表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第十一話 宣言と

 少し暗くよどんだ天候のもと、秋の大祭が始まった。

 祝詞から始まり、感謝を示す作物や舞、演舞の奉納、そして実りに感謝をしながら一定以上の身分の者が振る舞われる少量ずつ食事や酒を口にする。


 そして参加者が和やかに過ごしている時間に、暁綺が彩花の立后の宣言を行った。


「本日より琇星妃は皇后となる」


 その短い一文が、今回の彩花の立后を示すものとなった。

 立后に際し彩花を讃える功績が別の文官から読み上げられてはじめると、一部でざわめきが起こっていた。


 内定の話はすでに伝わっているはずだが、それでも琇家で星妃が皇后になるということは半信半疑だった者もいるのだろう。


(でも、本当に簡単に皇后の宣言って終わらせられるのね)


 本来はもう少し様々な過程があるらしいが、それらは昨夜、暁綺から急遽中止するという説明が彩花に伝えられた。




「どうやら、炎巓が何やら爆発寸前らしい」

「爆発、ですか?」

「ああ。春の大祭で自分の思惑通り行かなかった上、証拠を掴まれている可能性があるのに半年間放置された。そのせいで精神的な疲労もあってか、何をやらかしても不思議ではない状態になっているらしい」


 暁綺の説明に彩花は首を傾げた。


「詳細は不明なのでしょうか?」

「……把握が遅くて悪かったな」

「いえ、そういう意味ではなく。何かしそうだから変更せざるを得ないという程度には、把握していらっしゃるのですよね? 今の危険度を知りたいのです」


 気をつけると言っても大した対策がとれるわけではない。護衛については、把握しているだろう暁綺が必要なだけ配置してくれているとは思う。

 ただ、何かあったときに驚きを少しでも軽減するためには状況を知っておきたい。


「炎巓が裏稼業をしている奴らと繋がっている可能性がある」

「裏稼業ってもしかして……殺人とかも含まれる、あれですか?」

「ああ。ただ、奴らが本当にそのようなことに手を染めているかがまだ特定しきれていない。さすがに相手も証拠を残さぬよう動いているな」


 そんな用心深い相手とやりとりをしていることを突き止めているだけでも相当なものではないかと彩花は思うが、それより問題はなかなかの危機に直面しているのではないかと言うことだ。


「安心しろ、約束は守る」

「命の保証ですか」

「ああ。お前が直接殺められることも、私が殺されて尼寺行きになることもない」


 堂々と言い切る暁綺に心配や不安の色は見当たらない。

 そんな姿を見て彩花は小さく吹き出した。


「少し格好をつけすぎではありませんか?」

「格好の悪い皇帝など皇帝らしくないだろう。そもそも約束を守れん男に成り下がるつもりはない」

「そうやってまた格好つけるんですから」


 しかし、頼もしいことには変わりがない。

 だが、彩花の態度に暁綺は不服そうであった。


「人間誰しもお前のように気取らないまま格好がつけられるものではないんだ」

「私は格好をつけたことなどないと思いますが」

「二度も私を救っているだろう。自然にそのようなことをされていれば、意識してでも格好をつけたくもなる」

「救ったといっても、偶然どうにかできる分野のことだっただけなのはご存知でしょう」

「それでも、負けるわけにはいかんだろう」


 暁綺が何を言いたいのかは彩花にはよくわからなかったが、少なくとも全力で安全に寄与してくれるつもりなのは間違いない。


「では、頼りにさせていただきますね」

「ああ」


 そんなやりとりを経ているので、本当に暁綺の隣に座っているだけでいいという簡単な形になっているのだが、さんざん稽古に付き合ってくれた燕月妃には申し訳ないような気もしている。


(でも、今のところ何もない。ただ……このあとが一番の山場か)


 この場で行われる儀式が終わると、都の北側に位置する霊山の中にある聖泉に皇帝、皇后で水を汲みに行く儀式がある。

 霊山の麓までは付人がいるが、入山できるのは皇族のみとなっている。


(……本当に襲撃してくるなら、この時よね)


