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呼び水の魔王  作者: 古河新後
第1章 ジン編 彼の世界が変わった日
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6話 感情の生き物 一を殺し十を生かす

 ハイデン村。その単語にヘクトルは反応する。


「ふむ。あの村の生き残りが居たとは私としても喜ばしい事だ! 兵の調査では周辺にも生存者は一人も居なかったと聞いているからね。生き乗ったのは君は一人だけかな?」


 ヘクトルの言葉にジンは少し引っかかるモノを感じていた。心の奥にある制御しきれない感情が少しずつ膨れている事に気づいていない。


「……妹が居ます」

「それは果報だ! 10年前は領地内でも数多の村が襲撃を受けて、手の届かなかった所も一つや二つじゃなかったのでな!」

「…………」


 彼の感情が表に出たような口調にジンは少しだけ留飲を下げた。彼も何も思わないわけでは無かった、と納得して心の平静を保つ。

 しかし、次の言葉はジンにとって決して無視できないモノだった。


「犠牲なった者達も本望だっただろう」

「――なぜ」


 場に得体の知れない気迫が漂う。発しているのはジン本人であるが、その程度の圧で怯むような者たちはこの場にはいなかった。

 ただ、ミレディは眼鏡を外し、ヴォルフは腕を組みながらも魔力を練る。

 ヘクトルはジンから向けられる感情に対して逸らすことなく正面から受け止めていた。


「なぜ、と言われても返答に困るのだがね。君の聞きたい事はなんだ?」

「あなたは……一つの村が無くなった事を……なんとも思っていないんですか……?」

「私は領主だからね。一日に何十件と問題が出てくるのだよ。その一つ一つに一から十まで対応していては寝る時間も無い」

「だから……護る必要はなかったと?」

「当時は人手不足でね。護るべき要所は他に沢山あり、そちらに人員を回していた。君の村は気の毒だったが、まぁ致し方のない犠牲だったと教訓にしている」


 犠牲……犠牲だと? 村の皆が父さんと母さんが……死んだ事は……ただの紙の上の事柄だったと言うのか?

 心の奥から湧き上がる感情――殺意が彼の『相剋』引き起こす……

 

「ジン」


 息をするように命を奪う事の出来るソレを行使する寸前、フォルドの声が間に入った事で我に返った。

 “相剋”を発動しかけている事に気づいたジンは血の気が引くように冷静になる。今自分が《《何をしようとした》》のかを理解したのだ。


「先に帰っていなさい」


 怒るでも諭すでもないフォルドの言葉は、ピリついた場の空気を一気に冷やす程に淡々としていた。

 二世紀近く生きて来た彼にとって、この程度の空気は幾度と経験してきたものだ。その収め方もどのようにすればいいのか熟知している。


「……はい」


 ジンは目を伏せて立ち上がると一礼して部屋から去って行った。


「フッ。彼は幼いな!」

「そりゃ、この中のメンツでは種族的にも一番短命だと思いますがね」


 殺意を向けられていた事を何とも思っていないヘクトルにヴォルフは呆れるしかなかった。同時に、揺るぎないジンの殺意の性質を読み取っており、最重要に警戒する存在として記憶しておく。


「フォルド様。彼の素性については把握されていたのですか?」


 眼鏡をかけなおすミレディは主が危機にさらされた事を重視していた。フォルドの紹介という事で信頼していたが、あそこまで明確な殺意を向けられれば警戒するなと言う方が無理な話だ。


