3話 ゼロオーダー 新しい家
誰の言葉にも耳をかせ、自分のことはむやみに話すな。
~シェイクスピア~
「――――視覚以外のモノも視えているでしょう?」
リリーナの言葉は何かしらの確信があるような言い回しである。先ほどまでの気の良い様子から真実を見極める魔術師として、質問しているようだった。
「分からない色があるけど傷のある眼を閉じて見れば識別は出来るし、特に支障のあるレベルじゃない」
ジンの回答にリリーナは少し考えてから納得したように、ごめんね、と謝った。
「ジンの魔力が少しだけ変だったから傷のある眼が何かしらの能力を持っているのかと思ったの。ちなみに完全な興味本位」
「期待にそえられなくて悪かったです」
そう言えばジェシカもオレの魔力を感知するときに妙な感じだと言っていた。
ナタリアは“相剋”を得た故の変化だと言っていたが、ジェシカの髪色が変色したように過度な変化による資質の改変は成長期であれば珍しい事ではないとの事。
「あんた達は色々ありそうだからね。今すぐって言うのは難しいと思うけど、気が向いたら色々と話を聞かせてね。後、敬語は止めて良いわよ」
「わかったよ」
そう言いつつジンは紅茶を啜る。しかし、予想以上に甘すぎる味に眉をひそめた。
「甘すぎた?」
「甘いのは嫌い……」
太陽が沈み月が夜空に煌々と光る。
街には光と影が明確に分かれる程に薄暗くなり、いくら城壁に護られていると言えど夜の街中を出歩くのは危険だろう。
街の住人は食事を終えてから特に用が無ければすぐに寝静まる。ランプのオイルなどの起きている事による資材の消費が惜しいからこそ、明日に備えて早々に眠りにつくのだ。
通りにある細工店も周囲に合わせて必要以上の灯りはつけずに、移動用のランタン以外には消灯する。
しかし比較的、外に影響のない地下の作業場は部屋全体が光源球体で明るく照らされており、天井の近い位置にある窓は換気のためにレバーで開閉できるようになっている。
「どうでしょうか?」
夕食を終えたフォルドは、ジンに細工師としての指導をし、彼が魔方陣を彫った魔力結晶を確認していた。
隣に魔法陣の写本を置いての作業で少し時間はかかったものの、その出来高は十分すぎる代物である。
「フッ。こうも覚えが良いとワシも教えがいがある」
フォルドは作業用の片眼鏡を外して、“魔道具”となった魔力結晶に意識を向ける。すると前髪を撫でる程度の風が起こった。
「詳細な加減も出来る。正確に刻まれている証だ」
「ですが、結構な量の魔力結晶を無駄にしました」
「品質の悪い魔力結晶をタダ同然で貰っているから気にするな」
細工師の腕前は、魔力結晶の品質に左右されずに実用的なモノにすることが出来るかどうかで大きく変わってくる。
更に魔力結晶は品質によって硬度が変わってくるため、これまでの過程であらゆる材質を刻んできた経験から近いモノを察し、それに合わせて刻印する感性も必要になるのだ。
本来なら、その感性を養うには基礎と経験をひたすら積み上げるのが一般的なのだが、ジンは僅か十数個の魔力結晶で他が10年を必要とする研鑽を超えて来た。
「ジン。お前の細工師としての才能は跳びぬけているな。久しぶりにワシも火がつきそうだ」
長い間、多くから称賛された技術を持つフォルドにとって、ジンの天才的な才能は停滞していた己の技術が動き出しそうだと思えるほどに気味の良いモノだった。
フォルドの言葉にジンも嬉しくなり、自然と笑みが浮かぶ。
「明日は同行してもらう所があるから今日はもう休め」
「どこへ?」
「領主の所だ。ここで細工師としてやっていくなら顔を合わせておいた方が良いだろう」
領主との顔合わせはフォルドとしての気づかいである。しかし、ジンとしては少し思う所があった。
ジンは二階にある用意された部屋に入った。通りに面した窓と、部屋の両脇に寄せられた足の高い二つのベッドは下に机が置かれており、それも二人に当てられたものだった。
「仕事は終わったの?」
机の上に光を絞ったランプを置き、紙に何か書いているレンは入って来た兄に声だけを向ける。
「まだ仕事は任せられないよ。ただの技術確認ってところだ」
「ゼロオーダーってヤツだ」
「お前……どこからそんな言葉を覚えて来るんだ? 初めて聞いたぞ」
「兄さんの考え方が硬すぎるんじゃない?」
「オレの前以外でその言葉を使うなよ。傍から見ればただのアホだ」
ジンは机の上に自身の“刻針”と火を消したランプを置く。そしてベッドに登ると横になった。
「もう寝るの?」
「ああ。少し疲れた」
魔力結晶に“刻針”を入れる行為がこんなにも神経を削るとは思わなかった。しかし、ソレを上回る楽しさを知った事で少しだけ高揚もしている。
「お前は何してんだ?」
「んー、明日買い出しに行こうと思って色々と材料をメモしてる」
レンの役割は店での雑務であるが、本人の希望から食事の用意も担う事になった。店にある有り合わせの食材と持っていた塩などを使って作った夕食は好評だったものの、彼女は納得していなかった。
「ちゃんとした食材があればもっとバランスが良かったんだけどね。特にフォルドさんは歳だけど私達よりも長生きすると思うし」
『長耳族』は永くて500年は生きると言われている。老人とはいえ、まだまだ先の長い人生である以上、少しでも良い物を食べてほしいと言うのがレンの気づかいだった。
「だから、明日は買い出しに付き合ってよ」
「朝から出かける事になってる。その後でな」
「どこ行くの?」
「領主の所だ。フォルドさんの腕前を考えれば納得だよ」
皆で食事をしたときにフォルドの事をリリーナが話してくれた。彼は『長耳族』の中でも5指に入る凄腕の細工師であるらしい。
そんな彼が目立つ事もなくこの地でひっそりと細工師の仕事を出来ているのは領主が存在を隠しているのだろう。予想通りではあったが――
「そっか……私は兄さんの味方だからね」
「……安心しろ。オレもいつまでも子供じゃない」
10年前に四人の少年達を残し一つの村が滅んだ。
ロイとジェシカは折り合いをつけて前に進むモノを見つけたが、ジンは未だに納得できなかった。
メモを終えたレンは羽ペンを置いてランプの灯を消す。すると窓から月の光が差し込む。
「皆もこの月を見てるのかなぁ」
窓に寄ったレンは、太陽よりも優しい光が他の三人を照らしているのかと想いに更ける。
ジン。貴方は貴方達を見捨てた領主を許せますか?
「結論が出ればいいが」
ずっと心の中にあった疑問。オレたちは見捨てられたのか、それとも止む負えない事情があったのか。
どちらにせよ、明日になればわかる事だ。