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呼び水の魔王  作者: 古河新後
第7章 ジェシカ編2 霧と言う名の悲哀

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69話 来訪者

悲しみは、単独では来ない。かならず群れをなしてやってくる。

〜シェイクスピア〜

 あの時、彼が声をかけた時から……こうなる未来は変わらなかったのかもしれない。


 あたしが見たもの。聞いたもの。

 世界とは、魔法とは、ヒトとは……悲しくも美しく、愚かでも慈愛に溢れていた。


 ただ彼は……ゼノンをずっと待っているのだ。

 けどそれは伝わらない。届かない。けどゼノンもずっと彼を探してる。

 霧の中にあるのは、絶望以上の“悲哀”だった。


 あたしに出来ることは何なのか……『カウンシル』でソレを強く知ることになる。


「ジェシカさん、急いでください。フランシス様にお嬢様が気を取られている間に」


 淡々とする感情の無い彼の声に誘導されて霧に覆われ始めた『カウンシル』から走る。

 ゼノンに対する“答え”を持たないあたしは、逃げる事しか出来なかった。


 ♪〜♪〜


 “呼び水の歌”が『霧』の中から聞こえる。

 ゼノンが来たのだ。『カウンシル』を終わらせる為に――


「『アイズ』が上空に現れたら終わりです。それで【霧の都(ミストヴルム)】に蓋をされる。誰も逃げられない」


 知れば知るほど――世界は広く広大ではなく、縮まっていく様が理解できたから……


「あたしが……ゼノンを止めないと……」


 世界を救うとか大層な事じゃない。

 この“悲哀”を知ったからには決して目を逸らしてはダメなのだと、心から思ったから――


 ジェシカ様……貴女が……貴女でなければ、お嬢様には届かないのです……


 物語は約90日前まで遡る――






 『三災害』研究記録――【迷宮(ラビリンス)】――


 新国オルヴィスを最初に襲ったのは【迷宮】だった。

 ソレは防ぐことが敵わない災害。

 王都の“扉”が全て【迷宮】に繋がり、意図せず迷い込む事もあれば、あちらから魔物やヒトがやって来る。

 主に確認された魔物は――“ローレライ”“亡霊騎士”“ゴート”“ワーウルフ(ヴェッタ)”。

 この国に居た『勇者』のシラノの従者であるナディアの存在も確認。(現在消息不明)

 あたし自身も過去のカムイさんと遭遇。

 【迷宮】に巻き込まれ、帰還したジンの話では師匠の妹と装具したとの事。

 【迷宮】内部は砂の地面と無数の扉が存在し、僅かに空間を移動するだけでも時間の流れが大きく異なる。

 体感時間も停止に近く、傷を負っても痛みが無い。しかし、長居は人体にどのような変化が起こるのか、解らない為に危険とされている。

 扉の一つ一つが違う世界、違う時代に繋がっているらしく、そこから帰還したジンとロイは――


「……家族に助けられた、か」


 ジェシカは【迷宮】に関して纏めている研究記録の筆を止めた。


 帰ってきた二人は、脱出した時の経緯だけは詳しくは語ってくれなかったが、きっと師匠が助けに来てくれたのだろう。


「【迷宮】は常に移動……そして――」


 ジェシカは、“アルフレッド・レイヴァンス” の名前を書き出すと丸で囲んだ。


「師匠の元婚約者で、最も【迷宮】を知る者……か」


 次に師匠に会った時に聞くことが増えた。

 【迷宮】に関しては一旦、ここまでにしよう。いずれ自分が直に【迷宮】に入って、より正確に観測したい所だ。


「さてと――」


 ジェシカは【迷宮】の記録書を閉じると、次に【イフの魔神】を手に取る。






『三災害』研究記録――【イフの魔神】――


 ヴェクター領から地下帝国などに行き可能な限り古代書物を手に入れたり、旅商人から話を聞いたが、有力な情報は全く得られずにいる。

 名前が存在する文献は『イフと獣の契約』のみで、その文献も誰が書いたのか全くの不明。

 ナルコ先生の師匠の研究資料には、多くの事が書かれてあったが、それらも全て推測の域。真実は『陵墓』にあると言われている。


「……『陵墓』。『ローレライ』に護られし土地か……」


 ジェシカは自分のまとめた資料を読む手を止める。

 リンクス指令に聞いた所によると『陵墓』で内部を探索するのはまさに命懸け。世界各国から多くの調査団が来ているそうなのだが、入り口から中に入れずにいるとか。


「これも一旦、保留ね」

 

