2話 ささやかな才能 細工店の店主
魔力結晶。
魔力は高密度に圧縮する事で結晶化させることが可能だった。それによって生まれる結晶は新たな魔力源として考えられている。
だが、人工的に造る事の出来る魔力結晶は小指ほどの大きさが限界であり、自然界で取れた魔力結晶は大きさによって高値で取引される。
『精鉱族』達が日々山脈を掘り進むのは、魔力結晶を探していると言っても過言ではなく、彼らの大きな収入源であることは間違いない。
だが、真にその力を発揮するのは魔力結晶に“魔法陣”が彫られた時である。
“細工師”と呼ばれる者たちの彫金技術によって微細な魔力調整を伴って魔力結晶を価値のある“魔道具”へと変えるのだった。
「…………15年か」
街にある小さな細工店で装飾業を営んでいる『長耳族』の老人――フォルドは作業用の片眼鏡を外した。
間を置かずに店内に三人の『人族』が入ってくる。一人は知った顔で、もう二人は片眼に傷があり瞳の色が変わった青年と眼鏡をかけた少女だった。
「ただいまー、父さん」
先頭にいる知った顔――リリーナは笑顔で寄って来る。そんな彼女にフォルドはため息をつきながら睨みつけた。
「15年前に家出同然で出て行った不良娘が何の気まぐれだ?」
「あはは……色々あってさ」
「――似とらんな」
「え?」
フォルドは店内に置かれている売り物の魔道具を興味深そうに眺めている子供二人に視線を向けて告げる。
「色々とは子供の事だろう? 父親は誰だ?」
「違うって! この二人はジンとレン。仕事を探してるって言うから連れてきたの!」
リリーナに名前を呼ばれて二人はフォルドと目線を合わせた。レンは、ぺこり、と頭を下げ、ジンも会釈する。
仕事と言っても人手に困るような状況ではない。
「……泊めるのは二日だけだ」
粗末な服を着ているジンとレンが宿無しである様子を察し、娘の顔を立てた。
「それも違うって。レン、ちょっと貸してくれない?」
レンは眼鏡を外してリリーナに手渡すと、そのままフォルドの手へ移った。
作りは少し荒く、地味な形をした眼鏡だが、見た目以上に軽く機能性としては問題ない部類であると手に取っただけで分かった。
「ここに彼女の名前も刻印されてるでしょ?」
「細工師が作ったなら当然だ」
細工師は自分の作品に刻印を刻む。受注者の希望によっては使用者の名前を刻む事が多い。
「これ、一から作ったのは彼なの」
「なに?」
フォルドは思わずジンを見る。細工師は一長一短で成れるモノではなく、師に教示し、独り立ちした後にも長い研鑽を要するのだ。
「今、二人は住み込みの仕事を探してる。ここで囲ってもらえない?」
リリーナは眼鏡を返して貰うと、そのままレンへ渡した。
「君は誰に細工技術を習った?」
「基本だけで後は独学です」
「その基本は誰に習った?」
「私達のお母さんみたいな人です」
兄の代わりにレンがからかう様に答える。ジンは妹を睨みつけるが、彼女はどこ吹く風で口笛を吹く。
「曲字は書けるか?」
「書けます」
それを聞くとフォルドは立ちあがり、扉に“CLAUSE”の札をかける。
「……奥で見せてくれ。技術次第では雇っても良い」
細工師とは、現代において魔道具を完成させる唯一無二の存在であった。
だが、その技術が実用的な基準に達するのは生半可なモノではない。
最初は文字を刻むための“刻針”を使いこなす必要があり、自らの指と同程度に動かせるようになれば素材への刻みに入る。
スタートは“木片”。“木片”が終われば次は“氷”。“氷”が終われば“石”。“石”が終われば“金属”。そして“魔力結晶”に入るのだ。
魔力結晶に移るまでかかる歳月は実に20年を要する。
昼夜問わずに生活の全てをその研鑽に捧げ、全身全霊を持って当たった場合による年月であり、細かい作業が得意で長い寿命を要する『長耳族』以外には受け入れられない事柄だった。
その為、“細工師”の中でも腕の立つ者とそうでない者の差は激しい。
貴重な魔力結晶を『魔道具』にすることのできる“細工師”は『長耳族』以外では信用が無く、指輪クラスのモノを作るとなると、更に数は絞られた。
フォルドはそんな細工師の中でも限られた内の一人であるが、人手不足からくる激務に耐えかねて職場から逃亡。目立たない街で腕前を隠し、細々と仕事をしているのだった。
「出来ました」
