第3部 第1話
常磐元気の小さい頃の記憶の大半を占めているのは病室のベッドから見える物ばかりでした。病室の天井、窓から見える代わり映えのしない景色、時々見せてもらえたテレビに映るテレビ番組など小さい子供にとってはとても退屈な日々でした。
ですがゲンキにとっては物心つく前からそれが日常だったこともあり、いきなりそういう生活になった同い年の子に比べるとそういう生活に対して文句を言ったりすることは少なかったです。
ゲンキは両親に元気にスクスク育ってほしいという願いを込められて元気という名前をつけられましたが、ゲンキが2歳の時、今の医学では完治することが難しい病気にかかっていることが分かり、それからずっと病院での生活でした。
病院での生活が始まった当初は幼かったのでゲンキは文句ばかり言っていましたが、文句を言うゲンキを何とかなだめようとしていた両親が、「ごめんね、ゲンキ。ごめんね。」と泣いて謝る姿を見ていたゲンキは自分が文句を言うと両親を泣かせてしまうと思い、文句をあまり言わない子に育ちました。小さいころからの日常で慣れてしまったためと両親を泣かせないようにするためという理由で成長するにつれて病院での生活に文句を言わなくなったゲンキでしたが、一度だけ泣き叫んで文句を言ったことがありました。
それは小学校に入学する年齢になった時に、自分もランドセルを背負って学校に通いたいという文句でした。しかしその頃には病気も進行していて学校に通うような体力はゲンキには残っていませんでした。そのことを理解していたのか、ゲンキは一度だけ文句を言うとそれ以上学校に通いたいとは言いませんでした。
それから一年経ち、ゲンキが病気じゃなければ小学2年生になるはずの年にそれは現れました。




