婚約破棄ですか?もちろん了承いたします…… でも、その子はわたくしの妹ではありませんよ?
「ヴァイオラ、いまここに、私は君との婚約を破棄することを宣言する!かわりに、この麗しくも愛らしいオリヴィアを新たな婚約者に決めた!そして、これまで君がオリヴィアに対して行ってきた悪事を、今から白日の下に晒してやる。覚悟するがいい!!」
オーシーノ侯爵であるお父様の誕生日パーティで、品のない大声を張り上げるのは、わたくしの婚約者でこの国の第二王子でもあるアンドルー様。その側にはご友人のフェステ様とトビー様もおられますね。
そして、そのお三方の後ろに隠れるようにしているのは……オリーですわね。小柄で淡い金髪に緑の瞳のあの子があの中に入ると、可憐な妖精のように見えますわ。まぁ、まだ14歳ですしね。
それにしてもあの子ったら、あれほど言ったのに、またわたくしのドレスを勝手に着ていますね。おまけにネックレスまで!あれは13歳のお誕生日におじい様に頂いた大切な物なのに……ほんと、忌々しい子だこと。
「ヴァイオラ、君は何度もオリヴィアのドレスを隠し、茶会やパーティに出られないようにしたそうだな!」
「わたくし、確かに何度かオリーのドレスは隠しました。でも、そのたびにきちんと代わりの衣装は用意してきましたわ」
「確かにそう聞いている。しかし、それはドレスとは到底呼べない代物だったそうではないか!それは否定できまい!!」
「……くっ…」
事実なだけに、そう言われると確かに否定できません。悔しさに、思わず言葉が詰まります。
「しかも、姉妹でそろいのドレスを着たいとオリヴィアが注文したドレスを、君はかってにキャンセルしたそうだな。心優しい彼女の、君と仲良くなりたいという思いをなぜ素直に受け入れられない!」
「お姉さま、私、お姉さまと姉妹コーデがしたかっただけなのに…そしたらきっと、仲良くなれるって…くすん…」
うつむいてハンカチを目に当てていますが、ウソ泣きなのはわかっています。うんざりするほど、あざとい子ですわ。しかも、そのウソ泣きに婚約者とその友人は見事に騙されてるし。第一、なんでわたくしが、あの子とおそろいのドレスなんかを着なければならないのよ!
「おまけに後妻の子供であるオリヴィアに対して、何度も『あなたは妹ではない』と言って、その存在を否定したそうだな!」
確かに何度も言った。それも否定しない。しかし、わたくしにだってちゃんとした理由があるのだ。
「確かに言いました。なぜなら、間違いなく、その者はわたくしの妹ではないからです!」
「お姉さま、ひどい……」
まるで悲劇のヒロインのように振る舞うあの子に、うんざりした視線を送る。ほんとイライラするわ……
「この期に及んで、まだ言うか!オリヴィエがオーシーノ侯爵の子供であることはすでに証明されている!」
王子の横に控えていたフェステ様が、何やら書類を私につき出してきます。どうやらオリーの出生証明書のようですわね。オリーは元々は父の愛人で今は義母となったマライア様の子供で、生まれたときに父が認知したことはわたくしも承知しています。でも、そんな問題ではないのです。こればかりは譲れません!
「ここの父親の欄に侯爵の名が記されているのが、濁ったきさまの目にも見えるだろう!これでもまだそのような戯言を言うか!」
戯言ですって?わたくしはずっと事実のみを申しているのに!ほんと人の話を聞かない人たちですわね。婚約者の後ろでニヤニヤ笑うオリーの顔が見えた時、さすがに我慢の限界が来ました。
「もちろん、何度でも言いますわ。その者はわたくしの妹などではありません!」
「きさまっ…」
パンッ!
アンドルー様の振り上げた手が、私のほほを殴ります。べつによけようと思えばよけられましたが、ここはあえてぶたれる方を選びました。その方が都合がよろしいのでね。あら、オリーの顔が真っ青になっていますね。さすがにここまでするとは思っていなかったようですが、もう遅いですわ。調子にのったあなたも悪いのですよ。
「暴力を振るわれようが、わたくしの意見は変わりません。オリーはわたくしの妹ではありません!あれは弟です!!」
「まだ言うか…って、あれ…?えっ…弟??」
「はい、オリー、いいえ、オリバーはわたくしの弟ですわ!」
あら、アンドルー様は抱いていたオリーの肩を離したし、フェステ様とトビー様は一歩ずつ離れましたわね。えっ、もしかして、ほんとに知らなかったのかしら??
