【短編版】ピーキーすぎるスキルの私が、セカイでテッペンを目指す理由
書きたいところを書きたいだけ書きました。
反応が多ければちゃんとくっつく(?)連載版も展開したいです
私、エミリア=ホワードには、小さな頃から両親にすら打ち明けられない悩みがあった。
多分、それに苛まれているのは私だけで、言ったら隔離病棟へと連れていかれてしまう。
……あのね、私、『記憶』があるんだ。教わるよりも先に故郷の名前が、国の呼称が、色々な情報が流れ込んできた。
かつて大好きだった『設定』達。そう、ここは前世の私が夢中になって読破したファンタジー小説に酷似した世界。【惑星ジタマ】内の【マホバーヤ王国】で育った主人公が、夢も希望も全部抱えて進んでいくための場所。
どうしてそこに“私”が加わってしまったのか、いくら調べてもちっとも理解出来ないままだけれど。いわゆる、『主人公』でなくとも浮かぶ目標くらいある。寧ろ『記憶』を持っているおかげでずっとひとつの座標を目指せるはずだ。
拝啓、いるかいないのかすら定かでないカミサマ。もしかしたら、あなたは私が得ている知識をフル活用して主人公達の手助けをすると思っているかもしれませんが、残念ながら不適格です。
……カミサマ、私は玉座が欲しい。知っています、この世界では身分の高さとスキルの優秀さは比例していて、たとえ貴き血をどれだけ流していても王城内には立ち入れないと。
与えられる爵位も原則一代限り、個人が名乗っていいものばかり。国を牛耳るのも、軍に属するのも、法を変えるのだって必要なのは膨大な魔力。
魔法が扱えなければ振るえない武器しか存在しないため、魔力ナシの筋肉自慢に用意されている席だって無い。とにかく魔力が、そしてスキルが物を言う世界。そういう設定もシンプルで分かりやすくて好きだった。【転生】したのだと発覚した瞬間――より正確には自分のスキルを把握したあの日から、もっともーっと大好きになったと素直に言える。
だって、私のスキルなら簡単にテッペンを目指していけるもの。
「しょ、勝者、エミリア=ホワード!」
……だから、いいの。収めた勝利が歓迎されなくていい。自慢の我が子だと両親に讃えられなくとも構わない。沸き上がる歓声どころか、恐ろしいものを見たと言わんばかりに突き刺さる痛いほどの沈黙を頂戴しても、“私”はこの道を選ぶと決めている。
――絶対に、主人公を倒してやるんだから。
◇ ◇ ◇
チャールズ=フォスター。エミリア=ホワードが白葉恵美で在った頃、最終巻まで読み耽ったファンタジー小説に出てくるとある少年の名前である。
生まれつき魔力を持たなかったせいで両親に捨てられ、貧民街でたくさんの“弟妹”を率いている。せめて筋力をつけて大切な“家族”を守れるようになりたい、と願う彼の努力は確かに魔力とスキルが物を言うマホバーヤ王国では悪い意味で目立っていたことだろう。
環境に負けない心意気は立派なのに、小説内の王は腐っていた。主人公がたった一言、『わたしだったら、魔力が無い状態で生きていたくなんかないわ』と呟いただけで、チャールズが住まう貧民街を丸ごと火の海に変えてしまったのだ。
だって、魔力を持たないカワイソウな存在なんて生きていたところで何の成果も得られないから。生まれながらにして父王を凌ぐほどの魔法を使えた少女は、本気でそう信じきっていたから。
因みにこれは、【毒親に苦しむ主人公のエピソードのひとつ】として唐突にお出しされるもので、以降貧民街のひの字も出てこなくなる。自分の言葉が無関係な民を巻き込んだなんて反省する場面も入らない。チャールズ=フォスターについて綴られていた文字数なんて、どんなに換算してみても小説全体ではほんの十数行に過ぎなかった。
じっくり読めば王の所業も主人公の一言も常軌を逸していると分かるが、正直そこまで物語上役割を持っているわけでもない(殆どモブに近い)キャラクターが死んだところで、読者が読み進める手を止めるかといったらそうでもない。
事実、当時の恵美も特に大した感慨もなく流したシーンだった。貧民街を丸ごと焼くだなんて、そんな無茶な命令があっさり通るくらい実力主義な世界観なんだな、説得力あるなーなどと。逆に妙な感心をしていたくらいで。
(そう、白葉恵美は知らなかった)
チャールズを捨てたフォスター夫妻は、ホワード家の隣に住んでいた。
なんなら、二歳年上のエミリアはまだ産まれる前のお腹をそっと撫でさせてもらったこともある。本当の家族でこそないけれど、いいおねえちゃんになるからね、なんて無意味な約束まで交わして。
チャールズはエミリアちゃんに会えないまま神様が連れていってしまったんだよ。
