4話 ゼロオーダー 家族の旅路
ロイとジェシカは王都へ向かって街道を進んでいた。道は舗装されていないが、森の中を抜ける手段でもあるため、馬車がすれ違うほどの幅がある。
二人は適当に道を逸れた場所を野営地に決めて、火を起こしてレンの作った保存食を食べていた。
「相変わらず美味しいわね」
「栄養価も考えてるってヤベーよな」
こう言った野宿は慣れたもので、二人は丸一日歩いた疲れを食事と休息で癒している。肌を撫でる夜風が心地よく感じた。
「レンも色々と頑張ってたからね。あたし達の魔法や剣術と同じよ」
皆が各々の事に集中できるようにレンは縁の下から持ち上げてくれていたのだ。居なくなった今となってはその事を強く実感する日が来るだろう。
「……周囲に危険な魔物はいないわ。ゆっくり眠れそうね」
ジェシカは“使い魔”からの情報を得て危険な場所でない事を再確認していた。
「昔に比べれば頼りになる火魔法だな」
過去に火をつける事さえも大変だった事を二人は思い出す。
「あんたもこれくらい出来るでしょ?」
「俺は現象系の方はてんでダメ。強化系なら意識するだけで出来るけどな」
「もうちょっと勉強しなさいよ。火を手軽に起こせるだけでも違うのは分かるでしょ?」
「追々練習するさ」
目標があるとはいえ、それまでの道中が適当なのはロイの悪い癖だった。とにかく前に進めば何とかなる、そう考えて進んでいたこれまでとは違い……これからは間違えた際に取り戻す事のできる仲間とは離れ離れで歩んでいく事になるのだ。
「これからは特に気をつけないといけないわよ? 解ってる?」
「俺も軽い気持ちでリア姉から剣術を学んだわけじゃない。それに何かあったらお前らも助けてくれるしな」
相変わらずの楽天的な考えに、ジェシカはため息だけが口から出る。
「あたしも忙しかったら手は貸せないからね」
ロイはこういうヤツだ。一人でやれる事も多いハズなのに、隣を歩く存在と歩幅を合わせてくれる。王都で騎士として本格的に研鑽を積めば、四人の中では一番伸びていくだろう。
「先に寝ていいぞ。後一日は歩くしな」
「大丈夫?」
「お前よりは体力あるからな。特にお前は万全であって欲しい」
魔術師であるジェシカが居るだけで、様々な事に対して対応が可能だ。現在の役割としてはロイが盾でジェシカが矛と言った形を取っている。
「ならお言葉に甘えるわ。アンタも程よく休みなさいよ?」
「あいよ」
ジェシカは木に背を預けると、いつでも動けるように荷物を肩にかけたまま楽な姿勢を取る。そのまま何気なく夜空を見上げると、無数の星々と月が明るく照らしていた。
「ジンとレンは大丈夫かしら」
「たぶん、アイツらも同じ事考えてるぜ?」
今まで四人一緒だったので、こうして離れてみると色々と思う所が多々あった。これからは起こる問題の中で個々で解決しなければならない事も出てくるだろう。
それを乗り越えられるだけの能力をナタリアから学ばせてもらったし、各々で自分の信じる道を進むことに抵抗はない。
「落ち着いたら手紙でも来るだろ。俺たちは当初の目標通り、王都に無事着くことに集中しようぜ」
「そうね」
お互いを思いやる事は大事だけれど、手を離さねば分からない事もあります。
「どんなに離れてても俺達は家族だしな」
「ロイ、言ってて恥ずかしくない? それ」
「……忘れてくれ」
「おやすみ」
ロイの気づかいを胸に眼を閉じる。師匠も同じようにあたし達の事を想っていてくれるといいな――
「…………」
月の照らす海上は穏やかな波と、帆船を進ませる風が心地よくナタリアを撫でていた。三つ編みに垂らした金色の髪が横に流れ、それを抑える様に手を添える。
「眠れないのかい?」
重い金属音を響かせながら現れたのは黒鎧で全身を隠した騎士である。海に落ちれば溺れてしまいそうな重厚感あふれる甲冑を軽々とした様子で着こなし、全く脱ごうとしない。
腰には短剣と長剣の剣。その二つも闇のように黒く塗りつぶされた異質であった。
「心配性なんです。私の悪い癖ですね」
「でも、君は彼らから離れた。納得できる程度には生きていけると判断したのだろう?」
「ええ。皆良い子でした。出来るならこの船に共に乗って欲しくありましたけど」
「珍しくフラれちゃった?」
「それはもう盛大に」
この場に居ない四人の事を嬉しく思いながら月を見上げる。
「正直、少しだけ心配でもあります」
「君の話していた“相剋”を持つ子かい?」
「ええ。人の痛みの分かる……とても優しい子なのだけれど、それ故に自分以外の事に対して強い感情を吐き出す欠点もあったの」
彼は意図せず“相剋”を持ってしまった事で他者の命を容易く奪うことが出来るようになってしまった。
その事に対して厳しく指導し、最低限の自立した思考と先見の眼を養わせる事は出来たのだ。そして、いつの日か迎えに行く必要もあると思っている。
ナタリアは彼が一番に、自分の元を離れると、話してくれた事を嬉しく思い、意志を尊重して己の道を歩かせることにしたのだ。
「未来は分からないものさ。君が指導し、彼も一人でないのなら、そんなに心配する必要はないと思うよ」
君も子離れが必要だ。と、黒騎士は説く。まるで子供の進路を語り合う夫婦のような雰囲気が二人の間には漂っていた。
「そう言えば、ゼノンの姿が見えないですね。船酔いですか?」
「船室でダウンしてる。セバスが介抱してるよ」
それを聞くとナタリアは月見を止め、船室へ歩き出した。
「私も診ます。ギレオは食べ物を調達してください」
「……海の上だよ?」
「あの子は加工したモノは食べれません。船は狭いですし、《《数が減れば》》流石に隠し切れませんから」
「いや、そう言う事じゃなくてサ」
「たまには鎧を脱ぐのも気分がいいですよ。それに後一週間は船の上です。食料が増えれば他の人たちも助かります。お願いね」
そう言って歩いていく彼女の背に嘆息を吐きつつ一度月を見上げる。
「まったく……“お願い”されるとサボれないじゃないの」
基本的に能力以上の事を彼女は頼まないのだ。他人の能力を生かせる場面を用意する慧眼は数多くの偉人の中でも群を抜いていると言えるだろう。
「本当はこんなところに居るべき人じゃないんだけどね。君は」
どの国の王や貴族よりも、彼女以上に剣を捧げる存在が居ないことを、黒騎士――ギレオは誇りに思っていた。
「それじゃ、留守を頼む」
「任せてください」
太陽が街を目覚めさせる今朝。
ジンとフォルドは、レンが用意した朝食を済ませると店を後にする。二階の窓からは起きたばかりのリリーナが眠気の中、二人に手を振って見送っていた。
「ジン。前もって言っておくが領主は現実的な考えの方だ。それ故に人を選ぶ方でもある。お前は気が合わないかもしれないが――」
「大丈夫です」
生きていく上で気の合う者ばかりと接点を持てるわけではない。社会に出れば嫌な奴とも接点を持たなければならないし、関りを避けられない事もあるだろう。
今回はそれを経験できる良い機会になるかもしれない。
「そうか。あまり難しく考え過ぎるなよ」
歳のわりに物事を的確に見る事の出来るジンなら、少なくとも揉め事にはならないだろう。
この時フォルドは……ジンが内に秘める“感情”を図り間違えている事に気づけなかった。