「生い立ちを聞いただけだ」

「珍しいですね。貴方様が読み違えるとは」

「ジンはまだ子供だ。あの眼の傷と色が違う瞳を見れば苦労以上に、見たくない場も超えてきたのだろう」


 今の時代では珍しい事ではない。この場に居る者たちはもっと悲惨な状況や現場を何度も体験している。


「彼の事はフォルド殿に任せるよ。ミレディ、彼に関しては一切の手出しをしないように」

「……わかりました」


 釘を刺しておかなければ必要以上に動きかねない片腕をヘクトルは前もって制しておく。彼女は察しが良く、仕事が早い(・・・・・)のだ。


「それでは、本題に入るとしよう! 諸君に集まってもらったのは王都の件でね!」

「なんスか? また【勇者】の援軍要請ですか?」


 10年前に行われた『魔獣パラサザク』の討伐では領地の兵士は半分以上が駆り出されたのだ。

 今回、街に存在している他の有力者ではなく、外回りも行える自分達を集めたのは軍事的な目的であるとヴォルフは察する。


「ミレディ」


 ヘクトルの指示にミレディが応じる。


「国の中枢を管理している貴族の全てが【魔王】によって殺害されたのです。国王陛下と次期継承者であるライド王子は死亡し、その血筋も確認できる限りは全て殺されたと」


 彼女の説明は淡々としたものだが、口にした言葉は聞く人が聞けば驚きを通り越す程の大事件である。


「……【勇者】の領地が王都の近くにはあったはずだが?」


 フォルドは記憶に間違いはないと思い、その事を議題に出す。

 王都の近くには【勇者】の管理する領地があったハズだ。戦力にして一国に匹敵し、王族とも親密な関係にある【勇者】が【魔王】の襲来を無視するとは考えづらい。


「【勇者】の領地に『霧の都(ミストヴルム)』が出現し、領地内に居た戦闘員は殺され、生存者は絶望的だそうです」

「……」


 この世に存在する“三災害”の一つでもある『霧の都』は、回避することも予見することも不可能な天災として危険視されていた。

 王族と国を管理する中枢が死に、万人の支えでもあった【勇者】とその戦力も全て消えたとの事だ。

 その情報は国の終りを意味する。現在の王都は守護騎士団による治安統率によって辛うじて形は保たれていると言ったのが現状である。

 しかし、この情報が隣国に知られるのも時間の問題だろう。


「そこで次期国王を決めるそうだ。候補者は領地を持ち、王都でも認知のある領主が最低条件でな」






「ナタリア」

「どうしました? ジン」

「ナタリアは……誰かを殺したいほど憎んだことはある?」

「それは、先日の“相剋”の一件?」

「……あの時、二つを天秤にかけた。それで……」

「ジン、あなたの選択はヒトであれば誰しもが同じモノを選択をしますよ」

「でも……同じ命だろ?」

「ええ。でも、時と場合によっては大切な方を選択しないといけない時があるのです」

「……オレがもっと気を付けてれば……レンも皆も危険な事にはならなかった」

「それは違うのジン。完璧なんて誰にも出来ないのです。もし私がジンと同じ10歳で、同じ境遇に置かれたら“選択”事態が出来ないと思うわ」

「ナタリアでも?」

「ええ。アナタは罪と魂を別に考えている。私とは違います」


 貴方はヒトの痛みの分かる優しい子だから、どんな命に対しても決して間違った判断はしないわ。






「…………」


 集会場を出たジンは冷静になりつつも、どうしようもない感情が心に渦巻いていた。フォルドに迷惑をかけてしまったという事と、ヘクトルに対する強い憎しみでどうすればいいのか分からずにフラフラとただ歩いていた。

 憎しみと怒りの感情に任せて、目の前の命を奪う所だった。あの時、フォルドが止めなければヘクトルはジンの相剋によって命を落としていただろう。


 悔しいとも悲しいとも違う。この感情は……(いきどお)りだ。

 誰が悪いわけでもない。しかし、それならこの感情はどうすればいいのだ。


 向ける先のない怒りと後悔はヘクトルの言葉で更に膨れ上がっていた。

 この選択が正しいと理解している。しかし、納得が出来たわけじゃない。

 ジンは人の流れを避ける様に道の端に座り込む。少しでも冷静にならなければ……


「オレは……なにを秤にかけた?」


 何かを奪おうとすれば必ず失うものがある。4年前に初めて“相剋”でヒトを殺した時から“悪夢”を見るようになった。

 “相剋”で大切な者たちを殺してしまう悪夢。殺したという事実を忘れぬための楔だとナタリアは言っていた。


「何をやってるんだ……オレは――」


 オレがしっかりしなければ、レンも不安になるし、フォルドさんたちにも迷惑が掛かる。


「……帰ろう」


 今回の顔合わせでフォルドさんの面子を潰してしまった。その事をきちんと謝らなければならない。

 ジンは立ちあがると少しフラ付きながらも家へ帰ろうと歩き出す。


「っと」


 フラついた拍子に荷物を持っていた少女とぶつかってしまった。その拍子に少女は両手で持っていた袋を落とし、その中身が通りにばら撒かれる。


「すみません」

「…………」


 その様子に周囲が若干注目する。少女は驚いた様子だったが、無言で落ちた荷物の回収に移った。ジンも落してしまった荷物の回収を手伝う。


「食材か」


 少女は紙袋いっぱいに食材を買い込んでいたようだ。しかし、手に取った食材は若干品質の悪い物であるようだった。


「貴方……大丈夫かしら?」


 鋭い三白眼に頭に生える角。『角有族』の特徴を備える少女は怒っているかのようにジンを見る。


「その……すまない」

「? なぜ謝るの?」

「いや……ぶつかってしまって」

「拾ってくれたからもう気にしてないわ」


 そう言いつつも、彼女の鋭い目つきは変わらずにジンを睨んでくる。食材を拾い終え、少女が袋を抱え上げると底の方が抜けて再びばら撒かれた。


「…………本当にすまない。運ぶのに手を貸すよ」

「そうしてくれるとありがたいわ」


 二人は道行く人にも手伝ってもらいながら落ちた食材を拾い終えると、今度こそ落ちないように両手に抱える。


「こっちよ。ついてきて」


 少女の先導にジンは続く形でその後を追う。ずっと怒っているような表情は終始変わらなかった。


「ジンだ」

「何が?」

「オレの名前だ。その……本当にすまない」

「そこまで謝られると逆に馬鹿にされてる気がするわ」

「! ……悪い」


 気落ちするジンを尻目に正面を向きなおしながら『角有族』の少女は名乗る。


「マリシーユよ。そんなに怒ってないから、ちゃんとついて来てね」


挿絵(By みてみん)

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