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第五話 野菜茶片手の後夜祭

「しかし思った以上にうまくいきましたね。燕月妃のところに、炎巓殿下は向かわれたそうじゃないですか」

「ああ。作り話もうまく信じたようだな」


 大祭翌日の夜、彩花の元には暁綺がやってきていた。

 花は既に回収済みで、暁綺が処分を間違っていない限り造花だと発覚することはないだろう。


(なかなかいい出来だったから焼却は勿体無いけれど、こればかりは仕方ないわね)


 自分の平穏な生活を守ってくれた花に感謝しながら、彩花は野菜茶を出した。


「今日も野菜茶です」

「だろうな」


 染色の具合や造花の立体確認の際にも毎度野菜茶を出しているので、もはやこのやりとりも不要ではあるのだが、もはや習慣のようになっている。


「でも、ようやくこれで落ち着きますね」


 造花を使うにあたって、暁綺とは綿密な打ち合わせを行った。


 まず、燕月妃の元から宝花が切られたこという話が漏れるのは必然との共通認識があったので、あえて緘口令は出さないことにした。


 そしてその上で、祭典の花卉を司る妃……すなわち静花が暁綺と密かに宝花の株を増やすことに成功していたため、祭典は滞りなく行えると燕月妃に伝えた。

 そうすれば少なくとも燕月妃からは積極的に情報が流れることはないと判断した。

 失態を周囲に伝えたいわけがないし、万が一、予備の花まで傷つけられてしまえば今度こそ大祭が行えなくなるかもしれない。そうなれば本番までは真偽のほどは不明として黙る。一方で絶望する必要は無くなったので普段通りの振る舞いも行える。

 そんな状況下で、燕月妃には積極的に言いふらす必要はないものの、尋ねられればいつ答えても問題ないと伝えていた。


 残る問題は暁綺が怪しいと感じていた宦官だった。

 あえて彩花に嫌疑をかけようとしたものを含め、炎巓の息がかかった者だということは強く疑っていたが、他にも同じような者が潜んでいるのであれば纏めて追い払いたいと考えた。

 当初はそのためにはどう振る舞うべきか悩んだが、計画を纏めた後、はっきりと宦官たちの前で言い放った。


「現在問題になっていることは何もない。滞りなく大祭の準備を続けよ。今回の件を調べる必要はあるが、私が個々に指示する」


 それを聞いた宦官たちが戸惑った表情を見せたのを暁綺はしっかりと見た。

 戸惑いの中でも、それぞれには微妙な差は生まれる。

 そうなれば表情を読むことを得意とする暁綺にとって炎巓につくものを推定することは容易かった。


 加えて、炎巓派の宦官は『正しい情報』を炎巓に届けることだろう。そうすれば『偽の本物』でひっくり返せる。

 そう踏んでいた。


(花がないのに無理に進めようとしていると伝えたことだろうな)


 結果、炎巓はひどく狼狽えていた。

 未だ暁綺は事件が炎巓の指示だったと示す証拠を得られていないが、牽制は十分できたはずだ。

 そうなれば、少なくともしばらく彩花にとって平穏な生活が送れるはずだ。


「しかし、お前もよくこのような策を思いつくな」

「お褒めに預かり光栄です。生き延びるためですから……と言いたいところですが、最終的にお決めになったのは陛下ではございませんか」

「何を。お前の提案を了承したにすぎないだろう」

「いずれにしても、無事に終わって何よりではないですか。陛下も私も、ここを出て行かずに済みますね」


 もしあのとき、宦官が自分に疑いをかけてくれていなかったらと思うと彩花はゾッとする。

 自分の失敗からならば仕方がない面もあるが、自分にはどうにもできない、人の謀略に巻き込まれるのはごめんだ。まさに疑われたことが結果としてよかったのだ。


「……お前、前から思っていたがやはり妃らしくないな。姿勢や作法は問題ないが、言葉がいささか令嬢らしくない。琇家はそのようなものなのか」

「令嬢らしくない、でございますか」

「ああ。あまり社交的ではないと聞いているが、慣れていない故か?」


 確かに静花は社交慣れはしていないが、もっとお淑やかであった。ただし彩花が同じようにしていれば、使用人としても生き抜くことは困難であっただろう。


 だがその説明をするならば、前提として得なければならない了承がある。


「陛下。唐突ではございますが、私とのお約束を覚えていらっしゃいますか」

「ああ。願いを一つ聞くというものか? どのような褒美がいい?」

「私の生命と生活の安全を保障してくださいませんか」


 この条件が整えば、借り物の自分の立場は一つ確かなものになる。

 だが、当然のことながら暁綺の想定外の希望だ。


「唐突だな」

「陛下にとってはそうでございましょうが、私にとっては切実なものでございます」

「断る理由がないことだ。私のできる範囲であれば、保証しよう」


 それは今回のように例外的な事象は対象ではないということだろう。

 さすがに彩花もそこまで保証を求めるのは無理だろうとわかる。


「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらであるはずだ。その程度のために私と共犯になったわけではなかろう」


 本当の願いはなんだといわんばかりの暁綺に、彩花は首を振った。


「本当にそのためなのです。私は本当の琇静花ではございません。ですから、身代わりが発覚しても大丈夫だと安心を得てから、その事実をお話ししたかったのです」

「は……?」

「私は彩花と申します。琇静花様に救われた、瓜二つの顔を持つ下女でした。皇帝陛下、命の保証をしてくださったこと心より御礼申し上げます」

「おい、ちょっと待て。説明しろ」


 暁綺から勢いよく声を挟まれ、彩花は眉を寄せた。


「……まさか前言撤回はありませんよね?」

「しない。睨むな。だが今の説明では把握できない」

「かしこまりました。では……」

 

