5話 感情の生き物 領主
賢明に、そしてゆっくりと。
速く走るやつは転ぶ。
~シェイクスピア~
ヒトが絶え間なく入れ違い、『人族』以外の種族も視界に映る。
冒険者であれば必ず立ち寄る事になる集会場は街で一番大きな建物であり、フォルドが領主と待ち合わせをしている場所でもあった。
一階は冒険者たちに対応する手続きが多く、二階は査定や試験を行い、三階は許可を取れば誰でも利用できる会議室が数部屋ある。
「ここの三階だ」
先導するフォルドは部屋の脇にある階段を上がり、二階を抜けると三階まで上がる。奥まで伸びる廊下を進み、角を曲がると一つの会議室の前に『獣族』が腕を組んで立っていた。
「ヘクトルはその部屋か? ヴォルフ」
「なんだ。客ってのはフォルドのジィさんだったのかよ」
獲物を捉えるように見下ろす眼光。闇に紛れる漆黒の毛皮。小山のような体躯。鋭い爪。腕輪に、たてがみに編み込まれたアクセサリー型の魔道具は、かなり使い込まれている。
『獣族』でも最強種の一つ――“狼”であるヴォルフは領主の抱える兵士の中でも特務を受けている部隊の長であり、任務で街を空ける事が多い。
彼の持つ魔道具はフォルドが調整した物であり、二人は顔見知りであった。
「ワシは呼ばれてきたが、お前が居る意味が分からん」
ヴォルフと彼の部隊はこの領地内では最高戦力である。その為、各地で起こる問題の解決に転々と移動しており、街に戻る事は滅多にない。
「ヘクトルの旦那に昨日の夜に国境から呼ばれてな。部下と走って来た」
「夜通し走って来たのか?」
「普通だろ。一晩泊ってから明日の早朝に北の国境に戻る。隣の国の奴らが妙な動きを見せてるから小突いとこうと思ってな。で、そのボウズは?」
その時、会議室の扉が開き『吸血族』の女が二人の話を遮った。
魔眼を抑えるために封印の魔法陣が刻まれた眼鏡をかけた彼女は領主の身の回りを管理している執務官のミレディである。
「お二方。領主様がお待ちです。ご足労をいただいて申し訳ありませんが、続きは席に着いてからお願いします」
招き入れる様に内側に開いた扉。その脇に立つミレディの視線に従う様に三人は中に入る。
「急な招集に応えてもらってすまないな! 二人とも!」
席についている中年の男は歓迎するように座る二人に声を上げた。
ヴォルフよりは小柄であるが、それでも筋肉質な体つきの分かる体格。貫禄のある顎髭と鋭い視線を宿す瞳。頭部の横から後ろに延びる様に生える二本の角が特徴の『角有族』と呼ばれる種族の男であった。
『角有族』は角に魔力を宿し、屈指の感知能力を持つ事で知られていた。あらゆる場面で起用される事の多い彼らの役職は冒険者はもちろん、国の兵士や、要人の護衛者まであらゆる分野で見かける種族である。
「俺としては急に呼び出すのはやめて欲しいですね。ただでさえ、旦那の我儘で息つく暇のないってのに、過労死を狙ってるなら部隊から脱走者も出ますよ?」
「すまんな、ヴォルフ! 二度手間は効率が悪い! 質問も詰問も報告も一度の会席ですませようではないか! 予想外の手間をかけた分は後に補填しよう!」
街の管理者にして周辺領地の主でもある――ヘクトル・ヴァルターは『角有族』の中でも特に有名な存在であった。
「ヘクトル・ヴァルターだ、少年。まぁ知っているとは思うがな!」
「ジン・マグナスと言います。未熟ながら、細工師としてフォルドさんに教示を受けています」
ヘクトルの大きな声は不思議と威圧を感じない。言葉の一つ一つを聞き入ってしまうような雰囲気はナタリアと類似する性質を感じた。
「ほう! ついにフォルド殿も技術を伝えられる人材を得られたか!」
過去に幾度とフォルドに弟子入りを望む者は多かったが、彼が技術を伝えても良いと思える存在が現れる事が無かったのだ。
「若く優秀な人材は黄金よりも得難いものだ! 少年には心から研鑽に勤しんでもらいたい!」
「はい」
ヘクトルはジンの事を気に入った様子から少しだけ興味を抱き、一つ質問を行った。
「ジン、君はどこの出身かな?」
ヘクトルは多少ジンを警戒していた。
フォルドが認めるほどの技術を持つ彼の事を全く知らなかった。
領地内に居る尖った能力を持つ者たちは把握しているつもりだったが……他から流れて来た者であるのであれば、少しだけ素性を洗う必要がある。
フォルドの所在と技術は王都にも報告していない事もあり、その方面での間者である可能性も置いていた。
「ハイデン村の出身です」