 せめて、単独で入るには師匠やナルコ先生並の腕前が必要になる。しかし今、ソレに時間をかける必要はない。

 【イフの魔神】の記録を閉じ、【霧の都(ミストヴルム)】を取る。

 その時、ガチャ、と扉が開く音にそちらへ視線を向けた。


「まったく、本当に困ったモノです」


 声からルームメイトの女子生徒――モルダ・A・プルーフが帰ってきた事を察する。

 ジェシカは席を立つと出迎えるように自室から出た。


「お帰り。どうだった?」

「ただいまですよ。本当に困りました」


 モルダは外行き用のコートを脱ぎ、近くのツリーに引っかけると、部屋の真ん中に置かれている大テーブルに一つの羅針盤をコト、と置いた。


「この『月針盤』は謎のままです」


 モルダはジェシカと王都へやってくる他国の商人市場には良く顔を出す。そこで見つけた見たことの無い羅針盤をモルダは見つけた。


 商人は賭けでソレを勝ち取ったそうで、賭けた人曰く、魔術師達からしても珍しい羅針盤との事。

 かなり胡散臭く、曰くがあるものの『魔法学園』のある『オルヴィス』では高値で売れると思ったらしい。


 名前は『月針盤』。名前からして“月”に関する事を知れるのかと思い、モルダは商人と交渉して可能な限り値切って手に入れた。


 その後、色々と調べて見たが月の満ち欠けには全く反応せず、魔力を流してもウンともスン言わず、仕方無しにジンに見てもらったのだ。


「ジンさんによれば、かなり古い魔法陣で動かしているらしく下手に分解すれば元に戻せなくなると。加えて特定のモノだけを観測するらしく……何を指すのかまでは解りませんでした」