 その行事自体を中止することはできないのかと彩花も尋ねたが、暁綺によって否定された。


「よほどの理由なく中止にしようものなら、炎巓は私が奴を恐れていると考えるだろうな」

「つまり弱みになると」

「それだけで済めば良いが、建国以来の儀式を相当な理由なく取りやめることで炎巓派が勢い付くなろう。そうなると、どうなる?」

「……よろしくはない状況になりますね」


 下手に勢いがつくと、今は問題なく制御できているものが手に負えなくなる可能性もある。そのことは彩花にもわかる。


「そうだろう。正当な理由もいくつかは考えてみたが、弱い。いっそ激しい悪天候ならよかったんだが、せいぜい夕立が起きるかどうかというところだろう」

「……夕立は嫌ですね」


 どのような道かわからないが、整備されていない道だと泥でぬかるむだろうし、整備されている場所なら足を滑らす危険も高い。


「まあ、どちらにしても最悪だ」


 そう、暁綺は笑っていた。

 いずれにしてもやるしかない、ということなのだろう。



 そんなことを思い返しているうちに、はや霊泉源のある仙山に辿り着く。

 警護を含め共は山道の入り口までということで、暁綺と彩花のみ進こととなる。


 山道に入って十数歩。


(あれ……? 空気が、変わった?)


 気のせいにしては、ずいぶん心地がいい空気だ。

 身体にすっと入ってくるそれは、この澱んだ天候であっても清々しい。朝一番の空気よりも澄んでいる。


「気が付いたか」

「やっぱり、ここは何かが違うのですね」

「聖泉があるからか、邪気が祓われていると伝えられている。本当かどうかはわからんが、少なくとも私は信じてもいいかと思っている」


 偉そうな物言いに彩花は思わず笑いそうになったが、ぐっと堪えて暁綺の言葉の続きを待った。


「この場所に不必要な者が入山すれば、悪寒や吐き気を催すらしい。初代皇帝の時代から警護がついていない本当の理由もこれだが、もはや慣例化しているので誰も気にしないし、私もわざわざ公表することもないと思っている」

「確かに……それだと悪鬼が出る山だと言われかねませんもんね」

「だが、体調の悪化程度で死ぬわけではない。襲撃があっても不思議ではない」

「ですが、万全の体調の不届者で襲われるよりはヘロヘロになった奴に襲われる方が返り討ちしやすいのは確かですね」


 実際のところ本当にどのくらい体調が悪くなるのか、暁綺が知っているのか知らないのかはわからない。

 ただ、可能性の話であっても相手に不利な状況で迎えられるのであればまだましということなのだろう。


「本当はいざこざが終わってからの立后の方がいいとは理解している。だが時間が経てばお前の功績は印象を薄くする可能性があり、皇后に据えるのは難しくなると考えた。皇后にせずとも、功で私とのつながりから狙われる。それなら、今のほうがいいだろう」

「すでに住まいの前には護衛の方もきていただいていますし、安全は十分確保されているような気もするのですが、律儀ですね」

「……まあな」


 なんとなく返答までに間があった気がしたが、皇帝に律儀などと言う人は今までいなかったのだろうと彩花は気づいた。普通はもう少し褒めるような言葉……例えば、広い御心をお持ちなのですね、などというのだろう。

 だが今更訂正するのもどうかと思ったので、何も気付かないふりをすることにした。


「後は山道の入り口の手前でお前だけ待つという手もあったが、正直警護より私の方が腕が立つ。安全ならこちらだろう」

「それは心強いですね。まあ、そうでなくとも結局お一人で陛下が向かわれて殺されてしまったら私の行き場がなくなります。お一人より二人の方が、なんとかなることもあるかもしれませんし」


 とはいえ、彩花は武術に長けているわけでもない。

 力はないわけではないが、何か役に立つこともあるかもしれない……と前向きに捉えようとしたが、暗殺を生業にする者に対し自分ができることなどあるのだろうかと口にした後で疑問は膨らむ。


「……すみません、軽率だったかもしれません。お荷物になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「お前に選択肢なんてなかっただろう。気にするな。大体助けられたことしかない私が偉そうなことを言える立場ではないがな」


 そんな話をしながら進んでいると、やがてポツポツと雨粒が降り落ちてきた。

 道は決して整備されているわけではなさそうだが、自然と進みやすくなっている。皇族以外入れない場所という割に、整備せずとも道があるような状況を彩花は不思議も思った。これも空気と同じく、不思議な状況の一種なのだろうか?