ジンは奥の作業場に案内され、フォルドから金属板に魔方陣を書くことを指示された。そして、時間をかけずに書いて見せた。
「……刻針を使い始めて何年だ?」
「5年です。やっぱり、雇ってもらうのは難しいでしょうか?」
「いや、及第点は超えている。そこは気にすることは無い」
本職の細工師であるフォルドから見れば、たった5年でここまで書けるのは天才的であったのだ。元々、細工師としての才能を見出すには根気のいる事である為、ジンの才能は非常に稀有なものである。
「魔力結晶に書いたことはあるか?」
「いえ……そちらは一度もありません」
教える事はまだ残っていると感じたフォルドは改めてジンに告げた。
「そうか。良ければ、ここで細工師として教示を受けてみる気は無いか? もちろん、妹も一緒に暮らしていい」
本来ならこちらから頭を下げなければならない申し出にジンは深く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
レンは生活空間である奥の部屋に通され、リリーナと紅茶を飲みながら身の上を放していた。
「リリーナさんって先生なんですか?」
「ええ。王都の魔術学園で働いてるの」
ジンとレンに話しかけたのは、偶然ではなく子供だけで集会場に居た事が気になったからだったとリリーナは告げた。
「ジンも年齢にしてはやたら肝が据わってると思ったら、色々あったのね」
この10年間の事でレンは“大樹”の話だけは隠し、森の中で家を作ってそこで五人で暮していたと語る。
「ナタリアさんって有名な方だったりするんですか?」
魔法だけでなく、あらゆる知識や技術を教えてくれた彼女は人生の師と言っても過言ではない。最後に素性を話してくれたが、それでも世界的にはどのような立場の人間なのかは全くわからないのだ。
「うーん。私は冒険者上がりの教員だから、名前が“ナタリア”だけじゃ分からないわ。校長先生なら何か知ってると思うけど……」
「そうですか」
レンからの話を聞く限り、ナタリアは相当な使い手であることは明白だ。それほどの魔術師が存在していながら、こちらの界隈で話題に上がっていないのは少し気になる所である。
「レンも魔法は使えるんでしょ。学園に通う気はないの?」
「私は魔術師になりたいわけではないので。それに兄さんと一緒じゃないと色々と困るんです」
「良いわね。兄妹愛って。私も戦災孤児で一人っ子だからね。兄妹とか憧れるわ」
「リリーナさんも孤児だったんですか?」
レンは『人族』でありながら『長耳族』のフォルドに娘として育てられたリリーナの背景を何となく察した。
「まだ親子じゃなかった頃にね。父さんの荷物を盗もうとして捕まったの。そこから魔法とか教えてもらって、娘みたいに育ててもらって、それで反抗期真っただ中にここを飛び出したのよ」
若かったなー、とリリーナは、けらけら笑う。
「でも、心配をかけたくなくて独り立ち出来たら帰ろうかと思ってた。15年もかかっちゃったけどね」
魔術師として冒険者をやっていた時に学園にスカウトされて、子供が好きだったこともあり、教員として働くことにしたとの事。
「だからね教師として、ジンの年上を呼び捨てにするのは良くないと思うのよ」
「兄さんは意外と人見知りで呼び捨てにするのは恥ずかしさの表れなのです。特に年上の女の人と初対面で話す時は緊張して――」
「なにくだらない事べらべら喋ってんだ。おい」
その時、背後から頭に手刀を振り下ろしたジンは痛がる妹を睨みつけた。
「痛たた……」
「まったく……。フォルドさんがお前を呼んでる。出来る事を聞きたいそうだ」
頭を摩りながらレンは、はーい、と部屋を出て行った。
その様子を見ていたリリーナは、楽しそうに笑いながらジンにも紅茶を淹れる。
「ありがとうございます」
「ジン。私は君に個人的に聞きたい事があるんだけど、いい?」
「なんですか?」
カップを受け取ったジンの正面にリリーナは座った。敬語になった様子から父は彼を雇う事に決めたらしい。
それなら、尚更この件は確認しておかなければならない。
「君の傷のある方の眼は、視覚以外のモノも視えているでしょう?」
ジン……いい? この事は決して忘れてはダメ。そして、他人にも話してはダメよ。貴方の『相剋』は望むべくして得たモノではないのだから――
雨が降っていたあの日、彼は右眼を失い……生まれて初めて人の命を奪った。