零の章 第十話 灰色の空
動かなくなった大切な人を前に俺は咽び泣いた。
泣いて泣いて泣いて、次第に苛立ちを覚える。
自分に対しての怒りと、相手に対するほんの少しの怒りだ。
「なんで死ぬんだよ! まだこれからじゃないか!! まだ始まってすらいないのに……。ようやく数年ごしの願いが叶うっていうのに……。今日という日を楽しみにしていたのに……。ずっと憧れの存在で、ずっと好きで、ずっと、ずっと……。君のことを目で追っていた。憧れの存在で、一緒に話していると幸せな気持ちになった。なのに……なんで……七夕の日なんだよ……。なんで今日? なんで……なんでOKしてくれた次の日に……飛び降りるんだよ……」
頭の中が真っ白になった。
「なんで……なんで……」
その言葉以外の言葉が見つからなかった。
まるで壊れたラジオのように、同じフレーズを吐き出した。
答えが永遠に出ないからこそ、頭の中で無限にループする。
「なんで飛び降りたんだよ……なんで……なんで……なんで……」
確かに伏見さんには誰にも言えない悩みがあるような気はしていた。
でもそれはみんな同じでしょ? 悩みのない人間なんていない。
俺にだって悩みはある。
友達がいないとか、家族がいないとか、学校がつまらないとか。
あげたらキリがない。
でも伏見さんと仲良くなってすべてが変わった。
つまらなかった学校も楽しくなった。
家族や友達がいなくても悲しくなくなった。
君と言う存在が、孤独だった俺の人生を変えてくれた。
だから俺も君の力になりたかった。
そして力になれているような気がした。
いつも心配していた。いつも気にかけていた。いつも見守っていた。
君が暗い顔をしているときは「伏見さん、大丈夫?」と尋ねた。
君のそばには、わざわざ俺が尋ねなくても心配してくれる人が沢山いる。
そんなことは分かってはいたけど、俺も俺なりに君が心配だった。
だからお節介だと分かっていても「大丈夫?」と聞いたのだ。
すると君は毎回、優しい笑みを浮かべながら「大丈夫よ」と答える。
「……大丈夫って……言ってたじゃないか……」
あの笑みは嘘だったのか? あの笑顔は偽りだったのか?
君の大丈夫は……信用しちゃいけなかったの……か?
俺はその大丈夫を真実だと思い、追及はしなかった。
全部。俺のせいだ。君に本心に気付かなかった俺のせい。
あの時、もう少し声をかけていれば、
あの時、もう少し話を聞いていれば、
あの時、
あの時、
あの時、
あの時、あの時、あの時、あの時、あの時、あの時。
頭の中は考えても仕方がないことで埋め尽くされた。
俺が悪いんだ。伏見さんの嘘に気付かなかった俺が……。
自分の勘の鈍さを憎む。
嘘を見破る力があれば、彼女は自殺をせずにすんだかもしれない。
「かもしれない」
全部全部全部かもしれないの話。
何かが変わっていたかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。
そもそも彼女が屋上に上がった時点で死へのカウントダウンは始まっていた。
あの時点で、俺にできることは何もなかった。どうすることもできなかった。
すべてが遅かったんだ。
大きなクッションを用意することもできないし、受け止めることもできない。
4階から落ちてくる人間を受け止めたら俺も彼女も二人とも死んでしまう。
悪い運命としか言いようがない。どうあがいても彼女の命は戻らない。
「どうすることも……できなかったんだ……」
突然の自殺。
なんの前触れもなく訪れた彼女の死。
「……前触れ……がない?」
本当に前触れはなかったか?
こうなる予兆はなかったか?
「ある……。いや、あった……あの言葉だ……」
三カ月前。席替えの日に聞いた彼女の独り言。
思い当たる節。
彼女の『大丈夫』と言う言葉に甘えて考えるのをやめていた。
思い返せばヒントはあった。なのに俺は見て見ぬふりをしていた。
彼女の叫びを知っていながら、俺は眼を逸らし続けたんだ。
「やっぱり俺が……悪いんだ……」
伏見さんは俺に助けを求めていた。
助けられる期間は三カ月もあったのに何もしようとしなかった。
あの子の事情に首を突っ込むことはダメなことだと思った。
これは俺の怠慢が招いた悲劇と言っても過言ではない。
「どうして俺は……もっと何かをしようとは思わなかったんだ?」
過去の俺を恨む。
どうして……どうして……どうして……。
「……意気地なし……」
ねぇ、伏見さん。ごめんなさい。
俺さ、弱い人間だからさ、君の辛さや悩みに気付けなかった。
たとえ気づけても、知っていても、知らぬふりをしてしまった。
もっと相談に乗っていれば違う運命があったのかな?
自分だけバカみたいに舞い上がって、情けないよな……。
何が憧れの人だ。憧れだけじゃ、ダメだったんだな。
「……」
彼女の亡骸へと目を向け、強く、強く、強く、自分の弱さを後悔した。
「本当に……ごめん、なさい」
謝罪。
今の俺には、この言葉しか届けられない。
涙を拭き、俺は空を見上げる。
今日の空は……灰色だ。