 初めは雑談もできるぐらいの雰囲気ではあったが、徐々に山深い場所に入っていくと体力的に疲れも出る。


 吊り橋のような岩の橋を越えるときには、下に見える川と岩場に思わず足がすくんだ。

 こんな場所に落ちればどうなるか。泳げないし、仮に岩場に落ちたら頭を打って死ぬか重症になる可能性が高い。


「暗殺者に出会うより先に死ぬかもしれないですね」

「おぶってやろうか? それとも、抱えてやろうか?」

「……お手を拝借してもよろしいでしょうか」


 さすがにすべての体重を預けるのはいたたまれない。装束も重たいが、素の体重だって軽くはない。

 そこまでの気持ちが伝わったとまでは彩花も思わないが、暁綺は笑って手を差し伸べてくれた。


「下を見ず、前を見ればいい。思っているよりも道幅はある」

「は、はい」

「もし足が滑りそうになったら引いてやる。落ちることだけは絶対ない。安心しろ」


 そのような励ましを受けつつ、彩花は非常に緊張しながらその場所を越えた。


「お疲れ」

「ご、ご面倒をおかけいたしました」

「さすがにこの程度では面倒でもなんでもない。本当に負ぶってもよかったしな」


 緊張をほぐすために冗談を言ってくれているのかと彩花は感謝しながら、笑い返した。

 渡り切った先は元の場所よりさらに空気が澄み渡っているようだった。


 そこから四半刻ほど経過した頃。


「見えてきたぞ」


 道の先に現れたのは、光り輝く泉だった。

 太陽の光は受けていないにもかかわらず、無風にもかかわらず、水面が揺れて光がキラキラと反射している。

 そして周囲に咲く、見たこともない白い花たちもまるで手入れされているかのような美しさを誇っている。


「まるで、桃源郷のようですね」

「ああ。水も、酒ではないが相当美味いぞ」

「飲んでも構わないのですか?」

「逆に誰が怒るんだ。ああ、それとも行儀のことか? 咎める者は誰もいない」


 暁綺の言葉にそれもそうか、と彩花も納得した。

 茶器のようなものはなく、手元にあるのは水を汲んで帰るための筒しかない状況ではあるが、暁綺も手で掬って飲んでいるので、彩花もそれに倣うことにした。


「……! 本当に、美味しいですね」

「ああ。これを汲んで帰ったところで、山から出ればただの水のような味になる。ここでしか飲めない」

「ということは、大変貴重な体験をしているのですね」


 ありがたい。

 疲れているからということもあるかもしれないが、それ以上の味が確かにする。


「残念ながら菊水伝説のように不老不死の効能があるわけではないが、少し身体は丈夫になる」

「それは断定なのですか」

「ああ。多少のことじゃ骨は折れなくなった」


 そのような状況に陥りたくはないと思うが、丈夫になること自体は良いことだとは思う。


(でも……骨折をするような機会が、皇帝になる前にも後にもあったということなのね)


