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第四話 春季大祭の主役

 宝花が切られたとの知らせを受けた時、暁綺ギョウキは自分の認識の甘さを恨んだ。


 先帝が崩御し、冠を受け継いで二年。

 すでに皇帝となっていても、未だ異母弟を推す勢力からの嫌がらせは続いている。

 だが、まさか後宮に、そして国宝に手を出すとは思っていなかった。


 自分を引き摺り下ろすための手段を選ばない異母弟に手を貸す者が、後宮内にいたのかもしれない。後宮の人選自体は親皇帝派に任せたが、一部に反皇帝派が混じったり、元々は問題なくともその後買収された者がいるのかもしれない。


 だが、今は春季大祭をどうするかという問題を解決する方が先決だった。

 犯人が見つかったところで、花が生き返るわけではない。


 それなのにあえて過去の時間を持ち出し、すぐに下級妃の元に向かうよう手配した宦官のことを怪しいと暁綺は思った。まるで誰かの脚本に沿って動かされているように感じる。


 だが、部屋にこもっていれば執務で途切れることなく人が訪ねてくるため、考えを纏めることは不可能だ。


 だからあえて皇弟派だと思われる怪しい宦官の提案に乗り、その様子や意図も不自然なものがないか確認するつもりだったのだが……容疑をかけられた下級妃は普通とは異なる、なかなか面白い人物だった。


(動揺どころか、偽の花で誤魔化さないかと提案するとは……)


 野菜の茶や揚げ物を自分で作り皇帝に出す妃がいるとは、暁綺は想像していなかった。

 それだけでもなかなかたくましいと思わせるのに、なかなか豪胆な、名前に似合わない令嬢だと思わずにはいられない。


 しかも、その花を自ら作るとなれば尚更だ。


 求めたのは最上級の薄い絹のハギレと多数の糸、細い針金、それからあれば割れた硝子の器だった。どれもこれも廃材で揃うため、彩花が集めたところで不審には思われない。

 その後は何度も染色具合や花の形を確認しつつ進め、大祭三日前に無事花は完成した。

 その時の“静花”の喜び具合はなかなかのもので、思い出すと今でも暁綺は笑いそうになる。

 なかなか素直な表現を目にすることは暁綺にとって新鮮だ。

 

(さて、本番となるわけだが……。うまく騙されてくれよ)


 そう願いながら、暁綺は皇帝が座るべき場所へ向かった。


 そして、開会の宣言を行ってから椅子に腰掛ける。

 すると間も無く一つ下座に着席している異母弟から声が掛かった。


「今日もご健勝のようで何よりです、兄上」

「お前も気分が良さそうだな、炎巓(エンテン)

「お陰様で。兄上のご気分はすぐれないのではと聞いていたので意外です」

「お前にそう言った者の視力はどうやら悪いようだ」


 炎巓の機嫌の良し悪しはわかりやすい。口の端が上がっていれば機嫌がよく、右目がピクピクと時々動くようであれば苛立っている。

 祭典等堅苦しいことは全て嫌う炎巓が上機嫌でいるとなれば、宝花の情報を掴んでいるか、主導しているかのどちらかであることは明白だ。

 わかりやすいことこの上ないが、そもそも証拠を残していないと判断した上で気付かれても構わないと思っている可能性も考えられる。


「今回も見事な宝花を準備されているのでしょうね。あの色彩は遠くからでも見紛うことが絶対にありません」

「そうか。ならばじっくりと見るべきだな」

「よろしいのですか?」

「何か問題でもあるのか?」


 サラリと言って返せば、炎巓は少し言葉に詰まった様子を見せる。

 ここで動揺を誘いたいと思っているのなら、まだまだ甘いと暁綺は思う。そして、その隙は自分にとって有利なものだ。永遠に失われてほしくはないとも思う。


「間も無く宝花は到着するぞ。しっかりと見ておけ」


 そう言いながら、暁綺は立ち上がり中央に向かう。その後、やがて現れた巫女から花を受け取る祭壇前へと移動した。

 巫女は“静花”に命じていた。


 造花を一番近くで持つ者は、いくら美しい作りであっても作り物だと気付く。それを考えると巫女役は作成者が妥当だと、暁綺は大役に少々難を示す“静花”を説き伏せることにした。元々“静花”の発案なので巻き込まれる覚悟はあるはずだろうと指摘すれば、観念したようだった。