「意味があると思いたいわね」

「勿論ですよ。私の食費2日分ですよ! せめて、研究に落とし込める成果くらいは得なくては……」


 魔術師は皆、独自に資金を稼いでいる。

 『魔法学園』が提供するのは研究環境と施設内の資料の閲覧権のみなのだ。その他、衣食にかんしては各々で賄う必要がある。

 主に食を補うのは食堂で学生割引はかかるものの、金がなければ具無しのスープしか飲めない。

 更に一定期間事に研究結果を校長へ提出する義務もあり、研究が進まないか、国への貢献が感じられない進捗であれば退学も言い渡される事もあった。


「私は、これを手に入れると決めた時から二日のスープ生活を覚悟しているのです。この覚悟を燃料に謎を解いて見せます!」

「ナルコ先生に聞くのはどうかしら?」


 『学園』の校長――鳴狐真(なるこしん)は、自他共に認める最上位の魔術師だ。『学園』の創設当初から校長を勤める存在であり、見聞も深い。


「いえ……ナルコ先生は高くつきますから」


 彼女と話す席には食堂の『油揚げ』(値段金貨1枚)が必須。話が長ければ追加で増えるので、今のモルダでは難しい。


「貴女の研究はとても難しいモノだけど、ある程度形にする手段を設けないと干上がっちゃうわよ?」

「むぅ、素直に返す言葉がありませんね……」


 基本的に魔術師同士の金銭のやり取りは禁止だった。研究に置ける見返りなら問題はないが、お金を貸す貸さないは学園の外に出てやれ、と言うのが校長の意見である。

 学園はあくまで己の研究と神秘の探求を第一にする学び舎。それ以外の事が第一になった時点で思想から外れる為に、学園で囲う意味が無くなるのである。


「『スフィア』の件は? あたしが来る前からナルコ先生を手伝ってたんでしょ? それを交渉材料にすれば?」

「『スフィア』の調査に『地下帝国』へ行ったときに、その場で報酬に似合う機材や滞在費を全部賄って貰ってたんです」

「色々と現地で片付いてたのね」

「それに、最近ナルコ先生はジンさんの事を相当気に入っているのか、魔道具の調整で度々相談しているようですし」


 ジェシカは自分がナルコをジンに紹介した事を周囲には黙っていた。理由は『相剋』の絡みがあるからだ。

 『相剋』は人智を超えた世界を歪める力。

 過去にジンは己の『相剋』――『霊界権能』が暴走し、己の命を落としかけた事がある。

 二度と同じ事を起こさぬ様に同じ特徴の『霊御殿(たまごでん)』を持つナルコが『相剋』の教授を行っているのだ。


 表向きは、魔道具の製造と調整の為にナルコが呼び出していると言う形になっているが。


「モルダ。貴女の研究を形には出来ないの?」

「『未来観測』はまだまだ改善の必要があるんです。内容も私でなければ読み解けませんし」


 モルダの研究は『未来観測』であり、彼女が祖父から引き継いだ研究だった。


「仕方ありません。フィールドワークでサバイバルしながら、魔物の調査をしますよ。貢献度と金銭を同時に得られるので」


 学園には冒険者協会の物とは少し違う、魔術師に向けた依頼が多々張り出されている。

 それをこなす事で国への貢献度を示し、金銭も得られる救済措置の様なモノだ。中でも『魔物の生態調査』は常に募集が掛けられており、レポートの質によって報酬が決まる。


「よくよく考えれば、森の中の方が食料が豊富です。キノコとか……ハチミツとか……」

「……あたしも着いて行っていい? 最近は、ビーを通してしか王都の外を見てないから」


 モルダの様子から一人にするのは少しだけ不安を覚え、ジェシカも同行する事を提案する。すると、


「ブブッ」


 “使い魔”であるスズメバチのビーは専用の筒から出てくると音もなく飛び、ジェシカの肩に乗る。


「私も“使い魔”が欲しいですよ……」

「こればかりは運みたいなモノだからね」


 昆虫全般が“使い魔”であるジェシカは、ビーとの出会いでソレが知れた自分は本当に運が良かったと語る。

 ビーは、ブブ、と羽根を鳴らして、何の話? と言いたげに首をかしげた。






「ふむ。サヨはおるか?」


 魔法学園『校長室』の主――鳴狐真は席に座ったまま、今日の校内伝達当番のサヨを呼ぶ。


「はい、ナルコ様。どうされました?」


 サヨは赤い目に白い肌をした『吸血族』の少女。『魔王』と『勇者』の王都決戦において孤児となった事で学園が引き取った少女の一人である。

 当時、学園で保護した子供たちは可能な限り身内を探し、養子に迎え入れたいと申し出る者達と共に去る子も居た。

 そんな中、サヨを含む何人かは魔術師になりたいと思う者も居り、数人は学園に残ったのだ。

 今はリリーナの元で勉強を学びつつ、学園の雑務を仕事としていた。


「この資料をリリーナに届けてもらえるかのう?」

「先生にですね。分かりました」


 無論、ただ学園に在籍していればいずれ魔術師として認められるワケではない。授業と仕事を両立し、時折行われるテストにも合格し続けなければ、ある程度の年齢で学園を去る事を言及されていた。


「それと、お主もテーマを早く決めると良い。目標が明確あれば方向性も定まり、勉学にも身が入るじゃろう」


 魔術師は誰もが“生涯の研究テーマ”を持っている。ソレに向けて邁進する知識と行動力は好奇心が強い幼い頃の方が養いやすいのだ。


「実は、少し気になってるモノがありまして」

「ほう。言うて見るが良い」

「えっと……まだ、全然知識が追いつけそうに無いので……」

「志を持つことは悪くない。お主の年頃ならまだまだ目移りが多い時期じゃ。後で変わっても構わんぞ。聞かせてくれるかのぅ?」

「……ナルコ様の『歩兵』と『戦闘武者』です」


 サヨの言葉にナルコは少し驚いた。


「王都の復興や【迷宮】での戦いを見て、凄くワクワクしまして……わたしも作ってみたいなーって」

「――ふふ。そうか、そうか。それは良き志じゃ。では、勉学が終わった後に妾の傀儡を見てみるか?」

「! いいんですか!?」

「うむ。リリーナの授業が終わったら、校長室へ来るが良い」

「はい!」


 サヨは嬉しそうにそう返事をすると上機嫌に、ぱたぱたと走って行った。


「ふふ」

「嬉しそうですね」


 すると屋敷精霊(ハウスバトラー)のレガリアがいつの間にか現れ、手際よく淹れた粗茶を、スッと差し出す。


「あの傀儡は元は『サトリの眼』対策であったが、他にも道を与える存在となっておったとはのぅ」

「貴女様だから“道”になったのですよ」


 ナルコは粗茶を啜ると、ふぅ、と一息吐く。


「ジン坊といい、サヨといい、まだまだ眼が離せぬ輩が多い」

「表舞台に立つことでその様に苦労が舞い込む事は分かっていたでしょう?」

「うむ。悪くない生活じゃ」


“いいか、ナルコ。魔術師は研究も大事だが、何よりも人との関わりは最も大事だ。信頼や絆は金じゃ買えねぇ! だからこれだけは言っておくぜ! 親友からの金は踏み倒すな! ソレ以外は踏み倒せ!”


