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第二話 畑と造花と

 やはり侍女を伴わない事例はいくら下級妃とはいえこれまでなかったらしく、彩花の登場に女官長は少々狼狽えていた。

 ただし彩花が堂々としていたからか、もしくは琇家の経済状況を誤解したのか、それとも詮索しないのが後宮の掟なのか不明ではあるが、もし人手が必要なことがあれば相談してほしいと伝えられた。


(ただ、三ヶ月が経過しても今の一人で何の問題もないのよね)


 与えられている仕事が畑仕事とはいえ、儀式用に必要となるのは種類は多岐にわたれども大した量ではない。あくまで形式的なものだと思わせられる量だ。だからその世話と自分の居室の周りの掃除だけであれば時間が余る。


 その結果、彩花は自分で畝を増やすことにした。


 後宮にいるというだけで給金がもらえるので、初めは女官に依頼し種を手に入れることができるだろうと考えたが、積極的に勤めに励んでいると誤解された結果、求める種は無料で手配されている。


(到着時に既に植えられていた人参は儀式で使っても余るはずだわ。食べ頃のものは調理してしまいましょう。後は花ももう少し増やして、染色にも励みましょうか)


 夜は夜で時間があるので、手芸に励み小物の作成を行なっている。

 こちらもあまり手持ちの布がないので購入しようとしたのだが、ハギレ布がほしいと伝えれば「廃材でございますね」と言われ、これまたたくさん手に入れることができた。

 特に白色の布は上等なものにも関わらず大量にあったため、畑の隅にある草花等で染色をして使うことを楽しみしているのだ。


(後宮に来た、と言っても私が実際に皇帝陛下と会うこともないし、ただただ平穏な日々で平和ボケしてしまいそう)


 畑がある関係で、下級妃にも関わらず広い四号院も一人で使い放題だ。

 ただ、それゆえに女官以外との交流がない。

 侍女がいないため事あるごとに自分で後宮内を歩くので他の妃や侍女とすれ違ったり、遠目に見ることはあっても、話しかける機会はそうそうない。

 そのため今は近くに住む下級妃と少し距離でも縮めてみようかとも考え始めている。


「……とはいえ手土産の一つもなければ様にならないわね」


 高価なものは、自らの衣装を含め何もない。

 だが女官たちの噂を耳にする機会が増えるにつれ、彩花が対面できる妃ならば高価なものを贈ることで逆に困るだろう者が多いことは何となく把握できている。

 雲妃は等級により職務に差があるとはいえ、基本的に特別格が高い家の娘ではない。中には財で成り上がった家の娘もいるようだが、どちらかといえば質素・堅実で真面目に仕事をこなしそうな娘が多く選ばれているように見える。


(自ら求めていない品のお返しにあまりお金はかけたくないでしょうね)


 加えて仮に多くの宝石で彩った簪を送ったところで、同じ下級妃が日常的に身につけることは難しい。

 かといって人前に出る時に利用するものなら、似合うものをすでにあつらえているだろう。


「となると、ここはお嬢様にも気に入っていただいた花をたくさん作りましょう」


 そう決めた彩花が取り出したのは、布でこしらえた牡丹である。

 作れる花は牡丹だけではない。彩花が見たことがある花は一通り作ったことがある。


 布で花を作ることは決して一般的な技術ではない。

 彩花自身も街中でも見たことなどないし、静花に贈った時にも『このようなものは初めてです』と喜んでもらった記憶がある。つまり、上流階級にもそのような風習はない。


 確かに布で作っている以上、たとえば簪にしても金銀珠玉で彩られたものに比べれば輝きは不足している。

 しかし宝石を使っていても、玉があまりに小さければ目立たない。

 しかし生花のように美しい花を作れば、遠目では高価な簪にも負けない美しさがあると彩花は思う。それに少し贅沢をして小さな珠を花芯などとして利用すれば、光を受けた時に輝きも放つ。


(今から思えば、最初の花はちょっとアレだけど……お嬢様に喜んでもらおうと頑張ったおかげで今は綺麗なものが作れるようになったのよね)


 幸い花芯に使うような珠は穴を開けるので、多少傷があっても問題はなく、仮に簪として使用しなくても、部屋の飾りとしては役立つはずだ。


「屑石を花芯に使って椿を作っても豪華なのだけれど、季節は少しずれるわね……。どちらの方がいいかしら? 両方作ってみて、それから考えよかしら」


 規格外の屑石であれば下町でも小遣いをためれば買えないものではない。

 ましてや今の給金であれば全く問題がない。


「野菜も花も好きに植えることができて、肥料も欲しいだけ自由に使え、布も与えられて……。本当に、贅沢な暮らしだわ」


 ただ、もし本当の静花がこの場にいたのであれば、過酷な生活だと感じていたかもしれないとも同時に思う。

 畑の世話は侍女に任せられるかもしれないが、監督する責任はある。その際、慣れない日差しに倒れても不思議ではない。土で履物が汚れることにも、きっと困惑することだろう。


「お嬢様、私が代わりにお役目は果たしますので、今日も明日も元気でいてくださいね」


 しかし、平穏というものはある日突如崩壊するものである。


 それはいつも通り朝一番に水やりのため、井戸水を運んでいた日のことである。


「琇 静花を呼べ」


 そんな宦官らしき者の声が聞こえ、振り返るととんでもない光景が広がっていた。

 宦官は彩花に声をかけた一人だけではなく、大勢いた。

 さらに一人最上級の絹でできているだろう衣を纏う、どう考えても皇帝だと思われる人物がいる。


 そのような状況下で自身の仮の名を口にされては、何らかの面倒ごとが発生したと思わざるを得なかった。

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