ホワード家を訪ねた夫妻が謝ってきて、“産んだはいいが生きられなかった”子供の名前を聞いて初めて小説での彼と繋がった。
思い出したときにはもう遅く、一度も顔を拝めないままチャールズは貧民街へ置き去りにされていて。保護したくとも、二歳のエミリアではどうしようもなく。使う場所が限られるとはいえ、自身のスキルを完璧にコントロール出来るまで早急に研鑽さぜるをえなくなった。
会えるのを楽しみにしていた子が、二十年もしないで街ごと燃やされる。明らかかつ鮮やかなエゴだと承知の上で耐えられなかった。
故に、彼が新しく作った“家族”も全員救済するつもりで。えげつない分割払いに苦しんだとしても、教会へ保護されてほしいのだと交渉しに向かう。エミリア、十歳の秋の出来事であった。
「……大人に頼らないでやってきた、お前の気概は買うけどさ」
でも、お前、所詮魔力持ちなんだよな。
喉元にナイフを押し当てながら言った、チャールズ少年の言葉が心に深くダメージを負わせる。
……そのとおりだ。どれだけ綺麗事を並び立てても、ピーキーすぎて使いどころが難しいスキルなんだよと説明してみても、エミリア=ホワードが魔力を持って生まれてきた事実は揺るがない。
無いからこそ両親に捨てられた挙句貧民街へ追いやられ、なけなしの筋力を磨くしかなかったチャールズ達の苦労や痛みなぞ、きっとどこまでいっても真に理解するのは叶わないだろう。
同情、あるいは『持っている』側の余裕の表れなんじゃないかと僅か八歳の少年に指摘され、否定しきれる材料を彼女は所持していなかった。
「……ッ、」
生まれる前からあなたに会うのを楽しみにしていた。生まれて名前を聞いたときからあなたが理不尽な理由で死に至るのだと知っている。
けれど、協力を仰ごうにも『持っている』エミリアでは彼等の心の奥深くまで許される日などやってこない。単純に死んでほしくない、助けたいだけなのだという言葉も届かない。中途半端なキレイゴトでは、救いたい命すら救えない。
みっともなく涙を溢しながら、十歳のエミリア=ホワードは押し当てられていたナイフをそっと握り締め、――伸ばしていた自身の髪を躊躇わず斬り落とした。
「なっ、……!?」
特に理由も無く伸ばしていた金髪。【女の子らしく】在ることを期待していた両親には悪いが、これから成すべき大いなる目的のためにはまず真っ先に性別を削ぐ必要があった。
絶句するチャールズ少年と彼の弟妹を置いて、エミリアは走り出す。もっと、更に強くならなければ。貧民街の住人を味方につけられないのなら、そこへ至る説得力を用意出来ていないのなら。
やるべきことは、たったひとつ。そう、ここはマホバーヤ王国。惑星ジタマの中でもトップクラスの実力主義国家。
だからこそ、自分が玉座を手に入れればいい。幸いにも、エミリアのスキルは何の武器も盾もいらなかった。呪文を唱える手順すらも本当は省略可能なのかもしれない。
使いどころこそ極端でも、そんなデメリットも少ないこのスキルで、必ずテッペンを獲ってみせる。かの腐れきった王を失脚させ、愛でられるだけの花が甘ったるく残酷な言葉を吐き出す前に。
(タイムリミットは、あと十年!)
絶対に、邪魔する奴等を全員チャックで黙らせてやる!
◇ ◇ ◇
エミリア=ホワードは、決して優秀な魔法使いではなかった。身体に宿った魔力は平均程度だし、魔法知識もそこまで大したものじゃない。
しかし、彼女と戦った者は老若男女問わず必ず同じ感想を持つ。今まで自分は、火力さえあれば魔法で勝てないわけがないと思っていたと気づかされる。たとえ無意識な傲慢でも、十代の少女がすべて日の下に晒していく。例外なく、過不足なく。
厄介なのは、彼女のスキルの対処法を誰も思いつけないところにあった。エミリア=ホワードにたった一度でも指を動かさせてしまった瞬間、対峙していた魔法使いは以降一切口がきけなくなるのだ。
どうしたことかと唇を触れば、そこには見えない金属製の“何か”が自身の口を縫いつけているのだと理解出来る。だが、その“何か”を外す方法までは辿り着けない。マホバーヤ王国にある武器は魔力を流して扱う物ばかりで、肝心の魔力を流そうにも強制的に口を押さえられては敵わないからだ。
勿論、封じられているのは唇のみなので、無理矢理脚を動かして直接エミリアを攻撃する選択肢だって無い話ではない。けれど、マホバーヤの人々は一般市民どころか貴族に至るまで(至るからこそ?)魔力ナシの筋力自慢を蔑んできた歴史がある。
散々馬鹿にしてきた筋力を用いるわけには、と相手が動けなくなったところでエミリアは低火力の攻撃をぶつけにかかるのが毎度の決まりだ。じわじわとなぶるように、炙るように。