「全く……関わりが増えれば増えるほど、師の言葉が反芻されるわい」

「良き事です」

「言っとった事は全部、クズみたいな事ばかりじゃったがのぅ」


 それでも、子供のように笑うナルコの表現を引き出せるのは今も昔も彼女の師だけであった。


「して、レガリアよ」


 するとナルコは凛とした雰囲気に戻る。


「分かっています」

「ならば良し。妾は会う気がないと伝えよ」


 ナルコは席を立つと神妙な面持ちでそう告げる。そろそろ食堂に油揚げを食べに行く時間なのだ。






「ナルコ校長は現在、重要な案件に取りかかっている。故に時と日を改めよ」


 魔法学園の門前で止まる高級な馬車と、ソレに付き従う従者二人がレガリアと対面していた。


「我々の主は『カウンシル』の上位貴族。“シルバー”の爵位を持つ御方だぞ?」

「鳴狐真ともあろう魔術師が知らぬハズもあるまい?」


 従者二人は『吸血族』。フードの奥から色白肌と赤い目でレガリアを睨んだ。


「知っている。その上で“シルバー”との接点よりも優先する案件があるのだ」

「我らの主と話す事よりも優先があるだと!?」

「そのフザけた案件とやらはなんだ!?」


 それは油揚げを食べる事なので、フザけていると言うのは間違いではないが、ソレをわざわざ話すことでも無い。


「魔術師個人の案件故、秘匿義務がある」

「貴様……」

「ふざけ――」

“もうよい”


