1話 ささやかな才能 酒場の魔術師
運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ。
~シェイクスピア~
冒険者。
領地が抱える兵士とは別の戦力として数えられている“冒険者”とは、世界各地に存在するギルドに登録した者たちの総称である。
ギルドを仲介として発行される依頼内容は多種多様。報酬さえ用意できていれば彼らは何でもこなすと言われるほど多くの場面で起用されている。
しかし、個々の価値観が異なるため街の兵士や他の冒険者と衝突することが多々あり、序列や派閥なども数多に存在する。
そんな冒険者たちが依頼と情報を集めるのが集会場と呼ばれている巨大な酒場であり、連日連夜、人の賑わいを見せていた。
「凄い人の数だね」
「お前はあまり後ろを振り向くな」
「はーい」
その集会場で、ジンとレンはカウンターの席に座って食事を取っていた。まだ18歳にもなっていない二人にとって、人の多い集会場では周りに関心を引かれずに溶け込めると思ったからである。
二人は食事を頬張りながら、これからの事を考えていた。
「意外と高かったよね」
「それだけナタリアの選んできたのが良かったって事だ」
身軽になる為に質屋に引き取ってもらった食器などは、相当品質の良い物であったらしく、中古でもそれなりの値段で買い取ってもらった。
「やっぱり、オレ達の分け前は要らなかったな」
四人で分けた資金はこちらとしてはかなり余裕のある状態になった。それでも非常時を考えてどこかに埋めておく事も考えておこう。身の丈に合わない大金は手元にあるだけでトラブルの元になる。
「それで、これからどうするの?」
「街なら仕事の一つでもあると思ったんだがな。少々当てが外れた」
ジンとレンは街を歩きながら仕事を探していそうな所を見て回ったが、住み込みを募集している所は無く、それでも仕事を見つけるとなれば表では憚られるモノを選ぶ必要があった。
「冒険者は?」
「お前はやりたいのか?」
「言ってみただけ」
レンは食事を続けながら選択肢の一つを挙げるが、ジンとしては“冒険者”は最も関わりたくない仕事の一つだった。
明日も予測できない仕事は、正直言って上手くいく未来が何も見えないからである。明確な目的をもってその道を歩むのであれば、やる気も出るのだろう。
しかし、ジンとレンの目的は生活の安定であり、危険を冒して実入りが安定しない“冒険者”は最も理想から遠い選択だった。
「ある程度の妥協は必要だと思うが……今はまだ考えなくてもいい」
とは言いつつも早い内から目途は立てておきたい。最悪、王都へ行くと言うのも現実的な選択肢だろう。
「おや。君たちは未成年かい?」
するとジンの隣の席に座っていた一人の女が声をかけてきた。
見た目は三十前後で、まだ若い部類に入る顔立ち。自信に溢れる瞳は数多の正念場を潜り抜けてきた強い意思を感じ取れた。
そして、女のはめている指輪には魔力抑制が施されている事も確認する。
魔術師。一目見ただけでもそれなりの手練れであると察することができる。
「ああ。さっきこの街に来た」
レンは会話を兄に任せて食事を続けた。
「歳はいくつ?」
「……」
「ああ、集会場に年齢制限はないわ。冒険者には制限があるけどね」
二人の年齢が分かっているような女の口調。それなりの観察眼を持つのだとジンは警戒する。
「何でオレに話しかける?」
「ただの偶然。久しぶりに休暇を取って帰省して、地元の話を聞こうと思っただけなの」
「悪いが――」
「私はリリーナ・パッシブ。君達は?」
女の話し方は明らかに年下のあしらいに馴れているモノだ。嫌な流れ。
面倒な事になるか? このまま何も言わずに席を立つ方がいいかもしれない――
「私はレン・マグナスでふ」
すると、席を挟んで口に食べ物を含んだまま、レンが名乗りを上げた。
「おい」
「こっちは兄のジンれふ」
慎重に物事を考えていたジンに対し、レンはお構い無しと言った様子だった。
「よろしく、レン。ジンも」
ニコッと笑うリリーナ。それはナタリアがジンたち笑顔を向けた時の雰囲気とよく似ていた。
大人として子供を不安にさせないと感じさせる笑みに、ジンは深読みしていたことが馬鹿馬鹿しくなる。
「それで、リリーナは何でオレ達に話しかけたんだ?」
「色々と気になる所はあるんだけどね、一番気になったのはレンちゃんのソレ」
リリーナはレンのかけている眼鏡を指差す。
「眼鏡って基本的に特注品だから高級品なのは知ってる? 枠の造形から屈折板までね。全部本人に合わせて作らないといけないし、大人になってから買うならまだしも、身体の成長が早い子供がかけているのは少し気になるわ」
「……オレが作った」
予想外の答えにリリーナは素直に驚いた。
レンの眼は問題なく回復したが、体調によっては近視になると言った後遺症を抱えてしまっていたのだ。成長に伴って近視は治って行くとナタリアは言っていたので、時が経てば問題なくなるのだが、それまでは不便にならないようにジンが眼鏡を作ったのである。
「ほー、ほうほう」
リリーナは少し考えて、眼鏡を見せてくれる? とお願いするとレンは快く外して手渡した。
あらゆる角度からリリーナは眼鏡を確認すると、フレームの端にある小さな刻印に気が付く。目を凝らさねば気づかないほどに小さく、「レン・マグナス」と名前が彫られていた。
「この名前も?」
「失くしたら大変だろ?」
刻まれた名前もジンが眼鏡を製造する過程でつけたものである。色々とナタリアに手伝ってもらったところもあるが、最終的には一人で一から作れるほど細かい作業には熟達していた。
「失くしても誰も届けないわよ」
律儀な子供としての感性にリリーナは思わず微笑む。
「それに、この枠はだいぶ軽いわね」
「色々と鉱石を混ぜて一番軽い形に仕上がる物を見つけた。大量には作れないし複雑な歪曲も出来ないから眼鏡くらいにしか用途が無い」
「ふーん」
「色々と手伝ってもらった所もあるけどな」
「誰に? お父さん?」
「……母親……みたいな人に」
少し恥ずかしそうに告げるジンの言い回しに、リリーナは疑問視を浮かべる。
対してレンはその意図に気付いており、ふふふ、と口を押えて笑った所を、兄からお仕置きでデコピンをくらった。
「ジンとレンは魔法も使えるの?」
「ある程度は」
眼鏡を返すと、リリーナはジンとレンの身の上を尋ねる。
ジンは大樹での生活を深くは話さず、孤児で旅の魔術師に助けられて10年間、共に暮らして様々な技術と魔法を教わったという事だけを間接に話した。
「そっか。それで、今仕事を探してるんだ?」
「状況は良くないけど」
「住み込みがいいんです」
「ふーん」
するとリリーナは少し考えて改めてジンとレンに提案する。
「二人とも、いい仕事があるんだけどやってみない?」