 そう思うと、なんとも言えない気持ちになった。


「怪我、できるだけしないような暮らしにしたいですね」

「まあ、痛いことには違いないからな」


 困ったように笑うのは、本人も今後もそういう機会はあると思っているからだろう。


「さて、そろそろ戻るか。天気も怪しくなっている」


 泉を見ていると晴天のように思えるが、実際空は暗くなっていた。

 大粒の雨が降ってもおかしくない天候だ。


「あの場所、雨水に濡れれば普通に足を滑らせそうですよね、谷のところ」

「……まあ、足を滑らせるだけで済めばいいんだがな」

「あの、それは笑うところでしょうか……?」


 冗談として、足を滑らせても落ちなければいい……という意味なら彩花も納得する。だが、どちらかというと真面目な顔をした暁綺からはそのような発言だとは考えにくかった。


 そして、下山を開始してしばらくした頃。


「……いるな」

「え?」

「この先だ」


 話をしていた谷の場所で暁綺が足を止めた。


「これよりこちら側の空気が良かっただろう。だが相手には悪く戻ったというところか。何より、隠れる場所もなく襲撃はしやすいだろう」

「睨み合いで渡れない……ということでしょうか」

「それでは帰れぬので均衡を崩さざるを得ないが……お前はとりあえずここにいろ。なんとかする」

「なんとかって……」

「どうせ飛び道具も弓矢か何かだろう。爆発物は雨で使えない。なら、大丈夫だ」


 そう言いながら暁綺は剣を抜いた。


「木の影に隠れてろ。絶対に出てくるな。後、これは預けておく」


 そう言って渡されたのは水が入った筒だった。

 そして暁綺は水に濡れた石橋を、なんてことのないように走って渡り始めた。

 直後、暁綺の想定通り弓矢が飛んできた。

 数からして相手は一人ではない。少なくとも三人はいるだろう。

 だが、想定以上の暁綺の速度に、逃げ場のないはずにもかかわらず弓矢はかすりもしない。


 そしてそのまま石橋を渡り切った暁綺は一人、二人と倒し、最後にとんでもない速度で木を駆け上った。


(ちょっと、木って駆け上がれるものなの!?)


 常識はずれの身体能力だと思ったが、その木の上にこそ本命がいたらしい。

 相手は飛び降り、同じく追った暁綺の斬撃を受け止めた。


 何を言っているのか、距離が距離だけに彩花には聞こえない。

 だが、相手が想定外のことに対し叫んだだろうことだけはわかった。

 それでも叫び声如きでは暁綺も驚くこともない。


(……あれが、本当に陛下が警戒していた暗殺者なの?)


 そう、彩花も疑問に思った時。

 彩花は近くで葉ずれの音が聞こえたような気がした。


「……!?」


 思わず木の反対側に回り込み、彩花は周囲を警戒した。

 出てくるなと言われていても、感じたことのない緊張感に包まれればそのような約束事など二の次だ。

 しかし周囲には誰もいない……そう感じた時。


「右に飛べ!!」


 暁綺の声が耳を突き、彩花は地を蹴った。

 すると直前までいた場所に刃が突き刺さると同時に男が降りてくる。


(いつからいたの!?)


 そう思いながらも、彩花はやや無理のある体勢ながらも自分の靴をむしり取るように即座に脱ぎ、男へ投げつけた。

 当たりはしなかったが、予想外の反撃に男は身体を反らせ、次の行動を遅らせることに繋がった。

 ただし二度目は男も十分に想像できたのだろう、彩花の投げた靴は難なく弾き返された。


 が、それも無意味にはならなかった。

 その一瞬の隙をついて、対岸から投げられたとは思えない勢いを持った刃が男の首筋を、紙一枚の距離で通過し、木に刺さる。

 そして、次の瞬間には舌打ちする男の目前に暁綺が迫っていた。


「浅はかだったな、護衛すらいない、楽な依頼だと思ったか?」

「ッ」

「この場でそれだけ動けることは評価してやる。だが、その行いは認められぬ。あちらで転がってる仲間と仲良く牢に入ることだな……と言いたいところだが、その前に話はさせてやる」