 もとより説明するつもりはあった彩花は、そこからすらすらとかいつまんで説明した。

 娘を後宮入りさせたくない琇雲海が彩花に身代わりを命じたこと。静花は反対していたが、決定が覆ることはなかったこと。そして本物の静花は現在“彩花”として琇家に養子入りしていること。

 仮に『実家』に戻ることになれば、自分の居場所が本当にないこと。


「……お前に侍女がいないのもその影響か」

「まぁ、必要ありませんけどね。自分のことは自分でできますし、畑仕事も大した量ではないですし、うるさく言われませんし」

「趣味の栽培に走っている域だしな」


 心配する様子を見せた割にあっさり納得するのもどうかとは思うが、反論されるよりはずっといい。


「しかし、なぜ偽物だとわざわざ自分から申告する。変な女だと思われているだけならば、隠していれば良いだろう」

「私も当初はそのつもりでした。ですが、嘘が発覚する可能性もあると思い直したのです。普通はあり得ないことなので想像もされないでしょうが、宝花を切るような者が現れる場所です。何らかの拍子にばら撒かれた噂が本当だった、みたいなことになりかねないと思いまして」


 隠す予定だったと明言するのもどうかとは思うが、安全が保障されているなら偽るより話した方がいい。

 そう判断した彩花は躊躇わない。


「まあ、お前が何者であれ私を害するつもりがないのはわかる。だからこの茶も毒味なしで飲める」

「ありがとうございます」

「それに此度の褒美が、お前の希望には合致するから都合も良い。琇第二十等雲妃は琇一等星妃に昇格だ」

「どうしてそうなるんですか」


 必要ないことだ。

 そう彩花が言おうとすると、暁綺が手で制した。


「お前は私と共に密かに国花の栽培に成功したということになっている。褒美がなければおかしなことになる」

「だからって、一体何人を追い抜かす昇格ですか。平穏のためには変な恨みを買いたくないのですが」

「平穏に暮らしたいなら、警護を付けやすい地位の方がいいだろう。もっとも、お前がいなければ自分達が後宮から出ていくことになったことは把握している者ばかりだ。内心どう思っていようが、堂々とは手を出さんだろう」

「陰湿にされても困るんですが……というか、地位が上がっても私の住まいはここで構わないですよね? 畑を手放したくないのですが……」


 場所としては下級妃の宮殿群には当たるが、不便はしていない。

 強いて言うのであれば、中央から距離があるため暁綺には少々歩いてもらってはいるが。


「……そのような理由で移動を拒む妃は初めてだと思うが、移動はない方が私も助かる。実際にはない、栽培の秘密を探られては困るからな」

「でも、こうなったからには本当に栽培に成功したいところではあります」

「毎年分球はしているのだがな。一つしか育たないのが問題だ。まぁ、いざとなれば予備は枯れたということにすればいい。本体が残っていれば問題ない」

「すぐに枯れたというのも、陛下の功績に傷をつけることになるのでまずいでしょう。とりあえず、当面は実際に株分けできないか私も試してみます」

「ああ。どうせこのまま宝花の世話係もお前になるしな」

「……どうしてそうなるのですか?」


 分球をもらう程度のつもりだったのだが、当たり前のように言われて彩花は暁綺の考えを正気かと疑った。


「燕月妃からの嘆願だ。まあ、わからなくもない。そのためにお前を星妃にしたのもある」


 確定事項だと言わんばかりの様子に、彩花が反論したところで何の影響もないのだろう。

 そもそも本来身分が上がることを拒否する妃などいないはずである。


「……そういえば、月妃って席次はないのですか?」

「ない。一応宮殿の名前が新月殿、上弦殿、満月殿、下弦殿とわかれており、宮殿で職務を振り分けてはいるが、高い地位故に席次があれば面倒だろうと、制度を作った当時の役人が考えたんじゃないか」

「他人事みたいですね」

「事実、妃の推薦は各家の推薦に基づき親皇帝派の役人が好きにやっている。私は了承しただけだ」

「へぇ……って、ちょっと待ってください」


 各家の推薦。

 それが意味するところは、琇家も推薦を行ったということだ。他家がわざわざよその家の娘を推薦するだろうか?


(下級妃になることがわかっているなら、下剋上狙いか、人を融通することで利益を得るかだけれど……)


 雲海が下剋上を狙っているとは思えない。

 雑用係を差し出すことで何か得をしたか否かは不明だが、一つだけわかることがある。


「私、ものすごく都合よく厄介払いされたってことですよね!!」

「だろうな」


 静花のためだと彩花は思っていたが、そこから仕組まれていたとは何とも言えない気分になる。

 自分が追い出されたことは構わない。

 ただ、静花を苦しめるような方法だったことにはいい気はしないのだ。


「まぁ、今更気にしたところで仕方ないだろう。悪いようにはしない。安心しろ」

「お手数お掛けいたします」

「まぁ、あえて必要以上に琇雲海を取り立てることもないがな」

「ええ、それを雲海様もご期待はされてませんでしょうから十分です」


 しかしこのような状況であれば、おそらくこれからも炎巓は暁綺に絡んでいくのだろう。

 平穏のため暁綺には是非頑張ってほしい。

 そう、彩花が思っていると暁綺は立ち上がった。


「今日はそろそろ戻る。また来る」

「え? ここへいらっしゃるご用件は、もう終わりでは?」


 いわゆる渡りではないだろうと彩花が首を傾げると、暁綺は「ああ」と思い出したような声を出した。


「なかなか野菜茶は癖になりそうな味だからな。あと、皇太后陛下がお前に会いたいそうだ。騒動の真相はご存知だ。礼を伝えたいそうだ」


 その言葉に先程願った平穏な暮らしが遠ざかったように気がした。


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