表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歓楽等部も【無双】を目指すんで、そこんところヨロシク  作者: 椎鳴津雲
零の章 とある少年の日々
10/58

零の章 第九話 絶望の味

 何気ない日常の何気ない一日。

 非日常なんてない普通の平日……となる予定だった。

 だけど今日は違う。今日の俺らは絶望の味を知る。

 全員の視線が向けられる中、屋上に居た子が飛び降りた。

 飛び降りることは予想できた。でも動くことができなかった。

 アホみたいに口を開けたまま、見ていることしかできなかった。


 上から下へ、彼女の体が落ちていく。

 早いようで遅い、遅いようで早い。

 意味の分からない時間が流れる。

 一瞬の出来事? はたまた5秒ほどの出来事? 

 時間の概念すらも分からなくなっていた。

 だけど一つだけ確かなことがある。

 気付いた頃にはもう、全てが終わっている。

 瞬き一つ。きっとあの子の命が終焉を迎える。


『助けたい』


 頭の中でそう思う。

 でも、ヒーローのようには動けない。

 俺は弱い人間だ。

 アニメやラノベの主人公のように誰かを救うことなんてできない。

 魔法も使えないし、異能力も使えないし、霊力も何も無い。

 これが現実。咄嗟に体が動くわけがない。

 むしろ恐怖で一歩も動けない。ダサくて情けない。


 そして彼女が地面に衝突する直前、俺は瞳を……閉じだ。

 まるで現実から逃げるように、反射的に目をそらしたのだ。

 愛しい人の存在が消える瞬間なんて見たくはなかった。

 チキン野郎だ。現実を逃避することしかできないクソ野郎。


 ――ゴッ――


 聞いたことのないような鈍い音が響いた。


「……」


 飛び降りた女子生徒の体がコンクリートにぶつかった音。

 頭蓋骨か、足先の骨か、何かがぶつかった音だ……。

 即死だと思う。生きれば後遺症で地獄。死ねば天国。

 ベシャ、ブシャ、ドバ、あらゆる音が同時に流れ込む。

 目を閉じているからこそ、周囲の音が余計に聞こえてきてしまう。


 悲鳴。

        泣き叫ぶ声。

    血が噴き出す音。

      助けを呼ぶ生徒の声。


  吐き出す生徒の音。

         心の中で心臓が張り裂けた音。 

               

 聴覚が研ぎ澄まされてしまう。

 怖い。怖くて怖くて仕方がなかった。

 両手で耳を塞いでも、聞きたくない音が耳に届く。


「イヤだ……イヤだ……イヤだイヤだイヤだ……もうこんな音は聞きたくない」


 音に耐え切れなくなった俺は重たい瞼を持ち上げた。  


「――」


 20メートルほど先のコンクリートの上には……体から血を流す生徒。

 ゆっくりと、まるで絵の具を垂らしたパレットのように赤い血がアスファルトを覆っていく。浸透し、流れ、広がっていく。止まらない。血が止まらない。


 ドクンッと心臓が強く脈を打つ。

 軽い立ちくらみ。バランスを崩し、その場に倒れ込んだ。

 腰を抜かした俺とは対照的に、即座に動く生徒も何人かいた。


「伏見学級委員!」「理美ちゃん!」「伏見さん!」「理美さん!!」 


 伏見さんの方へと駆け寄っていく生徒たち。

 多分コイツらは俺よりも、彼女と親しい連中なのだろう。


「あぁ、本当なんだ……」


 飛び降りた生徒の名前は、信じたくはないが――


伏見ふしみさん」


 2年2組の学級委員、才色兼備・伏見理美さんだった。

 彼らが言うのだから間違いない。他人の空似ではなさそうだ。


 これが現実なのか? 

 これがリアルなのか?

 ゲームじゃないよな?

 アニメじゃないよな?


 現実であるはずなのに、まるで異世界に迷い込んだような感覚。

 夢でも見ているような感じだ。

 

「夢?」


 そうか。これは夢か。

 夢なら覚めてくれ。

 夢なら終わってくれ。

 夢なら伏見さんを奪わないでくれ。 


「俺から友達を……奪わないでくれ……」


 しかしこの夢が覚めることはなかった。

 なぜなら現実だからだ。伏見理美は飛び降りた。

 この事実が、どう足掻いたところで変わらない。


 周りの生徒が「救急車!」とか「先生を呼べ!!」と騒ぎ出す。

 救急車なんてもう遅い。今更先生を呼んだところで手遅れだ。

 何もかもが遅い。あの子の魂は誰がどう見てもそこにはない。


「……」


 絶望する中、腰が抜けた俺は這うようにして女子生徒の方へと近づく。


「本当に伏見さんなのか? ……違うよな……なぁ……伏見さん……」


 この目で、近くで、ハッキリと確かめたかった。

 周りの連中は「伏見さん」と言うが、きっとそれは人違い。

 お願いだ。お願いだから人違いであってくれ。

 ただの同じ髪型、同じ外見、同じ雰囲気の人であってくれ。


「なんで……なんで君は……」


 何度も自分を否定したが――運命は残酷だ。

 近づけば近づくほど、その生徒が確信へと変わる。

 その子の顔は、目も当てられないほど酷く歪んでいた。

 落ちた時、最も重いと言われる頭から落下したのだろう。

 顔が確認できなくても俺らには分かる。

 

「……伏見さん」


 飛び降りた生徒の手首に巻かれた時計は間違いなく伏見さんの物。

 何よりの証拠がある。彼女が身に着けている腕章だ。そこには『学2ー2』と書かれていた。これは二年二組の学級委員と言う意味である。俺が知る限り、この腕章をつけている生徒はこの学校でただ一人だ。すべての情報がそこにはある。探偵でなくても分かる。


「……嘘だと言ってくれよ……」


 歯を噛み締めた。

 拳に力が入る。

 唇をかむ。

 顔をしかめた。

  

「……」


 なんで……なんでだよ……。

 次第に目から涙がこぼれる。

  

「なんで!! なんでなんだよ!!」


 気づけば俺は叫びを上げていた。

 伏見さんの周りには、涙を流す生徒が沢山揃っている。

 俺は大勢の輪の中には入らず、少し離れたところで泣いていた。

 今まで出したことのないような声で泣いた。

 祖母が死んだときも、母が家を出たときも、父に捨てられたときも、俺は泣かなかった。

 そんな俺が、今までの人生で一番泣いているかもしれない。

 情けない。泣くことしかできないなんて……本当に情けなくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