零の章 第十一話 直前の笑み
飛び降り自殺が起きてから数分後。
異変に気付いた教師陣がようやく現れた。
彼らが叫ぶ。
「生徒たちは速やかに教室へと行きなさい!! とにかくここから離れて!!」
だが、自殺現場を目撃した直後に、全員が指示通りに動ける訳がない。
泣き崩れる生徒、倒れ込む生徒、ショックで動けなくなる生徒、しっかりとした足取りで足を進める生徒。本当に様々だった。強気者が弱気を助ける。立ち上がることのできない生徒を、動ける生徒たちが肩をかして教室や保健室まで運んで行く。
因みに俺は動けない生徒の一人だった。
地面に膝をつき、手をつき、顔を上げればその光景が目に入る。
生徒たちの間から見える伏見さんの姿は何度見ても変わり果てていた。
そんな彼女の姿を、後悔や懺悔の思いと共に目に焼きつけていた。
蘇生することを願ったが――そんなファンタジーあるわけがない。
一度死んだ人間は蘇らない。コレがこの世界の摂理だ。
「……クソッ……クソッ……」
昨日まで普通に会話をしていた『友』と呼べる存在が今はもう喋らない。
あの笑顔も、あの声も、あの姿も、もう見ることができない……。
ポタリッ――と涙がこぼれる。枯れたはずの泉から水が再び流れた。
「……」
泣いても泣いても泣き足りない。
それほど俺には君が大切だったんだ。
「どうして君は……飛び降りる直前、笑ったんだ?」
分からない。
飛び降りる前、伏見さんは間違いなく俺と目を合わせた。
その時だ。彼女は優しい笑みを浮かべたような気がした。
どうして笑った? どうして嬉しそうにする? どうして??
どうしてもあの笑みの意味が分からない。
普通『死』を前にしたら、怯えたような表情をするはず。
しかも今回は屋上からの飛び降り。上から見下ろしただけで足が震えだすレベル。
そんな状況下で、どうして笑える?
笑える人間がいるとすれば、三つのパターンしか思いつかない。
1、頭のおかしい人間。
2、高所平気症の人間。
3、死ねば異世界転生ができると信じている喜ぶ人間。
ただ伏見さんの場合、3は間違いなくありえない。
オタクである俺ならまだしも、アニメに興味がない普通の人間である伏見さんはありえない。
それに1もあり得ない。伏見さんは頭のおかしい異常者ではなくまともな人間。
2もなくはないが、高所平気症と自殺前の笑顔はあまり関係ない。
やっぱり俺にはあの笑顔の意味が分からない。
そして伏見さん亡き今、その理由を永遠に知ることができないだろう。
「ほらっ!! 君たち!! その場から離れなさい!!」
教師陣が、伏見さんの周りにいる女子生徒たちを強引に離そうとする。
生徒たちも「離して!!」「触らないで!!」「やめろ!」と抵抗する。
それでもやっぱり先生たちは大人だ。女子生徒よりも力がある。
4~5人の女子生徒たちは次々とその場から遠ざけられていく。
三人の先生たちが伏見さんの元へと近づき、誰も近づけないように手を広げた。
「君、桜咲日々喜、君も立てるか? 立てるならもう少し離れてくれ。速やかに教室へと行きたまえ。時期に救急車が来るから道を開けてくれ」
教師の一人が声をかけてきた。この距離でもダメなのか。
こんなに離れているのに、もっと離れなきゃダメなのか。
「……」
「立てるか? 聞こえているのか? おい、桜咲、返事をしろ」
「……」
立とうと思えばたぶん立てる。
でも今は立ちたい気分にはなれなかった。
全身に力が入らない。無気力。何もしたくない状態だ。
先生は「仕方ない」と言い、俺の腕を掴みながら半ば強引に引きずった。
俺が伏見さんからどんどん離れていく。どんどん遠くへと行ってしまう。
やられるがまま、呆然としながらぼそぼそと呟き始める。
「伏見さん。俺はさ、もっと君といたかった。七夕祭りに行きたかった。家族も友達もいない俺が、唯一望んだのは君といることだった。なのに神様は、どうしてたった一つの願いすらも許してはくれないのだろう? 俺……悲しいよ……」
世界には全てを手に入れた裕福な奴がいる。
その一方で、望んだ一つのモノすらも手にできない人間がいる。
世の中は不平等だと思わないか?
酷い世の中だよ。
友達が欲しかった。
そしてようやく念願の友達ができた。
なのに神はその友達すらも俺から奪う。
どうして神様はこんな酷いことをする?
家族も奪われ、友達も奪われ、次は何を奪う?
家か? 命か? 環境か? もうどうでもいい。
伏見さん亡き世界、存在する価値がなくなった。