「誰がッ、話すか」

「そうか。だが、自決はさせん。この山を汚すことは許さん」


 そして暁綺の蹴りが男の腹に入り、男は倒れた。


「気絶、しました……?」

「ああ。口の中に自決用の薬でも仕込んでるだろうから、取り除く」


 そう言いながら暁綺は男の口に手を突っ込み、一つ丸薬のようなものを取り出した。それが終わるといやそうな顔をしながら、筒に入れていた泉の水で手を洗った。


「もう一回、汲みに行かないとですね」

「それは日を改めても構わんだろう。……それより、この状況で開口一番がそれか?」

「え? あ、遠投、すごかったですね」

「それでもないだろう。まあ、怖がっていないならそれでいいが」

「いえ、ものすごく怖かったですよ! ただ、なんというか……安心したら怖さが失われたというか。今のって、本当に起きたことです? いろいろと常識破りを見たような」


 何より、暁綺がとんでもない強さを誇っていたことに驚いた。


「まあ、多少は無茶をしたから身体が痛くはあるが、この程度ならできなくもない。怪我もない」

「……このような状況でも無傷の陛下が骨折することもあったって、一体どんな状況だったんですか」

 

 まさか一騎当千で戦おうとしたのではあるまい……そう思いながらも『ありうるかもしれない』と思いながら尋ねてみれば、暁綺は肩をすくめた。


「そこに気付くか。格好をつけたいところだったんだが……まぁ、ほとんどはこの場所で、しかもあの水を飲んだ直後だからということだ。お前もずいぶん身のこなしが軽かったのではないか?」


 そう言われてみれば、そのような気もしなくはない。皇后の装束で、あのような横跳びが軽々できるほどの筋力は自分にないことを彩花も理解している。


(でも、だからって陛下のような動きになるとは思えないんだけれど……)


 しかし、いずれにしても暁綺が彩花を連れていてのは、本当に自らのそばが一番安全だと考えているからなのだと改めて彩花は認識した。

 目にするまで本当に理解できることではないがゆえに、そこまで深く説明されなかったことも想像に難くない。


「この場所や水があったからと陛下は仰いましたが、陛下のお陰で私は無傷のままだということも事実です。ありがとうございます」

「お前から礼を言われると照れるな」

「なぜですか」

「想像していなかった。私ばかり礼を言うのが普通になっていたが……やはり、私は守られるより守る方が性に合っているらしい」


 暁綺の考えが彩花には一部よくわからなかった。守られるより守りたいという男性が、今の世に多いということは知っている。ましてや暁綺は皇帝だ。守られるという願望を持つなら、その場に立っていないだろうを

 だが、暁綺に貸しばかりを作ったつもりでもない彩花にきてみれば、それは大袈裟だ。

 しかし暁綺は気分良さそうにしているし、あえて水を刺す理由もない。


(でも、なんだが嬉しそうなお姿は少し幼く見えて可愛らしい気がするわ)


 先ほどのことを思い返すと驚くほど格好良かったはずなのに、今はまるで少年のような暁綺に彩花もつられて笑った。


「ひとまず、襲撃者どもは動けんように拘束する。……この機会を狙った炎巓は、おそらく何か仕掛けているだろう。襲撃が失敗するとは、おそらく思うまい」

「まぁ、一対三?で圧倒されるのは想像なさってないでしょうね」

「いや、二対三だっただろう」


 そう訂正され、彩花は肩をすくめた。

 どちらかといえばお荷物だったに違いない彩花を数にあえて加える暁綺に、深い意味はないのだろう。


「では、すぐに城に戻りたいところではあるが……一雨落ち着くまで、そこの洞窟で待機するか」

「よろしいのですか?」

「空を見てみろ。じきにかなり派手なのが降る。装束が重いと、もし二度目の襲撃があればやっかいなことになるかもしれない。それに、泳がしていた方が手っ取り早いだろう」


 それは、まとめて始末をつけると言っているのだろう。


「母が異なるとはいえ、本当はこのようなことしたくないのだがな」


 その呟きを彩花は聞かなかったことにした。

 暁綺はおそらく返事を求めていない。どのような言葉であっても慰めにならないし、炎巓はとうに嫌がらせの域を超えた所業をしている。

 それは暁綺の身分ではなく、庶民に対する法においても見逃せないところまできている。


(けじめは、必要)


 彩花にできることがあるとすれば、落ち着いた後にいつもの野菜茶を入れることくらいだろう。

 徐々に大きくなる雨粒を見ながら、彩花は「さて、行くか」という暁綺に従った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