 その時、馬車の中から声が聞こえ、従者二人は押し黙る。すると、馬車の窓が開いた。

 しかし、カーテンにより見えるのは口元のみ。従者二人は跪き、主から直接言葉が放たれる。


「私の名前はシルバーイン。屋敷精霊(ハウスバトラー)よ。アナタの名前をお聞きしても?」

「レガリアだ」

「レガリア殿。此度の件はとても重要な案件ゆえに私が馳せ参じた次第。その事を鳴狐真様へお伝え出来ますか?」

「その内容を明かして貰おう。その上で判断し校長へ取り繋ぐ」

「【霧の都(ミストヴルム)】」


 三災害の一つである名前を口にするシルバーイン。


「この地にアレが現れたと言う話は聞いています。それに関して聞きたい事があるのです」

「王都騎士本部に伺いください。情報はそちらに全て提出するしておりますので」

「違います、レガリア殿。私が聞きたいのは【霧の都】に対する認識度です。情報をまとめた本人がどこまで掴んでいるのか……ソレを確認したい」

「随分と【霧の都】に固執するのだな」

「ええ。アレは本来なら『カウンシル』で制御するハズだったモノなのですから」

「なんだと?」

「ふふ。今の情報は鳴狐真様に興味を持っていただけるでしょうか? これ以上は当人達の前で語りましょう」


 と、窓を閉める際にシルバーインは何かを思い出した様に、あぁ、そう言えば、と告げる。


「忘れてました。一つ警告をしておきます。もし、“クロワール”と言う『吸血族』が現れましたら、全力で拘束する事を勧めます」

「クロワール?」

「彼は【霧の都】を発生させる“鍵”を持っています。油断無きよう」


 それだけを言い残し、窓が閉まると従者の一人がメモを渡して来る。


「公爵様はこちらの宿に滞在なされる。次は鳴狐真から参られよ」


 従者達は馬に跨り、馬車を護衛する様に街へ去って行った。






「と言う話なのですが……」

「なるほどのぅ。レガリア、お主はどう思う?」


 食堂で油揚げを堪能するナルコはシルバーインの来訪を話半分に聞いていた。


「相手にする価値はあまり無いと思われます。【霧の都】を制御するなど不可能です」


 “三災害”は人智及ばない災害だ。もしも、制御下に置くことが可能になるとすれば、全てを理解しなければならない。


「妾もそう思う。それに『カウンシル』は500年ほど前に一度、【霧の都】によって滅んでおるでな」

「聞き及んでいます」


 『吸血族』が統治する貴族社会『カウンシル』は約500年前に発生した【霧の都】によって中枢貴族達を失っている。

 周辺諸国に対する権威を失い、一時は他国へ吸収されるも、地方の貴族が集まり何とか立て直した事で、再度独立した。

 と言うのが世間で広がっている現在の『カウンシル』のドラマである。


「もしも、『カウンシル』が【霧の都】を制御する事が可能と言うのならば妾達を頼りに来る理由がない」

「『カウンシル』の持っている情報は断片的で、ソレを補完する為に我々の元へやって来たと言う事でしょうか?」

「少なくとも、こちらの情報を欲しているのは確かじゃ。レガリアよ、この事はジェシカに話すでないぞ」


 ナルコは油揚げを箸で摘むと口に運び、んー、と美味しさに頬を緩める。


「よろしいので?」

「『カウンシル』は危険すぎる。まだ社会の構造に対して搦め手を持たぬジェシカでは関わるにはリスクが高すぎるのでな。警告だけしておいてくれ」

「では……っと、どうやらモルダと共にフィールドワークに出かけた様です」

「そうか。まぁ、大丈夫じゃろう」


 シルバーインが【霧の都】を制御するうんぬんを開示してきたのはこちらに興味を持たせる為だ。

 その情報は『カウンシル』でもトップシークレットのハズ。外で言いふらす様な愚かな真似はするまい。


「シルバーインが帰るまではジェシカには学園から出ぬ様に告げよ」

「わかりました。この件はヘクトル陛下へ報告いたしますか?」

「結論をまとめてからで良いじゃろう。後一つ」


 ナルコは王都の『アルビオン』を動かす命令を告げる。


「クロワールと言う人物を見つけ次第、保護して妾の元へ連れて来るのじゃ。恐らく、シルバーインに狙われておる」

「伝えます」


 レガリアは消える。ナルコはシルバーインが『オルヴィス』に現れた意味を改めて考えた。


「平常心を装っていても焦っておるな」


 なぜ、今頃になってこちらにやって来たのか。戴冠の挨拶にしては遅すぎるし、古い文化を重んじる『カウンシル』が三つの国を跨いでまで新国『オルヴィス』に来る理由はいくつかあるが……最も有力なのは――


「やれやれ。相変わらず表舞台は騒がしいのぅ」


 『カウンシル』を脅かすモノが間近に迫っている故に、であるのかもしれない。






「…………」

「どうしたの? ミレディ」


 王都内の店舗業務成績の視察に市街地を歩いていた『吸血族』のミレディは、通りを走るシルバーインの馬車と『カウンシル』の紋章を一瞥する。


 今のは……“シルバー”の紋章。『カウンシル』の上位貴族がここに?

 目的は……陛下への謁見? いや、そうであれば事前に手紙が届くハズ。


 『カウンシル』は饗される事を当然と考え、前もってその猶予(・・)を与えてくるのだ。


「今の馬車……少し見慣れない紋章を掲げてたわね」

「『カウンシル』の上位貴族の紋章です。意味は“シルバー”です」

「え? それって……」

「姫様。私はシルバー様の対応に向かいます。要請が出てからよりも、こちらから出向く方が印象は良いでしょう」

「私が行っても良いのよ? 貴女は特に……」

「いえ、姫様は視察を続けてください。私の方が『カウンシル』の作法は分かっていますので」

「そう……何かあっても一人で解決しようとしたらダメよ? 陛下も貴女が居なくなる事は望まないから」


 マリーは王(ヘクトル)補佐をするには十分過ぎるほどの技量を得ている。

 それは彼女の努力の成果であり、その心配する声に頼もしさを覚える程に自分の代わりを任せられる。


「わかっていますよ」


 ミレディは微笑んで、自分の役割を全うしに行く。






 その走り行く、シルバーインの馬車を雑踏に混じって視線を合わせずに感じ取る青年が居た。


「シルバーイン。どこで僕の事を嗅ぎつけた?」


 感情の感じられない淡々とした口調で更に雑踏に紛れる。


 クロワール、よく聞きなさい。私の時間ももう少ない。『カウンシル』に捕捉される可能性は高いが……彼女(・・)を……私の元まで連れて来るのだ。


「急がなくては」


 お嬢様を救うために――

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