 巫女に台詞は用意されていない。

 ただ、丁寧に花を捧げるだけだ。

 暁綺は受け取った“宝花”を祭壇に捧げる。


 花を捧げた暁綺は祝詞を口にしてから席に戻った。

 そこでは頬を引き攣らせている炎巓が強く拳を握っていた。


(あるはずのない本物があった、と驚いているのだろう?)


 実際に手に取らず、この距離から見るだけなら自分も騙されただろうと暁綺も思う。

 本来の宝花を見たことがない“静花”は暁綺から大体の色を聞き取り、近いと思われる色を多数染めた。暁綺はそれを一つ一つ見比べ、花弁として重ね合わせ、確認した。


(炎巓は自信を持っていたが、そもそも色合いなど年に二度見る程度では細かい違いを判別できるわけがない。それよりは、いかに本物の花に見えるかどうかが問題だった)


 そして想像以上のものを完成させた“静花”はまるで職人だと思わずにはいられない。


(どれだけ見ても、偽物だとお前は言えないだろう?)


 残された茎や葉は本物だ。それを繋ぎ目もわかないほど上手く繋げたことも見事としか言いようがない。

 ただただ騙されるがいいと心の中で思い着席しながら、暁綺は胸がすく思いがした。


「見たいと言っていたな。よく見ておけ。蝋燭の光が雫に反射し、輝いている様もなかなかだろう」

「そんな、まさか」


 雫は硝子の破片を静花が磨きに磨き、形を整えたものだった。

 そこまで凝る必要があるのかと思ったが、一般的に布地に水が吸い込まれずに止まると考える人はそう多くなく、偽装には良いと言っていた。


『でも、やりすぎはダメですよ。全ての雫が花弁から滑らないのも変ですからね』


 そうして運んでいても滑り落ちず、かつ美しくみえる位置に静花はガラス片を留めていた。それも、糸で固定しているはずなのに本当の間近でなければ見えない、ずれないという、暁綺からすれば『一体どうなっているんだ』という技術だった。


「そういえば、面白い噂があったな。私が退位するかどうかというような事態をひき起こそうとした輩がいるという話だが」


 この場面での言葉に、炎巓はひどく動揺していた。

 この程度で感情を隠せないようであるなら、人の地位を狙うなと思いながら暁綺は言葉を続けた。


「そのようなことを起こした者がいれば、たとえ皇族でも首が繋がったままではいられないというのに。なあ、炎巓?」

「はは、その通りですね。まったく、何を考えているのだか」


 声は何とか搾り出してはいるものの、言っている意味が通じているのだろう。

 炎巓は暁綺の方を見ようとしない。

 だから暁綺はもう一言、付け加えた。


「だが、噂で終わらせるつもりはない。背後に私を軽んじる者、陥れようとする者がいるのであれば、突き止めねばならないからな」


 炎巓の顔色が悪くなるのがわかる。

 これはまだ証拠となりうるものを残しているということなのか、それとも残していないはずの証拠を掴まれているという恐怖に対する表情なのか、残念ながら判断まではできなかった。

 だが、いずれにしても逃すつもりがない上での宣戦布告だ。

 面白い妃に巡り合わせてくれたことには感謝するが、何人が冤罪で責任を負うことになろうとしていたのかということを見逃す理由にはならない。


 これまで嫌がらせのようにじわじわとしてきた行動が、どこかで一気にカタをつけようとしたものに変わった理由はわからない。

 ただ、せっかくもらった機会だ。

 ここは有効活用させてもらおうと暁綺は思った。



※※※



 炎巓には大祭の状況が信じられなかった。


 証拠は目にしていたはずだった。

 上級妃である燕月妃の元で育てられていた花は切らせたはずだった。

 その役割を命じた相手も普段から人の命を終わらせることを生業としているので花程度なら問題ないと言っていたし、実際に切った花も見たはずだった。そして、その後は焼却したはずだ。