そうして彼女は対戦相手から降参をもぎ取り、審判に勝利を告げられたところで初めてスキルを解除する。お前は一体自分に何をしたんだ、怯えられながら問われるエミリアは「またいつもの質問がきた」と言わんばかりに肩を竦め、いっそ恐ろしいほどやさしい笑顔で解説してくるのだとか――……
もういい、と声変わりがそろそろ終わりかける頃だろう少年の一言が貧民街の路地裏へ響き渡る。
ここ数日、王国内で一気に名前を噂されるようになった少女について綴る記事など今更読み聞かされる理由が彼には無かった。
あの、華奢な喉元にナイフを押し当ててから六年。泣きながら走り去っていった彼女が貧民街を訪れる日は二度とやってこなかったけれど、どうやらそれだけで処理していい出来事ではなかったらしいと少女の噂を拾う度に思わされる。
最新の話題は、国王が年に一度主催する魔法大会への出場資格を史上最年少で勝ち取ったとかなんとか。最後に見た彼女も、また新聞記事内で描かれている似姿も全く同じ髪型をしていた。
折角それなりに愛してくれていた両親の庇護を投げ捨て、年頃の女らしいスカートすらも脱ぎ捨て、ただひたすら玉座を目指して突き進むベリーショート。伸ばしていたら陽射しを受けて透ける見事な金髪がリボンと共に踊っていたろうに。
エミリア=ホワード。マホバーヤ王国いち貧民街の住人を本気で気にかけ、真剣に助けようとひた走る女。
『私、自分が大したことないスキルだから。私ですら結構バカにされてきたから。……魔力ナシの人達は、もっと辛いはずだと思って』
だから、いっそ思い知ればいいんです。記事内で彼女は笑っていた。堂々とした宣戦布告だった。
『私はテッペンだけを目指しています。誰も私の決定に逆らえないところまでいって、そうして。魔力ナシの人達が、もう少し生きていきやすい世界にしたい。魔力が無いなんてカワイソウだから燃やそう、なんて発想自体を許さない国にしたいんです』
エミリアの思想を反逆者だと罵るのは簡単だ。でも、十六になった彼女はそんな意見も丸ごと封じてきた。しかも物理で。
エミリアのスキルは、本人曰く【口をチャック(と呼ばれる小型の金具)で閉じる】ものらしく、正確に対応するには魔力でなく筋力が不可欠なのだとか。だって、脚は動かせるんだから筋肉で突破してしまえばいいんですよ、とは記事内の言。
つまり、彼女を止めるには貧民街で最も鍛えているチャールズ=フォスターの協力がいるわけで……。ピーキーすぎるエミリアのスキル対策に手をこまねいていると思われる城の人間が、来たくもないはずの貧民街を訪ねてくるのはそういう狙いがあったのかと察したのは二年前の話。
毎号律儀に彼女が載っている新聞を持ってくる“弟”の頭を撫で、彼は深い溜息を吐き出した。
「……なぁ、トート。柄じゃねぇのは承知だけどさ、お前の王子様になってやっから王様になんの諦めろっつっても、アイツは多分聞きゃしねぇよなぁ」
無愛想に切り捨て、傷つけたはずの少女がまさか自分達の立場向上を願って走り始めるなんて思いも寄らなくて。
ただ脅されたから、正論を告げられたからあの日逃げたものだと、そう解釈していたのだが。様々な魔物討伐に参加し、時折重傷を負いつつも経験値を溜めて己を磨き続けるベリーショートを見ていたら、流石に込み上げてくるものがあった。
六年前、差し出された手は確かに中途半端で甘ちゃんな綺麗事も含んでいたとはいえ、悪意が含まれていないのは分かっていたのに自分ときたら。
「王子様、目指すの? チャーリーが?」
「……やっぱ、似合わないか」
「随分、低い目標だね。どうせなら、チャーリーが王様になっちゃえばいいのに」
チャーリー、一番になるの得意でしょ。
“弟”の無邪気なカオで思い出す。そうだ、チャールズ=フォスターはあらゆる一番を獲ってやろうという思いだけで貧民街を生きてきた。
自分を捨てた両親が後悔するくらいの人間になってやるんだと。故にたくさんの“弟妹”を持ち、彼等を率いることで下げている溜飲がある。
そうか、もしもエミリアが玉座を獲ったなら、対応出来るのは身体を鍛えているチャールズだけなのか。
「――俺も目指すか、玉座」
そうしていつか、エミリアに言ってやろう。
エミリア=ホワード、お前が駆け抜けるお前だけの人生のメイン枠にチャールズ=フォスターを数えたのなら、それは即ちチャールズにとっても“お前”がそういう立ち位置の人物で据え置かれているのだ、……と。
ピーキーすぎるスキルの彼女が、セカイでテッペンを目指す理由
どうせなら、【こっち】のチャックも連れていってくれよ。
余談:チャールズくんの名前は愛称でこれしかないと思った