「いやぁーーーん、お姉さま、それは絶対言わないって約束だったのにぃ…ひどぉい…ぐすぐす…」
泣き真似をしても、かわいくありませんよ。第一、何がひどいですか。この女装趣味の弟ときたら、しょっちゅうわたくしのドレスを持ち出しては、かってに着て出歩くだけではなく、妹を名乗り、いろんなところでドレスを注文しているんですから。
「…妹ではないって……」
「弟ですからね。それを妹だなんて、間違っても言えるはずがありません」
あら、王子ったら、しゃがみ込まれてしまわれたわ。それに、なんだか魂が抜けたようなお顔をされていますわねぇ。大丈夫かしら?ねぇちょっと、生きてます??
「…では、ドレスを隠したというのは…」
「それはこの子に男性用の礼服を着させるためですわ」
だってこの子にはちゃんと婚約者がいるんですから。子爵家の一人娘アニータ様で、オリバーには彼女をエスコートさせなければなりませんからね。
お父様も継母様も面白がってほったらかすから、こういうごたごたになるんですわ、ほんと忌々しい。別に家で何を着ようが何も言いませんわ。ただ、公の場に婚約者をエスコートする際は、きちんとした格好をさせたいに決まっています。
「だって、アニーはドレスでエスコートしてもいいって言ってくれてるもん…」
「ドレス同士だと、ダンスがきちんと踊れません。オリーはアニータ様に恥をかかせたいのですか?」
「そんなことはないけどさぁ…」
意外なことにこの子の婚約者のアニータ様は、この女装趣味を受け入れてくれています。というよりも、面白がっていらっしゃるのかもしれませんね。何せ今日の彼女は、男性用の礼服を着ているんですから。割れ鍋に綴じ蓋というやつでしょうか。
それはさておき、今はわたくしの婚約者、いえ、元婚約者のことを解決しませんとね。なんせ事実しか述べていないわたくしを散々罵ったあげく、暴力までふるったのですから。しかもお父様の誕生日パーティの席で。これは、どう考えても<こちらからの婚約破棄、慰謝料請求>案件ですわよね?
あら、ようやくお父様がこちらに来ましたわ。どうやら王子に頼まれた木っ端貴族がお父様を足止めしていたようですね。まぁ、いいですわ。わたくしは、ぶたれて赤くなった頬を見せつけるようにしながら、お父様に事の顛末を報告します。
その間アンドルー様達は、しどろもどろに何か言い訳じみたことをつぶやいておられましたが、そんなことに耳を貸す気はありません。もともと王家、それも側妃様から無理やり押し付けられた婚約ですからね、ここできれいさっぱり切ってしまいましょう。
もちろんお父様はひどくお怒りになられ、すぐさま諮問機関である元老院に婚約破棄と慰謝料請求の手続きを取りに行かれましたわ。そして顔色が青どころか真っ白になった元婚約者は、お友達に引きずられるようにして帰って行かれました。
<婚約者の弟に懸想した挙句、罪のない婚約者に暴力をふるった、側妃の産んだ第二王子>の行く末がどんなものなのかは、わたくしの預かり知らぬことですわ。ふんっ。
「姉様よかったね、あれと婚約解消できて」
こっそりそばに来た弟が、ニヤニヤしながらささやきます。この子ったら、いったいいつから今回のことを企んでいたのかしら。
「そのドレス、すぐに脱ぎなさい。それとネックレスも返して」
「えぇーーっ、これはご褒美ってことで、くれるんじゃないのー?」
「そんなわけないでしょう。さっさと返しなさい」
「やぁだぁーーー、ちょうだーーい」
「あぁ、ほっぺが痛いわぁーー」
「あ……、それはごめんねぇーー、謝るからさぁ、これ頂戴?」
「…………」
ほんと、この女装趣味さえなければ、姉想いのいい子なのだけどねぇ……
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