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第十三話 『本物』

 大方犯人は捕えることに成功したと言って差し障りないと暁綺は思うが、いずれにしても当事者である“彩花”に話を聞かないわけにはいかない。

 そして、その聴取は自ら行うことにした。


「面を上げよ」


 そうして対面した“彩花”は、確かに顔の作りは彩花によく似ていた。ただ色白さや荒れてない指先以上に、顔つきは異なっていた。


「人払いはしている。本音を話せ」

「本音、でございますか……?」


 起こったことをありのままに話せという命令にしては言葉が持つ意味が異なると“彩花”は感じたのだろうと暁綺は思った。

 だが、事実暁綺はそのような意味で言っていない。


「騒ぎの関連についても聞く。だが、その際に取り繕う必要もない」

「それはどのような意味で仰っているのですか」

「お前が本来の琇静花であることは知っている」


 その言葉に静花は固まった。

 どこから漏れたのか、どう振る舞うべきか、そのような考えが急激に脳内を巡ったのだろう。

 だが、いずれにしてもその心配は不要だ。


「咎めるつもりはない。そう約束をしている」

「彩花と、でございますか」

「ああ」


 静花はまだ警戒をしているものの暁綺から目を逸らすことはなく、少なくとも怯えの感情は排除されたようだった。


「先ほど陛下は騒ぎについても、と仰いました。他にもお尋ねされたいことがおありなのですね」

「ああ。まぁ、どちらかと言えば忠告であるが」

「仰ってくださいませ」

「今回のことは不問に処す。お前が何も話さなかったのは事実であるだろうし、それは最善だっただろう。拉致された時点でお前にできることはなく、先に情報を掴むこともできなかったはずだ」


 忠告とはずいぶん異なる言葉に静花は思わず頭を下げた。

 しかし暁綺はその所作など気にも留めなかった。


「だが、今後本当に騒ぎを起こせば一族をどうするかわからない。安全が保証されたわけではないと覚えておけ」

「琇家は陛下に忠誠を誓っております」

「しかしお前は彩花を嫌っているだろう」


 突然の指摘に静花は息を止めた。

 だが、それは単なる驚きだったといわんばかりの柔らかい表情をすぐに取り戻す。


「彩花は私を慕って仕えてくれておりました。此度も私は止めましたのに、父の命とはいえ私の体調を気遣って後宮に向かって……。嫌う理由がございません」

「本音を話せと言ったはずだ。理由はわからんが、妬みの顔は見苦しい」

「妬んでなど……」

「表情を作るのが上手いのは認めよう。だが、人の顔色を観察するのは立場上必須でな」


 だから間違うわけがない。

 そう余裕を持って言う暁綺に、しばし静花は沈黙したものの、やがてくつくつと笑った。


「陛下ともあろうお方が、人の顔色を窺っていらっしゃるとは想像しておりませんでした。何でも思い通りになるわけではないのでございますね」

「なるわけがなかろう」

「けれど、自分の意を押し通す力は十分にお持ちでしょう。それなのに……なぜ、偽物の令嬢を妃を追い出すことなく、逆に皇后の位まで授けたのですか」


 本性が把握されていると認識した静花は今までのような柔らかい表情は浮かべず、少々垂れがちな目であっても鋭い眼光を持っていた。


「怖いもの知らずな質問だな。仮に入れ替わりが私の怒りに触れていれば、お前も琇家も無事では済まないだろうに」

「わざわざ人払いをしてお話しされている状況です。それに、陛下は咎めないと既に約束されているのでしょう」

「やはり肝が据わっているな」


 儚げな印象など既に与えないだろう雰囲気で、けれど静花は微笑んだ。


「別に琇家に期待していないが、あいつは面白い」

「そのような理由だけで、ございますか」

「十分過ぎるほどの理由ではないか? 逆境を跳ね除ける胆力もあれば、それができるだけの実力を地道に……それこそ、本人の無意識下で育てられる娘などなかなかいるまい」


 くつくつと笑う暁綺に静花は冷めた表情をしている。


「偽物の花を摑まされたというのに、ずいぶんとご気分はよさそうですね」


 あえて挑発するような言葉を選んだのだろうと、暁綺は思った。

 聞いていた話とは異なるずいぶんと気の強い様子ではあるが、それを通常ならば隠し通せるほど装っているのであればなかなかのものではないかとも思う。

 これくらい図太い相手で、かつ弱みを握っているのであれば部下としては使いやすい。


「偽物の花か。面白いこと言うものだな」

「ご気分を損ねましたか?」

「いや? 私の中では本物の華であるから、お前の戯言など気にはならんな」


 その言い切りに、静花は面白くなさそうな表情を浮かべた。


「私の回答では

不服か?」

「愉快ではございませんね」

「そうか。いずれにしても彩花を傷つけるのであれば容赦しない」

「私が何か行動できるとお思いですか。所詮、私は琇家の養女でございますよ」


 本当の娘であっても、今の静花は“彩花”でしかない。

 琇家の中での扱いは変わらずとも外部からは異なる扱いを受けることになるだろう。


 暁綺には静花がどのような思いで彩花を側に置いていたのかまでは知る由もないが、少なくとも妬んでいる相手の名で今後生きていかねばならない彼女が、そのことを含め苛立っているのだろうと思う。


