は君の友達だろ!」
先生が声を荒げた。
強い足取りでこちらへと近づき、教室を後にしようとする俺の腕を掴む。
俺は振り向いた。
すると、俺の腕を掴んでいた先生の手から力が抜けていった。
「桜咲……お前……泣いているのか?」と短く告げる。
先生が俺の腕を離す。
俺は再び歩き出した。
「……」
顔を上げると、廊下の窓ガラスに自分の顔が映る。
「……妖怪かよ」
涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔。
廊下へと出る直前、俺は足を止めた。
「丸井先生。友達が死んで、平気な人間がいる訳ないだろ……伏見さんは俺にとって唯一の友達で、唯一の理解者……掛け替えのない存在で……俺の全てなんだよ……」
先生は目をそらし――
「……すまん。お前もつらいんだよな……」と呟いた。
早く家に帰って寝たい。
早くこんな最悪な日を終わらせたい。
現実から目をそらしたかった。
さっさと夢の世界に行って、考えるのやめたかった。
起きていれば嫌でも今日のことを考えてしまう。
学校にいれば今日のことを思い出してしまう。
教室にいればますます辛くなってしまう。
フラッシュバックのように映る様々な光景。
伏見さんと共に過ごした楽しい日々。
伏見さんと話した幸せな時間。
伏見さんの隣にいたときの至福の感情。
何度も何度も明るい光景が頭に浮かぶ。
そんな思い出が……赤い血に染まっていく。
見たくない。
ヤダ。
忘れたい。
血の色も血の臭いも鮮明に……蘇る。
イヤダイヤダイヤダ。
嫌だ。
だから俺は歩いた。
誰もいない廊下を一人で歩いた。
先生はもう俺を止めない。
ただ「気を付けて帰れよ」とだけ言った。
何を気を付けるんだよ。
意味が分からない。
「……」
頭が正常に回らなかった。
まるで蝉の抜け殻だな。
簡単な言葉でも出てこない。
もう何も分からない。
ただ一つだけ分かることは――
「帰りたい」
早く帰りたい。
帰りたいという思いだけははっきりと理解できた。
だから俺はその思いに従い、何も考えずにただただ歩き出した。