 だが異母兄の、あの何もかもを見透かしたような顔はこのような事態にも備えていたと言っている。しかも、ようやく尻尾を掴んだぞと言いたげな顔だった。


(クソ、何故だ)


 あの花は株を増やせないはずだ。

 何百年もたった一株だけが育ってきた。

 自分の代でも必要になるものであるから、花のみを切らせたが……一体何が起こったのか炎巓には理解ができない。


(だが、逆に兄上も何か隠しているはずだ)


 少なくとも花に関する何かがなければ、この事態は説明できない。

 そうなると、少々危険だとは理解していても炎巓にはいかずにはいられない場所があった。


「おい、燕月妃」


 大祭の後、後宮へ戻る妃を炎巓は呼び止めた。

 上級妃であり、皇后に近い位置とされ、宝花を育てることを命じられている燕 瑛紗は炎巓から見ても非常に見目麗しい女性だ。

 暁綺の妻であるが故に罪を被ってもらおうと思っていたが、それがなければ自分が妻の一人にしたいと思うほどだ。


「まあ、炎巓殿下。いかがなさいましたか」


 機嫌が悪いのを察し『ご機嫌麗しゅう』とは言わなかったのだろう。

 この機転の利き方も嫌いではないが、今は鬱陶しいと思った。


「お前が育てていた宝花が一度切られたという話を聞いた。真か」


 皇族への嘘は不敬罪となる。

 たとえ緘口令が敷かれている事柄であっても、特例となる。

 尤も皇帝が本物の花があると見せた以上、炎巓の言葉を否定したとて、証拠はない。それでも確認せずにはいられなかった。


「……お恥ずかしいお話ですが、その話は真実でございます」

「では、今日の花は一体なんだ」

「一体なんだ……とは。炎巓殿下のお耳にはまだ入っていないのですね。今日の宝花も、もちろん本物でございます」

「どういうことだ」

「実は密かに陛下が草花に対し知識が深い雲妃の一人と協力し、宝花の栽培に成功していらっしゃったのです。もしそれがなければ、此度の大祭は開催されることがなかったでしょう」


 炎巓はその言葉に衝撃を受けた。


「は……。栽培に、成功だと?」


 暁綺はそのような話はしていなかった。

 先ほども極々一般的な様子で、あたかも何も事件が起きていないかのように装っていた。


(いや、違う。事件が起きていても、兄上にとっては傷にすらならない事柄だったんだ)


 目の前で瑛紗が、もし栽培の成功がなければ自分の一族が滅んでいたかもしれない、本当に陛下と雲妃には感謝していると、徐々に体を震わせて涙を流し始めても、炎巓にはもはや興味が持てない。

 いや、持つ余裕がなかった。


 何百年もできなかった株の栽培を成功させた業績は、たとえ何者かによって宝花が切られていたとしても傷になることはないだろう。予備があるなら責任論よりも切った方が悪いという風潮に持って行くことは難しくない。

 むしろ、そのような非道なことをしようとした連中がいると周囲に知らしめることもできる話だ。

 だが、そうしなかった理由はなんなのか。


(警告、か……?)


 一度は見逃してやると言うことなのだろうか。兄が甘いと思っても構わないのだろうか。

 それとも幽閉どころではなく、一気に自分をこの世から排除することを狙っているのだろうか。

 炎巓は背筋が凍る気がした。


 兄は昔から底が見えない部分があった。

 それでも勝てる可能性を考えていたのは、底が浅い可能性も考えていたからだ。だが、今はただただ恐ろしい。


 しかし、尻尾を掴まれて何もせずにいては破滅しかない。


「……燕月妃。その雲妃の名は」

「琇 静花様でございます」


 自分より下級の妃の名を敬意を持って口にする瑛紗に、炎巓は心底憎い女の一人だと思うほど苛立った。そしてその感情は、まだ知らぬ“静花”へも向かった。



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