「お前、本当はあいつのことが羨ましかったんだろう」

「……何を仰るのですか」

「私があれを褒める時、心底嫌そうで、尚且つそのようなことはとっくに知っているという顔をしていた」


 その指摘に静花は奥歯を噛み締めた。


「……私は、少なくとも不便を感じることがない環境で育ったとは思います。ですが自由だけは与えられず、期待に応えられなければ落胆されるというつまらぬ日々を過ごしております」


 現在進行形で語るのは、まさに今、装っている理由がそこにあるからなのだろう。


「もちろん彩花に自由が与えられていたと思っているわけではございません。父上の命には従わざるを得ませんし、私と異なり雑用は多々ありましたから。……ですが、それをつまらぬ日々だと思っている様子も不自由だと思う様子もなく、難題を乗り越えていく姿はむしろ充実しているように見せる姿に良い感情を抱けという方が無理ではございませんか」

「私に苛立ちをぶつけるな」

「お尋ねなさったのは陛下でしょう!」


 強まる語気を鎮める気など一切ないと宣言するような勢いで、静花は声を荒げた。


「わかっております、勝てない相手であることは。ですが、陛下も惨めになる気持ちをお分かりにならないでしょう!?」

「わからんな。だが、あれは充実しているように見せていたのではなく、実際に充実していたんだろうことはわかるがな」

「どういう意味でございますか」

「あれは、お前に仕えていることに喜びを感じていた。お前の役に立つことならば、仮に多少の嫌がらせがあっても気にならなかったんだろう。お前を慕っていることはよく知っているだろう」

「そのようなこと、誰よりも知っているに決まっているではございませんか」

「ならば自業自得だ。恨むのであれば己を恨め。私はお前に感謝しているがな」


 暁綺の言葉に静花は心底嫌そうな表情を見せた。

 ここまで正面から嫌われるという経験は立場上なかったが、実害がない以上感情を受け止めるという意味では悪くないと暁綺は思った。


「まあ、私も説教がしたいわけではない。この話はこのあたりでやめるとしよう」

「陛下から始められたことでございますけれどね」

「そう拗ねるな。詫びというわけではないが、お前にもいい話がある」

「なんですか。皇后の姉妹として良縁でもいただけるのですか?」

「名前だ。お前の名は静花の名を与えると、触れを出そう」


 その言葉の意味が瞬時には処理できなかったのだろう。

 静花の表情は固まった。


「喜ばないのか?」

「何を、お考えなのですか」

「私はあれを一度も静花とは呼んでいない。呼ぶ前に別人だと告白を受けたからな。それに、あれに静の字は似合わない。お前にも似合わんとは思うが」

「よ、余計なお世話でございます!」


 動揺で声を震わせる静花に、暁綺は笑った。

 これは照れ隠しのようなものだということは、よくわかる。

 全ての妬みや恨みをどうにかするなどできることではないが、妬んでいる相手に名前まで奪われたという意識が今まで静花の中にもあったのだろう。

 ただ、そこまで口にするような娘ではなかったようだが。


「で、ですが彩花はどうするのですか。私が皇后と同じ名を名乗るということになるのですか?」

「これまでの功績を讃え、新たな名を授ける。古い名は“可愛がっていた”というお前に授けるとなれば、不自然でもなかろう」

「どのような名になさるおつもりですか」

「『彩華』だ」


 彩花自身は彩花の名が一番喜ぶだろうと暁綺は思う。

 しかし、養女の名にあえて揃えるというのはあまりに不自然だ。

 そうなれば、彩の一文字は残してやりたいし、華の字はまさに彩花に合う文字だと考えた。


「左様でございますか」


 そっけない返答の静花が文字に込められた気持ちまで察したかどうかは、暁綺にはわからない。だが、別に伝わっていなくとも構わない。どちらかといえば、まだ伝えていない彩花が喜ぶか否かの方がよほど重大な問題だ。


「話は以上……のつもりだったんだがな。もう一つだけ追加しよう。琇静花、今後私の手足となって働く機会があるかもしれないと心得ておくように」

「何をおっしゃるのですか」

「体調が悪い時に命じることはない。安心しておけ」

「あなた様の性格の悪さを存分に感じた今、その言葉で安心できるとは思えません!」

「何とでも言え。ああ、これは命令ではないが、真っ直ぐ帰るのではなく、皇后の顔を見てから帰ったほうが周囲に良い印象を与えると思うぞ」

「そのようなことは存じております!」


 その最後の叫びを聞き、暁綺は部屋を出た。


(あれだけ元気であるなら、彩花も心配することはないだろう)


 多少煽りすぎたかと思わないわけでもないが、少なくとも彩花に悪く伝えられることはないと暁綺は確信を持っている。なにせ話せば暁綺との会話を詳しく話すことになだろう。それは静花とて避けたいはずだ。

 強いて言うのであれば、名前のことはまだ話をしていないので、先に話されると困るということはあるのだが。


(まぁ、言えぬだろう)


 名が戻ることを語れば、多少なりとも喜ぶ様子を見せることにはなるだろう。そうなれば彩花の名を使うことが不服だと伝わりかねない。


(そのようなこと、あの娘の矜持が許さんだろう)


 そう捉えられる可能性が低くとも、ゼロでは無い限り排除する。

 そんな性格だろうと思えば、暁綺がそれ以上心配することもなくなった。



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